2-6.会いたい
数日後、朝の光が差し込む廊下にパタパタと走る音が響いた。
「お嬢様ぁ~~! 来ましたよ!」
両手で大切そうに小包を抱えたベルが、満面の笑顔で飛び込んでくる。
「ベル! 何が来たの?」
「何がって……“グラウス子爵家からのお返事”に決まってます!」
胸がドクンと音を立てて跳ねる。
ベルは嬉しくて仕方ないというように、小包と封書を差し出した。
「良かったですね!」
その言葉に、頬が熱くなった。
早速、封を切ると小包の中には小説の続きの巻が入っていた。
私はベルに小説を手渡すと、その場で手紙を読んだ。
『手紙を送ってくれてありがとう。嬉しいよ。
よかったら、近々会えないかな?
小説に出てくるヘーゼル国の菓子が手に入りそうなんだ。
もちろん、兄上には気付かれないようにするから安心して』
「っえ!」
私は思わず変な声を出していた。
自分のいいように解釈したのかと思って読み返してみたが、そこに書かれている言葉は変わらない。
(……会えるの?)
ずっと、これまでもこれからもリオン殿下と私的に会うことなど許されないと思っていた。
アレン殿下の存在もあるけれど、それよりもリオン殿下の立場がそれを許さないとばかり思っていた。
突然訪れた喜びに、ふわふわとするような温かい気持ちが胸に広がる。
「お嬢様! 何が書かれていたのですか?」
私の表情の変化に、何か良いことが書いてあったのだと読み取ったのだろう。ベルはニヤニヤしながら聞いてくる。
「そ、その……会えるって……」
「キャー! それってデートのお誘いですか?」
「デート……なのかな?」
「では、早速その日に向けて準備しなくてはいけませんね!」
「準備……?」
「それはもちろん! ドレスを新調して、髪とお肌のお手入れもしないと!」
まるで自分の事のように張り切っているベルの姿に私は思わずクスッと笑う。
「では私は奥様に報告して参ります!」
「報告って何を……!」
「もちろん、お嬢様に春が来たことです!」
「ベル!」
ベルが逃げるように部屋を出ていくと、賑やかだった部屋に静寂が戻った。
私はもう一度、手紙を手に取った。
『会えないかな?』
たった一行なのに、心臓が落ち着かなくて、何度も何度もその一文を読み返す。
(私も会いたい……です)
そう思ってしまった瞬間、慌てて手紙を閉じた。
(だめ……)
胸の奥から湧き上がる感情を押し込めるように、小さく息を吐く。
私は知っている。リオン殿下には、本来婚約者になるはずの令嬢がいることを。
今は未来が変わっているとはいえ、それでも第一王子の妃という立場がどれほど重いものかくらい理解している。
だから、これ以上近付いてはいけない。
そう思っていた。思っていたのに……もう止まらなかった。
机の引き出しを開ければ、今までやり取りした手紙がある。
最初はただの感謝だった。それなのに、気付けば、手紙が届く日を待つようになっていた。
王宮の庭に咲いた花の話、読んだ本の感想、失敗した話や美味しかった食べ物。
何気ないやり取りが嬉しくて仕方なかった。
手紙を開く度に笑って。返事を書く時間が楽しくて。
いつからだろう。殿下からの手紙を待つことが、日常になっていたのは。
私はそっと手紙を胸元に押し当てる。
会いたい。顔が見たい。声が聞きたい。
それはきっと、ずっと前から抱いていた願いだった。
だけど、会ったら、きっともっと好きになる。
ただでさえ諦めきれていないのに、いつか失った時、今よりずっと苦しくなる。
分かっている。分かっているのに、目を閉じれば婚約式の日の殿下の顔が浮かぶ。
自分を見つめる真っ直ぐな紫の瞳、離したくないと言うように握られた手、耳元で囁かれた声。
思い出しただけで胸が熱くなった。
「……もうとっくに手遅れだ」
ぽつりと零れた言葉に、自分で驚く。
だから怖いのだ。失うことが、叶わない未来が。
それでも、ベルの言葉が頭をよぎる。
『未来なんて誰にも分からないんです』
そうだ。未来は分からない。回帰前と同じ未来が来る保証なんて、どこにもない。
だったら、せめて今だけは後悔しない選択をしてもいいのではないだろうか。
私は新しい便箋を取り出して、ペン先にインクをつける。迷いは、もう無かった。
『ぜひ、お会いしたいです』
最後の文字を書き終えると、インクが乾くまで、そっと便箋を見つめた。
未来は分からない。だから私は、自分で選んだ今日を信じてみようと思った。




