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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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 一瞬で世界が終わった。

 眼下に見える景色に、茉理が思ったことはそれだった。

 先ほどまで美しい景観で、西洋風の建物やお屋敷、活気あふれる市場や空に向かって高く伸びた時計塔があったのに。

 それらはすべて消え去り、青い空も無くなり、今あるのはただの闇だ。

 帝は小さな電気の玉をいくつも出すと、周囲に浮かべる。

 その光で見える下の様子は、先ほどまでとは天地の差があるといっても過言ではなかった。

 夢は打ち砕かれ、無機質な床に座る76人の人々。

 どうやら全員無事に電撃攻撃から身を守ったようだが、その様子は一変していた。

 若くはつらつとした十七歳の容姿だったのに、今はすべての魔法が解かれ、彼らは老い果てている。

 しっかり歩いていた足腰が立たなくなって座り込む者、立ってはいるが腰が曲がり、全身に力が入らずぶるぶる震えている者。

 明らかに杖や歩行器が必要な状態の人もいれば、何故かわけもわからず徘徊したり叫んだりしている人もいた。

「うわっ、こりゃあちょっとひどいな」

 昇が空中から眺めて、ため息をつく。

「普通に現実世界で歳をとっていたら、ここまでにならないかもしれないけど、急激に老いたせいで衝撃が肉体に来すぎてる。これはもう90歳ぐらいのレベルの老い方だよ」

「なんかあそこで叫んでる人、痴呆症で徘徊のくせが出てるおじいさんみたいになってません?」

「みたいじゃなくて、事実そうだよ。あー、もうこれは全員捕縛というより、要介護の必要性ありだ」

 英司の言葉に返事をしながら、昇は指で頭をがしがしと搔く。

「み、帝先輩、全部破壊しちゃったんですか、これ」

 茉理は信じられない思いで、下を見て絶句した。

 あの街全体を一瞬で塵になるまで粉々に粉砕し、何もかも消してしまった彼の魔法の凄まじさに、彼女は心の奥から恐怖を感じ、顔が青ざめる。

 茉理が震えているのを見て、帝は不機嫌そうに言った。

「何だお前は。俺が本物の街を全部破壊した悪鬼だとでも思ってるのか」

「え……でも実際そうですよね」

「俺はただロッカーの内側を一つ破壊しただけに過ぎん。いくら体が縮んでいるからといって、現実と幻術を見誤るな」

(そう言われてみれば確かにそうだ)

 茉理は帝に言われて思い出す。

 この街は、本当は2年A組のロッカーの一つに過ぎない。

 つまり現実世界では教室のロッカーが一つ壊されただけで、街や建物が粉砕されたわけではないのだ。

(真っ暗なはずだわ。だってここは、本当はロッカーの中だもの)

 床も壁も薄い鉄板で出来ているロッカーの内側に、日の光や電気があるわけもない。

 帝の電球がなければ、ここは真っ暗で当たり前なのだ。

「昇、さっさと人形を出せ。ここにいる連中全員背負っていける奴を」

「了解」

 彼は呪を組み合わせ、両手を開いて前に突き出す。

 昇の体内から魔力があふれ出し、両手の間から次々と白いつなぎを来た救急隊員っぽい人形が現れた。

 人形は人々の横に立つと、一体につき一人ずつ老人たちを背中に背負う。

 帝は小型PCを開けると空中に浮かせ、画面を出した。

「こちらの準備は出来た。斎、ロッカーの扉の魔方陣を解除しろ。扉を開ける時に合図を出せ。こっちもタイミングを合わせて外に出る」

『わかりました』

 斎はうなずくと、すぐに己の魔力を練り上げ、ロッカーの扉に両手をかざす。

 彼の指先から細かい鎖のようなものがたくさん現れ、魔方陣に描かれた魔法線の中に入り込んだ。

『あと三秒で解除です。カウントダウン開始します。3、2、1』

『解除』の思念と共に、突然向かって左側の暗闇が勢いよくガッと音を立てて開いた。

 そしてまぶしいほどの光が入ってくる。

「今だ。行けっ」

 帝のかけ声で、昇と英司は高めていた己の魔力を一気に高め、爆発させた。

 人形は次々に大きな風の気流に乗って、背負った人たちと共にまぶしい光の方に飛ばされていく。

「きゃあああーっ」

 茉理もまるでジェットコースターに乗って急降下しているような落下速度で、光の中に突き進んだ。

 目を閉じ、英司にしっかりとしがみついて衝撃をやり過ごし――。




 次に気がついた時。

「あ……ここ、は」

 茉理はきょろきょろと辺りを見回す。

 薄く赤い夕日の光が、見慣れた机と椅子を照らしていた。

「教室、なのかな」

「そうだよ、後野さん」

 まだ体に力の入らない茉理を抱き抱えたまま、英司はにこっと笑みを浮かべる。

 そして手近にあった椅子に、彼女をそっと降ろした。

「痛むところとかない?」

「はい。大丈夫です」

 突然の環境の変化に、まだ頭はぼうっとしているが、体のどこにも外傷はない。

 彼女は今、元の2年A組の教室にいた。

 文化祭のカフェの外装はそのままだが、若干椅子や机がずらされている。

 それもそのはず、そこには76人の老人たちが床や椅子に座って呆然としていた。

「ここは教室。戻ってきたのか」

「わたしの手が、こんなにしわしわに……」

「腰が、腰に力が入らん。誰か手を貸してくれ」

 口々に何か言ったり、泣いたり、叫んだりしながら、こちらはこちらでかなりパニックになっている。

「はいはい。みなさん、落ち着いてください……って無理か」

 昇があー、どうしようとマイペースな顔でつぶやく。

 英司も大人数のご老人たちを前に、どう対処してよいかわからないようだ。

「失礼します」

 教室の扉が開き、何人もの白衣を着た人たちが入ってくる。

 窓の下を見ると、校庭に森崎医院とロゴが入った救急車が数台、待機していた。

「山下英司様と北原昇様ですね。森崎医院から参りました」

 代表の医師が頭を下げる。

「状況は直樹様から伺っております。患者の皆様は我々にお任せください」

「助かります。よろしくお願いします」

 昇はほっと顔を綻ばせ、頭を下げる。

 すみやかに数名の医者が老人たちに歩み寄り、脈を測って簡単な質問をしたり、胸に聴診器を当てたりし始めた。

 状態を確認した者から看護婦や介護師がてきぱきと病院に向かう車に乗せ、次々と老人たちは教室から出て行く。

 結局手伝う必要もなく、昇と英司はまたロッカーに向き直った。

 5秒間だけの解除のあと、また自動で扉はピタリと閉まり、魔方陣が復元されている。

 しかしその内側から、もくもくと黒い煙が漏れていた。

「派手に中をぶっこわしたからねえ。もうこのロッカーは使えないよ」

「そうですね。どっちにしても、また扉が閉まって魔方陣が復元されてるので、結局危なくて封印するしかないですし」

 どうします、と英司は目で昇に問う。

 帝は一緒に脱出してこなかった。

 それどころか今度は直樹と雅人が、自分達と交代で中に入っていったのだ。

 昇は少し沈黙していたが、やがて首を横に振る。

 英司は少しだけ落胆の表情を浮かべた。

「僕達はここを守る。帝君の命令はそうだったよね」

「はい。でも」

「中に戻って一緒にこの問題を解決したいのは、僕だって同じさ。でも何故僕達を外へ出し、交代で直樹君と雅人君を中に入れたのか、君もわかってるはずだよね」

 昇は少し険しい瞳になる。

「おそらくここから先、帝君が挑むのは、我がクリスティ一族の闇と呼ばれる宿命に関する事だ。まだ僕達には明かされていない、ね」

「……」

「60年前、本家はこの問題を解決するどころか、わざと視点をずらして封じ、誰からも隠してきた。その内容を知ってしまえば、その時点で僕達も一族の宿命とやらを背負う事になる」

「どちらにしても背負いますよ。成人になれば」

 早いか遅いかの違いでしょう、と英司はつぶやく。

「そうだね。でもきっと帝君は、少しでも無関係で気楽な時間を過ごして欲しいと思ったんじゃないかな。来年まであと2ヶ月しかないけど、このわずかな期間だけでも宿命とは無縁で、世界を楽しめる最後の時間を過ごして欲しいって配慮してくれたんじゃないかと思うね」

 英司は深くため息をついた。

「それは帝も同じでしょうに。自分だけ先に背負うなんて、あんまりです」

「彼なりの気遣いを、今はありがたく受け取っておこう。どうせなら彼らが戻ってきたときに、笑顔で労う心の準備をしておこうよ」

「そうですね」

 英司はまだ一緒に連れていってもらえない幼子のような瞳をしていたが、少しだけ元気を取り戻した。

 今はただ心の中で祈る。

 ――彼らの大事な存在が、無事に勝利して戻ってくることを。




 斎は英司や昇のようにロッカーの前には行かず、茉理の横にいた。

 本音を言えば、自分も直樹や雅人の後を追って、帝と一緒に戦いたかった。

 でも彼は頼まれたのだ。

 帝の大切な存在、茉理の事を。

 さっき作戦を遂行する前、雅人からもくれぐれも茉理を頼むと、何故か念押しされていた。

『天の川のメンバーは帰ったけどね。嫌な予感がするんだよ。誰が来ても、絶対に茉理姫を連れていかせないでくれ。いいね』

 と言って、心配そうに顔を曇らせていた。

(雅人先輩だけじゃない。直樹先輩も難しい顔をしてたな)

 意味はよくわからなかったが、斎はうなずいて了承した。

 茉理はミニチュア街から現実に戻ってきた時の衝撃からか、まだ少しぼおっとしている。

 斎は教室の隅にあったビッチャーに水が入っているのを見て、グラスに冷たい水を入れて彼女の所に持っていった。

『どうぞ。喉が渇いてるんじゃない?』

 茉理は目をぱちぱちさせながらグラスを受け取り、一口飲んだ。

 冷たい水が喉元を通って体中に染み渡り、頭が少し冷えて現実に馴染んでくる。

 思ったより喉が渇いていたらしく、茉理は少しずつだがグラスの水を口に運んで飲み干した。

 空になったグラスを斎は受け取り、また教室の隅に戻す。

 彼が茉理の側を離れた時、ふと彼女は真横にある机に目をやった。

 真っ赤な薔薇の花が一輪、置いてある。

 雅人が置き忘れていったようだと思い、彼女はそれを手に取った。

「綺麗……」

 花の中央から、甘い香りが漂ってくる。

 それは茉理を心地よい眠りに誘った。

 徐々に瞼が落ちる。

 意識が、夢の世界に旅立っていく。

 彼女の手から深紅の薔薇が一輪、床に落ちて花びらを散らす。

 斎がグラスをしまって戻ってきた時、茉理は横の机に上半身をもたせかけてぐっすり眠っていた。



 少しずつ夕方の日は落ちて、辺りは薄藍色に染まっていく。

 斎は教室の電気をつけ、静かに寝息を立てている少女の側に戻る。

『後野さん、眠っちゃったのか』

 斎は眠る茉理を見て、英司たちに思念を送った。

 このまま椅子で眠り続けたら、体に影響が出るかもしれない。

『英司先輩、昇先輩』

「ん? どうした」

「あ、後野さん、寝ちゃったのか」

 二人はロッカーから振り向いて、眠る茉理と斎を見た。

『ここだと隙間風が入るかもしれません。風邪を引くといけないので、後野さんを保健室のベッドに寝かせてきます』

「わかったよ。そうしてあげて」

 昇はすぐに笑みを見せて答える。

「一人で大丈夫か。後野さんを運ぶの、俺がやろうか」

 華奢な斎を見て、英司が気を利かせて申し出たが、斎は大丈夫だと首を横に振った。

「君はそのまま保健室で、後野さんについててあげて。何もないと思うけど、一応帝君に頼まれてるんだろう?」

 昇の言葉に斎はうなずき、茉理に手を当てて二人一緒に保健室まで瞬間移動した。




 保健室のベッドに茉理を寝かせると、斎は毛布を彼女の体にかけてから、仕切り用のカーテンを引いた。

 そして保健室の椅子を持ってきて、カーテンの横に置いて座る。

 ベッドの上の茉理に何かあっても、すぐに気付ける位置だ。

(何もないとは思う。でも帝先輩だけじゃなく、雅人先輩たちも何かを気にしていた)

 そのことが妙に引っかかり、緊張の糸がほぐれない。

 静かに保健室に座っていると、一陣の風が吹き、はっと斎は身構えた。

 瞬間移動してきたのだろう。

 保健室の扉が開かなかったので、そうとしか思えない。

 目の前に黒い執事服を着た長身の男がいた。

 斎は驚きで、目を見開く。

 頭の中はどうしてここに、という疑問符でいっぱいだ。

 長身の男は薄い笑みを浮かべて、斎に一礼する。

「お久しぶりです、斎様」

『……大森大和(おおもりやまと)、さん』

 別邸に住まうクリスティ一族総帥、伊集院雷導の筆頭執事にして、片腕と呼ばれる男。

 常に雷導の側に控え、滅多に姿を見せない彼が、何故学園の保健室に現れたのだろうか。

 混乱する斎に、大和は能面のような表情で告げた。

「御前の命により、後野茉理様をお迎えに参りました」

『なんだって』

 考えたこともない申し出に、斎の頭は一瞬呆ける。

(どうして総帥が後野さんを……?)

 考えてもわからない。

 彼女は今年帝の彼女に選ばれた少女だが、魔力がまったくない普通の人間で、平凡な容姿の女の子だ。

 何故、そんな存在をわざわざ総帥が迎えようとするのか。

 斎が震えたまま動けずにいると、大和はベッドに歩み寄り、カーテンをさっと引いた。

 静かに眠る茉理の姿が、そこにはある。

「失礼します」

 そう言うと、大和は難なく茉理を抱き上げた。

『待ってください』

 そこで初めて斎は我に返り、大和に向かう。

『何故彼女を連れていくんですか。帝先輩の許可なく』

 必死に勇気を搾り出し、彼に対峙する少年に、大和は不快そうに目を細めた。

「斎様、これは総帥雷導様のご命令です。彼女は今後、別邸にて雷導様が保護されます。そのように帝様にお伝えください」

『どうしてですか。どうして彼女を』

 必死に訴える斎の言葉に、大和が返した返事はこれだけだった。

「これは総帥のご決定です。帝様でも反対すればしかるべき処罰が下るでしょう」

『……』

「帝様はあくまで次期総帥であって、総帥ではありません。一族の最高権限をお持ちなのは帝様ではなく、雷導様です。いかに跡取りであろうとも、総帥の命に逆らうことは許されませんよ」

 斎は何も言い返せず、ただ呆然とするしかない。

 いくら彼が分家代表と言っても、まだ未成年の少年だ。

 総帥の意思にたった1人で逆らうことなど、斎の力では到底無理である。

 成すすべもなく、彼は大和が茉理を連れ去るのを見送ることしか出来なかった。


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