第五話 裏切り者
生身の肉と骨を断つ、ひどく生々しい感触。
激情に任せて初めて人を……正確には人語を喋る生き物を斬ってしまったわけだが、不思議と不快感は湧かなかった。
この魔族の体がそうさせているのか。
それとも、愛しのヒロインを傷つけられた俺の怒りが勝っているのかは、定かではないが。
「ぎゃあああああっ!? お、俺の腕がああああっ!?」
痛みで無様にのたうち回る魔族を完全無視して、俺は地面に落ちた左腕の近くに転がっている砂時計へと歩み寄る。
そして、靴のかかとで容赦なく踏み砕いた。
パリンッ、というガラスの割れる音と共に、少女の右手と翡翠の剣を覆っていた結晶が、光の粒となって霧散していく。
制限時間内に砂時計を壊したことで、無事に魔法が解除されたらしい。
「ふぅ……。ひとまずはこれでセーフっぽいな」
元の白く滑らかな肌に戻ったのを確認し、俺が安堵の息を漏らしていると。
痛みで悶えていた魔族が起き上がり、血走った目でこちらを睨みつけてきた。
「貴様やってくれたなぁっ! せっかくこのアダマント様が、無価値な人間を美しく価値のある宝石に変えてやっていたというのに! 」
斬られた左腕の断面を結晶で補い、義手のようなものを新しく生やした大柄な魔族。
ははぁ、なるほど。
コイツがモブ魔族が言っていた、ルナーリア王国侵攻の隊長を務める七魔将『アダマント』ってやつか。
確かに七魔将だけあって、さっきの魔法はチート寄りだ。
一度当ててしまえば、あとは逃げるだけで勝ててしまうのだから。
……て言うかコイツ、今なんつった?
この超絶美少女を『無価値』とかほざきやがったか?
アダマントの言葉を聞いて再び苛立ちが頂点に達した俺は、気づけば怒鳴り返していた。
「アホかデカブツ! 金銭的な価値だけで考えりゃ、たしかに宝石は価値のあるモンだろうよ! けどな! 価値ってのは値段だけじゃねぇんだよ! 特にこんな国宝級の美少女は、その存在自体をもっと崇め奉って敬うべきだろーが!!」
「な、何を言っているのだ貴様は……」
俺の語る勢いに圧倒され、思わず怯むアダマント。
未だ理解できないでいるそのアホ幹部に、俺はさらなる熱弁を振るう。
「ほらよく見ろよ、あの可愛い存在を! どこから見てても癒されるし、まるでめが……天使様そのもんだろが! 銀髪ヒロイン様だぞ! そんな敬うべき相手に不意打ちの魔法放つとか、お前マジでどんな神経してんの!?」
「…………」
アダマントからの返答はない。
やっぱりコイツらとは、根本的に価値観が合わないらしい。
美少女の良さが分からんとは、魔族とは悲しい生き物だ。
「……ン!?」
俺が魔族の感性を心から憐んでいると、アダマントが突然、ギョッと目をひん剥いた。
おっ、もしかして俺の想いが理解でき──
「そ、そのツノは! お前、ヤミカゲか!?」
──てないようですねはい。
つうかめっちゃ今更だな。逆に、なんでここまで気づかなかったのか驚きだわ。
たしかヤミカゲに『隠密』とかいうスキルがあったし、それの恩恵だったりするのだろうか。
「な、なぜ魔族であるお前が人間に手を貸すのだ!? 魔王様が立てた侵攻計画を邪魔するなど、許されることではないぞ! そ、それに、同じ七魔将の俺たちがここで争う必要などないだろう!?」
アダマントは露骨に後ずさりながら、必死に言葉を紡ぐ。
ふーむ。このビビり散らかした様子見るに、同じ七魔将でもヤミカゲの方が遥かに格上っぽいな。
ここまで狼狽えるのは、逆立ちしても勝てない実力差がある証拠だ。
……まあどっちにせよ、コイツは人をゴミのように虐殺するような連中だ。
腕を斬り飛ばしても罪悪感を感じないなら、ここで倒してしまって問題ないだろう。倒したことで、俺が精神を病む心配もないわけだし。
そう判断し、俺が忍者刀を下段に構え直した、その瞬間。
「く、クソォォォォッ!」
アダマントは懐から赤色の結晶石を取り出すと、それを力任せに地面へと叩きつけた。
途端に、周囲を照らす強烈な赤い閃光が弾ける。
安全を示す青が転移石だったから、警戒を示す赤は自爆石か、爆弾系統のアイテムに違いない。
日本人としての色彩感覚に従った俺は、瞬時に後ろに跳び退き、出来るだけ距離を……!
「……あーあ、逃げられた。転移の方だったか」
取ったのだが。光が収まった後、そこにアダマントの姿はなかった。
転移だ。あの赤い石は、俺が使った超転移石と同種のアイテムだったらしい。紛らわしい色しやがって。
「やっちまったなー。これで俺は、逃亡生活確定かぁー……」
俺が魔王軍を裏切ったことは、確実に奴の口から魔王へ伝わるだろう。
俺の『戦死偽装・スローライフ計画』は完全に崩壊してしまった。
まあでも、過ぎたことは仕方ない。
それよりも今は、少女の無事を確認だ。
俺は慌てて振り返り、彼女へと歩み寄ろうとして——。
「あ、ハイ」
ピタリと足を止めた。
少女は自由を取り戻した右手で翡翠の剣を構え、左手をバッチリこちらに向けていたのだ。
重力操作魔法、いつでも発動オッケーの構えである。
……そりゃそうだ。
いくら助けたとはいえ、俺の見た目はツノの生えた魔族で、おまけに向こうは俺が『七魔将のヤミカゲ』だと知っている。
警戒をそう簡単に解いてくれるわけがない。
けど、ほんの少しでいいから普通に話してみたい。
前世からの人生を含めても、ここまで完璧な一目惚れは初めてなのだ。
こんなに可愛い子を、そう簡単に諦められるわけがない!
魔王軍から逃げた先で、適当にハーレムを作ろうとか。
チートスペックで、平和にモテモテ生活を謳歌してやろうとか。
そんなのはぜーんぶ、どうでもよくなった。
俺は——この子からモテたい!
他の誰でもない、目の前のこの超絶美少女から好かれたいのだ!
つうか睨まれてるおかげで、バッチリ目が合ってるじゃん! 最高っ!
一刻も早くこの険悪な空気を打破して、俺が敵ではないことを証明しなければ。
幸いにも、宝石化から解除した実際があるので、警戒レベルMAXってわけでもないはずだ。
俺はフル回転で脳みそを働かせ……そして、一つの名案に辿り着いた。
そうだ。男女が出会った時、一番最初にするべきことはなにか?
相手に対して自分が敵ではなく、友好的な存在であると示すための第一歩は?
「どうも、初めまして!」
俺は敵意がないことを示すために、忍者刀やクナイ、鎖分銅といった武器を全て地面に放り捨てると、とびきり爽やかな笑顔を浮かべて口を開いた。
「名前も知らない駄女神様のせいでこの体に転生することになった、十八歳の桜田光一です!」
言葉を言い合えると、俺は深く頭を下げる。
我ながら上手く、自己紹介をできた気がする。
名も知らない相手同士が始めに交わすコミュニケーションは、絶対にこれしかない。
いくら恋愛経験がゼロの俺でも、焦って距離を詰めようとしてもロクなことにならないくらいは知っている。
まずは互いの名前を知り、次に趣味や休日の過ごし方について語り合い、徐々に関係を広げていって——。
「『セクスタプル・グラビティ』」
「うげっ!」
無慈悲な魔法名が紡がれた直後。
俺の体は重力によって、再び平原の土に叩きつけられた。




