2-10.ドレス
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ル イがエスコート役を引き受けてくれたことで、祝賀会の問題はひとまず解決した。
――はずだった。
「ミレイナ様。ドレスはどうなさるおつもりですか?」
数日後、家庭教師の仕事を終えて帰宅した私を待ち構えていたのは、幼い頃から仕えてくれているメイド長だった。
「去年の夜会で着たものに少し手を加えようかと――」
「駄目です」
「どうして?」
「今回は王室主催の祝賀会ですよ?」
有無を言わせぬ迫力に、私は小さく肩を竦めた。
マリアンナが王宮へ移ってから、以前のような浪費はなくなった。
それでも、これから婚礼を控えた彼女の持参金など、必要になるお金は多い。
だから私は、できるだけ自分のためにお金を使いたくなかった。
「それに今回は、ルイス様がエスコートなさるのでしょう?」
「そうだけど……」
「でしたら、なおさらです」
メイド長は呆れたように息を吐く。
「ミレイナ様もルイス様も、もう子供ではないのですよ」
「……分かってるわ」
確かに、その通りだった。
ルイは侯爵家の嫡男。
彼が誰かと並んで歩けば、それだけで婚約の噂が立ってもおかしくない。
けれど――。
(私は、ルイをそんな風に見たことはない)
私にとって彼は、昔から変わらない幼馴染だ。
困った時には助けてくれて、嬉しい時には一緒に笑ってくれる。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……分かった。ちゃんと選ぶわ」
そう答えると、メイド長は満足そうに頷いた。
その後、いくつものデザイン画を見せられた私は、一枚のドレスに目を留めた。
淡い青の生地に、金糸の刺繍とクリスタルが繊細に散りばめられている。
「綺麗……」
「お嬢様のお瞳にもよくお似合いになりますわ」
けれど、胸に浮かんだのは別の人の顔だった。
(……もし、殿下がご覧になったら)
似合っていると、思ってくださるだろうか。
そんなことを考えた途端、胸の奥がふわりと熱くなる。
(……駄目。何を考えているのよ)
今日は仕事のための祝賀会。
それに――。
殿下には、きっとたくさんの令嬢が声をかける。
そう思うと、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
「この色なら、ルイス様の瞳の色とも合いますね」
「……ルイの?」
「ええ。お二人で並ばれたら、とても素敵でしょうね」
「……そう、かしら」
私は曖昧に笑った。
むしろ頭に浮かぶのは、あの藤色の瞳。
私を見つめる、優しい眼差しだった。
「……ルイにも聞いてみるわ」
そう答えたものの、部屋へ戻ると机の上に置かれた一通の手紙に目が留まった。
殿下から届いた手紙。
自然と手を伸ばす。
封を開けば、きっといつものように穏やかな言葉が綴られている。
それを想像するだけで、頬が緩みそうになった。
(……早く、お会いしたい)
そう思った自分に気づいて、私は慌てて首を振った。
祝賀会までは、もう少し。
その日が来るのが、待ち遠しかった。
***
それから数日後。
仕事を終えて屋敷へ戻った私は、玄関ホールに並んだ大きな箱を見つけた。
「……何これ?」
「お帰りなさいませ、お嬢様! ミラー侯爵家からのお届け物ですよ」
「侯爵家?」
嫌な予感がした。
「ルイス様からです!」
「……やっぱり」
箱を開けると、そこには一着のドレスが収められていた。
「……綺麗」
淡い青のドレス。
先日、私が選んだものとよく似た色合いだった。
箱の中には、一通の手紙も入っている。
『春季祝賀会用に用意した。
エスコートをする男として贈らせてほしい。
ちなみに、選んだのは母上だ。
断ったら泣くから、諦めて受け取ってくれ』
「……もう」
思わず笑ってしまう。
昔から変わらない。
困った時には必ず助けてくれる。
今回だって、私が遠慮することまで分かった上で、断れない理由まで用意してくれたのだろう。
「……ありがとう、ルイ」
ドレスの刺繍をそっと撫でる。
嬉しかった。
***
祝賀会当日。
「お嬢様、動かないでください!」
「いたっ」
ベルにコルセットを締められ、髪を整えられ、最後に淡い青のドレスを纏う。
鏡の中には、いつもより少しだけ大人びた自分が映っていた。
「……なんだか落ち着かないわ」
「とてもお似合いですよ」
ベルが嬉しそうに笑う。
その時だった。
「お嬢様!」
廊下から使用人が駆け込んでくる。
「ミラー公子様がお見えです!」
胸が少しだけ高鳴った。
私はドレスの裾を整え、玄関ホールへ向かう。
階段を下りた先に、ルイが立っていた。
紺を基調とした正装に、侯爵家の紋章。
いつも見慣れているはずなのに、今日はどこか新鮮に見えた。
「待たせた?」
「いや」
ルイは短く答えたあと、私を見て――ほんの一瞬、言葉を失った。
「……ドレス、似合ってる」
「ありがとう。このドレス、とても綺麗」
「ならよかった」
そう言って、ルイが手を差し出す。
「行くぞ」
「うん」
私はその手を取った。
昔から何度も助けてもらった、大切な幼馴染の手。
その温もりに、私は自然と笑みを浮かべた。
けれど――。
王宮へ向かう馬車の中で私の胸を占めていたのは、ただ一人。
今日、もしかしたら会えるかもしれない。
そう思うだけで、胸が苦しいほどに高鳴った。




