3-4.謁見
翌日、私は身だしなみを整えて王宮へと向かった。
王宮につくと、王妃付きの侍従が豪奢な応接室に案内してくれた。
磨き上げられた床に重厚な調度品が並ぶ部屋。本来なら伯爵令嬢ごときが通される部屋ではない。
他に招かれた高位貴族や王族がいるのか、あるいはこのような機密性の高い部屋でしか話せない話をされるのか。
色々勘ぐっていた時だった。王妃が優雅に部屋に入ってきた。
アレン殿下と同じ深紅の瞳と金髪に、燃えるような紅のドレス。彼女のことを知らなくても、その姿を一目見れば高貴な人物だと分かるだろう圧倒的なオーラ。
回帰前、この人には何度も会った。自分の息子にはとことん甘いが、その他のものに対して容赦なく、厳しい人だった。
その記憶のせいか、反射的に礼をする。
「ミレイナ嬢」
名前を呼ばれた声は穏やかだったが、寒気がする。
顔をあげると、王妃は前世でも何度も見た柔らかくて美しい完璧な笑みを浮かべていた。
笑っているはずなのに恐ろしく感じるのは前世の記憶のせいか、それとも本能のせいか。
私は促されるままに席に着いた。
「貴女は妹とは違って礼儀正しいわね。アレンもあの子じゃなくて貴女を選べば楽できたでしょうに」
回帰前、一度たりとも褒められたり認められたことが無かったのに、こうも簡単に肯定されると逆に嫌な予感がする。
「マリアンナ嬢から話は聞きました」
嫌な予感が確信へ変わった。
「最近の公務や妃教育は貴女が手伝っていたみたいね」
私は静かに頭を下げた。
「申し訳ございません」
「あら、責めているわけじゃないわ。
お陰でアレンの評価が上がった訳だし、むしろ賞賛に値するわ」
「そんな……恐れ多いことでございます」
私の答えに王妃は満足したように口角を上げた。
「自分には何の見返りも無いのに素晴らしい献身ね。ほんと、貴女のような方が嫁いでくれたらどんなに良かったか」
前世では何度も、後ろ盾が無い分、アレン殿下の役に立つように教養をつけろと言われ続けたけど、そんな思いを飲み込んで、私は微笑む。
「勿体ないお言葉でございます」
「で、今日貴女を呼んだのは他でもないわ。サウザンド国での外交行事に同行して、妹の代わりにアレンをサポートしなさい」
「恐れながら、私にはその資格がございません」
「資格?」
王妃はくすりと笑う。
「ありますよ。貴女は優秀ですもの」
褒め言葉のはずなのに、まるで首輪を嵌められるような感覚だった。
「マリアンナ嬢は王子の婚約者としては褒められたものではないわ。このままではアレンが恥をかくの」
それはお願いではない、命令だった。拒否権など最初から存在しない。
私は膝の上でそっと指先を握りしめた。
「恐れながら、私が同行することは体裁の面で問題があるかと存じます」
最後の抵抗だったが、王妃は微笑む。
「その点なら心配いりません。少し面倒な話になったけれど、最終的には第一王子付きとして調整してあるわ」
リオン殿下の名前に思わず表情が固まった。
「第一王子殿下付き……ですか」
思わず聞き返してしまう。前世にはなかった配置だった。
(どうして……?)
「あの子には婚約者もいないから、貴族令嬢が一人同行するのが丁度いいわ」
ちょうど良いとは、まるで物を配置するような言い方だ。
「貴女は妹の代わりにアレンが成果を残せるように支えなさい」
王妃は紅茶を口元へ運ぶと、まるで天気の話でもするように続ける。
「あぁ、そうね。ついでに第一王子を監視しなさい。アレンに得になる様な情報は流すのよ」
私は視線を伏せた。そうしなければ顔に出そうだった。
王妃の言葉の端々に滲むもの。それは信頼でも、評価でもない。便利だから使う、そんな感覚だ。
前世から何も変わっていない。リオン殿下はこの人にとってただの駒であり、排除すべき人間なのだ。
(……本当に)
胸の奥がじくりと痛む。
自分はどんな風に言われても構わない。けれど、リオン殿下の事をこんな風に扱われることが許せなかった。
「ミレイナ嬢?」
王妃の声に我に返る。
「何か問題でも?」
問題だらけだと言えたらどんなに楽だっただろう。
だが現実には微笑むしかない。
「いいえ」
私の答えに王妃も微笑む。
「では決まりですね。既に第一王子も了承済みよ」
その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失った。
「……リオン殿下も、ご存じなのですか」
思わず漏れた声に、王妃は不思議そうに首を傾げる。
「当然でしょう? 第一王子付きとして同行するのですもの。本人の了承がなく決められることではないわ」
その通りだった。王妃の言葉に間違いはない。
けれど、胸の奥にわずかに靄が広がる。
(殿下がご存じだったなら……どうして教えてくれなかったのだろう。どうして了承されたのだろう)
王族である殿下が、全てを私に話せるはずがないことも分かっている。
王宮では、知らない方が幸せなこともある。
そう教えてくれたのは、他でもない前世の自分だった。
(……なのに)
どうしてこんなにも寂しいのだろう。
どうして、少しだけ裏切られたような気持ちになるのだろう。
そう考えかけて、私は静かに首を振った。
(今は考えても分からないわ)
リオン殿下が第一王子とはいえ、王族の中では難しい立場であることを私は知っている。
ならば、きっと何か事情があったのだろう。
そう自分に言い聞かせ、私は王妃へ向き直った。
「詳細は他のものに説明させるわね」
王妃は満足気に部屋を後にした。静かになった部屋で、私は小さく息をつく。
(やっぱり、私はアレン殿下と王妃から逃げられない運命なのかな……)
前世と同じ。私はまた、王家の都合で動かされようとしている。
(だけど、これはチャンスかもしれない)
私は知っている。この外交が失敗した未来を。
リオン殿下がどれだけ必死に国を守ろうとしたかを。
アレン殿下がどれだけ愚かな判断をしたかを。
その結果、この国の民が苦しむ未来を。
本当なら、私は外交に関わることができない立場。だけど、リオン殿下の傍でなら、未来を変える手助けを出来るかもしれない。
彼が守ろうとしている未来を、今度は私も一緒に守れるかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥に熱が灯った。
その後、部屋に入ってきた第二王子側の外交官が今回の公務について説明してくれた。
有難いことに、行程自体は前世と殆ど変わらなかった。変わったのは、自分の役割だ。
前世では第二王子の婚約者として振る舞うことを要求されたが、今回は第一王子、つまりリオン殿下側の人間として行動することになる。
きっと、ここには書かれていない業務が多くあるだろう。
(早くリオン殿下と話さなきゃ)
業務のこともだけど、リオン殿下本人の言葉で今回の件を聞きたかった。
逸る気持ちを必死に押さえつけながら、私は外交官の話に耳を傾けた。
「ミレイナ嬢は飲み込みが早くて助かります。今日はここまでですので、後は最初の従者に送らせます」
外交官の男はそう言って部屋を後にした。
私は静かに息を吐き、目を閉じた。
今の私は、ただの伯爵令嬢じゃない。
この先に待つ出来事を知っている。誰が何を企み、どこで躓き、何が国を揺るがしたのか。
前世で殺されたという記憶は、ずっと私を苦しめてきた。
思い出すたび胸が締めつけられて、夜も眠れなくなるような記憶。
だけど――
(それなら、その記憶ごと武器にすればいい)
未来を知っている人間なんて、この世界で私しかいない。
なら、誰よりも早く危険に気付ける。誰よりも早く、手を打てる。
リオン殿下が一人で抱え込む前に。国が悲しい未来へ進んでしまう前に。
(私はまた、後悔するために生き直しているんじゃない)
守りたい。家族も、この国も。そして――リオン殿下も。
胸の奥で小さな炎が、静かに、けれど確かに燃え始める。
その熱に背中を押されるように、私はまっすぐ前を向いた。
(さあ、未来を変えよう)
今度こそ、この手で。




