師匠の憂鬱
どうしてこうなった。
「ねえ師匠ー。あの技教えてくれよー」
今日も働きますか、とギルドに到着した俺は、毎日のように絡んでくる少女に視線を向ける。ここ数日、ストーカー被害に悩まされていた。
ストーカーこと新人は、ニーナ・リーベリックと名乗り、この数日、俺に絡んでは「あの技を教えてくれ」とせがんでいる。
「いい加減うっせえぞ新人!」
毎日付きまとわれてうんざりしていた俺は、強めに怒鳴るが……
「教えてくれてもいいじゃんか!」
逆に怒鳴り返すニーナには、懲りた様子がない。
「おっさん! 助けてくれ!」
俺は見かけたアルベルトに助けを求めた。
世話好きのアルベルトなら、この少女を預かってくれると思ったのだ。
「なんだ、気絶した俺をそのまま放置してどっかいったユーマじゃねえか」
ぶすっとした態度で返事するアルベルト。
「ずいぶん棘のある言い方だな」
「忘れたとは言わせねえぞ」
「いつまで恨んでるんだよ、いい歳したおっさんの癖に女々しいやつだな」
「相変わらず口の悪いガキだな、ぶっ殺すぞ?」
「上等だやって見ろ、返り討ちにしてやんよ」
にらみ合う俺たち。
便利屋同士では、「殺す」「やってみろ」のやり取りは挨拶みたいなもんだ。毎日5回は聞こえる台詞だろう。
「なー、師匠ー。あの技教えてよー」
空気を全く読まずに、俺の服を引っ張るニーナ。
その様子をアルベルトはいぶかしげに眺めている。
「なあ、ユーマ。お前この嬢ちゃんと何があったんだ?」
「何かあったと言えばあったんだが……」
「あのね、師匠はすっごいんだよ。師匠が左手をパッって握ったら、周りがグチャグチャってなったの!」
「……どういうことだ?」
「おい、新人。余りべらべら喋るな」
俺はニーナに釘を刺した。
自分の戦い方はなるべく隠すのが普通だ。鋼糸なんてレアな武器を使っているならなおさらそれは隠すべきなのだ。
「えーなんでー。凄い技だしいいじゃんー」
「ほう、ユーマの技か。そういや、ユーマの戦い方をあんま知らねえな」
なんてことだ、アルベルトまで興味を持ち始めている。おっさんまでストーカーになったらどうしようかと頭を悩ませる。
俺はうんざりした気分で依頼書を剥ぎ取り、とぼとぼと受付に持って行く。
当然のようについてくるニーナは無視することにする。
……はあ。
「アンリさん。依頼の確認お願いします」
「ユーマ君。少し疲れてる?」
心配げな表情のアンリさん。その優しさに心打たれながら、
「ええ、主にこいつのせいで」
と、隣に立つ少女を指差す。
俺の胸あたりまでしか身長のないニーナの頭がちょうどいいところにあったので、ぐりぐりと指で刺しておいた。
「師匠、痛い痛い!」
「うっさい黙れ」
「ユーマ君、女の子にあまり厳しくしちゃ駄目よ?」
「うっ……すいません」
アンリさんに怒られてしまった。
それもこれも、こいつのせいだとニーナに怨嗟の視線を向けておく。
「はい、依頼頑張ってね」
さっと振り向いた俺は、にこっとアンリさんに笑いかけ、依頼書を受け取り、ギルドを後にする。
「師匠、今日は何の依頼を受けたの?」
「配達依頼だ。一度、郵便店に向かう。お前も暇なら手伝え」
「はーい」
その日は一日、帝都のあちらこちらへ出向いて荷物の配達をしていった。
荷物は手紙みたいな軽いものから、ちょっとした家具ほどのものまである。
正直大変な依頼だが、ニーナはかなり力が強く、俺と同じくらいの荷物を軽々と運んでいく。そのおかげで早く終わりそうだ。
「今日はもう終わりだ。一度ギルドに戻るぞ」
太陽が地平線上に見える頃になり、俺たちは一度ギルドに戻ることにした。
その道すがら、ニーナが唐突に聞いてくる。
「師匠はなんでこんな安っぽい依頼してるの? 討伐とかもっと割りのいい依頼もあるのに」
「討伐は危険だからやりたくない」
「あれだけ強いのに?」
ニーナは心底疑問といった様子で首をかしげる。それに対し、俺は……
「強ければ死なないわけじゃない。ちょっとした気の緩みで死ぬことだってある」
情けないかもしれないが、持論を展開する。
実際ヴルフにしたって、背後から襲われれば、なすすべなくやられる可能性がある。人間である以上ミスは回避できない。そして、その1回で死んでしまったらと思うと、軽々にリスクを犯す気になれない。
必要に駆られる状況でなければやりたくはない。それが本音だ。
「討伐系じゃなくても、日々の食い扶持くらいは稼げる。俺は死にたくないんだよ」
死にたくない。
それは、聞くものが聞けば臆病者と罵るかもしれない。だが、それでもいいさ。勇敢に死ぬくらいなら、臆病に生きるほうがよっぽどいい。これが、俺の昔からのスタンスだった。
それに最近、死ねない理由が一つ増えたばかりだ。
今日も俺の帰りを待っているだろう少女の姿を思い、その思いをいっそう強くする。
「師匠は、強いけど……弱いね」
俺の言葉を受け、ふとニーナが言葉を漏らす。
強いけど弱い? なぞかけだろうか。
少し気になり、
「なんだそれ」
と尋ねるが、ニーナは……
「なんとなく、師匠のことが分からなくなってきちゃった」
俺の言葉を無視して、訳の分からないことを言い始める。
たった数日の付き合いで理解されても困る。一体、俺の人間性をどんだけ薄っぺらいと思ってるんだ。
「それより、師匠お腹すかない? どこかで食事でもしようよ」
仕舞いには、そんなことを言い始めるニーナ。
いい加減殴ってやろうかと思うも、今日はニーナのおかげで早く終わった。少しくらいは労わってやるべきだろう。
「それは構わないが、お前金もってるの?」
「ない!」
「……まあ、今日は手伝ってもらったしな。今回だけは奢ってやるよ」
「さっすが師匠! 話が分かるぅ!」
それから少しして、家からも近い酒場『夜の蝶』へと来ていた。
カラカラとベルを鳴らしながら店内に入る。
「あら、ユーマじゃないのさ。久しぶりだねえ」
「よう、ババア久しぶりだな。いい加減、表の看板『夜の蛾』にしたほうがいいんじゃねえか?」
「全く、久しぶりだってのに口の減らないガキだねえ」
俺たちを出迎えたのはこの酒場の女将である……ババアだ。名前忘れた。
昔はよく飯を食べたり、酒を飲みに来たりしていたのだが、ミリィが食事を作ってくれるようになったため、ここに来ることもなくなっていた。
「今日は随分と可愛い連れがいるじゃないのさ」
「先に言っておくがそういうのじゃねえからな」
「はて、一体そういうのとはどういうのなのかねえ」
「ちっ、いいから。一番安い飯を2人前もってこい。飲み物は水でいい」
「はいよ」
にやにやと笑うババアを手で追い払いながら注文をつける。
奥の厨房では今頃、ババアの孫がせっせと料理を作っていることだろう。
俺とニーナは手近なテーブル席に座り、注文を待った。
「師匠ー、なんで一番安いのなんですかー」
「俺の金だ、何を頼むかは俺が決める」
「……甲斐性なし」
「うるせえ」
運ばれてきた料理を食べながら、俺とニーナは談笑していた。
そんなときだ、表のドアをけたたましい音と共に開き、1人の酔っ払いが入ってくる。
「いらっしゃい」
「おーい。とりあぇず、酒もってこい。話はそれからだぁ!」
完全に酔っている。
こんな昼間から酔っているなんてろくな奴じゃないな。
関わり合いになりたくないと思っていたのだが、その酔っ払いはこちらに千鳥足で近づいてきた。
「随分べっぴんな嬢ちゃんがいるじゃぁねえか。おぅい、酌しろよ」
全く、絡み酒ほどやっかいなものはない。この酔っ払いは見かけだけはいいニーナに興味を持ったようだ。
はぁ……どうしてこうトラブルばかり舞い込むかね。
「その子は俺の連れだ、おっさん。酒臭い息で近寄るんじゃねえ」
「ああ? ガキは黙ってろ」
「ほら、向こうの席で大人しく飲んでろよ」
酒臭いおっさんの体をニーナから離すように押すと、ふらふらしていたおっさんはそれだけで後ろに大きくよろめいてしまう。
それほど強く押したつもりはなかったが、酔っ払ったおっさんはそれだけで癇に障ったようで、「何しやがる!」と怒鳴りながら俺の胸倉を掴みかかった。
「師匠に触るな」
伸びた酔っ払いの手を、横から掴んだのはニーナだ。
その瞳は酷く冷たい。
掴んだ腕からぎりぎりと音がする。
「痛ぇぇぇぇえ!! このガキっ! 離しやがれ!」
ニーナが言われたとおり、ぱっと手を離すと酔っ払いはそれだけでたたらを踏み、握られた手を痛そうにさすっている。
「ちっ! 気分わりい」
酔っ払いはそんな捨て台詞を吐いて、店から出ていく。
……ババアには悪いことをしてしまったな。せっかくの数少ない客を追い払っちまった。
「おい、ニーナ。やりすぎだ」
それに相手は酔っ払いだ。そこまですることもなかっただろうに。
「だって、師匠のことバカにした感じだったし。むかついたんだってー」
「ったく。あんまり騒ぎを起こすなよ」
「はーい」
間延びした声で返事するニーナのシアン色の瞳には、すでに先ほどの冷たさは感じられない。
いきなりのニーナの豹変に、内心驚きながら再び料理に手をつける。
なんだろうか、何かを隠している雰囲気を感じる。
この少女には……何か裏があるのかも知れない。




