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第六話 異世界人です

「あぐぅぅっ……」


 再び、数分前と全く同じ光景である。

 平原の冷たい雑草と土にキスをしながら、全身にのしかかる重力魔法に押し潰される俺。

 そして、その状態の俺を見下ろし、翡翠ひすいの剣を突きつけている超絶美少女。


 一体、何がいけなかったのだろう。

 爽やかな笑顔を向けるには、出会ってからの時間が短すぎたのか。

 はたまた名前を名乗るという人間として最も基本的な自己紹介すら、魔族の姿では受け入れてもらえないというのだろうか。


 だとしたら、もうどうしようもない。

 俺の異世界ラブコメライフは、開始数分でバッドエンド直行だ。


 そんなことを思って絶望していると、少女がポツリと呟いた。


「……どうやら、指揮官が撤退命令を出したみたいですね」


 そう言われて耳を澄ましてみれば、先ほどまで鳴り響いていた怒号や金属音が嘘のように静まり返っている。

 地面とキスをしているせいで周囲を見渡すことはできないが、魔王軍が戦線から離脱していったのは確かな事らしい。


「それで……なぜ魔族であるあなたが、私を助けたのですか?」


 そりゃあもちろん、一目惚れしたからです!

 ……と、胸を張って即答したいところなのだが。


「あぐぐ……っ」


 相変わらずまともに喋れない。重力がキツすぎて、変な声しか出ないのですはい。

 かといって今回も無言でいると、また『悪の幹部の意地』とか変な解釈をされるかもしれない。


 なので俺は、全身の筋肉を総動員して腕に力を込め、必死のジェスチャーを試みた。

 プルプルと震える指先で自分の口を指差し、そのあとに腕で大きくバッテンを作る。


「……なるほど。私に喋るつもりはない、と」


 なにこの天然さん! 違う違う、喋れないって伝えたいんですよ!

 俺は重力に逆らって首を無理矢理上げると、力いっぱい左右に振った。


「…………」


 それを見た少女が、訝しげな視線を向けてくる。

 どうやら、これでも分かってくれないらしい。

 ジャスチャーが通じないとなると、残るは地面に文字を書くか、口パクの二択しかないのだが……。


 平原の地面に文字を書くのは難しい。

 雑草を引き抜いて指で地面を掘れば書けることはできるが、手間過ぎる。

 それに呪いの呪文を書いてるとか思われるかもしれないので怖い。


 となると、口パクだ。

 正直言って、このポンコツ気味の天然少女に口パクが通じるとは思えないが、ものは試しってことでやってみる。


「—————(しゃべれない)」

「………!」


 すると、まさかの少女がハッとしたように目を見開いた。

 同時に、全身を押し潰していた重力がふっと軽くなり、足腰だけに集中する。


 口パクの内容が通じて、喋れるように魔法の範囲を調整してくれたようだ。

 どうせなら、「魔法自体を解除してくれ」と言いたいところだが、立場が立場なので贅沢は言えないか。


「これなら話せますね。さぁ、答えてください」

「え、えーっと……。し、信じられないかもしれないけど事実ですからね? 変な奴とか思わないでくださいね?」

「すでに変な魔族なので、その点は心配なさらないでください」


 何気ない少女の言葉に、大ダメージを受けながらも。

 俺は、これまでの事情をざっくりと語った。


 日本という異世界で死んでしまって、やってきた人間であること。

 名前も知らない駄女神のせいで、ヤミカゲという魔族の体に転生させられたこと。

 部下の魔族に適当なデマカセを言ったら最前線に送られる羽目になったけど、人殺しなんて絶対に嫌だったから、どさくさに紛れて失踪を企てていたこと。

 そして逃げる直前、魔族に囲まれている少女が見えて、見捨てられなくて助けに入ったこと。


「……そこでキミに、一目惚れしたんだ。そこからの行動は全部気持ちに任せただけで、裏の事情とか、打算的なことは一切ない。好きな相手のために体が勝手に動いたんだ」


 ……とまあ、こんな感じの痛々しい真実を並べ立てた。


 ちなみに、『女の子にモテて青春を謳歌したい』という前世からの野望については、あえて伏せた。

 言う必要もないし、言ったら確実にドン引きされると思ったからだ。


 しかし、長々と語り終えたあたりで。

 一目惚れバフで麻痺していた俺の頭は、夜風に吹かれて徐々に元の冷静な状態に戻りつつあった。


 そうしてすぐさま気づく。

 客観的に振り返ってみると、これは支離滅裂な言い訳にしか聞こえないって事に。

 もしも自分がそっちの立場だったら「何言ってんだコイツ、頭がおかしくなったのか?」と間違いなく一刀両断にしている事に。


「…………」


 案の定、少女を見てみると無言で俺の顔をじっと見つめていた。

 あー、終わった。これ絶対信じてないやつだ。

 そう諦めかけた次の瞬間。





 足腰を押さえつけていた重圧が、フワリと完全に消え去った。


「……え、信じるの? こんなバカな話、信じちゃうの? 頭も心も天然さんなの?」

「誰が天然ですか」


 素で驚いている俺の失礼な疑問に答えるように、少女は淡々と告げてきた。


「私があなたに向けているこの宝剣——『フラガラッハ』を突きつけられた者は、決して嘘をつけなくなります。あなたがそう口にしたのなら、それが事実なのでしょう」

「はぇー」


 少女の言葉を聞き、俺はその翡翠の剣に視線をやる。


 彼女自身の美しさで霞んでいて気づかなかったが、中々にいいデザインをしている。

 チート装備とか、特殊効果がある剣とか、そう言われても納得できる威厳がある。


「それに異世界人の方とは、何度かお会いしたことがあるので」


 この発言から察するに、この世界だと異世界人の存在は普通に認知されてるっぽいな。

 認知されるほど、多くの異世界人が転生してきてるのか。


 少女はチャキッ、という小気味良い音を立てて宝剣を鞘に納めると。

 敵意をないことを示すために俺が地面に放り捨てた、忍者刀やクナイをわざわざ拾い上げ、差し出してくれた。


「ああ、これはどうも……」


 武器を受け取る際、彼女のグローブ越しの手に視線が落ちる。


 間近で見ても、本当にちっさい手だ。

 やっぱりこの子は、まだ十代前半の子供なんだろう。

 なのに、大人の聖騎士のような妙な威厳と落ち着きがあるのが少しアンバランスで、そこがまた激しく庇護欲をそそる。


「……それでは」


 俺が武器を受け取ったのを確認すると、少女はクルリときびすを返し、遠くに見える城壁の方角へと歩き出した。

「魔族がなぜ助けてくれたのか」という疑問が解決したわけだし、さっさと街に帰りたいのだろう…………って!


「え、俺の事は放置!? ロマンチックのかけらもなかったけど、一目惚れしたって告白したよね!? その返事とかは!?」


 必死に言葉を並べる俺に、少女は淡々と。


「あなたの気持ちは十分に伝わりました。ですが、私が魔族を好きになることは未来永劫みらいえいごうありませんので、諦めてください」


 振り返りもせず、あっさりとフラれた。


 いやいや待て待て! 諦めきれるか!

 俺は慌てて彼女の背中を追いかけ、隣に並ぶ。


「ちょ、ちょっと待ってください! たしかに外見はツノが生えてる魔族かもだけど、中身は人間ですよ!?」

「外見が魔族なのが嫌なのです」


 少女は俺の言葉に即答し、足をスタスタと進ませる。


 その時、俺は痛感した。

 この超絶美少女は、俺が『魔族の外見』である限り、恋愛対象としては選択肢にすら入らない、という事を。


 チクショウ、駄女神様めっ! 

 これがもしも人間の体だったら、俺はいきなりヒロインのピンチを救ったという、プラスの面しかなかったのに!


 ……こうなると、もはや正攻法で落とすのは不可能だろう。

 ならば、なりふり構っていられない。この手を使うしかない!


「な、なあ……! 俺ってこれから、どうやって生きていけばいいのかなぁ……」

「…………!」


 俺がひどく悲痛な声を上げると、少女の足がピタリと止まった。


「魔王軍からは裏切り者として追われるし……。人として生きていこうにも、魔族の姿になった俺の話をまともに聞いてくれる人間なんていないだろうし……。いたとしても、そんな嘘を見抜く剣を持ってるキミ以外に、俺の中身は人間だなんて信じてもらえるわけがないし……」

「…………」


 少女は無言のまま、こちらを振り返らない。

 振り返らないが、足を進めることもしない。


 これが俺の最終作戦。

 生真面目で優しい女の子なら絶対に見捨てられない、情に訴える作戦。名付けて『哀れな子犬大作戦』だ。

 一目惚れした相手に対して使うにはみっともないことこの上ないが、ここで距離を空けられたら、彼女とは二度と関われない気がした。


 モテるとか以前に、距離を詰められなきゃ始まらない。

 そのための土台に立つためなら、俺はどんなみっともないこともやってみせる。

 土台にさえ立てば、そこから関係値を高めることはいくらでもできるのだから!


 俺は何も言えないでいる少女の背中に、トドメを刺すかのように言葉を絞り出した。


「あえて言うよ……。俺を、助けてください……っ」

「………………はぁ」


 長い沈黙が平原に落ちたのち。

 やがて少女は小さく、本当に小さくため息をつくと。


「要件を済ませたらすぐに戻ってくるので、少しの間、待っていてください」

「はいっ! ありがとうございます!!」


 やったね!

 俺は心の中で特大のガッツポーズを決め、ツンツンな超絶美少女の背中を見送った。

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