2-4.離さない
side リオン
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
ミレイナの回復を待つことも、母に何かを伝えることも叶わないまま、僅かな荷物と共に王宮に入ったリオンに待っていたのは孤独だった。
少しだけ期待していた父との再会。だけども国王は、リオンを一瞥しただけだった。
国王からの冷遇が明らかになると、途端に王妃からの嫌がらせが始まった。
腐ったスープを飲まされた後には何日も吐き続け、毒入りのお茶で血を吐いたこともあった。
マナーがなっていないと何度も鞭で打たれ、寒い日にお湯や暖炉の火種を貰えずに凍えそうになりながら眠った日もあった。
誰にも必要とされていないのに、この場所にいないといけない。大切な人の元に戻りたい。だけど、自分の存在はあの人達を傷つけてしまう。
大切な人を守るためなら、どんな痛みにも耐えないと。
そう思った矢先、王弟から母の死を聞かされた。最初は意味が分からなかった。母は死なないと思っていた。王宮で自分がどんなに苦しくても、どんな目に遭っても、母はあの場所で生きていると勝手に信じていた。
死因は突然死と聞かされたが、恐らく王妃が差し向けた刺客によるものだろうと親切な王弟の部下がこっそり教えてくれた。
悲しい、寂しい、 悔しい、恨めしい。
どの感情が正しいのか分からなかった。
ただ、死にたくなった。
自分の存在が母の人生を歪ませ、苦労を強いて、更には母の命まで奪った。
そこまでして、自分が生きている意味を、価値を見出せなかった。
「死にたい……」
無駄に広い自室の天蓋にシーツを巻き付けて死のうとした。
だが、首を吊った途端に衛兵が飛び込んできた。
その衛兵に言われた言葉は「あんたに死なれたら俺が困るんです」だった。
(ああ。誰一人として、生きていてほしいとは言わないんだ……)
衛兵の言葉には悲しいとかそういった類いの意味は無い。"自分が番をしているタイミングで自殺しないでくれ"ということだ。
どうやら自分は死ぬことも許されないらしい。
それからの日々は、よく覚えていない。ただ、機械のように与えられたスケジュールをこなし、王族としての教養や振る舞いを叩き込まれた。
そんなある日、国王や王妃が住む宮から少し離れた別宮に部屋を移ることになった。
いつも何かと気を使ってくれる使用人の一人が、部屋の奥に仕舞われた一つの鞄を見つけて、大切なものではないかと尋ねてきた。
それは、フェリエール伯爵領から王宮に入る時に持ち込んだ唯一の荷物だった。
中にはこっそり御守りにと持ってきた母の指輪や誕生日に貰った小説。ミレイナがくれた手紙や二人で作った押し花の栞と、彼女がくれた髪飾り。
もう自分には感情なんて残っていないと思っていたのに、それらを見つけた途端、涙が溢れ出した。
指輪を握った瞬間、母の手の温もりを思い出した。押し花を見た瞬間、笑うミレイナの声が蘇った。ずっと失ったと思っていた世界が、その鞄の中には残っていた。
(どうして、忘れていたんだろう……)
リオンはその鞄を大切に別宮へと運んだ。そして、母の指輪を形見として首からかけ、ミレイナと作った押し花の栞をいつも見える場所に飾った。
たったそれだけで、世界に色が少し戻ったように感じた。
なのに、指輪も栞も、鞄を見つけてくれた使用人も次から次へとあの男――第二王子に奪われた。
最初は取り戻そうと必死に彼にすがりつき、抗議し、懇願した。だが、あの親子に人の心なんて物は無いのだ。
全てが無駄で、むしろリオンが苦しめば苦しむ程、奴らは喜んだ。リオンの人生はまた、色を失った。
彼の人生に再び灯りが灯ったのは、あの日、あの夜の舞踏会だった。
無気力に参加した舞踏会。婚約者になる相手を探せと言われたが、そんなつもりがなかったリオンは参加者リストにすらきちんと目を通していなかった。
入場だけして、どこかで時間を潰そうと思っていたその時――視界の向こうに彼女を見つけた。
まるでそこにだけ光が当たっているように、彼女だけが鮮明に見えた。
「ミーナ........」
十年越しに見た彼女は、想像よりずっと綺麗で、ずっと大人で……でも、リオンを見ると怯えたように瞳を揺らした。
それでも、嬉しかった。生きていて良かったと心の底からそう思った。
ミレイナはあの日の衝撃で記憶が混濁し、幼少期のことを覚えていないことは伯爵から聞かされていたし、彼女は自分を女の子のリオだと信じていることも知っていた。
だから、ミレイナがリオンをあの時の子どもだと知る術はない。それでも、彼女が生きていて手の届く場所にいる。声が聞ける。それだけで嬉しくてたまらなかった。
(本当は彼女に危害がいかないように、自分から接触しないつもりだった……)
だけど、彼女の話を聞いた以上、あのままになんてできるはずが無かった。
もう二度と、彼女を失いたくなかった。
婚約者に妹が選ばれたことで、彼女の家が破産しそうだと噂を聞いて居ても立ってもいられなかった。何か助けたいと思ったが、既にあの侯爵家の令息が助けた後だった。
出遅れて、また何の役にも立てなかった自分がやるせなかったけれど、それから彼女と文通を交わす日々が始まった。
幸せだった。
毎日、彼女からの手紙が楽しみで、普段は気にも留めていなかった王宮の景色や書物、食べ物に興味を持つようになった。
そして、叶うなら、いつかまた彼女の隣に立てるようになりたい。そんな淡い希望まで持ち始めていた。
だから、彼女の手紙が止まった時、絶望した。
今日こそ届いているかもしれない。
明日こそ。
次こそ。
気付けば毎日、侍従の足音に耳を澄ませていた。
そんな期待を抱いて使用人から違う手紙を受け取るたび、違うと分かって落胆した。
自分のどの行動が彼女の気分を損なったのか、何が駄目だったのか。毎日毎日考えて、眠れなくて……。
一度希望を知ってしまってからの暗闇は前よりもっとずっと暗くて、苦しかった。
だから今日、再び彼女に会えたことで渇きが一気に溢れた。
笑ってほしい。触れたい。声を聞きたい。もうどこにも行ってほしくない。
(もう彼女のいない世界でなんて生きていける気がしない)
手のひらをそっと握る。あの日、掴めなかった小さな手を今日ようやく、もう一度触れることができた。
だからもう、離さない。離したくない。




