表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殿下、私は運命の相手ではありません!~死に戻り令嬢は第一王子の執着に気付かない~  作者: MARUMI
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/35

2-5.勇気

 王都、伯爵邸――


 婚約式の後、私は食事を食べることができずに部屋に籠っていた。

 心配する両親に「少し疲れたの」と伝えると、お母様は心配そうに眉を下げたが、それ以上追求されることは無かった。


「恋に悩んでる場合じゃないのに……」


 今日は婚約式でお休みを貰ったが、明日からはまた家庭教師の仕事が詰まっている。それに、婚約者から逃れられたからと言って、自分の死から完全に逃れられたかは分からない。


(また、新たな困難が発生した時のために備えないと……)


 小さく息をついて、明日の授業の準備のために机に向かおうとした時、タイミング良く扉が叩かれた。

 

 扉から顔を出すと、ベルがキッチンカートと共に腕を組んで立っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。……お食事をとられていないと聞きましたのでお持ちしました」


「ありがとう。でも、今日は……」


「今から明日の準備をされるのですよね? 少しでも何か食べてください。栄養が行ってないと頭の回転が悪くなります!」


 彼女は若いのに容赦がない。勝てる気がしなかった私は扉を開いた。


 ベルが準備してくれたのは消化の良さそうなリゾットと野菜スープだった。今日はお祝いだから家族の食卓には肉料理が並んでいたのに……。きっとベルがわざわざ準備してくれたんだろう。


「ありがとう。ベル」


 私が感謝の気持ちを伝えると、彼女はホッとしたように微笑んだ。


 食べ終えると、ベルはハーブティーを準備してくれた。心を落ち着ける香りが部屋いっぱいに広がる。


「お嬢様、婚約式で何かありましたか?

 目の周りのお化粧が崩れているので……」


「マリアンナの晴れ舞台に感動したのよ……」


 しかしベルはじっと見つめてくる。

 嘘をついても全部見抜かれる、そんな相手だ。


「お嬢様、無理に話して欲しいとは思っていません。

 ですが、誰かに話すことで気持ちを手離すことも出来ます。

 人を頼ることもたまには悪くないですよ」


 "気持ちを手離す"そんな考え方、したことなかった。私は思い切って、殿下への気持ちを話してみることにした。


「……ベル。もし……もしもね。叶わないってわかってる恋をしたら……どう、する?」


 ベルが想像していた悩みと違ったのだろう。彼女は一瞬まばたきをして、それからゆっくりと歩み寄り、私の肩にそっと手を置いた。


「叶わないって、“決めている”だけじゃないんですか?」


「相手には婚約者候補になる方がいるのよ……」


 "未来を知っている"とは言えない。

 でも、ベルは深く聞きはしなかった。


「……私には貴族の方々の婚姻のことは分かりませんけど」


 柔らかく笑って、彼女は続ける。


「好きって気持ちは、それだけで立派ですよ。叶うかどうかより……まずは、誰かを好きになれた自分を大事にしてあげてください」


 その言葉に胸がきゅっと締めつけられる。

 確かに恋なんてちゃんと知らなかった回帰前の私に比べたら、誰かを好きになることができただけでも進歩だ。


(だけど……)


 殿下の横に並ぶ未来の令嬢の姿が、瞼の裏にちらついて、息が詰まった。


「……どうして、望んでしまうのかな……」


 自分でも驚くほど弱い声だった。


 ベルは少し考えるようにしてから言った。


「お嬢様は、まだ起きてもいないことを心配して、我慢しようとしているように見えます」


 その言葉に心が揺れた。

 回帰してからずっと"知っている未来"に固執しすぎていた気がする。


 リオン殿下との出会いも。

 家庭教師として働いている今も。

 アレン殿下の婚約者が私ではなくなったことも。

 既にあの時とは変わっていることが沢山ある。


 なのに私は、知っている未来ばかり気にして、怖がって、今を生きることを手放していた気がする。


「明日雨が降るかもしれないからって、今日まで傘を差す必要はありませんよ」


 そんな当たり前みたいな言葉が、胸に落ちて涙が滲んだ。


(……私、未来に怯えて、今を全部諦めようとしてたんだ)


「それに、本当にその時が来たら、一緒にいっぱい泣いて差し上げますよ。

 忘れないでください。お嬢様には"恋"だけではありません。たくさん味方がいますから」


 もし、殿下との恋が叶わなくても、その恋だけが私の全てではない。それで私の価値がなくなってしまう訳ではない。

 一緒に気持ちを分かち合える人が居てくれると思うと、心が急に楽になった。


「ありがとう。ベル」


 ベルが部屋を出ていくと、私は窓を開けた。


 春の夜風が頬を撫でる。

 回帰してから何度も見上げた夜空は、同じはずなのに今日は少しだけ違って見えた。


 その夜遅く、殿下が貸してくれた小説の上巻を読み終えた。

 最後のページを閉じようとした、その瞬間――

 ページの隙間から、小さな紙片がはらりと落ちた。


 震える手で拾い上げて読む。


『感想を一緒に話せると嬉しい』


 その一言だけで鼓動が早くなる。


 私は机に向かい、深呼吸をする。


「……書こう。

 今だけでも、自分の気持ちに素直でいたい」


 震える手で、便箋を広げる。


『お心遣いをありがとうございました。

 ……続きを、お借りできれば嬉しいです』


 書き終えた瞬間、胸が熱くなった。

 もう後戻りできないことが、怖くもあり、どこか解放されたようでもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ