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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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6/22

 文化祭の準備は順調に進んだ。

 授業の合い間、昼休みや放課後を利用して、各クラスともはりきって用意する。

 放課後、生徒会活動で忙しい帝だったが、意外と茉理もお化けの衣装製作などで時間が過ぎ、結局二人は一緒に帰宅する事が多かった。

 桜の木の下で待っていると、帝が生徒会室からやってくる。

「待たせたな」

 さらっと茉理のお下げに指で触れて揺らしながら、帝は小さく笑みを浮かべた。

「行くぞ」

 二人は並んで校門を出る。

「帝先輩のクラスは文化祭で何をするんですか」

 茉理に聞かれた帝は、顔をしかめた。

「喫茶店だ。なんでも男子は執事の格好をさせられるらしい」

「ああ。執事喫茶ですか。じゃあ女子はもしかして」

「メイドだそうだ。まったくどうして使用人にならないといけないんだ」

 本気で理解出来ないという表情の彼に、茉理は笑う。

 帝の家には執事やらメイドが当たり前のように沢山いるので、庶民でそういうのを見慣れていない人のあこがれというものがわからないんだろうな、と思った。

「それはやっぱり格好いいからじゃないですか。特に執事は何でも出来て」

「お前もそう思うのか」

「まあそうですね。人によりますけど」

 茉理はうーんと考え込んだ。

「でも大抵の子はあこがれるんじゃないでしょうか。かっこ良くてお願いを何でもかなえてくれる人、そんな存在に大切にされるのは、すごく嬉しいと思いますよ」

「それは執事なのか? どちらかというと雅人がよく口にする王子とかそういうポジジョンの人間じゃないのか」

「王子様ですか。それもありですけど、王子様だと場合によっては自分より立場が上になっちゃうじゃないですか。それよりちょっと身分差というか、自分の方がご主人様っていう立場が上の方がきっと人気がある理由だと思いますよ」

「そういうものか」

 よくわからん、とつぶやく帝の横顔を見つめて、茉理は彼が執事服を着ているところを想像して、すごく似合うだろうなと思った。

 きっと彼の普段ありえない姿を見るために、沢山の女子が2年A組のクラスに押し寄せることだろう。

(一緒に写真とか撮ったら素敵かも)

 昨日友達から来たメッセージを思い出し、茉理は自分と帝が文化祭で並んで写真を撮る姿を想像する。

 次の瞬間、顔がぐっと歪んだ。

(だ、駄目だ。絶対変な写真になる)

 文化祭、茉理は白い着物と黒い長髪の鬘、それに額に三角巾の布をつけた女幽霊に扮する予定である。

 そんな服を着た自分と格好良い執事の服を着た帝が並んで写真を撮ったとしたら、絶対に誰にも見せたくない心霊写真の偽造ギャクバージョンみたいなお笑い写真にしかならないだろう。

「どうした、茉理」

 帝は彼女の表情が一瞬変わったのを見逃さなかった。

「い、いや、何でもないです、大丈夫」

 気にしないでください、とあわてて茉理は笑顔を作る。

「本当に大丈夫か。何か嫌なことでもあるなら言え」

 帝は彼女の側に寄り、顔を近づけた。

 美少年の黒く深い色の瞳を間近に見て、茉理はぎょっとして一歩身を引こうとする。

 でも彼の腕がぐっと背後に回って、彼女が距離を取ろうと動くのを防いだ。

 逆に引き寄せられ、茉理は心臓の鼓動が数倍早くなる。

(ど、どうしよう。近すぎる)

 こういう場合、どうすれば良いのか、頭がぼおっとして何も考えられなくなった彼女の顔を見て、帝はふっと表情を和らげた。

 こんな風に戸惑い、困った顔をする彼女は、正直とても可愛いと思う。

 もっと困らせてみたくて、彼は茉理を引き寄せると耳元でささやいた。

「……君を悩ませているものは、僕が全部消してあげるよ」

 突然ふいうちの甘い声。

(うっ、この声もなあ)

 茉理は顔がばっと赤く染まる。

 こういう時になると、帝は必ず心の奥に眠らせているもう一つの人格を出してくる。

 優しくて繊細で、口に入れたら溶けてしまいそうなほど甘いチョコレートのような声を持つ、もう一人の帝。

 だけど時々その声の奥に、普段表に出ている俺様気質の性格も最近混じっているような気がした。

 口調はとても穏やかなのに、表情は柔らかく誰にでも笑みを浮かべる天使のような彼がそこにいるのに、裏に引っ込んだ表側の彼のぞくぞくする残酷さとか冷徹そうな性質とかが、言葉の奥に入り混じり、茉理の心の琴線をそっと弾く。

(優しいのに、少しだけ怖い)

 そんな気がして、ぞくりと身を震わせる彼女を、帝はやっと腕から解放した。

「あ、あ、えーと、その大丈夫ですから、気にしないでください」

 茉理はあわてて少し距離が離れた彼に告げる。

 へたな事を言って、彼がクラスの幽霊衣装を燃やすとか、せっかく作ったゲーム用の背景を電撃で引き裂くとかされたらたまらない。

(俺と写真を撮れないような企画にしやがって、もう我慢出来んとか言われて破壊されちゃ大変だもんなあ)

「それで他の生徒会のみなさんは何をするんですか」

 話題を変えた茉理に、帝は目を細めて答えた。

「英司のクラスは、自分達で作った映画を上映するとか言ってたな。放課後あちこちに行って、携帯で動画を撮っているらしい。雅人は演劇部にかかりきりで、クラスの企画には参加してないようだ。直樹は自分の発明品を企画に使いたいと言ったらクラス全員の反対に合い、結局企画に参加させてもらえないようだぞ」

「そうなんですね。遠野君のクラスはカフェとか言ってましたね。お菓子とジュースを売るそうです」

「うちも似たようなものだな。基本的にキッチンは教室にないし、市販品を出すしかない」

「遠野君は執事服は着ないみたいですけど、なんかおそろいでエプロンをつけるそうですよ」

 それはそれで意外に似合うかもしれないと、茉理は考える。

「楽しみですね、文化祭」

「そうか。俺は雑用が多くて、面倒だと思うがな」

「生徒会ですもんね。当日も何かするんですか」

「交代でパトロールだ。違反してる生徒がいないか、問題を起こしてる客がいないか、校内を回って対処することになる」

「そっか。大変ですね」

「安心しろ。それでもお前のクラスに行く時間は作る。それに二人で校内を回る時間もな」

「あ……お忙しいのなら、別にわたしは」

「遠慮するな。彼氏として当然の事だ」

「そうですか」

 もう慣れた言葉だが、言われるたびに胸の奥が疼く。

 ――彼氏として当然の事なのだ、帝にとっては。

(一緒に色々回ってみたり、楽しんだりしたいよ、わたしも)

 でも心からそう思っているのは、自分だけ。

 帝にとっては、ただ今年つきあっているからやるべき義務なのだ。

(毎回思うけど、そこらへんの思考はどうにかならないのかな)

 いつか自分ではなく、本当に大切だと思える存在が目の前に現れたら、きっと彼も変わるだろう。

 義務でも使命でもなく、自然にその人と一緒にいたいと強く願い、横で同じものを見て一喜一憂する時が、いつか彼にも来ますようにと、茉理は心の中で静かに祈った。




 茉理を送ったその足で、帝は伊集院家の本邸に瞬間移動する。

 今晩はクリスティ一族代表が5人集合して夕食会を行う日だ。

 本邸に着くと、すぐ出迎えた執事に鞄を渡して帝は自室に向かう。

 すでに本日夕食会に着る予定の正装――黒のスーツとワイシャツとネクタイが準備されていた。

 制服を脱いで、彼は軽くシャワーを浴びる。

 ガウンを羽織って出てきたとき、自室の居間に座る人影があった。

「やあ。お邪魔してるよ」

 黒眼鏡をかけた長身の先輩が、ソファに腰掛けてくつろいでいる。

 すでに家で身に着けてきた正装姿の彼を、帝はちらりと見るとすぐ着替えのために横のクローゼット部屋に入った。

「着替えてる間に聞いて欲しいことがある。今晩、一人客を招待したい」

「客だと?」

 ワイシャツのボタンをとめていた指の動きが、一瞬止まる。

「誰だ」

藤昇(ふじのぼる)だ」

「……」

 帝は顔をしかめて、ワイシャツを着込むとクローゼットを出た。

 直樹は済ました顔で、出された冷たいオレンジジュースを飲んでいる。

「奴は俺達の申し出を受け入れた。今後クリスティ一族の重鎮になってもらう」

「そうか」

「だが英司たちはこの事を知らない。そこで夕食会でその事を伝えたいと思っている」

「わかった」

「それから文化祭に関連して、ある懸念事項が出てきた。夕食会のあとで話をしたい」

「緊急か」

「緊急かそうでないかと聞かれたら、すぐどうこうという内容じゃない。だが文化祭前にまとまって全員で話す時間がそう多くはないのは事実だ」

「文化祭関連の話か」

「ああ」

「好きにしろ」

 帝はそう言うと、手早くネクタイをしめて上着を羽織る。

 壁にかかった時計を見ると、もう時間だった。

 帝が準備を終えたのを見ると、直樹は立ち上がる。

「行こうか」

「ああ」

 帝はうなずき、二人は自室を出て食堂に向かった。




 二人が食堂に入ると、すでに席に座っていた4人の少年が一斉に立ち上がる。

「本日はお招きいただきありがとうございます。本家のご発展を代表一同心よりお祈りいたします、帝様」

 第二の分家代表である雅人が、儀礼的かつ型どおりの挨拶をし、他の4人もそろって頭を下げた。

 帝は食卓の一番上座に着き、一同を見回す。

「よく来てくれた。今晩も変わりない姿を見られて嬉しいぞ。今日は楽しんでいってくれ」

 彼の言葉が終わると、心得たように壁際に待機していた執事たちが動き、それぞれの席の椅子を引く。

 全員椅子に着席し、給仕役のメイドがスープと前菜を運んできて食事が始まった。

 しばらくは黙々と目の前に運ばれる料理を平らげる。

 いつもはもう少し軽快な会話が弾むのだが、今日はそれが出来ない気まずさがあった。

 いつもはいない姿が、本日は食卓についている。

 客人の藤昇だ。

 彼の家である藤家は、クリスティ一族配下の魔法使いの家だが、彼は少々特殊な立場にある存在だった。

 公にされてはいないが彼の祖母は若かりし頃、現クリスティ一族総帥伊集院雷導(いじゅういんらいどう)の愛人であり、雷導の息子を産んでいる。

 その息子の子が昇だ。

 つまり面倒な話をはしょると、藤昇は伊集院帝と同じ雷導の孫で従兄弟という間柄なのである。

 先月行われたクリスティ学園中等部体育祭で、この藤昇は祖母ゆり子の野望に巻き込まれ、伊集院家次期総帥の座をめぐって帝と対立するという非常に迷惑な事態に陥った。

 クリスティ一族分家代表が藤昇ではなく伊集院帝を支持すると表明したため、藤家による財閥総帥の座を狙った野望は阻止される。

 そして昇は帝を排除する藤家陰謀の首謀者の一人として、それ相応の処分をされる身の上であるはずだったのだが――。

 何故、その彼がここにいるのか。

 代表だけが集まる大切な一族の夕食会に招待され、どうして一緒にフルコースを食べているのか、事情を知らない第四の分家代表の英司と第五の分家代表である斎は内心疑問でしかなかった。

 一応食事の時は、当たりさわりのない会話が好まれる。

 ここで食べながら口論するのはマナー違反だとわかっているから、何か言いたいのを我慢して、とにかく料理で口を塞いだ。

 デザートとコーヒーが運ばれ、少しは肩の力が抜ける。

 帝は執事長に言った。

「食事のあとは俺の居間に行く。軽食とドリンクを用意しておけ。あと人払いだ」

「かしこまりました」

 執事長は帝の命令を遂行すべく、すぐに食堂を出ていく。

 帝はデザートを食べ終え、コーヒーカップを手にした一同を見た。

「食事はいかがだっただろうか。うちのシェフは有名三ツ星ホテルから引き抜いた逸材だから、十分ご満足いただけたと思うが」

「美味しかったですよ。ご馳走様でした」

 やはり全員を代表して、雅人が微笑みながら答える。

 彼は全員コーヒーを飲み終えたのを見て、立ち上がった。

「では場所を移そう。居間に行くぞ」

 彼の言葉で5人はすぐ食堂を後にする。

 誰もが本番はこのあとだと、心に気合を入れていた。




 居間には座り心地の良さそうなソファ一式とクッション、ガラスの長テーブルが置いてあった。

 部屋の片側は大きな両開きの窓で、そこから外のテラスに出ることが出来る。

 しかし秋から冬に移ろうとしている夜に吹く風は冷たい。

 窓はぴったりと閉められて、格子の隙間から細長い月が姿を見せていた。

 6人は思い思いの席に座り、ゆっくりと息を吐く。

 帝は一人掛けの椅子に腰かけて、そんな一同を見回した。

「楽にしろ。もう人払いは済ませたしな」

「あああっ、もう。ほんっとうに今日は何なんですか」

 英司は我慢の限界だとばかりに叫ぶ。

「説明してくださいっ。なんでここにいるんです、藤先輩が」

 こないだまで敵のように勝負していた存在が、身をちぢ込ませて雅人の横に座っている。

「いやあ、そう言われても。っていうか、一番そう言いたいのは僕なんだよね。一体何でこの怖い集会に呼ばれたのかなあ、なんて」

「怖い集会か。確かに今晩はまるで沈黙の掟で縛られているような夕食会だったな。料理は美味かったが」

 直樹は黒眼鏡を煌かせながら、先ほどまでの食事会を評する。

「まあまあ、こんな日もあるよ。それよりそろそろ説明しないとね」

 雅人はにこやかに横の昇を見た。

「お集まりの一族代表の諸君、今日の特別なお客(ゲスト)を紹介させてくれ。彼は藤昇改め北原昇(きたはらのぼる)君。僕の叔父である北原家の養子として、このたび迎えられることとなった。新しいクリスティ一族の仲間だ。皆、よろしく頼むよ」

「ええええっ、なんでそんな事に」

 英司は衝撃のあまり叫び、斎は目を丸くする。

「今まで藤家にいたが、こいつは俺の従兄弟だ。クリスティ一族に入ることに何の問題もないだろう」

 帝は務めて冷静な声で言った。

「奴の実力は対峙したお前が一番よく知っているはずだぞ、英司。優秀な魔法使いを迎えることは一族の発展につながる」

「理屈はいいです。帝はそれでいいんですか」

 英司の言葉には、いろんな想いが込められている。

 何と言っても昇は今まで帝を蹴落とすライバルのような立ち位置にあった人間だ。

 それを快く一族に迎え入れるなんて、帝の心に更なる傷を増やすだけではないのか。

 彼を心配している気持ちが伝わって、帝はふっと笑みを浮かべた。

「問題ない。それに使えなければ排除すればいいだろう、お前が」

「えー、それはまあそうですけど」

 もごもごと英司は口の中でつぶやき、ちろりと昇に視線を注ぐ。

 彼は肩をすくめて、英司の目を受け止めた。

「あー、僕の事を信頼してもらいにくいのはわかるけど、一応言ってもいいかな。僕はこれっぽっちも総帥になりたいとか、帝様を倒して一族を乗っ取ろうとか思ってないから。ただ目立たず小さな幸せでいいから平和に暮らしたいだけなんだよ」

「本当でしょうね」

「本当だってば」

 しばらく疑いのまなざしで見つめていたが、ふっと英司は視線をはずした。

「まあ、帝が決めたことなら従いますけど」

「安心しろ。彼は無害だ。弟となる悪鬼の双子に比べればな」

「それは同感です」

「あの子たち? そう言えばなんだってまたあんな格好させてるの、雅人君。いくらなんでもいろんな意味でアレはちょっとね」

 教育上よろしくないんじゃないの、と昇が言うと、雅人は微笑んだ。

「可愛い子たちだろう。あの凶悪なまでの魅力がわからないなんて、君は人生損してるよ。彼らが牙を向いて僕に歯向かってくるときのスリルといったら! ああ、彼らに最高の敵だと認められているんだと殺意の熱をこの身にあびる快感に酔いしれる時、僕は最高に生きていると実感出来る。その時の高揚感と言ったらたまらないね」

「悪いけど全然理解出来ない。雅人君、君の言葉は難しすぎて、庶民の僕にはついていけないよ」

「こいつは戦闘狂の変態だ。普通の感覚では理解出来なくて当然だから、そこで悩む必要はない」

 帝はばっさりと切り捨てた。

「あ、そうか。理解しなくていいんだ」

 それなら楽だ、と昇はつぶやき、くねくねとよくわからない脳内妄想にひたっている雅人を無視する。

「紹介は済んだので、次行くぞ。お前達の耳に入れておきたい案件がある」

 黒眼鏡をキラリとさせながら、直樹は話し始めた。

「まず文化祭1日目に面倒な客が来る。そのため俺達はその客の対応に追われて、本来のパトロールが十分に出来ないかもしれない。よって北原昇を臨時で生徒会の助っ人とし、パトロール活動を担ってもらおうと思う」

「パトロール?」

 昇が問うと、雅人は脳内妄想ポーズから通常の少年に戻って説明する。

「文化祭は魔法禁止だろう。だから各クラスや廊下をまわって、違反している生徒がいないかチェックするんだよ。違反者はただちに捕まえて魔法を中止させ、直樹君の開発した魔力封じのブレスレットをつけてもらい、文化祭が終わるまではずせないようにするってわけさ」

「なるほど。治安維持系のお仕事ね。ちなみにそれをする場合、こっちは魔法を使ってもいいのかな」

「そのためならば許される。だがクラスや部の展示などに使ったり、逆にトラブルの元になることは許されない。状況によっては退学もありうる。覚悟しておけ」

 帝は鋭い眼差しを昇に向けた。

「了解です。自分のクラス当番の時とかはそっち優先しても?」

「かまわない」

「じゃあいいですよ。やっても」

 こっちは拒否権ないですし、と昇は肩をすくめる。

「ところで面倒なお客って、誰が来るんですか」

 英司の質問に、直樹はさも嫌そうに顔をしかめた。

「天の川学園生徒会の連中だ。会長と副会長、それに書記の三人がぜひ文化祭を訪問したいと理事長に申し出てきたそうだ」

 その場の全員が沈黙する。

 わけがわからず戸惑ったのは、昇と斎だ。

「えーと、何かあまり歓迎したくない人たちなのかな」

 昇は微妙な空気に耐え切れず、恐る恐る問う。

「……そいつら門前払いしろ。学園に一歩も入れさせるなっ」

 ダンっと拳でテーブルを叩く帝の顔は、もう鬼のような形相だった。

「落ち着け、まだ騒ぎを起こすと決まったわけじゃ」

「何言ってるの、直樹君。騒ぎを起こすために来るんでしょうが。いくらスリルと変化を愛する僕でも、あの連中の相手はしたくないよね。君が校門前で薬でも使って、追い払ってくれないかな」

 こういうときのための研究でしょうが、と雅人に付け加えられ、直樹は憮然と言い返す。

「俺の研究は無用な人間駆除の為だけにあるんじゃない」

「でも出来ないわけじゃないですよね。俺達の平和な文化祭を守るために、ぜひお願いします。蛙スプレーでもウサギジュースでもいいですから」

 英司も必死に頼み込んだ。

 そのあまりの拒絶ぶりに斎はついていけず、思念で英司に聞いてみる。

『あの、その人たちってそんなに迷惑な人たちなんですか』

「ああ、すごく迷惑で常識はずれだよ。斎は知らないだろうけど、本当に言葉とか通じないから覚悟しておけよ」

 英司は、勢いよくそう叫んだ。

「まあ、どうせ狙いはお前だ、帝。と言いたいところだが、俺が掴んだ情報では今回はそうではないらしい」

「いつも帝を過度なほどライバル視して決闘を申し込みに来る彼に、それ以外の用件があるとでも?」

「天の川学園生徒会長、天の川翔太は、知ってのとおり天の川建設の御曹司であり、跡取りだ。どうも最近奴に婚約話が持ち上がっているらしい。天の川建設社内で密かに噂になってるそうだ」

「ええええーっ、あいつが婚約ですか」

 英司はすっとんきょうな声をあげてしまう。

「なんという事だ。あんな非常識男に嫁がないといけない悲しき定めを背負ったレディが、この世の中にいるなんて。こんな悲劇があろうか。生涯あのバカほど大きな高笑いを聞きながら、止めることも出来ずに横で着物の袖を涙で濡らし続けなければいけない哀れな少女。ああ、彼女の事を思うと、僕の胸も悲しみで締め付けられてしまうよ」

 雅人は薔薇の花一輪を胸にそっと抱いて、まるでその少女でもあるかのように悲しみにくれるポーズを取る。

 横で見ている昇は生徒会メンバーの知ってはならない一面を見ている気がして、頭が痛くなってきた。

 この5人はとても校内で人気が高く、まるで乙女ゲームの攻略対象者のようだと彼の婚約者が批評していたのを聞いた事があったのだが、今目の前で繰り広げられている彼らの言動を見るからに、そんな感じにはとても思えない。

 人は見かけによらないというのは、この事だろう。

「それでその婚約相手が、どうもうちの学園中等部にいるらしい。文化祭訪問の目的は、彼女に会いに来るという事だそうだ」

「うちの学校に? 誰だろう。そんな不幸なレディ、いただろうか」

 雅人は真剣な顔で考え込む。

「奴との婚約など表沙汰にはしたくないだろう。噂にならないよう、本人が隠している可能性が高いな。それか密かに断ろうと考えているかもしれない」

 帝の言葉に、英司はため息をついた。

「それなのに自ら乗り込んで、それを公衆の面前にさらすというわけですね、あのバカ男は。本当に腹が立つ」

「まあ、そう悪し様に言ってやるな。あれでも義理人情に篤いと向こうの学園では慕われているんだぞ、あの生徒会長は」

「だったらそっちで婚約者を手配すればいいのに。何だってうちの学園に通ってる子にしたんでしょうね」

「家の事情とか色々あるんだろう。流石の俺も相手が誰だかは探れなかった。というのも相手の氏素性、名前など社員の誰も知らないらしい。学園内でも会長にそんな相手がいるらしいが、という曖昧な噂ぐらいしか聞かないそうだ」

「すごく微妙な相手みたいだね」

 雅人は薔薇の花を指先で玩びながらつぶやく。

「まあ、そういうわけだから、そこまで愚かで破天荒な行動は流石にしないと思うぞ。なるべく接触せずに、係わり合いになるのは避ける。奴の婚約者が誰だか知らんが、出来るだけ巻き込まれないように無視する方向で行こう」

「わかった」

 苦虫を噛み潰したような顔で帝がうなずき、他の5人も了解した。

 そのあとはたわいもない談笑をして、夕食会はお開きとなる。

 それぞれ挨拶を交わし、5人はにぎやかに本邸を出て帰途についた。





 全員帰ったあと、帝は寝巻きに着替えて窓から外を見る。

 小さく星が瞬くのを見て、明日は雨じゃなさそうだと思う。

 予定外の客に一抹の不安は覚えるが、心の中は文化祭に対する期待で満ちていた。

 ――いつもは裏に潜む、彼のもう一つの人格が。

(彼女と過ごす初めての文化祭だ。二人で何をして過ごそうか。どこに誘ったら喜んでくれるかな)

 ふっと気を緩めた彼の表情はいつもの俺様風ではなく、優しい穏やかな表情に変わっていた。

(執事の服を着た僕を、彼女はかっこいいと思ってくれるかな。いっそ二人きりの時間は彼女だけの執事になってみようか。そう言ったら、また照れて可愛く俯いてくれるよね)

 そうなったときの事を頭の中で創造し、帝は嬉しそうに微笑む。

 その期待に満ちたまなざしが、次の瞬間影を落とした。

(だから悪いけど、誰にも文化祭を壊させはしないよ。彼女との大切な思い出を作る催しをかき乱す輩は全力で排除する)

 穏やかで優しそうな表情のままでありながら決意の光を宿した瞳は、ともすれば普段彼が見せている俺様気質の時よりも凄みを増していた。

 以前、この表情を――本気で戦う事を決意した彼の目を見たのは、幼馴染の雅人一人だけ。

 そしてそうなった彼の戦闘能力の高さを知っている雅人は、その状態になった彼をこう評していた。

 ――これこそが本物の帝だと。



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