表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/26

24

 英司たちと街の住人すべてを現実世界に戻し、帝はただ一人ロッカーの中に残った。

 このまま彼らと共に脱出し、外側からロッカーを封印してしまうことも出来る。

 だがそれをしても何の問題解決にもならないと、彼は考えていた。

(諸悪の根源を断ち切らなければ、きっとまた同じ事が起こる)

 彼は空中浮遊しながら、電球を数多く手のひらから放出し、暗闇で満ちたロッカーの内側を光で満たす。

 ロッカーの床に当たる部分を念入りに調べると、魔方陣が床全体に広がっているのを感じた。

(出来るだけ薄く、魔法線を透明化させているな。一部はさっきの攻撃が当たって欠損しているようだが)

 そんなことを思っていると、ふいに床が淡く光りだした。

「何だ」

 思わず驚きを口にしてしまう。

 床に描かれた魔方陣が、淡い光に満たされて復元しようとしていた。

 帝の攻撃で切れた魔法線が伸びていき、また線同士がつながっていく。

(まずい。これが復元してしまったら、また時が止まり、幻影の街が現れてこの魔方陣を覆い隠す)

 そうなったらまた街を――街の幻影を破壊して、床に描かれた魔方陣をむき出しにするところから始めないといけない。

 帝は雷を呼び出し、強力な電撃を魔方陣の千切れかけた線の端を狙って落とす。

 魔方陣の再構築はさせない。

 必死に線という線を魔力を込めた電撃で壊し、復元しようとするのを防ごうと試みた。

 だが帝個人の魔力をすべて注いでも、魔方陣の復元スピードに追いつけない。

(くそっ、どれだけ魔力を蓄えているというんだ。尋常ではないぞ、これは)

 永遠に魔力を得る方法。

 そんな魔族にとって夢物語でしかない方法が、本当にあるというのか。

 永遠に無限の魔力を持ち続けられるなら、一体どんな事が実現可能となるのだろう。

 さっきみたいな老いも病もない、責任も義務も存在しない、実に自由で気楽な街を作ることも出来るし、圧倒的な強さを誇る強力な魔獣を数多く償還して、この世界と人間すべてを滅ぼして新たな世界を創ることだって出来るかもしれない。

(恐ろしく魅力的な力だ。だが……そんな力が、何のリスクもなしに手に入るはずがない)

 60年前の総帥、そして現総帥である祖父でさえ、この力を得る方法とやらに反対し、絶対に使用しなかった。

(狭間弘一、一体どんな奴だ)

 今だ姿を現さない、この事件の首謀者。

 自分の家族や身内に危険視されて処刑されそうになったなんて、どれほど狂気じみた人間なのだろうか。

 そんな事を考えながら、必死に魔力攻撃を連続で行い、魔方陣の再生を阻止しようと試みる。

 しかしいくら帝でも、個人で放てる魔力には限界があった。

(くそっ、このままでは狭間弘一と対峙したとき、断罪する魔力が残らない)

 相手は自分の家族を全員殺した男だ。

 その手を血に染めることに何のためらいもないだろう。

 だがここで魔方陣の再生を止めなければ、また振り出しに戻るだけだ。

(どうする。どうしたらいい)

 帝は限界に達した己を叱咤しつつ、必死にこの無限再生する魔方陣の攻略法を考える。

 その時だった。

 突然魔方陣から、鋭い刃のようなものが帝めがけて飛んでくる。

「くっ」

 彼は体を横にして、かろうじて避けた。

 しかし今まで魔方陣の再構築ばかりで攻撃して来なかったので、つい油断してしまった。

 攻撃は避けたが、刃は帝の左腕を若干かする。

 黒い執事服の袖が裂け、血が一筋滴り落ちた。

 そんな帝をあざわらうかのように、次々と今度は無数の風の刃が魔方陣から飛び出してくる。

 彼は必死に防御魔法で自身を覆いつつ、攻撃を受け止めた。

(くそっ、何だ、この攻撃の威力と回数は)

 床の魔方陣より出現する刃たちは、千も万もあるかのごとく次々と帝に向かってくる。

 つきない鋭い攻撃の威力は落ちることが無く、むしろ更に鋭さを増した。

 ピシっと帝を覆う防御膜の一角にひびが入る。

 先ほどから魔方陣構築を止めるため、必死に電撃を落としていた分、彼の魔力は半減していた。

 防御膜を保つだけの魔力が、削られてもう残っていない。

 魔力がつきれば、この風の刃を避けることは不可能だと帝にもわかっていた。

(ここまでなのか)

 もう意識が朦朧とし始め、必死にそれでもあがいていた帝の防御膜が、鋭い風の刃によってついに貫かれて粉々になる。

 浮遊していた体が急速に下に落下し、帝はもうこれまでなのかと自身の弱さに絶望しながら落ちていった。

 床の魔方陣は攻撃をやめ、落ちてくる帝を受け止める。

 本来ならロッカーの床に描かれた魔方陣の下にはただ硬い鉄の板があるはずなのだが、魔方陣は光を放つと帝の体をずぶずぶと魔方陣の下に引きずり込んだ。

 どうやら魔方陣は、別空間とつながっているらしい。

 帝の体は魔方陣に飲み込まれ、ロッカーの内側から姿を消した。




 次に帝が気がついた時、自身の体は浮遊していた。

(なんだ。俺は一体どうしたんだ)

 横を見ると、見知った金の髪の貴公子と長身の黒眼鏡がいる。

「お、まえら」

 やっと声を絞り出すと、雅人はにこやかに笑った。

「お疲れ様、帝。無事敵地に侵入出来たよ」

「お前が奮闘してくれたおかげでな。向こうが油断して、お前を捕らえようと自分の領域に引きずりこんでくれた」

 そうでなければ、こうも易々と俺達をここに通しはしなかっただろう、と冷静な声で直樹は言う。

「ほう、それが貴方の側近というわけですか。伊集院帝様」

 天井には、先ほど帝を引きずり込んだロッカー床に描いてある魔方陣が、淡い光を放っている。

 そしてその更に下の空間の底には、天井とまったく同じ魔方陣が広がっていた。

 空中から見ると綺麗な二重円を描いた魔方陣は、中央に小さな円が描かれている。

 その円の中に、青年が一人いた。

 帝は体内の魔力が戻っている事を感じながら、その青年を凝視する。

「お前が狭間弘一か」

「お初にお目にかかります。若きクリスティ一族の長。イジュールの名を受け継ぐものよ」

 青年は大仰な身振りでお辞儀をした。

「わたしは狭間一族が当主、狭間弘一と申します。どうぞお見知りおきを」

「へえ、君が狭間一家惨殺事件の犯人なんだね。もっと強面で凶暴そうな人間だと思ってたのに、意外だな」

 雅人はそう言うと金髪を優雅に揺らし、空中から見事なお辞儀をする。

「初めまして。僕は第二の分家当主伊集院雅人。どうぞよろしく」

「俺は第三の分家当主、森崎直樹だ」

 二人の名乗りを聞いて、弘一は笑みを浮かべた。

「帝様を始め、分家のご当主自らおいでいただけるとは光栄ですな。わたしめの提案に、ご興味を示していただけたようで何よりです」

「随分強気だな。俺達に、お前の言う提案とやらが受け入れられると思っているのか」

 直樹の発言に、もちろんですよと弘一は自信ありげに笑う。

「すでにお気づきのことでしょう。わたしは素晴らしい街を造り上げた。それを六十年も持続させることが出来た」

「おかげでこっちは大迷惑だがな。一体この六十年でどれだけの行方不明者が出たと思ってるんだ」

 直樹の皮肉な言葉にも動じず、弘一は続けた。

「それは些細なことでしょう。わたしの成した偉業に比べたら、微々たる犠牲です」

「偉業だと?」

 完全に自分に酔いしれている青年の姿に、帝は眉をひそめる。

「そうです。わたしは無限の魔力を生み出す方法を編み出したのです。一族の闇を使ってね」

 彼は帝を見て、ぞくりと背筋が震えるほど嫌な笑みを浮かべた。

「先ほどあなたもその威力に屈したはず。どれだけあなたが攻撃しても、わたしが持つ無限の魔力の前ではまったくの無力だったではないですか。どうです、帝様。素晴らしいでしょう。この永遠につきることのない無限の魔力は」

 彼は両手をあげて、恍惚とした表情で帝たちを見上げる。

「この力を使えば、どんなことも思いのままだ。吸血鬼の従僕(サーヴァンド)どもを滅ぼす? とんでもない。あれらは利用価値があるのです。死滅させるのはあまりにも惜しい」

「サーヴァント?」

 帝は聞いた事のない言葉に、怪訝そうに聞く。

「俺達クリスティ一族の宿敵の魔物だ。今はそう覚えておけ」

 直樹が帝に説明した。

「いずれくわしい事は、成人の儀式を経てから話す。だが記録に残っていたが、本当に狂気じみた提案だな」

「まったくだよ。死滅させないといけない魔物を使って永遠の魔力を得るなんて、実におぞましい行為だと思うよ。君、本当に人間なの?」

 君の方が魔物みたいだとつぶやく雅人の言葉を聞いて、帝はやはりと思った。

(ずっとはっきり言わなかったが、二人とも狭間弘一が60年前の提案したという内容を、具体的に知っていたんだな)

 一族の宿命に関わることだから、まだ成人ではない帝や英司、成人しているが今まで別な家の者だったため、宿命の内容を知らない昇には、話せることではなかったのだろう。

 だがもう成人の儀まであと二ヶ月。

 それ以前に、帝にはすでに一族の宿命とやらに心当たりがあった。

 一学期に突然茉理と一緒に異世界ユーフォリアに飛ばされ、クリスティ一族の始祖と言われているアルツール・クリスティと直接会い、そこで発生した因縁の対決をこの目で見ている。

(遅かれ早かれ、俺自身が背負わなければいけないものだ。それ以前にこれは俺自身の戦いでもある)

 あの時、一族の宿敵と相対した。

 結局彼とは決着をつけることが出来ず、戦いは未来へと持ち越されている。

「どうやら60年経っても、分家の方々の頭の固さは変わっていないようですね」

 やれやれと弘一は肩をすくめた。

「では帝様、あなたはどうなのですか。側近の方々はわたしの提案を快く思っていないようですが、あなたのご意見を伺いたい。永遠に大量の魔力を得る方法があるのなら、手に入れたいとは思いませんか」

 射抜くような視線を受けて、帝は答えた。

「お前は肝心な事を俺に伝えていない。永遠に大量の魔力を得る方法とは何だ。何をしたらそんな魔力を得ることが出来るのか」

「帝、聞く必要は無い」

 直樹は彼の疑問を、ばっさりと切り捨てた。

「そうだよ。君はそんな薄汚れた提案ごときに関わる必要はないんだよ。こんな小物は僕達にまかせておくといい」

 君の手を汚す必要はないよ、と手に持つ薔薇の花を一輪、狭間弘一に向ける。

 しかし殺意を込めて花を向けられても弘一は動じず、むしろ哀れむような視線で帝を見た。

「おやおや、帝様。肝心な事は知らされていないのですね。実に残念だ。あなたの側近たちは、あなたを子ども扱いして、何も教えてくれないんですか」

「黙れ」

 直樹が怒気を込めた一言を放つが、弘一の口は止まらない。

「ふふふ……お可哀想に。あなたはどうやらお飾りの王らしい。この側近二人はあなたを玉座に人形のように座らせて、自分たちで都合の良いように一族内の実権を握るつもりのようだ」

「僕達はただ帝を大切に思っているだけのことさ。君のような下種と一緒にしないでくれる?」

 滅多に怒気を露わにしない雅人であったが、弘一には容赦なく敵意を向けた。

「おやおや、図星をさされてあせっておいでのようですね。どうです、帝様、こんなあなたを人形扱いしかしない臣下ではなく、わたしを側近にしてはどうでしょう」

 弘一は自信たっぷりに笑う。

「わたしならあなたに永遠の忠誠を誓い、あなたを世界の帝王にしてあげますよ。いかがです、悪い話ではないと思いますが」

 帝は弘一を睨みすえた。

「言ったはずだが。お前の手持ちのカードをさらせと。今のままじゃ交渉すら出来ないぞ、狭間弘一」

 帝はにやりと笑む。

「自己主張もけっこうだが、いかにお前が有能なのかを俺に示せ。でなければ、俺はお前の提案に賛否をつけることも出来ず、お前を下僕として認めることも出来ないぞ」

「帝、こんなの相手にしなくていいよ」

 雅人が必死に彼と弘一の会話を止めようとする。

「やめろ。お前はまだ知らなくていい」

 直樹も帝にそう言ったが、すでに彼の心は決まっていた。

「お前達の気遣いは嬉しいが、俺はすべてを知った上で判断したい。もうここまで来て、何も知らずに目をつぶって終わらせるような事はしたくない」

 二人は、帝の覚悟に息をのむ。

「お前達がそこまで隠すってことは、想像を絶するくらい衝撃的な内容なんだろうな。だが俺は逃げるつもりはない。一族の闇からも、運命からも」

 彼の瞳に宿る静かな闘志の炎。

 雅人と直樹は、これ以上大切な彼に隠すことは出来ないと悟った。

「いいでしょう、帝様。あなたがご所望なのでしたら、狭間弘一、すべてをあなたにお見せいたします」

 その言葉と共に、弘一は高く両手を上げる。

 彼の足元にある魔方陣の光が薄くなり、透明なガラスのように魔方陣の更に下が見えた。

「なんだ、あれは」

 帝は魔方陣の下に蠢く者たちを見て、絶句する。

 なんと魔方陣の下には、さながらゾンビのような人間系の魔物たちがひしめいていたのだ。

 彼らは恐ろしい苦痛の叫びを上げて、自身を戒める鎖から逃れようともがいている。

 しかしその鎖は彼らの首や四肢にからみつき、そこから彼らの貴重な命の源――魔力を吸い取って、連結された魔方陣に送っていた。

(あれがサーヴァントか)

 帝は見るもおぞましい光景に、胃から吐き気がこみ上げる。

 魔方陣の下に捕らえられ、皮膚も腐り、もはや骨と皮ばかりの魔物たちは、キイキイと耳障りなうめき声をあげながら、魔力を吸い取られていた。

「ふふふ、画期的だとは思いませんか。ずっと始末していた屑のような輩に、こんな使い道があったんですよ」

 弘一は得意げに仕掛けの説明をする。

「この醜悪な者共を、ずっと我らクリスティ一族並びに傘下の魔法使いが捕縛し、処分してきた。人間たちの世界を守るために。その秩序を保つために」

 彼は自分自身に酔いしれるように語り続けた。

「それが成人となった魔法使いの定め。人間達を守るため、我らはなんと長い間、報われることのない戦いを強いられ、傷つき、時には命さえ落としたことか。こいつらのために、何人の同胞が苦しみながら死の淵に追いやられたことか」

 彼は憎憎しげに、足元から透けてみえる悪鬼たちを睨む。

「しかしわたしは気付いたのです。こいつらには使い道がある。我ら魔法使いの未来を絶望の戦いから開放し、希望満ち溢れるものにする方法を」

「それがこれだというのか、貴様は」

 帝は軽蔑のまなざしで、弘一を見た。

 しかし彼は帝の表情など気にせずに、自分の主張を話し続ける。

「ええ。そうです。こいつらは永遠に生きる。日の光さえ浴びなければ、決して死ぬことは無い。これは滅ぼそうとすればやっかいな性質ですが、利用しようとするなら素晴らしい事だ」

「……」

「死なないということは、魔力を保持しているということ。つまりこいつらの体内には、無限に魔力が湧き出るということです。これを利用して何が悪いというのです。むしろこれは利用価値のあるものだ。無制限に、無限に大量の魔力を永遠に手に出来る。彼らを捕縛し、処分するのではなく、我々の魔力増強品として使うことで、今まで大量の魔力を必要とするがゆえに出来なかったあらゆる魔法が可能になる。素晴らしいとは思いませんか」

 弘一は再び帝の方を向き、訴えた。

「つまり言い方は悪いが、こいつらを永遠に保有し、魔力の充電器として使うということか。あまりにも合理的すぎて、俺ですら何も言えんな」

 俺はどっちかというと合理的な物の考え方は好きなんだが、と直樹はつぶやく。

「美しくないねえ。この怪物に利用価値があるのは認めるけど、そうやって魔力を永遠に搾り取ることに同意出来ないのは何故だろう。確かに君の言うとおり、大量の魔力を永遠に保持できるなんて、魔法使いにしてみれば最高の力なんだけどさ」

 雅人は醜い姿でうごめくサーヴァントたちを見ながら、ため息をついた。

「愚問だな」

 帝は二人の言葉を聞いて、つぶやいた。

 はったと目は、弘一を睨みつけながら。

 彼にはわかっていた。

 どれほど醜悪で、ひどいゾンビのような姿をした魔物であったとしても、彼らの元の姿は――。

「ねえ、君はわかっているの?」

 突然帝の口調が変わったことに、弘一は目を瞬かせる。

「帝様?」

 帝は目を怒りと悲しみで燃え上がらせて、彼を睨んでいた。

「君が今、足の下で鎖につなぎ、魔力を吸い取って苦しめている者たちの正体を。彼らはね、そんな姿に成り果ててしまったけど、元々は人間――僕達と同じ魔法使いだったんだよ」

 意外な事を聞いたとばかり、弘一は怪訝そうにする。

「もちろん存じておりますよ。でもそれは昔の話。敵の手に落ち、血を彼らに捧げて哀れな僕と成り下がったこいつらは、もはや我らの同胞ではありません。本家のあなたには、おわかりいただけているはずですが」

「それはおじいさまの考え方だね。でも悪いけど、僕はおじいさまとは違う」

 きっと帝は、弘一に激しい感情をぶつけた。

「狭間弘一、僕は君を否定する。確かに永遠の魔力は魅力的だけど、何かを犠牲にして、苦しめてまで得るものではないよ。そうやって得た力は、たとえどれだけ巨大でも、いつか必ず亀裂を生む。僕達の世界に希望をもたらす力は、きっとそんなものじゃない」

「きっと、とは随分曖昧な表現ですな。貴方様も自信がおありでないのでしょう」

 弘一はほくそ笑む。

「ここでわたしを取り立てねば、いずれあなたは後悔しますよ。若き魔王の新芽よ、わたしの手を取りなさい。わたしがあなたを導きましょう。必ず魔法使いのユートピアを完成させ、あなたをその国の王にしてみせます」

 あくまでも自分が正しいと主張してやまない彼を前にして、帝は静かに瞳を閉じた。

 脳裏に浮かんだのは、一人の男の姿。

 かつて自分が異世界で出会った青年で、誰よりも聖魔巫女を愛し、巫女のために戦った。

 平和を愛する彼女のために――。

(きっと君も、この男の事を許しはしないよね、僕の巫女姫)

 今度は彼の瞼の奥に、愛しい少女の面影が映る。

 お下げ髪を優しく揺らし、時折愛らしく微笑む彼女は、誰よりも人の負の感情に敏感だ。

(きっと君がこの場にいたら、下で苦しんでいる魔物たちの想いを感じて、心を痛めたはずだ)

 この場にいない彼女の、心の声が聞こえてくる。

 ――魔物に成り果てた彼らを、どうか救ってあげて欲しい。

 このまま物として使役され、命の尊厳を奪われて、永遠に苦しみ続けなければいけない運命は間違っている。

(ずっと先祖が代々守ってきた力――アルツールに巫女トノアが授けた魔法)

 直接ユーフォリアで見た、あの力。

(巫女は彼らを処刑する力を授けたんじゃない。救うための力を与えた)

 彼らを助けて欲しい。

 それが本当の巫女の願い。

 帝は呼吸を整え、覚悟を決める。

 目を開いて、静かに名を呼んだ。

「雅人、直樹」

 呼ばれた二人は、帝を見る。

「もし僕が――いや、俺が人を殺せと命じたら、お前達は出来るか」

 彼の決意を秘めた問いに、二人は帝が何を願っているのか、彼らに何を求めているのか瞬時に悟った。

「それこそ愚問だ」

 直樹が黒眼鏡を煌かせる。

「そんなこと、今更聞くなんて悲しいな、帝」

 雅人は微笑んだ。

「僕のすべては、君に捧げると決めているんだ。遠慮なく命じるといい。僕の王よ」

「……感謝する」

 帝は目を赤く染めながら返答した。

「俺と共に、この罪を生涯背負って生きてもらうぞ。いいな」

 彼の言葉に、二人は力強くうなずいた。

「帝様、何をなさる気です?」

 三人の様子がおかしいことに、流石の弘一も気付く。

 胡乱な目つきでこちらを見る狂気に支配された男に、帝は叫んだ。

「お前の罪を今から断罪する。この計画がどれほど愚かで人道に反するものか、今、その目で確かめるがいい」

 気を失っていたときに、直樹の水魔法で魔力は全快している。

 己の魔力を最大限に高めた帝の額には、先祖より受け継いだクリスティ本家の紋章が強く輝いて浮かび上がった。

「なっ、まさか、帝様」

 彼の魔力の異様なまでの高まりに、弘一は目を見開く。

 そんな馬鹿な、と唇から絶望の声が漏れた。

 帝の脳裏に、呪文が浮かぶ。

 自分がどう魔力を練り上げて使えばいいのか、体内に流れる一族の血が教えてくれた。

「我が魂に宿る聖なる力よ、魔に魅入られた者たちを解放せよ!」

 彼の呪文が終わるや否や――。

 光り輝く魔方陣が、空中に現れた。

 それは静かに底に沈み、闇で蠢く者たちを優しく包む。

「ギギギギーッ」

 ゾンビ型のサーヴァントたちは光に包まれ、次々と姿を変えていった。

「あああああーっ、そんな、そんな馬鹿な」

 先ほどまでうめいていた魔物たちの悲鳴は、もう聞こえない。

 ――かわりに周囲に響くのは、魔物のうめき声よりも凶悪に響く、狭間弘一の叫びだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ