2-12.社交界の華
ペルシャンティ公爵令嬢を探し始めてから、彼女が見つかるまでそう時間は掛からなかった。
「あちらではありませんか?」
ルイが広間の奥へ視線を向ける。
つられて顔を上げた先に見えたのは、一人の令嬢だった。
記憶の中と同じく暁色の髪に澄んだ碧眼。
ただ立っているだけなのに、不思議と周囲の視線を引き付ける存在感があった。
そしてその隣には――。
(リオン殿下……)
殿下とペルシャンティ公爵令嬢は穏やかに会話を交わしていた。その姿は並んで立つだけで絵になる。
(ああ……とうとうこの時が来たのね)
わかっていたことだったけど、実際にその姿を目の当たりにすると、想像以上に胸が痛んだ。
前世では二人は婚約していた。きっと、これから二人の関係が始まっていくのだろう。
家柄も申し分なく、美しく、聡明で、誰もが認める完璧な令嬢。
対して私は田舎の貧乏伯爵令嬢で、王都では無名同然。
立っている場所が、生きている世界が違う。
やはり、殿下の隣に立つのは、こういう方なのだろう。
なのに、なぜか以前リオン殿下が向けてくれた優しい眼差しを思い出す。
あれはきっと私の勘違い。王族は誰にでも丁寧だ。それを勘違いしただけの事。そう自分に言い聞かせた。
その時だった。
「ゼイン様!」
ペルシャンティ公爵令嬢がこちらに気付き、ぱっと表情を明るくした。
淑女らしい落ち着いた佇まいから一転、年相応の娘らしい笑顔になる。
彼女はそのまま駆け寄りそうになり、途中で慌てて歩みに変えた。
「アルティナ!」
「ゼイン様!」
二人は手を取りあって再会を喜んだ。そのやり取りは微笑ましかった。
「少し知り合いの方々とお話した後に、帰り道が分からなくなってしまいました。ごめんなさい」
ペルシャンティ公爵令嬢は私達へ向き直り、頭を下げた。
「帰り道ですか?」
「私、方向音痴なんです」
一同が目を瞬く。あまりにも親しみやすい告白だった。
「王宮は広くて……」
「それは確かに」
ルイが苦笑する。
「毎回迷います」
本人は真剣そのものだった。
だからこそ可笑しくて、思わず笑いが零れる。
春の日差しみたいな人だ、と思った。温かくて、自然と周囲を明るくする。きっと誰からも好かれるのだろう。
胸がまた少しだけ痛む。嫌いになれたら楽だった。欠点を見つけられたら楽だったのに、ペルシャンティ公爵令嬢はとても素敵な人だ。
だからこそ、余計に思ってしまう。
リオン殿下の隣に立つのなら、きっとこういう方なのだろうと。
「ミレイナ?」
隣からルイの声がした。
振り返ると、彼は何かを察したような顔をしていた。
「少し休憩しようか」
「え?」
「さっきから立ちっぱなしだろう」
何でもないことのように言いながら、ルイは手を差し出した。
「庭園の方なら静かだと思う」
きっと彼なりに気遣ってくれたんだろう。そのさり気ない優しさに胸が少しだけ温かくなる。
「……うん」
私は小さく頷いた。
***
初夏の夜風が頬を撫でる。
会場から少し離れた庭園は静かで、先ほどまでの華やかな喧騒が嘘のようだった。
私は深く息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた重たいものが、少しだけ軽くなった気がする。
「少しは落ち着いたか?」
隣から優しい声がして、私は肩を竦めた。
「大丈夫。ちょっと気疲れしただけだから」
「本当に?」
「うん」
「俺にはそう見えなかったけど」
ルイはガゼボの手すりに肘をつきながらこちらを見る。
その視線に居心地の悪さを覚えて、私はわざと顔を背けた。
「気のせいよ」
「へぇ」
「なによ、その反応」
「いや別に」
絶対に納得していない顔だった。
昔からこうだ。変なところだけ勘が鋭くて、私が誤魔化したい時ほど、容赦なく見抜いてくる。
「ミレイナ」
名前を呼ぶその声はいつもより少しだけ真面目な声だった。
「さっき誰を見てた?」
続いた意外な言葉に、思わず目を瞬く。
「え?」
「広間で」
「見てないわ」
「嘘つくな」
即座に否定して、ルイは少しだけ眉を下げた。
「とにかく、あんまり無理するな」
「無理なんてしてない」
「そういうところがずるい」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
「全然分からない!」
「分からなくていい」
ルイはそう言って空を見上げる。
そんな彼の横顔を月明かりが照らしていた。
どこか寂しそうにも見えたけれど、その理由までは分からない。
「まあいい」
そう言って笑う横顔は、いつものルイだった。だから私はそれ以上追究しなかった。
夜風が静かに吹き抜ける。胸の痛みはまだ消えていない。けれど、一人で抱えるよりは少しだけ楽になった気がした。
「ありがとう」
ぽつりと呟くと、今度はルイが不思議そうに首を傾げた。
「今日、付き合ってくれて。
パートナーがルイで良かった」
素直な感謝だった。ルイと踊れて楽しかったし、きっとルイがいなければ、もっと苦しかった。
その言葉に、ルイは少しだけ目を細める。
「それなら良かった」
優しい人だと思う。
いつだって私が困っている時に手を差し伸べてくれる。きっと、これからも……。
だからこそ、その優しさに甘えすぎてはいけないのだろう。
夜空を見上げると、星々は変わらず静かに瞬いていた。
未来はきっと変わらない。リオン殿下はペルシャンティ公爵令嬢と婚約し、私はそれを祝福する側になる。
(……それでいい)
そうあるべきなのだと、私はそっと目を閉じる。
(だけど……苦しい)
胸の奥では、どうしても諦めきれない自分がいる。
この想いごと、夜風が連れていってくれればいいのにと思った。




