圧倒的な武力で攻め込んだはずのエリート青年将軍、騎馬民族の刃の前に雌堕ち寸前。勝利を捨てて花嫁になります。
「降伏を。さもなくば、明日の朝日が昇る前に、我が帝国の鉄騎十万がこの砂の海を赤く染めることになります」
獣脂と乾いた砂の匂いが染み付いた、分厚い獣皮の天幕。
ジュン侯爵は、陣幕からわざわざ持ち込ませた白磁のティーカップを、粗末な木机の上に静かに置いた。揺れる琥珀色の液面から、最高級の茶葉がふわりと香る。
絶対的な兵力差を背景にした、無血開城の提案。
平和主義を掲げる彼にとって、これは敵将に対する最大限の礼節であり、最後の慈悲だった。
無用な血を流さず、圧倒的な戦力差を示して膝を屈させる。それが帝国第五騎士団の司令官として、彼が達成すべき勝利の形である。
しかし、円卓の向かいで胡座をかく遊牧民の族長アランは、彫りの深い端正な顔に獰猛な笑みを浮かべただけだった。
「帝国の貴族様は、ずいぶんと甘い夢を見る」
野獣のような低い声が響いた瞬間、空気が爆ぜた。
交渉の余地など、最初から一欠片も存在していなかったのだ。
アランの背後に立てかけられていた巨大な三日月刀が、瞬きすら許さぬ速度でジュンの股間めがけて振り下ろされていた。
「――!?」
痛覚よりも先に、絶対的な冷たさが下半身を駆け抜けた。
斬られた。男としての象徴を、根元から。
だが、薄暗い天幕の床を汚すはずの鮮血は、一滴もこぼれなかった。
代わりに、切断面から暴力的なまでの熱を帯びた紫色の魔力光が噴き出し、ジュンの全身を内側から激しく焼き尽くしていく。
「な、なにを……した!」
抗議の声を上げようとした喉から漏れたのは、乙女ような、高く甘いソプラノの声だった。
熱い。骨が軋み、筋肉が溶けていく。
肉体が全く別の構造へと急速に作り替えられる感覚。
着込んでいた帝国特注のミスリル銀の甲冑が、中身の体積を失い、ガシャリと重苦しい音を立てて崩れ落ちた。
肩幅が縮み、胸元に柔らかな重みが生まれ、骨盤の形が広がることで急激に重心が変わる。
崩れ落ちそうになる身体を、必死に腕を伸ばして支える青年侯爵。
絨毯についた自分の手を見て、ジュンは息をのむ。
剣ダコと手綱の擦れ跡に覆われていたはずの武骨な手は、白磁のように滑らかで、驚くほど華奢な指先へと変わっていた。
「……嘘だろ」
床に突き刺さった三日月刀。
その分厚く磨き上げられた刀身に、見知らぬ『誰か』が映っていた。
炎の揺らめきを受けて黄金にも見える、艶やかなライトベージュのロングヘア。
平均的な女性よりはやや背が高いものの、すらりとした手足と、くびれた腰の圧倒的な曲線美。
そして、驚愕に見開かれた、星空のように吸い込まれそうな大きなスミレ色の瞳。
年齢にして十七歳ほどの、あまりにも完成された優しく可愛い美少女。
それが、帝国軍十万を束ねる青年貴族、ジュン侯爵の現在の姿だった。
「わっはははっ、完璧だ。我が一族に伝わる秘術、見事に適合したな」
立ち上がったアランは、床にへたり込むジュンの細い顎を無造作につかみ、品定めするように紫の瞳を覗き込んだ。
「貴様……私に、何をしたぁぁぁ!」
鋭く睨みつけようとするが、華奢な身体から発せられる声は、猛禽に怯える小鳥のようで全く威厳がない。
アランは愉快そうに喉を鳴らすと、背後の古い木箱から色鮮やかな布の塊を取り出した。
それは、砂漠の民が祭事で用いる、純白色をした豪奢なワンピース――遊牧民の花嫁衣装だった。
「着ろ、とは言わん。俺が着せてやる」
「やめろぉぉ、私に触るな!」
抵抗は無意味だった。
屈強なアランの腕力の前では、今のジュンはまるで精巧な着せ替え人形に等しい。
乱暴に、しかしどこか手慣れた仕草で、上質なワンピースがジュンの白い肌を包み込んでいく。
さらりとして柔らかな生地が素肌に擦れる音が、この異常な状況を逃れようのない現実として叩きつけてくる。
胸元のリボンが締め上げられ、最後に亜麻色のロングヘアが背中に流された。
「よく似合っている。血生臭い戦場には惜しいほどのいい女だ」
アランは、純白のドレスを身に纏い、屈辱と混乱に肩を震わせるジュンの細い腰を強引に引き寄せた。獣のような雄の匂いと、熱い吐息が耳元をなでる。
「外で待つ十万の軍勢など気にするな。今夜が初夜だ、俺の可愛い花嫁」
野蛮で絶望的な族長の宣告が、天幕の中に響き渡る。
外では何も知らない帝国軍十万が待機しているというのに。
絶対の勝利を手にするはずだった司令官ジュンは今、敵将の腕の中で、あどけなくも艶やかな花嫁へと堕とされていた。
つづく




