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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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2/21

 私立クリスティ学園。

 XX市の郊外に建つこの学園は、日本でも指折りの財閥である伊集院(いじゅういん)家が設立した私立校である。

 幼稚園から大学院まで一度入学したらストレートで進級出来る、受験とはほぼ無縁の学校で、なんと生徒は全員魔族であった。

 はるか昔、ヨーロッパ大陸から渡ってきた魔族であるアルツール・クリスティ。

 彼の子孫は代々彼から重大な使命を継承しながら日本に定住し、日本にいる魔族達を力で従わせて頂点に立つ。

 経済面においても魔法と知恵を使って様々な事業を展開、今や世界にも名をはせる一流財閥の一つとなった。

 その伊集院家だが、始祖たるアルツールの五人の息子の子孫たちが中心になって支えている。

 本家と4つの分家。

 それぞれ直系の子孫を当主として各家をまとめ、代々受け継がれた役目を担う彼らは、次世代の未来を背負って今日を生きていた。




 季節は徐々に秋を深め、少しずつ冬へと向かっていく。

 アパレルショップのショーウインドウに冬のコートや帽子が飾られるようになった。

 木の葉は色づき、静かに地面へ落ちていく。

 次の実りのため、その養分となるために。

(でもアスファルトに落ちたのって、結局箒で掃かれて焼却されるだけなんだけどね)

 なんでこんなに落ち葉が多いのか、掃いても掃いても無くならない。

 校舎の周辺、外掃除をしながら、1年A組後野茉理(あとのまつり)はため息をついた。

「茉理-っ、そっち終わった?」

 反対側を掃いていたクラスメイト、川本奈々(かわもとなな)が手を振っている。

「今ちりとり、そっち持ってくね」

「わかった」

 時々吹く秋風にまとめた落ち葉を持っていかれないよう、茉理はかき集めた落ち葉を箒で押さえて待つ。

 ちりとりとごみ袋が来たので、すばやく入れた。

「随分溜まったね」

「もうこれぐらいにしようよ。きりないし」

 どうせ風が吹いたら、また落ちてくる。

 明日になったらまたここは、掃除してない以前の状態に戻るだろう。

「これで焚き火とか出来たらいいのにな」

 奈々は、いっぱいになったごみ袋を見てつぶやいた。

「そしてね、おイモとか焼くの。美味しいよ」

「そうだね」

 彼女の提案に同意はするが、学校内で焚き火など無理である。

 ごみ置き場に持っていくと、用務員がいた。

「今年もいっぱいだなあ」

 中年で少し浅黒い肌をした用務員はそう言うと、茉理たちのごみ袋を他の袋の上によいしょと押し上げる。

 横には大きな鉄製の箱型になった焼却炉があった。

 今の学校では焼却炉などないのが一般的だが、このクリスティ学園は例外だ。

 何しろ昔から焼却炉に入れたゴミは、燃えようが燃えなかろうがすべて魔法の炎で燃やし、灰すらも残さないという徹底した処分方法が取られている。

 それをするのが、この用務員の仕事だった。

 いっぱいになったゴミ袋を、彼は次々に焼却炉に入れていく。

 そこもいっぱいになると蓋を閉め、呪を唱えて燃やし始めた。

 鉄製の焼却炉ごと、大きな炎で包んで燃え上がらせる。

(凄いな、これ)

 火事になるんじゃないかと思うほど勢いよく火の粉が上がるが、絶対に周囲に飛び火しないのが魔法という便利なものであった。

 焼却し終わると、焼却炉だけ燃えずに残り、中身はすべて消えている。

 熱いだろうに蓋を開け、またゴミを放り込み、すべてのゴミが無くなるまで彼はその過程を繰り返した。

「やっと終わった」

「お疲れ様でした」

 何とはなしに鮮やかなゴミ処理を見ていた茉理と奈々は、額に汗を浮かべる用務員を労う。

「落ち葉が多いから、この時期はしょうがない。文化祭よりマシだけどな」

 彼のつぶやきに、茉理は思わず突っ込んた。

「文化祭ですか」

「ああ、もうじきやるだろう。そろそろクラスでも出し物とか決めるんじゃないかな」

 きらりと白い歯を見せて、用務員はさわやかに笑う。

「学生時代の楽しみといったら、何と言っても体育祭と文化祭だ。君たちも楽しめよ」

 そう言うと、他の仕事をしに彼は行ってしまった。

「文化祭かあ」

 小学校の時はなかった行事だ。

 横を向いて奈々の方を伺うと、少し複雑な表情を浮かべている。

 いつもならミーハー気質を発揮して、きゃあ、文化祭、楽しみね、とか言いそうなのに。

「どうしたの、奈々」

 気になって問うと、彼女ははっと我に返った。

「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」

 そう言って無理に笑顔を作ると、掃除道具片付けようと先に歩き出す。

 彼女の反応をいぶかしみながら、茉理も後を追って一緒に箒とちりとりを片付けた。




 下校しようと校門の前まで来ると、もうすっかりお馴染みになった姿が桜木の下で彼女を待っていた。

 クリスティ学園生徒会長伊集院帝(いじゅういんみかど)

 魔族の頂点に立つクリスティ一族次期総帥であり、伊集院財閥の跡取り。

 ――そして茉理の彼氏である。

「帝先輩」

 お待たせしました、と茉理は足を速めて側に行く。

 どうやら先に来て、待っていてくれたようだ。

「遅いぞ」

「すみません、掃除に手間取っちゃって」

 たわいのない会話をして、二人で駅まで歩く。

 彼は放課後生徒会活動があるにもかかわらず、彼氏の義務だとばかり毎日茉理を家まで送ってくれる。

 忙しかった体育祭も終わり、今は少し生徒会も落ち着いているらしい。

 駅から電車に揺られ、茉理の住むマンションの前まで来ると、帝はすっと大きな紙袋を差し出した。

「帝先輩?」

「受け取れ」

 茉理は疑問を顔いっぱいに浮かべながら、紙袋の中を覗き込む。

 シンプルだけど可愛いモスグリーンのコートが入っていた。

「うちのアパレル部門の今年の新作だ。お前に似合うと思ってな」

 それはサンプルだから気にせずに着ろ、とぶっきらぼうに言われて、茉理は思わず頬が赤くなる。

 多分これは新品だ。

 いつも彼女がわざわざ買ってもらいたいとは思っておらず、毎回高価な贈り物を拒否しまくったため、彼の方でも学習したらしい。

 まるで余り物でもあるかのように包装もせず、でも中身はきっと彼が気を使って選んだ物だ。

(ううっ、なんか凄く嬉しいんですけど)

 彼が自分の事をすごく考えて合わせてくれようとするその気持ちに対し、茉理はどうしようもなく嬉しさがこみ上げる。

 彼の事を大好きになってしまった。

 でもこの恋に溺れるわけにはいかない。

 一年後――いや、別れの時は、もう数ヵ月後に迫っていた。

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 素直に紙袋を受け取って、お礼を言う。

 帝は満足そうに茉理を引き寄せ、そっと頬にキスをした。

 驚く彼女の耳元に、小さなささやき声がする。

「そのコート、可愛い君に絶対似合うよ」

(あ……B君だ)

 茉理は目を丸くした。

 目の前の帝は、いかにも財閥の御曹司らしく俺様キャラで、生徒会でも学園でも暴君みたいな態度である。

 でも本当の彼は、繊細で争いを好まない優しい性格だった。

 育った家庭事情により帝は二重人格になってしまい、自分本来の優しい性格は心の奥に閉じ込めてしまう。

 茉理が出会った当初の彼は裏に閉じ込めた人格を嫌悪し、常に王様のごとく強気でいきがる少年だった。

 しかし最近どういう心境の変化があったのかは知らないが、彼女と二人でいるときは、よく裏側の自分を出してくるのだ。

 茉理は普段表に出ている人格をA君、裏にいる繊細な人格をB君と呼んで区別している。

(最初はA君とばかり接していたんだけどな)

 二人きりで会話をしているとき、ふとした瞬間さっきのようにB君が現れた。

 今では二つの人格の間にあった強固な境界線が無くなったように感じる。

(なんだか最近、二重人格じゃなくて、オンオフの切り替えが激しいだけの人にしか思えなくなってきたかも)

 普通の人間でもそうではないだろうか。

 学校や職場で見せるよそ行きの顔と、家でくつろいでいる時の顔。

 いつもそんな風に見えない人が、実はオタクだったり意外な趣味を持っていたりするのは、よくあることだ。

(これってきっといいことだよね)

 茉理は以前の彼と今の彼を思い、嬉しくなった。

(帝先輩がどんどん格好良くなっていく気がするな)

 そして彼が成長すればするほど、良い男になればなるほど。

(……わたしとは遠い存在になっていく)

 魔族界のエリートにして、最高の家柄と財力を持ち、おまけに美少年。

 黒髪と整った顔立ち、憂いを帯びた黒い瞳。

 生徒会副会長の伊集院雅人と比べるとそこまで目立たないため、あまり言われたことはないかもしれないが、彼だってそこらの男子に比べると十分女の子たちの目をひくだろう。

(寂しいけどしょうがないよね。だってわたしは真逆の存在。この人の横に立てる要素は皆無)

 魔力はゼロ。正直どうしてクリスティ学園に入学を許可されたのか謎でしかない。

 容姿だって平凡だし、成績も中間。

 人に見せられるほどの特技や技能も持ち合わせていない。

 どこにでもいる普通の女の子、それが自分だ。

(この人の側にいられるのも、あと少し)

 帝が何故彼女とつきあっているかというと、別に茉理の事を好きだからではない。

 クリスティ一族本家跡取りの義務として、彼は十二歳になった時から女性を選んでお付き合いしないといけないことになっていた。

 家を存続させるために、どうしても次の跡取りを必要とする伊集院本家は、代々次期総帥と定めた男子に将来の伴侶探しをさせている。

 これはと思う女子を選び、一年という限定期間つきあって、将来の相手とするかどうかを決めるのだ。

 今年は茉理が運よく彼女選抜イベントに勝ってしまい、彼と一年お付き合いする相手になってしまったのである。

 彼と春に出会って数ヶ月が過ぎた。

 季節は11月に入り、あと少しで今年も終わり。

 来年になったら、またあの桜が咲いて、二人の別れが訪れる。

(だからこそ本気で好きになりたくなかったのにな)

 茉理は嬉しいはずの彼からの贈り物が、急に重く感じられた。

 付き合い始めてから沢山好意をよせる言葉をかけられ、高価な贈り物も渡されたが、茉理はことごとく拒否している。

(だって本気で好きだってわけじゃない。彼女への義務でやってる行為なんて、もらっても嬉しくないよ)

 それに彼には無理して、そんな事をして欲しくなかった。

 だから散々断り続け、今に至っている。

 それでも最近は、少しだけ思うようになった。

(あと少ししか一緒にいられないなら、楽しい思い出を作ってもいいんじゃないかな)

 友達以上、恋人未満ぐらいの関係にとどめ、一緒に時間を過ごすことは出来るはず。

 それというのもこの間、なんとB君の人格が茉理の事を好きだと告白してくれたのだ。

(これって一体どういうことになるんだろう)

 期待してはいけないと思いながら、茉理の中に淡い想いが芽生えてしまう。

 ――もしかして一年経っても、一緒にいられるんじゃないだろうかと。

 頬を赤く染めたかと思ったら、今度は恥ずかしそうに俯いてしまった茉理の髪に少し指を伸ばして触れた帝は、笑みを深めてじゃあまた明日と言うと踵を返した。

 渡された紙袋を手に提げて、茉理は彼の背中が見えなくなるまでずっと見送っていた。




 家に帰ってコートを出し、鏡の前で着てみると、普段とは違う自分になったようで、正直どこか落ち着かなかった。

「入るわよ。あら、それどうしたの?」

 母が部屋に洗濯物を持って現れ、茉理を見て目を丸くする。

「あ、あのね。もらったの。その……さ」

「ああ。あのお家がアパレル会社やってる友達から?」

 母は帝の事をよく知らない。

 茉理の部屋に突然知らない服が増えた事は、流石に気付かれた。

 なので咄嗟に今度の学校で知り合った友達の家が洋服の会社をやっていて、売れ残った服をもらったのだと苦しい言い訳をしてある。

「今年の冬の新作のサンプルだって」

「ああ。試作品なのね。それはお店に出せないものね」

 母は納得してくれたようで、茉理はほっとした。

「いい色じゃない、明るくて。良く似合うわよ」

「そうかな。あんまりこういう色って着た事なくてさ」

 落ち着かないと彼女が素直に言うと、母は笑う。

「大丈夫よ。若いんだし、そういう色も可愛くていいわよ。いいのもらって良かったわね」

 そう言って、母はリビングに戻っていった。

 母に褒められたことで少し自信がつき、茉理は今度外出するときに着ようと心に決めて、コートを丁寧に洋服箪笥にしまう。

 そろそろ夕食だろうと台所に入ると、母がおかゆを作っていた。

「どうしたの、お母さん」

 具合でも悪いのかと問うと、母は首を横に振る。

「わたしじゃないわよ。おばあちゃん」

「おばあちゃんが?」

「最近あんまり眠れないんだって言ってたわ。食欲もないしね」

「そうなんだ」

 茉理は心配になった。

(おばあちゃん、大丈夫かな)

 茉理の祖母後野藤子(あとのふじこ)は老人性痴呆症をわずらっており、徘徊はあまりしないものの、わけのわからないことを言ったりする。

 でも茉理の前では正気としか思えない発言をするのだ。

(たぶんおばあちゃんはボケてなんかない)

 茉理はそう確信している。

 ちょっと前まで彼女も、この日本に魔族と呼ばれる人たちや魔法なんてものが存在するなんて思っていなかった。

 クリスティ学園に入り、実際にこの目で魔法を見て、彼らの存在やその常識を信じるようになったけれど、そんな事を両親に話したところで精神病院に連れていかれるだけだろう。

 でも祖母は違った。

 何故か魔法使いや魔族の事をよく知っていて、それどころか後野の家にも何か先祖から受け継いだ力があるらしい。

 それを両親に打ち明けた結果、精神科に連れていかれて痴呆症だと診断を受けたのだ。

 以前、茉理は祖母から聞いたことがある。

 ――後野の家は魔族ではないけれど、魔族と深い関わりがある家だと。

 藤子は徹底して魔族を嫌っており、クリスティ学園入学も猛反対された。

 しかし痴呆症をわずらう老女の言葉には誰も取り合わず、茉理が行きたいのならばと両親は許可してくれたのだ。

 共働きの両親は家にいないことも多く、茉理は祖母に学校で在ったことなどをよく話す。

 すると時折適切な助言をくれた。

 半信半疑ながらその通りにしたら、問題が解決出来たりする。

 今や藤子は茉理にとってボケた祖母ではなく、不可解な魔法使いの世界に良きアドバイスをくれる存在であった。

(おばあちゃん、寝れないなんてどうしたんだろう)

 茉理は部屋で休んでいる祖母におかゆを運ぶ役を、自ら引き受ける。

 お盆を持って部屋に入ると、藤子はぼんやり寝台に腰掛けて窓の外を眺めていた。

「おばあちゃん、おかゆ食べれそう?」

 持って来たよ、と寝台の側にあるサイドテーブルに乗せると、藤子はお盆を眺めてありがとうねと微笑む。

 茉理は横に座って、そっと背中をさすってあげた。

「眠れないって聞いたけど、大丈夫?」

「大丈夫だよ。ちょっと昔の嫌な夢を見て起きてしまうだけさ」

「そうなんだ」

 茉理はそれ以上何も聞かず、別な事を話すことにした。

「あのね、もうじき文化祭があるの」

「そうなのかい」

「小学校の時はなかったから、どんなな感じなのかすっごく楽しみでさ。おばあちゃんが中学生の時にはあった? 文化祭」

「……」

 祖母は一瞬目を閉じて、静かにつぶやく。

「あったよ。でもきっと今ほど盛大じゃないだろうね」

「そっか。おばあちゃんの時はどうだったの?」

「そうだね。クラスごとに何かを発表したよ。大抵何かテーマを決めて、それについて調べて展示したりさ。あと体育館で合唱部や吹奏楽部、演劇部がお芝居したりしていたかね」

「わたしの行ってる学校は魔法使いばっかりだから、きっともっと色々魔法を使ったものをやるのかな」

「そうだろうね。でも気をつけないと。魔法は危険と隣り合わせだからね」

 祖母は沈んだ声で言った。

「そうなの?」

「そうだよ。わたしが高校の時だけど、悲しい出来事があってね」

 藤子は窓の外に目線をやりながら、ぼんやりとした声で語る。

「友達がいなくなったんだよ」

「ええっ、迷子になったとか」

「いつも通ってる学校で迷子になるわけないだろう。煙のように消えてしまった」

「えーと……行方不明ってこと」

「そうだよ。どこを探しても見つからなかった。60年以上前の事さ。いまだに行方はわからない」

「そうなんだ」

 茉理は寂しそうに語る祖母の口調に、どこかに行ってしまった親友を偲ぶ心を感じ、そっと小さな肩にショールをかけてそろそろ寒くなるからと気遣った。

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