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めずらしく秋の雨が一日中降り続く午後。
1年A組の教室はホームルームで、文化祭のクラス企画について、みんなで話し合うことになった。
学級委員の小坂正一が前に出て、意見を取りまとめる。
茉理たちのクラスは、「お化けとゲーム屋敷」をすることにした。
お化け屋敷をしようという意見がまず最初に出て、そのあとみんなで話し合った結果、ただのお化け屋敷じゃ面白くないということで、お化けと簡単なゲームをして勝ったら景品をあげるという内容に変更されたのだ。
教室を3つのゲームエリアに分けて、そこでそれぞれ待機しているお化けとゲームをする。
またお化け探しゲームというものも同時にすることにした。
これは5つのマス目を書いたカードを挑戦者に配布し、校内にいるお化けを5人探してサインをもらってきたら景品を出すというゲームだ。
クラス全員、交代制でお化けになって校内を徘徊したり、教室でゲームの担当者になる予定である。
正一はチョーク片手に次々と議案を述べては意見を聞いて、それをまとめて黒板に書いていった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。
クラス全体で色々意見交換していたら、あっという間にホームルームは終わってしまった。
帰り支度をしていた茉理の脳裏に、帝の声が響く。
『茉理、今どこだ』
思念会話――テレパシーのように、その場にいなくても空間を越えて脳裏に直接声を届ける魔法の会話は、魔力ゼロの彼女でも何故か送受信可能であった。
『教室です。もう出ようかと思ってました』
茉理は頭に返事を思い浮かべる。
口に出さなくても、帝を思い浮かべて想像の彼に向かって言葉を送った。
すべて頭の中で行われるイメージのような動作だが、きちんと伝わる。
『早く来い』
それだけ答えが返ってきた。
茉理は急いで教室を出る。
いつもの校門横にある桜木の下で、帝は彼女を待っていた。
「お待たせしました」
彼の姿が見えたので、あわてて水溜まりを越え、傘を手に走っていくと、帝は小さな笑みを見せて大丈夫だと答えてくれる。
「行こう」
短くそれだけ言って、先に立って歩き出す彼の背中を、茉理は追って駅までの道を歩き出した。
駅で電車に乗り、茉理の家の最寄り駅で降りる。
改札を出る頃には雨は止み、しっとりとした秋の夕暮れが姿をみせた。
「日が短くなってきましたね」
「そうだな」
二人は肩を並べ、ゆっくりと歩く。
少しの沈黙が何故かとても心地よい。
会話を弾ませなくても横にいるだけで、なんだかとても安心出来た。
しばらくそうやって歩いていくと、茉理の住むマンションが見えてくる。
帝はマンションの前で立ち止まった。
名残惜しそうに彼女の髪に触れ、指先でお下げを玩ぶ。
「大分伸びたな」
「そ、そろそろ切ろうかと思ってますけど」
なんとなく気恥ずかしくなって、茉理は俯いた。
帝は指先を彼女の頬に伸ばし、手でそっと包んで顔を上げさせる。
そして綺麗な顔を近づけて、耳元でささやいた。
「また明日……な」
「は、はい。また明日」
ちゅっと耳のはしに彼の唇が触れる。
少しだけのキスに、茉理の頬はたちまち真っ赤になった。
(もう、こういうのなしだってば)
最近こういう不意打ちのスキンシップが増えてきたような気がする。
本気なのか義務なのか、彼の気持ちがどちらなのかわからない。
不安定な心を抱えて、触れてくる帝を受け止めるのはドキドキもするが同時に苦しくなった。
彼が本当に茉理を好きだというのなら、嬉しくもなるだろう。
でもそうではなく、ただ今は暫定的に義務として彼女にしているから、それなりに彼氏としてふるまわないといけないためであったとしたら。
(こんなこと、して欲しくないよ)
茉理はまたうつむいた。
彼には義務とか責任とかではなく、自由に心から望むまま生きて欲しいと思う。
一流魔族の家に跡取りとして生まれてしまったがゆえに、色々背負わないといけない事は理解出来るが、せめて恋ぐらい自分が望むように出来ないのだろうか。
複雑な顔で帝を見ると、彼は満足そうに微笑んで踵を返す。
彼がとりあえず笑っているので、今はこれでいいかと茉理は思い、去り行く背中が消えるまで見つめていた。
茉理と別れ、彼女の視界からはずれると、すぐに帝は瞬間移動して生徒会室に向かう。
今日はこれから文化祭の打ち合わせだ。
もう他の4人はそろっていて、円卓の席に座っている。
「待たせたな」
彼は一言そう言うと、自分の席についた。
「茉理姫の送迎お疲れ様」
彼の前に香り高い紅茶のカップが置かれ、雅人が微笑んで彼を労う。
「全員そろったので始めるぞ。まずは全クラスの企画からだ」
直樹は全員に小型PCを出すように言うと、同じ画面を開けて説明した。
「――大体こんな感じだ。次は舞台の出し物についてだが、演劇部、吹奏楽部、合唱部、ダンス部は3日間ある文化祭で3日とも公演予定。時間帯はそれぞれこうなっている。演劇部公演の時には雅人は校内パトロールは出来ないので、時間帯は把握しといてくれ。軽音部と自主バンドはそれぞれ2回、公演が入っている。体育館の方は教職員が交代で見張りにつくので、俺達は特に気にする必要はないだろう」
「では校内のクラスや廊下、校庭に出る出店などに気を配ればいいということですね」
英司の言葉に、直樹はうなずいた。
「各自、3日間、自分のクラスの持ち場が終わったら、魔法サーチ器を持ってパトロールだ。文化祭は、絶対に魔法禁止。生徒会の俺達と教職員のみが魔法を許可されているが、これは文化祭運営に支障が出た場合のみとなっている。極力魔法の使用は控えてくれ。尚、必ずいるが、魔法をこっそり使用して楽しんでいる奴を見つけたら、捕まえて即座に魔法封じの腕輪を装着させろ。いいな」
「わかった」
「了解」
「わかりました」
『はい』
帝、雅人、英司、斎はうなずくと了承する。
直樹は黒眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせ、少し口調を変えた。
「それと一つ、気になる事を話させてくれ」
「気になる事だと」
帝が怪訝そうに問う。
「ああ、例の未解決事件のことだね」
雅人は薔薇の花を指で玩びながら微笑んだ。
「未解決事件ですか」
随分不穏な話ですね、と英司は眉をひそめ、斎も顔を歪める。
「今から60年前、このクリスティ学園高等部の文化祭で起こった事件だ。当時は3日間ではなく2日間だけ文化祭をやっていて、催し物も今ほど盛大ではなかった。そもそも文化祭という名称ではなく、文化発表会と題して行われていたそうだ」
「文化発表会ですか」
随分硬そうな名前ですね、と英司は目を瞬かせる。
「各クラスごとに勉強している内容からテーマを決めて調べた事を発表したり、実験などを実演してみせたり、いわゆる授業の延長戦上で行われていて、ゲームやカフェやお化け屋敷などエンターテイメント性の高い企画はほとんどなかった」
「面白みにかける行事だね。お祭りって感じがしないなんて、昔の生徒達はなんて真面目で哀れな勉学の使徒であったことか」
薔薇の花を片手で高々と掲げ、芝居口調で叫ぶ雅人を、いつもの事だと全員がスルーした。
「文化発表会の最中、突然ある教室からクラスの全員と見学に来ていた父兄76人、教職員9名が失踪した。今に至るまで彼らの行方はわかっていない」
「ええっ、そんなにたくさんの人間がいなくなったんですか」
『信じられない』
英司と斎は顔いっぱいに驚きを表し、帝は不可解そうに目を細める。
「生徒と父兄と教師か。高等部ということは、魔法使用は許可されていたな」
「ああ。だからまず疑わしいのは、教室での企画で使われた魔法に不備があったかどうかだったんだが」
直樹はPCのキーを打ちながら、別画面を出した。
その場にいた全員の小型PCに、直樹と同様の画面が映る。
「当時の企画書だ。高等部2年1組、テーマは『中世ヨーロッパにおける魔法使いの生活』だ」
「特に強力な魔法を使っているようには見えないが」
帝は手書きの企画書をスキャンしたものをざっと見て、つぶやく。
「そうだね。紙やダンボール、廃材などを利用して中世ヨーロッパの町並みを再現したミニチュアを造り、プラスチック製のケースに飾って展示。中の家や建物は魔法で明かりをつけたり消したりし、道路には当時風にデザインした馬車や通行人のフィギュアを置いて魔法で動かす。特に人が集団で消える可能性のある魔法は見当たらないね」
一体どうやって消えたんだろう、と雅人は首をかしげた。
「生徒と人々はおそらく1日目に消えている。高等部は文化発表会の時は特にクラスで集まって出欠を取ることはなく、自主通学で自主解散だったため、失踪に気付いたのは夜中になってからだった」
「夜中ですか」
「家にいた家族は、文化発表会だから盛り上がって友達と話しこんでいるとか、見学にいった親とどこかで外食して遅くなるのかもしれないと、帰りがいつもより遅くても特に心配しなかった。当時は今と違って携帯があるわけでもなかったし、とにかく帰りを待つしかない。しかし流石に夜12時過ぎても帰ってこないと心配になる。それで学校にまず連絡が行き――それが一クラスすべての生徒の家から帰宅していないと問い合わせがあったため、流石に異変に気がついたと言うわけだ」
「うわあっ、それは大変でしたね」
英司は当時の状況を思い描き、顔を歪める。
「まったくだ。大した騒ぎになったそうだよ。次の日の文化発表会は急遽中止となり、クラスはもとより校内もくまなく探したが、どこからも彼らが消えた痕跡は見つからなかった。展示してあったミニチュアもすべて調べたが、許可された自動移動や変動の魔法以外、何もかかっていなかった。他のクラスも同様で、今に至るまで彼らがどうして消えたのか、今どこにいて何をしているのか、何も分からずじまいというわけだ」
「異次元か別世界に飛ばされたとか、そういうのかな」
「その線でも調べたが、どこにも転送された形跡はない。本当に理由もわからずこつぜんと姿を消した、としか言いようがないそうだ」
「まさに未解決の謎だね。うちの学園にこんな不思議な謎があったなんて、なんて愉快な展開なんだ」
「雅人先輩、不謹慎ですよ」
英司がじとりと彼を睨む。
「行方不明になってしまった人を心配する家族の身にもなってください。愉快どころじゃありません」
「それはよくわかっているよ。でも僕達がその事件を解決して人々を取り戻したとしたら、まさに英雄の所業じゃないか。今まさに僕達の前に、栄光への扉が開かれている。これを開けずして、何とする!」
「あー、はいはい。そんな風にすべてを芝居化するのは会議中やめてください。話が進みません」
飛ばしますよ、と最後に言われて、雅人は肩をすくめて席に座りなおした。
「で、俺達にこの話をするということは、ただ単に60年前の未解決事件では済まない事があるんだな」
早く話せ、と帝にうながされ、直樹は続ける。
「実はこれは高等部の昔の話だと笑っていられない状況にある。というのはその後、文化祭でごくまれに1人や2人、あるいは10人以上人が消えた年があるんだ」
「ええっ、今でも継続して文化祭で行方不明者が出るんですか」
英司は驚きで叫んでしまった。
その場にいた他のメンバーも同様で、皆衝撃の事実に言葉も出ない。
「最近で新しいのは5年前だ。当時2年A組の生徒だった少年が一人消えている。もちろんこれが60年前の失踪事件と同じ原因かどうかはわからないが、その日が文化祭当日だったのは間違いない」
「5年前……高等部も大変ですね。そんな事があってはおちおち文化祭もやってられないでしょう」
英司の言葉に、直樹は深くため息をつく。
「いや、英司。これはもう高等部の問題ではなく、中等部の問題なんだ。何故なら60年前、その事件があったあと、高等部と中等部は校舎を交代している。つまり60年前、事件があった2年A組の教室は現在中等部2年A組の教室なんだ。5年前の失踪者は中等部2年A組の生徒だ」
「ええええーっ、てことはつまり俺達の校舎ってことですか」
再び英司が叫ぶと、横に座る雅人はノリにのって便乗した。
「そういうことになるね。帝、君の教室は未解決事件の愉快な現場と化しているわけだ。そんな教室で毎日勉学に励むなんて、ぞくぞくするミステリーだと思わないかい? 一人、また一人と君のクラスメイトは減っていく。最後の一人となった君は一体どうするのだろう。周囲にはからっぽの机と椅子。その中で一人受ける授業。次の日には教壇に立つ教師までもがいなくなり、孤独と虚無の空間と化す教室の真ん中で、君は何を思うだろうか」
「……うるさい。少し黙れ」
帝は渋い顔になったが、雅人はかまわず長台詞を続けた。
「僕ならばこう思うよ。ああ、世界は僕一人となってしまった。こんな悲劇があろうか。僕を愛してくれる人も、側で微笑んでくれる可愛いあの子もいない世界。こんな世界に生きて何の意味があるだろう。必ず僕はこの手に取り戻す、あの子も親友も先生も。そしてもう一度、笑顔と活気に満ちた僕の日常をこの手にするのだ。例えどんな障害や困難な事があろうとも」
「雅人、喉が渇いた。茶を入れ直せ」
彼の小芝居をぶったぎるように、直樹の声が冷たく響く。
「お前が入れないなら、俺が開発した特製の」
「わあっ、い、今すぐ入れるよ。君より僕の方がずっと美味しい紅茶を入れられるんだからね」
雅人はあわてて立ち上がると、ポットに湯を沸かし始めた。
その様子を見て、円卓の他の4人はふうっと肩の力を抜く。
「ナイスです。直樹先輩」
「そうか。残念だな」
どうして皆、俺のお茶を拒むのか、と真剣な声でつぶやく直樹に、他の4人は背筋に寒気を感じてしまった。
直樹は無類の研究好きで、怪しげな実験や変な効果を持つ器具や魔法薬などを作り出しては、しょっちゅう事件を起こしている。
お茶やジュースなども開発しては、周囲の人間に飲ませてひどい目にあった事は数え切れないのだ。
――絶対に彼の出した物は飲まない。
これが生徒会一同の偽らざる本音であった。
全員のカップが再び赤い綺麗な色の紅茶で満たされたあと、直樹はまた話を再開させた。
「これまでわかっている情報を共有しておく。各自頭に入れておいてくれ」
そう言うと彼は紅茶を一口飲み、言葉を続ける。
「これまでの文化祭失踪事件を全部分析して共通点を探った。まず日付だが、失踪するのは必ず11月15日と決まっている。それもおそらく文化祭の最中午前9時から午後3時までの間だ」
「えっ、それって今年もまずいんじゃ」
話を聞いて、英司はさっと青ざめた。
「そうだね。今年も11月15日は文化祭1日目だね」
雅人はふうっと軽く息を吐きながら付け加える。
「日付を変えるとかは出来ないんですか」
英司の質問に、難しいなと直樹は答えた。
「まずこの調査内容は、俺が独自で調べた結果だ。学校で公式に調べた内容じゃない」
「そうなんですか」
「15日といっても、毎年15日はほぼ文化祭に含まれている。でも失踪のない年の方が多くてな。失踪者は必ず15日に消えるが、毎年発生するわけではないため、この日時に意味があるのかどうか確実に立証出来ないんだ」
「じゃあ今年、何も起こらない可能性もあると」
「失踪者が出る年より出ない年の方が圧倒的に多い。そのため、この事件は今までそれほど問題視されてこなかった」
直樹はそう言うと、また紅茶のカップを傾ける。
「つまり何も起こらないかもしれないが、一応警戒しておけと、そういう事か」
帝の言葉に、直樹はうなずいた。
「わかった。他に何かあるか」
「今分かっていることは、そのぐらいだな。行方不明者に男女の別はないし、ランダムだ。ただ全員2年A組の教室に立ち寄ったことはわかっている。だか教室を調べても、どこも怪しいものは発見されなかった」
「そうか」
帝はそう言うと、生徒会メンバー全員を見回す。
「各自、直樹の説明したことを頭において動くぞ。俺達の文化祭を成功させるため、全員全力を尽くして欲しい。俺からは以上だ」
力強い彼の言葉に、他のメンバーたちはそれぞれ力強くうなずきあった。




