2-11.人探し
王宮へ到着した頃には、すっかり日も落ちていた。
夜空を背景にそびえ立つ王宮は、無数の灯りに照らされ、まるで光の城のようだった。
「顔が引きつってるぞ」
隣でルイが笑う。
「だって……王室主催の祝賀会なんて初めてだもの」
「大丈夫だって」
差し出された手に自分の手を重ねると、ルイは自然な動作で私をエスコートしてくれた。
広間へ足を踏み入れれば、楽団の音色と貴族たちの談笑が一気に押し寄せてくる。
色とりどりのドレス。
煌びやかな礼装。
誰もが着飾り、まるで別世界のようだった。
(……緊張する)
無意識にルイの腕を掴む力が強くなる。
「そんなに力を入れたら腕がもげる」
「ご、ごめんなさい!」
「冗談だよ」
ルイは昔と変わらない笑顔を浮かべた。
「心配しなくても大丈夫。変なのが寄ってきたら追い払ってやる」
「犬じゃないんだから……」
「じゃあ虫か」
「もっと嫌よ」
思わず笑う。
それだけで、張り詰めていた肩の力が抜けた。
その後もルイは次々と声を掛けてくる貴族たちに応じながら、決して私を置いていかなかった。
侯爵家の嫡男として完璧に振る舞う姿を見ていると、昔から変わらない部分と、立場に相応しく成長した部分の両方を感じる。
そんな中。
「ミレイナ先生!」
聞き覚えのある声に振り返る。
ガーネットがこちらへ駆けてきていた。
「ガーネット。淑女は走ってはいけませんよ」
「ごめんなさい! でも、先生に会えて嬉しくて……!」
嬉しそうな顔を見て、私も笑う。
「こんばんは、ガーネット嬢」
「ルイス様!」
ルイもすぐにしゃがんで目線を合わせた。
「今日は先生を独占しないでくださいね」
「しません!」
「それなら安心だ」
すっかり打ち解けた二人を見て、思わず笑ってしまう。
やがてガーネットの母親が迎えに来ると、彼女は名残惜しそうに去っていった。
「ルイって、意外と年下の子に面倒見がいいよね」
「ミレイナが大事にしてる生徒だからな」
「え?」
「仲良くしておこうと思って」
あまりにも自然に言われて、私は少しだけ目を瞬いた。
けれど、ルイはもう会場へ視線を戻していた。
「それより、一曲踊る?」
「え?」
「せっかくの祝賀会だろ」
そう言って、ルイが手を差し出す。
「よろしくお願いします」
その手を取った。
***
一曲踊り終える頃には、最初の緊張もすっかり消えていた。
「ありがとう。楽しかったわ」
「それはよかった」
ルイが笑う。
その時だった。
「まあ、お姉様」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには鮮やかな薔薇色のドレスを纏ったマリアンナが立っていた。
その口元に浮かぶ笑みを見た瞬間、私は小さく身構えた。
「マリアンナ」
「ご機嫌よう、お姉様」
優雅に一礼する姿だけ見れば、完璧な令嬢だ。周囲の貴族たちも微笑ましそうに見ている。
「お姉様、とても美しいドレスね」
その言葉のどこかに棘がある。
けれど、今さら気にしても仕方がない。軽く笑みを返すとマリアンナの視線が隣のルイへ向いた。
「ルイス様もご機嫌よう」
「久しぶりだね、マリアンナ嬢」
ルイはいつも通り穏やかだった。昔のことなど気にしていないように見える。それが少しだけ救いだった。
少し前までマリアンナは、よくルイの後ろを追いかけていた。
お父様にもルイの婚約者になりたいと何度もお願いしていたのを知っている。
けれど今の彼女は違う。王族との縁談を手に入れた。
だからだろうか、その視線にはどこか勝ち誇ったような色が滲んでいる。
「このドレスはルイス様がお姉様に贈られたのですか?」
「そうだよ」
「まあ……相変わらずお優しいですのね」
その言葉に妙な棘を感じたが、ルイは気にする様子もなかった。
「それは光栄だね」
軽く受け流す。
その様子にマリアンナも思うような反応が得られなかったのか、一瞬だけ表情を固くした。
「マリアンナ」
低い声が響いて視線を向けると、一人の青年がこちらへ歩いてくる。
鮮やかな金髪に人好きする笑みを浮かべてくるのは第二王子アレン殿下だった。
周囲の空気が僅かに変わり、皆が自然と頭を下げた。
「アレン殿下」
マリアンナが嬉しそうに駆け寄る。
「申し訳ありませんわ。少し知り合いを見かけましたので」
「急にいなくなるから探したよ」
呆れたように言いながらも声音は優しい。
二人の距離感は親しげだった。婚約者候補として順調なのだろう。
アレン殿下はルイへ視線を向けた。
「ミラー公子」
「第二王子殿下」
互いに礼を交わす。侯爵家は王家からの信頼も厚い。だからこそ王子であってもルイを邪険にすることは許されない。
そしてアレン殿下の視線は隣の私にも向けられた。
「ああ。君はマリアンナの姉君だったね」
「ご無沙汰しております。アレン殿下。
ミレイナ・フェリエールと申します」
「話は聞いているよ」
穏やかな笑みに、少し安堵したその時だった。
「チョットイイデスカ?」
聞き慣れない発音の声が割って入る。褐色肌の一人の青年が困ったような表情で近付いてきた。
異国風の礼装で、胸元には見慣れない紋章がある。恐らく南国の王族だ。
「申し訳ございません」
だが、先に口を開いたのはマリアンナだった。
だけど、その声色は妙に冷たく、歓迎の色ではない。
私は何だか嫌な予感がした。
「今はアレン殿下がお話し中ですの。後にしていただけませんか?」
一瞬、場の空気が止まって、アレン殿下まで僅かに目を瞬かせた。
だが、当のマリアンナだけは気付いていないようでにっこりと微笑む。
(何を言っているの……)
相手も王族だ。しかも困って助けを求めている様子なのに。
その青年は苦笑した。
「モウシワケゴザイマセン。ドウコウシャトハグレマシテ」
完全にこちらが失礼だった。私は即座に前へ出て頭を下げた。
「申し訳ございません。お困りでしたら私がお手伝いいたします」
「俺も手伝いますよ」
私とルイの言葉に、青年の表情は少し和らいだ。
「タスカリマス」
「どなたをお探しなのでしょうか?」
「アルティナ。ワタシノハトコデス」
その名前が出た途端、アレン殿下が口元をほころばせた。
「ああ、ペルシャンティ公爵令嬢か」
その名前に私は思わず目を見開く。
アルティナ・ペルシャンティ公爵令嬢。
暁色の髪にサファイアのように鮮やかな瞳で、社交界の華と名高い公爵令嬢。
その名前は誰でも知っている。
そして――。前世でも、その名前は何度も耳にした。
「広間のどこかにいるはずですし、一緒に探しましょう」
ルイの言葉に青年は安堵したように微笑む。
「アリガトウゴザイマス」
「すぐに見つかることを祈っているよ」
アレン殿下がそう言って一礼すると、マリアンナも慌てて笑顔を作った。
「わ、私もここで失礼しますわ」
彼女には誰も突っ込まなかった。その方が平和だからだ。
こうして私とルイは、ペルシャンティ公爵令嬢を探すことになった。




