『幕間』文化祭の後日談~白金のメッセージ2~
ほどなく直樹が戻ってきて、茉理は彼と一緒に席を立つ。
「またいつでも遊びに来てちょうだい」
優しく微笑んで、洋子はそう言った。
わざわざ立ち上がると、茉理の方に近寄ってその手をぎゅっと握る。
「あなたのおばあさまに、藤子によろしくね」
「はい」
うなずいた茉理を、洋子はそっと抱きしめた。
またぎゅっと手を握られた時、何かがそっと茉理の手の中に押し込まれる。
(洋子さん?)
茉理は手の中に入れられた物に気付いて、洋子の目を覗き込んだ。
そこには今までにない真剣なまなざしがある。
その目が訴えている何かに気付き、茉理ははっとした。
よくわからないけれど、どうやら直樹に知られてはいけない物なのだろう。
彼女はそっとうなずくと、手の中の物を制服のポケットにさりげなく押し込んだ。
そして直樹の方を向く。
「行きましょう、先輩」
「ああ」
二人は再び洋子にお辞儀をして、特室を出た。
廊下を並んで歩いて行くと、顔をしかめた帝に出会う。
「面会は済んだか」
「ああ。どちらも問題なしだ」
そう言って、直樹はにやりと笑った。
「記憶の改ざんは滞りなく成功した。もう誰もお前達のことは覚えていない」
そして彼は、静かに茉理の方を向く。
「君の記憶も消そうかと考えたが、俺の一存でそのままにしておくことにした。秘密はしっかり守って欲しい」
「わかりました」
神妙な顔で茉理はうなずき、この事は誰にも話さない事を了承する。
直樹は、二人をエントランスまで送ってくれた。
「今日は時間を取らせて悪かったな。明日また学校で」
「ああ」
「今日はお疲れ様でした」
茉理はぺこりとお辞儀をし、帝と二人で待っていた高級車に乗り込む。
「遅くなったからな。今日はこのまま車でお前の家まで送るぞ」
「はい」
帝の好意に、茉理は素直に甘えることにする。
車は、ゆっくりと茉理の自宅に向かって走り出した。
自分の部屋に戻り、制服から部屋着に着替えた茉理は、そっと制服のポケットから洋子に渡された物を取り出す。
それは小さなプラチナのブローチだった。
手のひらで握れるほど小さなミニレターの形をしており、封蠟がわりにハートの模様が貼ってある。
(可愛いけど、それだけじゃないよね)
そっと手のひらでぎゅっと握ると、そこから魔力があふれ出した。
柔らかな魔力は、手のひらから腕を伝って茉理の体内に入り込み、その思考に語りかける。
『こんな形でメッセージを送るなんて、びっくりしたでしょう。本当にごめんなさいね』
洋子の若々しい声が、頭の中に響いた。
『ずっと病院でわたしたちは監視体制にあるものだから、あなたとちゃんとお話したかったのだけど、難しかった。だからこのブローチに、わたしの思念を込めました』
(洋子さん)
茉理は、彼女の言葉に驚きしかない。
(どういうこと? どうしてわたしにこんな言葉を)
彼女の中に、茉理という存在はまだ記憶されているのだろうか。
直樹はすべて消去したと言っていたけれど。
『森崎君は、わたしの記憶を消したと思っているけれど、それは違うの。わたしはこれでも第五の分家の次期跡取りだったから、普段から色々防衛策を身につけていてね。良からぬ輩がわたしの記憶を操作するかもしれない時に備えて、常日頃から自分の記憶をいつも身につけているアクセサリーに記録することにしていたのよ』
(洋子さん、そんな事をしていたんだ)
茉理は彼女が何故記憶がそのままなのか、そのからくりに気付き、驚いた。
『記憶をもし消されても、そのアクセサリーに触れたらすぐわたしの記録してあった記憶が、わたしの脳内に復活するようになっていてね。あなたのこともちゃんと覚えているわ』
穏やかな声が、茉理に語りかけてくる。
『今はこちらの世界に戻ってきてから、色々情報収集の毎日よ。記憶を消されたふりをしながら、看護婦さんや先生、会いに来てくれる人たちと会話しながら、今の時代のことを勉強中よ。テレビや映画も色々見せてくれるから、とても楽しい毎日を過ごしています』
(洋子さん、良かった)
茉理は彼女の声を聞いて、ほっとすると同時に涙が出た。
思ったより洋子の事を気にしていたらしい。
『あなたはもしかしてわたしの元婚約者だった狭間弘一の事を気にしているかもしれない。彼は寿命尽きて亡くなったことになっているけど、本当は違う。わたしはその事に気付いているし、きっとあなたもそうでしょう』
茉理は、この言葉に胸の奥が激しく痛む。
きっと洋子も気付いているのだ。
狭間弘一は断罪された。
それもおそらく帝の手で。
『でもどうか気に病まないで。弘一のしたことは、許されることではない。彼が自分のしたことのおろかさに気付いてくれないのなら、これからの未来に彼の存在は危険でしかないわ。伊集院帝様は魔族の長として、正しい選択をしたのよ。悲しいけど、わたしはそう思ってる。本当なら彼を止めるのは、わたしがすべきことだった。それを代わりに背負ってくださった帝様には、本当に申し訳ないと思ってる』
(洋子さん)
茉理は、そっと胸を押さえた。
これはしかたないことだと伝わる彼女の言葉の奥から、底知れぬ悲しみを感じたのだ。
頭ではわかっていても、感情はそうはいかない。
彼は――狭間弘一を、洋子は本当に好きだったのだ。
たとえ彼がどんな野望を胸に抱いたとしても、洋子と過ごした思い出だけはきっと嘘偽りない時間だっただろう。
その事が痛いほど伝わってくる。
(誰かを好きになるって、とても辛いことなんだね)
茉理はそっと洋子の心に寄り添いながら、おそらく彼女が流せずにいる涙を、代わりに流していた。
洋子の声は病院の生活や、未来への期待を紡ぎ、茉理の心を安心させてくれた。
彼女はこれから遠野本家が用意してくれる居場所で、残る余生を過ごすとのことだ。
弟の孫に当たる斎とも挨拶し、彼の優しさに救われたと言っていた。
『あなたも同じクリスティ学園なのでしょう。落ち着いたら斎君と遊びに来てね。待ってるわ』
体には気をつけて、また会いましょうとまるで本当の祖母のように優しい声でメッセージは締めくくられ、彼女はそっと手のひらの上のブローチを見る。
銀色に輝く繊細な細工のそれを、大事に机の引き出しにしまった。
(ありがとう、洋子さん)
きっと茉理が色々気に病んでいないか心配して、このメッセージをくれたのだろう。
なんにせよ、彼女が思ったより落ち着いていたので安心した。
(遠野君に頼んで、今度遊びに行こう)
その時は美味しいケーキを持っていかないと、と茉理は自分の好きなケーキを思い浮かべ、そっと微笑んだ。
<終わり>
少しですが文化祭の後日談を付け足しました。
こちらは以前わたしが書いた7巻の物語を推敲した際、やむなく本編から削除した内容です。
どうしようかと思いましたが、今後の展開の参考になる事も書かれていたので、こちらに付け足して投稿します。
お読みくださって、ありがとうございました。
次のページは本編とまったく関係のないおまけです。
よろしければあと1ページ、お付き合いください。




