22
ほどなくPCが反応し、直樹の顔が画面に出た。
「解析結果が出たのか」
帝の質問に、彼の表情は苦しげに歪む。
「出たことは出たが、問題が生じてな」
「何だと」
思うように外部も進行していないようだ。
直樹の横から、すっと金色の髪に縁取られた顔が現れる。
「ちょっと困っちゃっててね。ロッカーの魔方陣なんだけどさ」
雅人の話によると、魔方陣は二つの魔法を組み合わせて複合されたもので、体を瞬時に千分の一に縮小する魔法と、ロッカーの内側に瞬間移動する魔法、この二つで構成されている。
「もちろん斎君ががんばってくれてね。二つの魔方陣を解除することは出来るんだけど」
斎は土系の魔法が得意だ。
罠や仕掛けを分解したり、封印や解除にもすぐれた力を発揮する。
彼の魔法で解除は可能だが、問題はそのあとだった。
「面倒な付属効果が組み込まれているんだよ。魔法の永続復元――リターンの魔法なんだ」
「つまり魔方陣を解除しても、すぐにまた復活するということか」
「そうなんだよ。これが結構しつこくてね」
すでに百回は解除しているのに、そのたびにすぐ再生されて、結局ロッカーを開けることが出来ないでいる。
「一体誰が魔法を再生してるんだろう。再生するたびに大量の魔力を消費するはずなんだけど、それがまったく尽きないってどういうことかな。どんな仕組みで大量の魔力を生み出しているのか、理解出来ないよ」
苦悩する雅人といっためずらしいものを見て、帝は深く考え込んだ。
「それはわたしも不思議だと思っているの」
横から話を聞いていたのだろう、洋子が口を開く。
「弘一は言っていたわ。永遠に大量の魔力を得る方法があるって。それがあるからこそ、こんな街も造れるし、しかも永遠に持続出来る」
「普通考えられませんよね」
「そうだね。一人の魔力は限りがあるし、途中で休みながら交代で魔方陣を作動させる事は出来るけど、永遠ってわけじゃないしな」
一体どんな方法なのかなあ、と昇は首をかしげる。
「永遠、か」
帝は静かにつぶやくと、目を閉じた。
「この街の画像の解析は終わりましたか」
英司の問いに、直樹はああ、と黒眼鏡を光らせる。
「解析の結果、その街は強固な幻影魔法と時間停止魔法をほどこされているようだ。街の空は、午前9時ごろに設定され、それから止まったままだな。中の時間の流れを人間の体内に同調させ、肉体の老化を防いでいる」
「すごい話だよね。街の中にいれば、ずっと若いままでいられるし、自由に生きられる。病気だってしない。おまけに学校に行かなくてもいいし、勉強だってしなくていい」
「割り当てられた仕事はあるみたいだが、受験も進学も失業やリストラもない。十分夢のような街と言える」
直樹の言葉に、まあ、そう言われればそうかもね、と昇はのんびりあいづちを打った。
「……どこがだ。どこが理想の街だ。どこが夢の街だと言うんだっ」
苛立ちを込めて、帝は怒鳴る。
「み、帝先輩」
おとなしく彼の膝におさまっていた茉理は、突然の彼の怒りに身を震わせた。
彼女を抱きしめる腕に、怒りで力が入る。
「この街を構成する魔方陣は、どこにある?」
「これだけの規模の街に影響を与えているんだ。おそらく街の地面積いっぱいに、魔方陣は広がっていると見ていい。ただ幻影魔法で地面は舗装された道や大通り、建物の床下などになっているので、魔方陣の全体図はまったく見えない。どんな魔法図を組み合わせてあるのか、魔方陣をはっきり見なければ解析不可能だ」
「そうか」
帝はしばらく考え込んだ。
彼の脳裏に今まで蓄積されてきた魔術の知識、そして魔法使いとしての天性の勘のようなものが思考をめぐる。
むずかしい顔をして目を閉じている帝の横顔を、茉理は心配そうに見つめた。
(帝先輩、大丈夫かな)
店にいる全員、そして画面の外側にいる直樹たち三人、この場に意識を向けているすべての人間が、今、自分達の王と仰ぐ少年の決断を待っている。
永遠に続くのではないかと思うほど深く、緊張で全身が強張るほどの時間を経て、ついに帝は考えをまとめた。
「斎、外の魔方陣を解除したあと、またロッカーの扉に魔方陣が復元するまでどのくらいかかる?」
『5秒ほどで再生します。かなり早いです』
彼の思念が、正確に帝に届く。
「5秒? それだけあれば十分だな」
彼はにやりと笑った。
「おい、今この街に生き残っている人間の正確な数はわかるか」
質問されて、洋子は答えた。
「この街にいるのは、わたしを含めて76人よ。おそらく魔方陣と連動して、この街に魔法をかけているメイン空間にいる弘一を入れたら、77人いるわ」
「そうか」
帝は茉理を横抱きにしたまま、立ち上がる。
「では断罪の時間といこうか」
「えっ、帝先輩、何する気なんですか」
突然、体が抱き上げられ、茉理はびっくりして帝に聞いた。
しかし彼はそれには答えず、しっかりと彼女を抱き上げたまま歩き出す。
「あー、これはついてこいってことだよね」
昇は頭をがしがしとかくと、立ち上がる。
英司はぺこりと洋子にお辞儀をすると、さっさと店を出て行こうとする帝の後を追った。
帝は外に出ると、体を浮遊させた。
あっという間に空中高く舞い上がる。
「帝先輩、どうするんですか」
空に浮かんだまま、茉理は必死に彼の首に腕をまわしてしがみついた。
眼下には美しい町並みと大通り、そしてはるか向こうに大きな門が見える。
空から見下ろす景色もなかなか見事なものだったが、素晴らしい景観だと喜んではいられない。
「帝、待ってくださいよ」
英司と昇も浮遊魔法を駆使して、追いかけてくる。
「帝君、こんな上まで昇っちゃってどうする気だい?」
昇の問いに、帝は彼の方を向いた。
「お前はどのくらい人形を一気に出せるんだ? 今、この場に人間を捕らえて運べる大きさの奴を、76体出して動かせるか?」
「そのぐらいなら大丈夫だよ」
昇の返事に、帝はよしとつぶやいて、英司を見た。
「お前の風で、この場にいる人間を外まで吹き飛ばせるだろう? 5秒以内に全員をだ」
「出来ますけど、無理ですよ。今、この空間は遮断されてます。開かないロッカーの中なんですよ」
英司は無茶言わないでください、と叫ぶ。
「視界には見えてませんけど、ここって前後左右、四方をロッカーの壁で囲まれてるんですからね。人を吹き飛ばしたら、その壁に全員当たって全身打撲で死傷する可能性だってあります」
英司の言葉に、帝は叫び返した。
「問題ない。5秒で全部外に吹き飛ばせ」
「あー、そういうことか」
昇は帝がしたいことに気付く。
「了解。ちょっとギリギリの勝負だけど、なんとかなるでしょ」
「うわっ、けっこう外との連携が難しそうですね」
英司も5秒という単語に反応し、大丈夫かなと心配そうだ。
「英司、お前はPCを開いて、直樹たちと連絡を取れ。タイミングを合わせて、実行する」
「わかりました」
「外の連中に、俺が合図したら魔方陣を解除して、復元されてしまう前に5秒だけ扉を開けろと伝えておけ」
「はい」
「それと大量に老人が76人、現実世界に出現する。直樹に病院の受け入れ体制を整えるように指示を頼む」
「まともに歩ける人、いるかなあ。人形のデザインはどうしよう。やっぱりここは救急隊員でいくか」
昇は腕組みをして、作成する人形を考える。
「帝、PCつながりました」
英司は空中でPCを作動させ、帝の言葉を直樹に伝えた。
「了解だ。病院の方はすぐに手配しよう」
「ついに救出作戦開始だね。今から緊張で胸が高鳴りそうだよ」
雅人の興奮ぎみな声が、画面の奥から流れてくる。
「直樹、病院から手伝いを呼んでおけ。お前が采配を振るわずとも良いように、現場指揮の出来る奴を頼む」
「それはかまわないが、何故だ」
帝の指示に、直樹は首をかしげた。
「昇、英司、選手交代だ。お前達はロッカーが開いたら、そこから人を全部現実世界に飛ばしつつ、戻って76人の老人どもを病院のスタッフに引き渡せ。それと英司、お前は茉理を連れていけ」
帝は茉理を英司に渡す。
今度は英司の腕に横抱きにされ、茉理は驚いて体を動かしてしまった。
「わわっ、後野さん、支えるからあまり動かないで」
慣れない女の子の横抱き、それも空中である。
流石の英司も風の気流を操って自分の体を支えながら他人の体を抱えるのは、バランスを取るのが難しいらしい。
「安全な地面に降ろしてもらえたらいいんですけど」
おとなしく待ってますよ、と茉理は言ったが、帝に駄目だと一蹴された。
「俺達から絶対に離れるな。脱出の機会は一瞬だ。英司、何があってもこいつを落とすなよ」
「が、頑張ります」
「お前は余計な事を考えず、英司にしっかり捕まっていろ」
「わかりました」
茉理は不承不承、うなずいた。
帝たちは今から魔法で、このすべてを覆そうとしている。
その邪魔だけはしてはいけないと、心から思った。
「ロッカーが開いたら、老人どもを外に出す。お前達もな。それと交代で、直樹、雅人、お前達が内側に来い。斎は英司と昇をサポートしつつ、念のために茉理を護衛しろ。天の川の連中は帰したが、万が一ということもある。こいつを絶対に一人にするなよ」
『わかりました』
斎は思念で了解の返事を送る。
「よし。全員、役割はわかったな。あとは各自の裁量で動け」
帝はそう言って、じっと街全体を見下ろしながら、己の魔力を高め始めた。
茉理は英司につかまりながら、帝の背中を心配そうに見つめる。
(大丈夫かな。なんかすごく嫌な予感しかしない)
彼は一体何をするのだろう。
そんな思いで、固唾を呑んで彼の一挙手一等足に己の視線を集中させた。
帝は十分に魔力を高めると、更に空中の高みへと上っていく。
そして街に向かって、大音量で叫んだ。
「聞け! 古の街にいる住民ども。俺の名は伊集院帝。クリスティ一族本家の跡取りであり、雷導の孫だ」
彼の声はどんな魔法を使っているのか、ミニチュア街隅々まで届かない所はないほどである。
街中から人々が出てきて、空高く浮いている帝たちを指差し、驚愕のまなざしを向けた。
「クリスティ学園高等部2年A組、そして文化祭で客としてここに来るはめになった者たちに告ぐ。お前たちがこの街に来てから、現実世界では六十年という年月が過ぎた。今やお前達の真の姿は、17歳の姿ではない。今、お前達を元の姿に戻す」
「なんだって?」
「六十年だって?」
「どういうことよ。三時になったら戻れるんじゃなかったの?」
あちこちから悲痛な声が上がる。
帝はかまわず続けた。
「お前達も気付いていたはずだ。本当は長い時が過ぎていたことを。それなのにお前達は何もしなかった。クリスティ学園高等部二年にもなれば、一流の魔法使いだ。この程度の事ぐらい解決出来るはずなのに、お前達は何も行動しなかった。何故だ。何故現実に戻らなかった」
帝の問いに、答える声は地上から上がらない。
ただ沈黙のまま、皆頭をうなだれるばかりだ。
「お前達は逃げたんだ、立ち向かわなければいけない現実から。誇り高き魔法使い、我がクリスティ一族及びその傘下にあるお前達は立ち上がり、どんなことをしてもこの悪夢のような街を壊して、戻ってこなければいけなかったのに」
帝の言葉が天から降り注ぐ。
まさしく審判の時のように、彼は超然とした声で続けた。
「この街にいれば勉強も学校に通う必要もない。大人になって就職活動に追われることも、失業や怪我、病などにかかることもない。いつまでも若いままでいられる。夢のような街だったから、お前達はその儚い夢とやらの中でまどろむことを選んだ。現実から逃げてな」
街のあちこちから、うめき声や啜り泣きが聞こえてくる。
(みんな、本当はわかってたんだ)
街の住人たちの様子を見ながら、茉理は思った。
彼らとてそれなりに研鑽を積んだ魔法使い。
薄々この街の状況には、気付いていたのだろう。
でもその現実に目をつぶり、騙されていることに流されて。
この街で生きていけば、現実世界で直面する試練や苦痛から逃れられる。
街全体の雰囲気が、それを肯定してしまっていたのだ。
「貴様たちのせいで、60年間時折この怠惰な街に引き込まれ、人生を狂わされた者たちがいる。もう戻れないと暗示をかけて現実に帰ることをあきらめさせ、この街の住人として組み込んでしまったお前たちを、俺は被害者とは認めない。むしろ人を狂わすこんな街を存続させた原因として断罪する」
帝は強い目で街全体を見下ろし、高々と宣言する。
「俺はこれからすべての魔力を持って、全力で貴様たちの夢を破壊する。もう二度と修復不可能なぐらい完璧にな」
そして彼は呪を唱え、己の魔力を最大限に放出した。
街の空が暗雲に包まれ、雷を含んだ雷雲の集合体が空一面を覆いつくす。
「天より裁きの鉄槌をくれてやる。直撃を食らえば死ぬだろうが、俺にとってお前達は処分対象だ。生かしておいても何の価値もないクズどもだ。おとなしく死の裁きを受けるがいい!」
「ちょっと帝先輩っ」
彼の恐るべき処刑宣言に、茉理は蒼白になった。
「この人たち、みんな殺しちゃうなんて、絶対駄目です」
「後野さん、動かないで。危ないからっ」
衝撃で英司の腕から降り、帝を止めようと暴れる彼女を、英司は必死で押さえ込む。
「許してあげたい気持ちはわかるけどね、後野さん。でも駄目だよ、それは」
昇は滅多に見せたことのない真剣な顔で、茉理に言った。
「僕達魔法使いはね、常に厳しく己を律しないといけないんだ。何せ普通の人には出来ないことが出来ちゃう特殊能力者なんだからね」
「それはそうですけど、でも」
「人より破格の力を持つ分、秩序や決まり、他の人に害を及ぼす行為は絶対に許されてはいけないんだ。時には死を持って償うべき場合もある」
「そんな……」
「僕達は魔法を使えば人を支配することも、世界の秩序を変えることも、時を自在に操って自分に有利な社会を生み出すことも出来るからね。そんな存在を何のペナルティもなく、無秩序に放置する世界は恐ろしいと思わないかい?」
茉理は何の反論も出来なくなって、口を紡ぐ。
少しだけ笑みを浮かべて、昇は続けた。
「なあんてシリアスに語っちゃったけど、大丈夫だよ。帝君はわざとああ言ったけど、別に全員殺す気なんてないからさ。心配しないで」
「そうなんですか?」
「街の住人は全員魔法使いなんだよ。死ぬつもりがなければ、己の身ぐらい自分で守れる。幾らでも防御魔法を使ってさ」
「それはそうですね、確かに」
「帝君は選択肢を提示するだけのことだよ。抵抗して生き残るか、あきらめて死を受け入れるか、それは本人の決断にかかっているのさ」
だからちょっと見るのは辛いかもしれないけど、おとなしくしといてね、とにこやかに言われ、茉理はため息をついて、英司にしっかりとつかまる。
本当は年上のさわやか美少年に横抱きにされてる体制なのだが、今の彼女にはときめきどころか英司は電車のつり革と同じ存在にしか思えなかった。
(帝先輩)
彼の本当の姿は暴君ではなく、人を思いやる温かい心の持ち主だとわかっている。
今は彼を信じて、良き方向に物事が進むよう祈ろうと思った。
帝の魔力が更に膨れ上がり、上空の暗雲に大きな魔方陣が浮かび上がる。
「後野さん、目を閉じてっ」
英司の声で、茉理はしっかりと目をつぶった。
激しい衝撃音、何度も上から落ちてくる鋭い槍のような光。
英司の腕はしっかりと彼女を支えつつ、周囲に円形の防御幕を展開させた。
電撃が天空から豪雨のように街全域に降り注ぐ。
ほんの数分の攻撃だったが、まるで世界の終わりを迎えたようだ。
しばらくするとすべてが治まり、また元の静けさに戻る。
「終わったな」
満足そうな帝の声に、茉理はそろそろ目を開く。
「う、嘘……」
眼下に広がる景色は、一変していた。
――まさしく一つの世界の終焉だった。




