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殿下、私は運命の相手ではありません!~死に戻り令嬢は第一王子の執着に気付かない~  作者: MARUMI
第二章

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2-16.花束

 祝賀会から三日後。


 私は自室の机に向かい、次の授業で使う資料を整理していた。


 家庭教師の仕事を始めてから、こうして机に向かう時間も増えた。


 ありがたいことに毎日忙しい。


 忙しいはずなのに――


(……駄目)


 気が付けば、あの夜のことばかり思い出してしまう。


『少しだけ、嫉妬してしまったよ』


「~~っ!」


 私は慌てて両手で頬を押さえた。


(思い出さないって決めたのに……!)


 それだけじゃない。


『私にも少しくらい妬いてくれたら嬉しいんだけど』


『期待しても、いいのかな』


 思い出すたびに心臓がうるさくなる。


「落ち着いて、私……!」


 ぶんぶんと首を振って机へ向き直る。

 きっと殿下は社交辞令の延長で仰っただけ。

 相手は第一王子。あんな言葉を本気にしてしまう方がおかしい。


(……なのに)


 期待してしまう自分がいる。


 その時、コンコンと軽快なノックが響き、返事をする前に扉が開いた。


「お嬢様ー!」


「ベル?」


「お手紙です!」


 ベルは満面の笑みで手に持った封筒を差し出す。その表情は笑みというよりニヤニヤしている。


「……何か良いことでもあったの?」


「さあ?」


「その顔で言われても説得力がないのだけれど」


 ベルは口元を押さえたが、全然隠せていない。


「それよりお嬢様! グラウス子爵家からですよ」


 私はベルから封筒を受け取った。見慣れた筆跡、丁寧で美しい文字。自然と口元が緩む。

 すると、ベルのにやにやがさらに深くなった。


「……何?」


「別に何も?」


 絶対に何かあるとそう確信した時、再び扉が叩かれる。


「失礼いたします」


 入ってきた使用人が二人がかりで抱えてきたのは、巨大な花束だった。


「っえ!?」


 薄桃色、ラベンダー、白、レモンイエロー……パステルカラーの花々の甘く優しい香りが部屋に広がる。


 とても綺麗で、可愛らしい花束なんだけど、問題はそこではない。

 とにかく大きい。使用人が二人がかりで抱えてなお余るほど大きい。


「グラウス子爵家よりお預かりしております」


「私に?」


「はい」


 使用人達は恭しく頭を下げる。私はもう一度、花束を見た。グラウス子爵家ということはもちろんリオン殿下から贈られたもの。


 彼から花を贈られたのは初めてだから、嬉しかった。


(可愛い花束……)


 この国では未婚の女性に花束を贈るのは親愛の証とされ、花束が大きければ大きい程、思いの強さを物語るなんて言われている。


(こんなの……また、勘違いしてしまう)


 だけど、ベルはものすごく楽しそうだった。


「お礼のお花だそうですよ!」


「お礼……?」


 私は手元の手紙へ視線を落とすと、慌てて封を切る。そこにいつものような分厚さはなく、一枚の便箋が入っていた。


『祝賀会の日は送らせてくれてありがとう。選んでくれて嬉しかった。おかげで楽しい時間を過ごせたよ。

 暑くなってきたので体調には気をつけて。無理はしないでね』


 殿下の文字を見るだけで胸の奥が、ドクンと大きくと鳴って、思わず指先でその文字をなぞってしまう。


 本当は私がお礼をしないと行けないのに……こんな綺麗な花束を送ってるくださるなんて。


「本当に……お優しい人」


 自分に言い聞かせるように呟くと、横からベルが少し呆れたような声を出す。


「はぁ……お嬢様、普通は優しさでこんな花束を送りません」


「この花に何か特別な花言葉でもあるの?」


「そこじゃありません!」


「……?」


「……男性が未婚の令嬢へ、この大きさの花束を贈る理由は、一つしか存じませんよ!」


 きっと、前世の記憶が無ければ私も勘違いしてしまっただろう。だけど、きっとリオン殿下にそこまでの意図は無い。


 けれど、それでも殿下が選んでくれたのだと思うと、胸が温かくなる。


 早速、机の上に飾られた花束に歩み寄り、そっと触れる。柔らかな花弁が指先をくすぐって、自然と笑みがこぼれた。


「お嬢様。その花束、とてもお似合いです」


 振り返るとベルがニコリと笑っていて、私は心がふわっと綻ぶのを感じた。



 ***


 翌日。


 私は、リオン殿下から届いた巨大な花束を前に途方に暮れていた。


 あまりにも大きすぎて、自室には収まらない。仕方なく玄関ホールへ移したものの、それでも存在感が凄まじかった。


(うちには大きすぎるわね……)


 その時、バタンっと音を立てて勢いよく玄関の扉が開いた。


「お姉さまぁぁぁ!」


 勢いよく玄関の扉が開いた。


「マリアンナ?」


 明るいベージュの髪が視界いっぱいに広がる。


「もう無理です!」


 抱きついてきた妹を支えながら、私は小さく息を吐いた。


「どうしたの?」


「妃教育が嫌なのです!」


 その言葉に、回帰前の記憶が蘇る。


 王族の妃になるための教育は厳しい。


 外交、歴史、政治、礼儀作法――。


 幼い頃から勉強を嫌っていたマリアンナにとって、楽しいものではないだろう。


「それで、今日は何から逃げてきたの?」


「外交です! 隣国との関係とか、貿易とか、歴史とか……!」


「大事な勉強ね」


「全然楽しくないわ! しかもカルヴァン男爵は毎回テストをするの!」


 カルヴァン男爵は、私も前世で教えを受けた優秀な外交官だ。


 厳しいけれど、その授業は確実に王族として必要な知識を身につけさせてくれる。


「それで?」


 嫌な予感を覚えながら尋ねる。


「今日の課題を出されたの!」


「……まさか」


「お姉様なら分かるでしょう?」


 マリアンナが差し出した課題を見る。


『北方諸国の情勢と関係をまとめなさい』


 その瞬間、指先が冷たくなった。


(この課題……)


 前世でも、同じ時期に出された。


 そして、この先には――サウザンド国との外交がある。


 前世では、リオン殿下がサウザンド国との交渉をまとめ、鉱物や燃料の権利と引き換えに軍事支援を行うことで合意していた。


 さらにミネルヴァ王国との関係まで整え、北方の安定を図った。


 けれど――アレン殿下が、その交渉を自分の都合で破談にした。


 その結果、サウザンド国は鎖国。


 北方への街道は閉ざされ、燃料や鉱物の輸入も減少した。


 物価は上がり、国民の生活は苦しくなった。


(……今度は、絶対に同じことを起こさせない)


 胸の奥に、強い決意が生まれる。


 けれど。


「お姉様、これ代わりにやってください!」


「え?」


「だって私、外交なんて分からないもの」


「……一緒にやりましょう」


「お姉様が書いた方が早いわ」


「それではマリアンナの勉強にならないでしょう?」


 そう言いながらも、結局私は妹の隣に座った。


 教えているうちに、少しずつ思い出す。


 昔から私は、こうだった。


 妹が困っていれば助ける。


 家族が困っていれば、自分が頑張ればいいと思う。


 誰かに頼るより、自分でやった方が早い。


 それが当たり前になっていた。


 だから――。


 気づいた時には、課題の大半を私がまとめていた。


「できました!」


 マリアンナが嬉しそうに笑う。


「先生に褒められますわ!」


「そうね。次は自分でできるように頑張りましょう」


 そう言うと、マリアンナは笑顔で頷いた。


 ――けれど。


 それで終わりにはならなかった。


 数日後。


「お姉様!」


 再びマリアンナがやってきた。


「この前の課題、先生に褒められました!」


「それは良かったわね」


「だから、次もお願いします!」


「……え?」


 それからだった。


 招待状の返事。


 お茶会の準備。


 妃教育の課題。


 最初は「相談」だったはずなのに、いつの間にか私がやることが増えていった。


「お姉様ならすぐできますわ!」


「お姉様にお願いすれば大丈夫よね?」


 そう言われるたびに、私は断れなかった。


 妹だから。家族だから。


 私が少し頑張れば済むことだから。


 そう思ってしまう。


 そして、それがいつしか当たり前になっていった。


 ――そんな夏のある日だった。


 その日も、私は四件の家庭教師を終えて屋敷へ戻った。


 疲れた身体を休める暇もなく、部屋に入ると机いっぱいに書類が広げられている。


「お姉様! 明日までに仕上げないといけないんです!」


 マリアンナが当然のように笑った。


「……ごめんなさい。今日は少し疲れていて」


 初めて、私はそう口にした。

 するとマリアンナが目を丸くする。


「何がそんなに疲れるんですか?」


「……私だって、疲れる日もあるのよ」


「でも……」


 マリアンナは困ったように眉を下げた。


「これができないと、王妃様やアレン殿下に呆れられてしまいます」


 その言葉に、胸が重くなる。


「婚約破棄されたら、我が家の将来にも関わるんです」


「……」


「お姉様なら、すぐにできますわ」


 そして、いつものように私の手を握る。


「お願いします」


 私はしばらく、その手を見つめていた。


 疲れている。もう、何もしたくない。


 本当はマリアンナに「自分でやって!」と言ってしまいたい。


 それでも――。


(私がやれば、済む)


 そう思ってしまう。


 家族のためなら。伯爵家のためなら。

 私が少し我慢すればいい。


「……分かったわ」


 結局、私はまた頷いた。


「今回だけよ」


「ありがとうございます、お姉様!」


 嬉しそうに笑う妹を見ながら、私は小さく息を吐いた。


 ――いつまでも、こんなことを続けてはいけない。


 頭では分かっている。


 けれど。


 誰かに頼ることより、自分が抱え込んでしまう方が、私にとってはずっと簡単だった。

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