2
秋が深まり、徐々に冬の兆しが見え始める季節に、クリスティ学園中等部の文化祭が行われる。
体育祭が終了して、二学期の中間テストが終わってから、すぐ学園は文化祭の準備が始まった。
それに伴い、生徒会も処々の雑務に追われる日々が続いている。
昼休みに放課後、生徒会役員達は、それぞれ割り当てられた役割を果たしていた。
「直樹先輩、全クラスの提出した企画書です」
生徒会書記である2年B組山下英司は、各クラスをまわって回収した企画書をまとめて出す。
「ご苦労さん。休んでいいぞ」
書類を手に生徒会室の中央に置かれた円卓の椅子に座り、会計を務める3年D組森崎直樹は小型PCを開いて、書類を次々データに打ち込み始める。
その様子を見ながら、英司は一息つこうと向かい側の椅子に座った。
彼の前にすっとティーカップが差し出される。
「英司君、お疲れ様」
ミルクティーだよ、と微笑みながらお茶を入れてくれたのは、副会長で3年C組の伊集院雅人。
彼は生徒会長伊集院帝の従兄弟であり、豊かな金髪と翡翠の瞳を持つ貴公子のような美青年である。
「いただきます。あれ、そういえば斎はどうしました?」
美味しそうにお茶を飲みながら、英司はここにいない後輩を気遣う。
「今日は特に忙しくないからな。早く帰って魔術の自主学習をしろと言っておいた。俺からいくつか課題を出しておいたから、今頃自宅でそれをやってるだろう」
生徒会臨時書記である1年E組遠野斎は、生徒会メンバーの最年少だ。
彼は生まれる前、母の胎内にいる時から呪いをかけられて透明人間として誕生したが、成長と共に己の魔力も増大し、きちんと体が見えるようになって学校にも通えるようになった特殊な経緯を持つ少年である。
「帝は後野さんと一緒に下校ですね」
「そうだ。来週になれば、また色々雑務が増えるだろう。今週ぐらいは二人の時間を楽しんでも問題ない」
直樹は、黒眼鏡のフレームに手を添えて位置を直しながら答えた。
「今年の文化祭はどうだい?」
「各クラスの出し物がバランス良く調整されていて申し分ない。学年ごとにカフェは1,2件だし、イベントもかぶっていない。これならかなり楽しめそうだ」
「舞台の催しもなかなか盛況だよ。演劇部に吹奏楽部、ダンス部と合唱部に軽音同好会、あと自主バンドが5組と中々見ごたえがありそうな出し物がそろってる」
「家庭科部は今年も手作りケーキとクッキーを出すって言ってましたし、職員有志によるたこ焼きと焼きそば、おでん屋台もあるそうですよ。楽しみです」
英司はそろそろ小腹がすいてきたのか、食べ物の話題を口にする。
「お前の演劇部は、何をするんだ」
「今年かい? かの有名な名作童話『美女と野獣』だよ。僕は醜い野獣のマスクをかぶって王子になるんだ。孤独にさいなまれ、誰にも愛されなかった王子が真実の愛を見つける感動の物語だよ」
「今年も主役か。まあいい。どうせお前はそんなに細かい仕事に向いてないし、演劇部に集中してろ。生徒会活動は免除してやる。明日から来なくていいぞ」
「僕に配慮してくれてる素敵な提案だけど、どこかひっかかるのは何故だろう。まるでこの僕が生徒会の文化祭準備には必要ない存在だとでも言いたいのかな。いいや、そんなことはないよね。僕の大親友、直樹君」
「よくわかってるじゃないか。今回お前の出番は野獣のみ。似合いの役柄だ。しっかりがんばってこい」
「もちろん野獣になってしまった哀れで悲しい王子の役は、学園の誇る貴公子足る僕のためにあると言っても良い役だ。当然完璧に演じてみせるさ。でも生徒会副会長のボジションだって、この華麗なる僕以外には務まらない大切な役なんだよ。そちらも完璧に」
「いやいい。今回は次期副会長となる英司にまかせろ。こいつはお前以上にやるだろう」
「ちょっと直樹先輩。そこで俺にふらないでくださいよ。雅人先輩の関心が俺の方に向くじゃないですか」
あせって抗議の声をあげた英司だが、雅人はちらりと彼を見て、ああっとよろよろ床に膝をつく。
お決まりの悲劇のポーズだ。
突然周囲が暗くなり、スポットライトが雅人を照らす。
「なんということだ。君たちはこの僕を生徒会から排除しようとしているんだね。眉目秀麗、学園のプリンス、皆の注目の的となるこの美貌。美しすぎる僕に寄せられる可愛いレディたちの好意の声。もはやこの僕は学園の中心的存在と言っても過言ではない。なのに君たちはこの僕を邪魔者扱いするんだね。きっと僕にこの生徒会を乗っ取られるとでも思ったのだろう。ああ、何てことだ。僕は誓ってそんな事はしないよ。愛する我らが王伊集院帝以外に、僕が心を捧げる存在などありはしない。なのに仲間である君たちから、そんな疑いをかけられるなんて、僕は、僕はこれからどうやって生きていけばいいんだ。夜空の星よ、どうかこの僕に教えておくれ。どこへ行けば僕は救われるんだ」
「今日はまた一段と投げ薔薇の数が多いですね」
「温室で薔薇が狂い咲きしたと喜んでいたからな。いっそ文化祭で花屋でもやるか。雅人の薔薇なら高値がつくし、完売確定だ。こいつのイカれた取り巻き女子が、1輪残さず買い上げるだろうからな」
悲劇のポーズを決めて自分に酔いしれ、嘆く雅人は魔法で次々に真っ赤な薔薇を出して、周囲に撒き散らしていた。
いつものことなので、二人は動じることなく薔薇をどうするかというのんきな会話を交わす。
「もうひどいなあ、二人とも。せっかく渾身の演技を披露したっていうのにさ」
雅人はひとしきり悲劇の貴公子をやったあと、あきらめて立ち上がり、元の男子中学生に戻った。
「そういうことは演劇部でやってくれ。ちなみに女主人公は誰なんだ。また血の雨が降るごとく、オーディションで女子同士の熾烈な争いが起きたんだろうけどな」
一応お前は人気があるし、と直樹はつぶやく。
ここ数年、雅人が演劇部に入部してからというもの、彼の相手役を務める女主人公の役をめぐって、演劇部内の女子の間でそれこそ血を見るほどの争いが起こるのは定番行事となっていた。
「美女役はね、今年は2年D組野田雛菊嬢に決まったよ。校内美少女ランキング上位に入る美少女で、とても良い子なんだよ」
「ああ、お前の取り巻きのリーダーか。なんでも女子がお姉様とか呼んでる奴だったな」
「お姉様ですか」
「そういう女子もいるんだ。こいつのファンクラブもどきの代表まとめ役で、その会の会員たちは、野田のことをデイジーお姉様とか呼んで崇拝してるそうだ」
「えーと、そこよくわからないんですよね。彼女たちが崇拝してるのって雅人先輩じゃないんですか」
英司が首をひねると、直樹は俺にもわからんと返す。
「皆、美しいものには崇拝と賞賛を惜しまないものさ。彼女たちは自分達の中心であり、先頭に立って僕を褒め称える美しいレディの存在に尊敬とあこがれを抱いている。敬意を表してお姉様呼びされてもおかしくないほどにね」
「はあ、そうなんですか」
納得がいかない顔で、英司は首を横にかしげた。
「彼女ならば安心だ。お前の取り巻き連中から余計なちょっかいを出される事はないだろう」
「嫉妬に狂って思わず魔法で嫌がらせとかありましたもんね。そういえば去年も」
英司は思い出して、顔をしかめる。
「そうだね。そういう面においては彼女は大丈夫だよ。僕公認のファンクラブ、プリンス・ソロリティの代表であり、彼女たちを束ねる存在だし。もし誰かに何かされても、むしろソロリティのメンバーたちが率先して雛菊姫を守るだろう」
「お前、その子も『姫』呼ばわりしてるのか」
直樹は深くため息をついた。
「いい加減その態度を改めろ。お前はもう誰彼かまわず遊んで良い立場じゃないだろう」
「ふふっ、何を言ってるんだい。僕は永遠に恋多き貴公子だよ。世界に存在するすべての女の子は可愛い姫! 僕を褒め称える存在なんだ。大事にして当然だね」
「帝が知ったら電撃どころじゃすまないぞ、お前」
「はいはい。自重いたします」
雅人は全然そんな気がない顔で、そう答える。
英司は横でぼそっと言った。
「雅人先輩って絶対将来職業はあっちの方に進んだらいいと思います、俺」
「あっちとはどこのことだ」
「えーと……内緒です」
「意味深だねえ」
ちろりと雅人に流し目をされ、英司はぽろっと口から本音を漏らす。
「俺みたいな青少年には立ち入り禁止区域のお仕事です。あそこでなら絶対雅人先輩は王者になれると思います。沢山の姫を横に侍らせて」
「ああ、そういう世界の話か」
直樹はにやりと含み笑う。
「俺も賛成だ。お前、第二の分家運営は従兄弟にまかせて、あっちの世界で栄華を極めるといい」
「可愛い英司君を同伴で指名出来るなら、考えてもいいよ。ね、英司君。君をご指名出来るように、がんばってあっちの世界で名をはせてくれないか。君の時間をもらえるのなら、僕の全財産を捧げてもいい。毎晩シャンパンで乾杯しよう」
「ちょっとなんで俺が、そこで働く事になってるんですか」
違うでしょ、とプリプリ怒る英司に、ふふふと確信犯の先輩は楽しそうに笑った。
気ぜわしいけどなごやかな時間。
これからもずっとこんな時間が続くと思っていた。
しかし運命は、着実に彼らを宿命の渦の中に引きずり込んでいく。
少しずつ、少しずつ。
時は静かに進み、確実にその未来は近づいていた。
雑談の合い間に直樹は手を動かし、全クラスが提出した文化祭の出し物企画書をすべてデータに入力する。
「英司、職員室に行って、担当の武藤先生から予算案の書類をもらってきてくれ」
「わかりました」
英司はすぐに生徒会室を出て行った。
飲み終わったカップを片付けながら、雅人はふっとつぶやく。
「ここでこんな風に皆で騒ぐのも、あと少しだね」
「そうだな。俺達にとっては、今年は中等部最後の文化祭だ」
直樹はそう言って、席を立つと窓辺から外を見た。
校舎を囲む木々の葉は大分落ちて寂しくなり、吹く風はひんやりと肌にしみる。
少しだけノスタルジックな気分にさせてくれる冬の気配を感じたせいか、直樹はふと文化祭にまつわるある事を思い出した。
「雅人、お前このクリスティ学園の文化祭で60年前に起きた未解決事件を知っているか」
「未解決事件? そんなのがあるのかい」
ティーカップをまるで執事のように手際よく拭いてしまいながら、雅人は問う。
「中等部ではなく高等部で起きた事件なんだがな。いまだに未可決どころか、ごくたまに文化祭で似たような事件が起こっているんだ」
「どんな事件なんだい」
直樹はふむ、と黒眼鏡を煌かせた。
「明日は放課後、文化祭活動についての会議をする予定だったな。丁度良い。その時他のメンバーにも話をしよう」
「了解。明日が楽しみになってきたよ」
ご機嫌な顔で雅人はティーセットの片付けを済ませ、僕はこれで失礼するよと生徒会室を出ていった。
入れ替わりに英司が戻ってくる。
「直樹先輩、これ予算案です」
「ありがとう」
直樹にプリントを渡した英司は、きょろきょろと辺りを見回した。
「あれ、雅人先輩は?」
「めずらしく早く帰宅したよ。きっと演劇部の台本読みでも家でするんだろう」
「そうなんですね。なんだかんだ言っても練習は必要ですしね」
普段は練習なんて完璧な僕には必要ないよ、とさらっと言ってますけどね、とつぶやく英司に、直樹はもう一つ気になる事を聞いてみる。
「お前、雅人の相手役をやる2年D組野田雛菊について、何か知ってるか」
「野田さんですか。2年生の中じゃ円城寺さんと張る美少女だってことは知ってます。それなりに成績も優秀で、雅人先輩の熱狂的なファンですよね。個人的に話したことはないですけど、後輩の女子からあこがれのお姉様として慕われてるとかいうことぐらいですかね、俺が知ってるのは」
「そうか。では文化祭の間、何かきっかけを作って、彼女と知り合いになって話をしてみてくれ」
「えっ、雅人先輩の追っかけリーダーと俺がですか。どうして」
怪訝そうな英司の顔を、真っ直ぐに直樹は見た。
「体育祭であの双子を生徒会に勧誘したが、正直あいつらが素直に約束を守るかは未知数だ。どんな時にも次の手を用意しておくべきだと俺は思う。策もそうだし、代打の人材もな」
「つまりもし北原兄弟が生徒会役員をしなかった場合を考えて、次の生徒会役員候補を何人か選抜しておこうということですか」
英司はうなずく。
「わかりました。そういう事なら」
先日行われた体育祭で、来年雅人と直樹が卒業したあとの生徒会役員候補として選抜された小学生二人と、帝と英司、そして斎の三人はある勝負をした
結果は結局どっちが勝ったのか判定がつかない状況で終わったのだが、双子である北原兄弟の能力を認めた帝が、二人を来年の生徒会役員に勧誘したのである。
(でもあの二人、一応入るって約束したけどさ)
正直あの手この手で悪戯を仕掛けられ、たぬきに化かされているかのような気分を味わった英司は、直樹と同意見で双子たちを信じる気にはなれなかった。
それどころか終始帝に反抗的な彼らを生徒会に入れるなんて、面倒の元でしかないという予感しかない。
(これ以上仕事が増えるのはごめんだよ)
そんな風に考えていた英司にとって、直樹の提案は非常に嬉しいものであった。
「今までずっと生徒会役員は、クリスティ一族であることが必須条件だった。でも俺はそろそろその条件を見直しても良いのではないかと考えている」
直樹は英司の反応を見ながら、己の想いを口にした。
「もちろん良い候補者がいれば一族の者を優先させた方がいい。だがもしいなかった場合、クリスティ傘下の魔族の家から優秀な人材に役員をやってもらってもかまわないのではないかな。会長と副会長は一族の者である必要があるが、書記や会計はクリスティ一族に忠誠を誓う家から出てもいいのではないかと思う」
「そうですね。俺も良いと思います」
英司は笑みをみせて賛成する。
「でも直樹先輩、どうして会長と副会長はクリスティ一族じゃないと駄目なんですか」
英司の疑問に、直樹は少しためらいながら答えた。
「それはこの特館が少し特殊な場所だからだ。お前も知っていると思うが、ここは特殊な防御魔法が昔からかかった舘で、どんなことがあってもその防御魔法を解いてはならないと言われている。それは我らクリスティ一族の先祖から受け継いだ使命に深く関わる問題だからだ」
「えっ、そんな重要な場所だったんですか、ここ」
普段何も考えずに使っていたので、英司は驚く。
「この件に関しては、来年お前と帝が成人したら明かされるだろう。あと2ヶ月でお前達は成人し、成人の儀を経て、今雅人と俺が立っている所までついに上がってくることになる。その時すべてを話すことが出来るだろう。何故会長と副会長が一族の者でなければいけないのか。今までずっと生徒会役員がクリスティ一族から選ばれてきたのかを」
「わかりました」
英司はさわやかな声で答えた。
「一族に課せられたものがあることは、俺も知ってます。それが何かはわかりませんが、あと2ヶ月で明かされるんだし、待ちますよ」
頼もしい後輩の言葉を聞いて、直樹は心が凪いでいくのを感じる。
生徒会役員となってから今まで、常に自分の一族内の役割を意識し、特に帝が会長になってからは彼の補佐役として誰よりも支えなければという一念で生きていた。
それが自分にとって自然な事であったはずなのに、何故か今、肩から重たい力のようなものが少し抜けた気分になる。
それは決して嫌な気持ちではなく、今までの努力や積み上げてきたものが、きちんと後輩に伝授出来ているという達成感とでもいうべき感情だ。
己の奥に広がる想いを引き締め、直樹は今年の文化祭も最高に素晴らしいものにしようと心に決めた。




