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11月16日のさわやかな秋晴れの中、私立クリスティ学園中等部文化祭は、昨日のアクシデントをものともせず、盛大に再開された。
「いらっしゃいませーっ、1年A組お化けとゲーム屋敷でーす」
「お化けとゲームをして買ったら景品がもらえます。ぜひ挑戦してくださいっ」
茉理もクラスメイトと一緒に、教室の前で声をあげる。
今日の午前中は教室担当で、呼び込みだ。
「昨日は途中で終わっちゃったからどうなるかと思ったけど、再開出来てよかったね」
「爆弾で嫌がらせするなんて、一体どこの誰だったのかなあ」
「どっちにもしても学園にけんかを売っといて、無事じゃすまないでしょうね」
皆、時折昨日の事をうわさしながら、通りがかった人に声をかける。
「ねえ、後野さん。帝様たちから犯人の事とか聞いてないの?」
もう朝からこの質問ばかりだ。
茉理は曖昧に笑って聞いてないよ、ごめんとごまかした。
昨日の体験についてはあまりにも衝撃的な出来事だったため、関係者一同に緘口令が敷かれている。
彼女自身も言いふらすのは良くないことだと感じていたので、言われなくても口を閉ざすつもりだった。
「そういえば後野さん、なんか天の川学園の会長に交際申し込まれたんだって? どうするの?」
「あーっ、聞いたよ、それ。なんか屋上に呼び出されたんだよね」
(うーっ、全校生徒に広めるなんてひどいよ、直樹先輩)
茉理は内心頭を抱える。
今朝、帝がわざわざ茉理を高級自家用車で家まで迎えに来て(自宅より少し先の通りに駐車してあった)、彼女は朝一番に森崎総合病院に連れていかれた。
昨日は体が千分の一に縮んだとはいえ、今朝目覚めた時に違和感はまったくなかったので大丈夫だと言ってはみたが、念のためだと簡単な診察を受ける。
その際、登校前の直樹と会ったのだが、昨日の事件から全校生徒の目を少しでもごまかすために、別な話題をうわさとして流すと告げられた。
『後野さんにはすまないが、この事件は出来るだけ穏便に処理したい。なので悪いが協力してくれ』
そう頼み込まれて、彼女は不承不承うなずく。
昨日救出された人たちは、全員病院の別棟で治療に当たっていた。
なんでも浦島太郎症候群とかいう適当な病名をつけられて、現実と60年前のギャップを埋めるために色々教育を受けたり、老化現象によって急に弱って発症した内臓や足腰の疾患などの治療をしているという。
『治療も教育も順調だ。問題なのは受け入れ先だな』
直樹の言葉に、茉理も顔を曇らせた。
60年も行方不明だったのが、急に奇跡の生還を果たしたのである。
今、彼らの血縁者や家族は、いなくなった人たちとは無縁の生活を送っているはずだ。
そこに突然『すみません、60年前に行方不明だったあなたの親戚です。よろしくお願いします』と言われても、対応に困るだろう。
何人か老人に混じって中年や青年もいたが(老人の比率が多かったため、紛れて脱出時にはよくわからなかった)、そういう人たちは再就職や進学などをして独立出来るだろう。
でもあと数年でお迎えが来そうな人たちは、そういう道は選べまい。
『どうするんですか』
心配そうに問う茉理に、帝が横から口を出した。
『住居や経済に関することは、伊集院財閥が支援するつもりだ。だが金や物だけで解決出来ない事はどうしようもない』
『解決出来ないことですか』
『人が一人で孤独に生きることは一見自由で素晴らしいことに思えるかもしれんが、実際には完全に人との関わりを遮断して生きることなど出来ないからね。家族がいなかったとしても、それに順ずる親しい友人や隣人、ちょっとした知り合いでもいい。誰とも言葉を交わさず、たった一人で生きるのは寂しいことだ。時には孤独にさいなまれ、無気力になったり、精神的に追い込まれて病んでしまうことだってある』
直樹は黒眼鏡のフレームに、指を当てて位置を直す。
『心の支え的なものは必要だ、ということかな。夢とか生きがいとかでもいい。そういうものを現実の中で見つけられるように、そっちのサポートもしていくつもりだけど、やっぱり血縁者とか昔の友人とかを見つけられたら一番いいかな』
『そうですね。そういう支えてくれる人がいたらいいですよね』
茉理はうなずいた。
『俺は一族のデータをフル活用して全員の親戚縁者を割り出し、生還通知を送るつもりだ。とりあえず会いに来てくれれば良し。一緒に同居とかは出来なくても、電話したりメールを送ったり出来る相手になってもらえればと考えている』
直樹はそう言って、薄く笑う。
『こういう作業は骨が折れるが、やりがいがあるからね。研究もいいが、俺は調査業務も好きなんだ』
『直樹先輩なら大丈夫ですよ。がんばってください』
心からの笑顔で彼を応援し、茉理は帝と共に学園に登校したのだった。
色々聞きたそうなクラスメイトの質問を交わしつつ、呼び込みをしていたら、あっという間にお昼になる。
「後野さん、お疲れ様」
鬼のもふっとした鬘に角を頭につけた学級委員の小坂正一が、彼女に声をかけた。
「今日はここまでだね。お疲れ様」
「小坂君もお疲れ様。じゃあ行ってもいいかな」
茉理はクラスの皆に声をかけてから、幽霊の衣装を脱いで制服に着替える。
「茉理」
トイレで着替えて廊下に出たら、執事服を身につけた帝が彼女を待っていた。
彼は自然に右手を差し出す。
「行くぞ」
「はい」
茉理は拒否することもなく、彼の手に自分の手を重ねる。
これから二人で校舎を回って、文化祭を楽しむ予定だ。
彼の綺麗な横顔には、昨日の疲労感は微塵もない。
黒い執事服を完璧に着こなす帝の姿に、茉理はついみとれてしまった。
(やっぱり帝先輩は、すごくかっこいいな)
自分が今、彼の横でお姫様のようにエスコートされているなんて夢のようだ。
白い手袋越しに触れる彼の優しい指先は、彼女の指にしっかりからみ、離すまいとするかのように強く握られる。
「まずはどこへ行きますか、僕のお嬢様」
耳元で甘くささやかれ、茉理の顔が瞬時にほてる。
真っ赤になってあたふたする彼女の反応が楽しくて、帝はふふっと口元に笑みを浮かべた。
彼女が自分の横で幸せそうにしている姿を見ているだけで、心から嬉しい。
これから過ごす楽しい午後を思いながら、彼は上機嫌に茉理を連れて活気ある文化祭の人混みの中へ茉理を誘った。
暗闇の中に差し込む一筋の光。
舞台には豪奢なソファの上で苦しむ野獣の姿がある。
「ああっ、俺はこんな醜い姿なのに恋をしてしまった。ベル、美しい君に。どうしたらいいのだ」
雅人扮する野獣は初めての恋に、せつないほど悶え悩んだ。
「こんな醜い姿の俺を、どうして彼女が愛してくれるというのだろう。無理だ。俺の想いは彼女に届くことはない。ああ、愛しいベル。君が笑ってくれるなら、俺はなんでもしよう。この命すら捧げてもいい」
(凄い、雅人先輩。迫真の演技だ)
茉理は帝と並んで体育館の椅子に座り、演劇部の舞台を観賞していた。
野獣のせつない姿に胸を打たれ、観客席ではハンカチを濡らしている生徒もいる。
帝の表情は特に変わらなかったが、彼は茉理の手を離すことなく、指を絡めあったままだ。
舞台よりもその温もりの方が、彼女の胸の鼓動を高鳴らせる。
(なんかすごく恥ずかしいよ。こうして手をつないでるの)
暗い中に座っているから他の生徒達には気付かれていないだろうけど、茉理自身はどきどきしてどうしようもなかった。
舞台では場面が変わり、ヒロイン役の野田雛菊が現れて、胸の内を語り始める。
「どうしたというの、わたしは。あの人はあんなに醜くて乱暴な野獣。なのにとても優しく感じてしまう。一緒にいると楽しくて、胸の奥が熱くなる。ああ、こんな気持ちは初めてだわ。この気持ちは一体何?」
(わーっ、野田先輩、綺麗……)
茉理は再び舞台に集中し、ベル役の野田雛菊を見た。
明るいレモンイエローのドレスを着た雛菊が、野獣の面をつけた雅人と優雅に踊っている。
お面をつけていても雅人のダンスはまるで王子様のように気品高く、その横にいる雛菊は清楚で可憐。
お似合いの二人は本物の恋人みたいに微笑みながら、観客の心を魅了した。
だが帝は少し不快そうにちっと舌打ちしたので、茉理は華やかな舞台から一気に現実に引き戻され、彼の方を見る。
「帝先輩?」
どうかしましたか、と問う少女の気遣う瞳に、帝は答えた。
「なんでもない。ガキだった頃の嫌な事を思い出しただけだ」
「嫌な事、ですか」
以前、双子の姉妹から聞いた帝の過去話が、茉理の脳裏に浮かぶ。
帝は幼い頃、女の子のように可愛かったため、雅人にいつもドレスを着せられお姫様役をさせられていたらしい。
(今の男らしい帝先輩からは考えられないけど、でもきっとそれって思い出したくない過去の黒歴史よね、先輩にとって)
ただドレスを着せられただけではなく、当然お姫様らしい台詞を言ったり、ダンスだってしたかもしれない。
(ということはもしかして帝先輩の生まれて初めてのダンスの相手って、雅人先輩だってこと?)
茉理はうーんと複雑な気持ちになった。
もちろん自分はダンスは出来ないし、去年は園城寺美奈子と付き合っていたから、当然彼女ともダンスを踊ったことだろう。
(っていうか、もしかしてこれって嫉妬?)
茉理はいきなり心の奥をちくりと刺す棘のような感情に、少し悲しくなった。
(きっとわたしには帝先輩との間に、これは初めて君と経験した事だっていう思い出がないからだろうな)
別にダンスでなくたって、他の何だってかまわない。
これだけは君が初めてだっていうものが、何か一つぐらい欲しかった。
(わたしだって帝先輩は初恋の人じゃない。恋は二度目だし、そういう意味ではお互い様なんだけど)
舞台では激しい剣戟が始まっている。
「茉理?」
帝は横の彼女に気付いて、そっと声をかけた。
何故か茉理は、すごく苦しそうな顔をしている。
もしかして舞台の上の美女をめぐる争いが、繊細な彼女の心に響いたのかもしれないと彼は思い、そっとつないだ手を引いた。
「出るぞ」
そう耳に声を落とすと、帝は茉理と共にその場から瞬間移動した。
二人はひと気のない屋上に来た。
昼の日差しは暖かいが、吹く風は少し身に沁みる。
「少し休んでいろ」
帝はそう言うと白い椅子を魔法で出し、茉理を座らせると、どこかへ瞬間移動していった。
彼女はしばらくぼうっと風に身をさらす。
(変な気遣いさせちゃったな。帝先輩に)
別にちょっと落ち込んだけど、それだけだ。
複雑な恋心は、自分でもどうしようもない。
(せっかく二人でいるんだし、この時間をもっと楽しまないと)
一緒にいられるのも、あと少しだけ。
春になったら、この関係は終わってしまう。
そう思ったら二人でいられる時間がすごく貴重で、だからこそ楽しい思い出をいっぱい作りたいなと強く感じた。
(まあ、とんでもなくインパクトのある思い出は、また一つ出来たけど)
きっと昨日の出来事は、一生忘れないだろう。
ミニチュア街なんて、魔法でなくては絶対に行けない街だ。
そこに行ってしまったなんて、小学校時代の友達に話したら絶対に笑われるし、信じてもらえない。
あの街の事を考えていたら、彼女の事を思い出した。
遠野洋子。
昨日彼女も一緒に脱出出来たはずだ。
容姿は変わってしまったから、今本人を見ても誰かわからないかもしれないけど。
(おばあちゃんに話したら、喜んでくれるかな)
60年前に消えた親友が、また戻ってきた。
あんなに親友の事を忘れずに生きている祖母に、まだこの事を伝えていなかったことに茉理は気がつく。
今日帰ったら伝えてみようと心に決めた茉理の前に、すっと湯気の立つカップが差し出された。
「飲め。体が温まるぞ」
「ありがとうございます」
茉理はお礼を言って、カップを受け取った。
飲んでみると、甘酸っぱい味がする。
「はちみつレモンですか」
「そうだ」
帝は自分のカップを傾けて、温かいはちみつレモンを飲む。
「ガキの頃、よく雅人が作ってくれた。俺が泣いてる時にはいつも」
「そうだったんですか」
「ああ。だからこれを飲むと、気持ちが落ち着く」
そう言って、帝は微笑んだ。
「飲んだら行くぞ。文化祭はこれからだ」
「はい」
もろもろの複雑な気持ちは甘酸っぱい飲料と共に胸の中に流し込み、茉理は再び元気よく立ち上がる。
「帝先輩、わたし、今度は英司先輩の映画が見たいです」
「わかった。行こう」
差し出された手をしっかり握って、茉理は彼に微笑む。
(まだ大丈夫)
今は一分一秒を楽しむとき。
別れの季節はまだ先だ。
その時まで、彼と一緒に歩いていこう。
茉理はそう心に決めて、また帝と一緒に校舎の中に戻っていった。




