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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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 光輝き、力強く魔力を放っていた魔方陣。

 今、床一面に広がるそれが、力を失って消え果てた。

 そして多くの肉塊が、死屍累々と折り重なって積みあがる。

 先ほどまでとは違う腐臭が、空間一帯にただよった。

「これは凄まじいな」

 不快な匂いを出来るだけ嗅がないように、直樹は鼻を押さえる。

「相当以前に吸血鬼化してたんだろうね、この人たちは」

 雅人は薄ピンク色の薔薇を沢山魔法で出すと、ゾンビだった肉体の上に落とす。

 薔薇は周囲に甘い香りを振りまき、とりあえず腐臭は治まった。

「100年以上は経ってるだろうな。ずっと鎖につながれて、魔力を吸い取られていたせいで、もう誰も意識を保ってない」

「それどころか体が全部腐ってるよ。ひどい状態だ」

 帝は二人の言葉を聞きながら、今、自分が成したことを黙って眺めた。

 先祖代々、心を凍てつかせながら本家が守り抜いてきた魔法。

 聖魔巫女より授かったもの。

 ――吸血鬼を人間に戻す。

 帝はそれを発動させ、サーヴァントと呼ばれる最下級の吸血鬼を今、人間に戻した。

 しかし長い年月魔物であった彼らは、もはや人としてのすべてを失っていた。

 皮膚はどす黒く、ずるずると皮がむけ、中の肉が見えている。

 顔に至っては、皮膚が溶けて頭蓋骨らしき白いものがむきだしになり、髪の毛は数本がわずかに頭部にへばりついていた。

「完全に死体だな」

 直樹の言葉に、雅人は憂いを帯びたまつげを伏せる。

「でもまだ指先が動いてる者もいる。あっちのは足先が」

 意識を失い、まるで爆弾にでも吹き飛ばされたような悲惨な状態の人間の体たちだが、わずかに指が震えていたり、ときおりすーっと息の音がしたりした。

 彼らを元の元気な状態に戻すことは、もう出来ない。

 それはわかっていたけれど、それでもあの状況は帝には許せないものだった。

 ずっと物のように鎖でつながれ、永遠に魔力を搾り取られる。

 そんな苦しみが未来永劫続くなんて、いくら魔物とはいえあってはならぬことだ。

 出来るなら自分の手で、彼らの苦しみを終わらせてやりたい。

 安らかに眠らせてあげたい。

 でも数百体いた彼らをすべて人間に戻した帝の中に、もうそんな魔力は残っていなかった。

「雅人、直樹」

 二人の名を、震える声で呼ぶ。

「……出来るだけ苦しまないように、もう眠らせてやってくれ」

 帝の願いに、二人はうなずいた。

 直樹は己の魔力を高めて、水分を含んだ霧を発生させる。

 白いもやのような霧が、悲惨な肉塊を優しく包んだ。

 折り重なって倒れている者たちは、もう誰もうめくことはない。

 静かに目を閉じ、昏睡状態に陥った。

「これでいい。痛覚を麻痺させたし、多少の幻覚作用も施した。今頃、自分達が望む夢を見ていることだろう」

 直樹はそう言って、黒眼鏡を鈍く光らせる。

「神経に徐々に致死毒の成分が沁みこみ、あと数分で息絶える」

 彼の言葉どおり、数分ののち、その場に倒れた者たちの生命の熱が消えた。

「じゃあ次は僕の番だね」

 雅人はそう言うと、今度は真っ赤な薔薇を無数に出す。

 それを死体の山に落とした。

 薔薇は落ちていきながら、空中で花びらを燃え上がらせる。

 深紅の炎と化した薔薇は、そこにあるすべての者たちに降り注ぎ、それを燃やした。

 赤々と空間に炎の盛大な火の粉が舞う。

「これでこの人たちは、やっと眠ることが出来るよ。人として静かに、安らかに」

 雅人は厳かにそう言うと、胸に片手を当てて目を閉じた。

 帝と直樹もそれに習う。

 彼ら流の黙祷を捧げ、立ち上る炎に包まれていく彼らの冥福を心から祈った。

 帝は目を伏せ、唇を噛みしめてつぶやく。

「遅くなった……助けてやれなくて、本当にすまない」

 悔しさとやるせなさ。

 自分の手には到底届かない悲しい現実。

 どんなに大きな魔力を持っていても、すぐれた魔法の才能があっても。

 すべてを助けることは出来ないし、悲しい結果を残すことだってある。

 それが心の中で激しい憤りと悔しさとなって、彼の瞳を潤す。

 静かに祈る彼の横顔に、涙が一筋毀れた。

 その雫は燃える炎の上に落ち、そっと消えていく。

 三人だけの小さな弔いは、炎がすべてを燃やし尽くすまで続いたのだった。




 何もかも燃えつき、沈静化されると、そこには小さな老人が残った。

「馬鹿な……こんな馬鹿な……」

 先ほどまで若き青年だった狭間弘一。

 吸血鬼の僕(サーヴァント)たちが人間に戻り、魔力を供給出来なくなったため、その場の魔方陣は消え去った。

 時間も元に戻ったため、彼は60年という歳月を老いた姿と成り果てる。

 さきほどまでの勢いは、もうない。

 若さを失い、弘一は足の関節に強烈な痛みを覚えてうずくまった。

「ああ、こんな馬鹿な……わたしの理想が、夢が」

 老いた老人のうわ言のように、彼はずっとぶつぶつ言い続けている。

「どうする? あれは」

 直樹は深くため息をつき、処刑するかと帝に問うた。

 彼は軽蔑のまなざしを縮こまった老人に向けて、冷たく言い放つ。

「あいつは捕らえて別邸に送れ。60年前の狭間一家惨殺事件の犯人だ」

 最後の後始末ぐらいしてもらわねば、と言って、彼は弘一に背を向けた。

「それはいいね。帝、君なら罪人にも慈悲を与えるだろうけど、おじいさまは容赦ないからね。自分のしたことを後悔するだろうよ。最高の苦痛を味わってから、死ぬことを許されるさ」

 雅人は微笑んで、薔薇の花の茎を魔法でしなやかに長く伸ばし、緑色の縄にする。

 現実を見失い、まだ自分の世界でぶつぶつ言い続けている哀れな老人の体に、縄を巻きつけて拘束した。

「斎君がいたら、堅牢な檻と鎖を用意してもらえるのになあ。直樹君、君何か便利な発明品持ってないの?」

「網ならあるぞ」

 そう言うと、直樹は大きな漁業用かと思われる巨大な網を出し、弘一にかぶせる。

「縄よりはましかもだけれど、結局引きずっていかなきゃならないわけね」

 雅人は肩をすくめると、弘一を拘束している綱をひっぱり、彼を近くに引き寄せた。

 抵抗するどころか、あまりの衝撃で彼はまだ現実世界に心が戻ってきていない。

「絶対に成功する、自分は正しい、そう思っていた事が完全に否定され、破壊された。この衝撃は大きいよね。出来れば正気にかえって、自分のした事を存分に悔いながら逝って欲しいところだけどさ」

「無理だろう。そんなことを期待する方が間違っている」

 直樹の言葉に、僕もそう思うけどさ、と雅人は返しながら、縄と網の先をしっかり持って弘一を連行していった。



 帝たち三人がロッカーから教室に戻ってきたのは、もう日が落ちて夜になってからだった。

「お帰り。三人ともお疲れ様」

「帝っ。先輩たちも」

 昇はのんびりマイペースに、英司はすぐさま三人の方に駆け寄って無事を確かめ、喜び合った。

「やっと終わりましたね」

「ああ。長い一日だった」

 帝は疲れた顔で、教室の椅子にどっさりと座り込む。

「茉理はどうした」

 帝の問いに、英司は答えた。

「疲れて眠っちゃったみたいです。斎が保健室のベッドで休ませてます」

「そうか」

 無事ならばいい、そう言うと帝は目を閉じ、疲れきった心と体にひとときの休息を与える。

「君も相当疲れているはずだ、帝。あとのことは僕達にまかせて、君は先に本邸に戻って休むといいよ」

 雅人は微笑んで、弟分を労った。

「そうしろ。今は自分で思っているより心身に疲労が溜まっているはずだ。今晩は余計な事を考えず、ぐっすり眠るといい」

 直樹もそう言って、彼に休息を勧めた。

「後野さんはちゃんと家まで俺が送り届けますよ。心配しないでください」

 英司も横から口を挟むと、帝の背中を押す。

 彼は立ち上がり、気遣ってくれる仲間の行為をありがたく受け取って、先に本邸に戻っていった。




 茉理を起こして家まで送ろうと思い、保健室に向かった英司は、そこで涙目になって立ち尽くす斎の姿を見て驚いた。

「斎? どうした、何かあったのか」

『……英司先輩』

 斎はどうしたらよいかわからない、迷子のような顔をしていた。

 保健室のベッドに茉理の姿がないのを見て、英司は斎に問いただす。

「斎、後野さんはどこへ言ったんだ」

『後野さんは……』

 斎は唇を噛み、俯いた。

『別邸から大和さんが来て、後野さんを連れていきました。今後後野さんは、雷導様が保護するとのことです』

「なんだって」

 信じられない言葉を聞き、英司は思わず斎の肩を抱いて揺さぶる。

「なんだよそれ。どうして雷導様が後野さんを」

『わかりません。理由を聞いても、何も教えてもらえませんでした』

 斎は悔しそうに唇を噛む。

「ここに立っていてもしょうがないだろ。とにかく帝に報告しないとな」

 英司はそう言うと、斎の肩に手を触れて一緒に2年A組に瞬間移動する。

 そこには、まだ雅人と直樹の二人が残っていた。

「先輩達、大変です」

 英司は勢いよく末理を大和が連れ去ったことを報告する。

「何故総帥が、後野さんを保護するのでしょうか」

 彼の質問に、直樹は静かに答えた。

「さあな。それに関しては、これから調べるしかないだろう」

「そうだね。おじいさまが何を考えているのか、僕達にも謎だしさ」

 雅人は、そっと床に落ちた薔薇の一輪を拾い上げる。

 それは落ちた拍子に散ってしまい、二、三枚の花びらだけが残っていた。

「俺の推測に過ぎないが、今回の件について後野さんが余計な事を知った可能性がある、と疑いを持ったのかもしれないな」

『余計な事ですか』

 斎が顔を挙げ、鋭い瞳を直樹に向けた。

「そうだ。あとでお前達にも詳しく説明するが、ミニチュア街を形成していた大量の魔力の源は、60年前我らクリスティ一族が人間界に害を及ぼすと考えて捕らえ、始末しようとしていた魔物たちだった。狭間弘一という首謀者は処分予定だったその魔物たちを盗み出し、自ら造り上げた魔道具の鎖を使って、その魔物から大量の魔力を吸い取って流用していたのだ」

「そんな事をしていたんですか」

「ああ。奴は捕らえた魔物に死を与えるのではなく魔力の充電器として利用し、一族の未来に役立てるべきだと主張していた。魔物とはいえ命あるものだ。俺達は直接この目で見たが、正直悲惨な光景だったぞ」

「地獄絵図ってああいうのを言うんだろうね。いくら凶悪な魔物でもさ、鎖に繋がれ死なない程度のぎりぎりまで魔力を搾り取られている様は、見るに耐えないものだったよ」

 雅人は、手に持つ薔薇の花びらを指先でそっと撫でた。

「帝は奴の提案を拒絶し、すべての魔物を鎖から解き放った。そして魔力を極限まで搾り取られて哀れな躯と成り果てた彼らに、永遠の安息を与えたんだ」

「本来なら、おじいさまや当時の総帥がすべきことだったのにね。遅くなってしまってすまないと、僕達の優しい王様は魔物たちを悼んでいたよ。いかに人間に害を及ぼす存在でもさ、それは人間側の理屈であって、彼らにとってみれば僕達の方こそ脅威で邪悪な存在なんだよね」

『……それは否定出来ません』

 雅人の言葉に、斎は少し悲しそうに目を伏せる。

「話を戻すが、60年間放置していたこの問題、総帥はおそらく外には絶対に知られたくないと考えるはずだ。非道な手段だが魔物をそうやって利用できると知られれば、今後魔族界が大きく変わる可能性がある。幾ら傘下の魔族の家でも、基本的に魔法使い社会は実力主義の世界だからな。俺達クリスティ一族をつぶして、自分たちが頂点に立とうという家などいくらでもいるだろう」

「だから一番情報を取られやすそうな後野さんを、保護という名目で連れていったんですね」

 それならばわかります、と英司はうなずいた。

「確かに今回の件で、後野さんが何をどこまで知ったのか、総帥にしてみれば気になるはずです」

「茉理姫の事は、僕にまかせておくといい。捕らえた狭間弘一は今、僕の次元空間に収監して、薔薇の魔力で眠らせている。彼は総帥に引き渡すよう、帝に言われているんだ。最後の後始末ぐらいしてもらおうってね」

「そうですか」

「だからおじいさまにこの男を引き渡しついでに、茉理姫は何も知らないって説明して返してもらってくるよ」

 心配しないで君達も家に帰って休むといい、そう言って、雅人は優しく微笑んだ。

「そうそう、帝には茉理姫の事は内緒だよ。ただでさえ今日は精神的疲労が激しかったからね。英司君、さっきの帝の顔を見ただろう」

「相当疲れてましたね。後野さんさえ無事に戻ってくるのなら、帝に余計な気遣いをさせる必要もないですよ」

 わかりました、と英司は言い、斎もうなずいた。

「お前達も早く帰って休め。明日、また通常通り文化祭をやるからな」

 直樹の言葉に、英司はえーっ、明日また再開ですかと叫ぶ。

「当然だろう。お前も後野さんも、60年前失踪していた行方不明者も全員戻ったんだ。明日は今日出来なかった分、盛大にやらないとな」

「うわっ、何か明日も絶対疲れそうだ。俺、もう帰って休みます。今日はお疲れ様でした」

 英司は顔に疲労の色を浮かべながら、斎と共に教室を出て行った。





 二人がいなくなり、A組はまた雅人と直樹の二人だけになる。

 後輩たちが出て行ったあと、二人の顔は即座に真剣なものに変わった。

「ついに総帥が出てきたか」

「今回の件で、茉理姫は狭間弘一と接触したかもしれない。おじいさまの懸念は、そこにあると思うよ」

 雅人は軽いため息を落とす。

「さっきは上手く説明してくれてありがとう。弟たちには、まだ隠しておきたいしね。おじいさまは遅かれ早かれ彼女を殺す。どんな手を使ってもね」

「60年前からの悲願だからな、あの方の。いずれなりふりかまわず、帝やあいつらにも命じるだろう。聖魔巫女の捕縛をな」

「総帥からの命令を拒むことは、今の時点で僕達には難しいしね。僕達の王様がおじいさまと対決するって決めてくれたら、喜んで逆らうのにさ」

 直樹は難しい顔で、窓の外を見た。

 すでに夜の闇が校庭を覆い、隅に立っているライトの光が門まで続く道を照らしている。

「あの狭間弘一とやらは、60年前雷導様の側近候補とまで言われていた。おそらく奴は知っているだろう。総帥が巫女を欲する真の理由を」

「だよねえ。おじいさまは今回の件で姫が首謀者の彼と接触し、自分の野望を知られた可能性を考えて、拘束に踏み切ったんだと思うよ。60年前には己の野望を隠しもせず、あからさまに巫女を襲って目的を遂げようとしたけど、失敗した。今回は知られる前に捕らえて、目的の物を手に入れたい。そんなとこなんじゃないかな」

 雅人の余裕めいた解説に、直樹は更に渋い顔になった。

「で、どうする。狭間弘一の身柄一つで、後野さんを手放しはしないはずだ。どうやって返してもらうつもりだ」

 流石の俺でも良い策が浮かばない、とつぶやく直樹に、雅人は手に持つ薔薇を投げつける。

「おいっ」

 薔薇なんか寄越してどうしようというんだ、と最後に残った花びらまで散った花を直樹は受け止めた。

 次の瞬間、はっと気付く。

 ――薔薇に、見知った魔力が宿っている。

 雅人は優雅に金の髪をかきあげると、得意そうに笑った。

「流石だね、あの子たちは」

 優秀でしょ、と言われ、直樹もにやりと笑みを浮かべる。

「確かにな。すでに気付いて行動するとは」

「まかせておいて大丈夫だと思うけど、多少の援護は必要だね」

「そうだな。時間稼ぎぐらいは出来るだろう」

 そう言って直樹は小型PCを取り出し、教室の椅子に座ると机の上に乗せた。

「どうするの?」

「今回の件についての報告書を作成する。第三の分家代表の名を記したサイン入りのをな」

「君のサインは強力だものね。一族のすべてを記録し、保管する第三の分家代表の名入りの正式文書は、一切の虚偽を記さない。書かれた内容はすべて真実であると保証されている」

「お前はその狂人を引き渡しついでに、この報告書を出して来い。後野さんが狭間弘一と接触しなかったと記しておけば、あと少しぐらいは彼女を見逃してくれるだろう」

「了解。ついでにおじいさまのお好きな和菓子を買っていこう。確か駅の商店街に、老舗の和菓子屋があったよね。何がいいと思う?」

 雅人の言葉に、書類作成の手を止めて、直樹は答える。

「駅前のあそこか。みたらし団子にしろ」

 60年前、総帥が学生時代によく通って食べてたそうだぞ、と彼はつぶやき、また作業を再開させた。

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