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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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 プラネタリウムのような天井から、優しい星のきらめきが周囲に降り注ぐ。

 そんな幻想的なお店の中で、茉理と英司は何も言えず、ただ目の前の洋子を見つめていた。

 話を切ると、彼女は俯き、しばらく肩を震わせる。

 少しの間そうしていたが、やがて堪えきれない嗚咽に混じった声が響いた。

「わかっているの。弘一は嘘をついてる。本当は最初からここは永遠を想定して造られている。あの人に、他のみんなを現実世界に帰す気持ちなんて最初からなかったんだわ」

「そんな」

「60年よ、60年! あの人は三時になったらみんな帰れるなんて嘘をわたしにつかせて、ずっと何もしない。永遠にこのままこの世界にいるつもりなのよ」

 洋子は激昂する。

「弘一は間違っている。永遠なんてないわ。確かにあの人の言う通り、ここには老いも病気もない。でもわたしたちは確実に寿命が尽きて死んでいくの。永遠なんてありえないのよ」

「それはどういうことですか」

 永遠じゃない、その言葉に英司は反応した。

 洋子は顔を上げ、ポケットから出したハンカチで涙をぬぐう。

「最近始まった現象だけどね、突然人が消えるの。この世界から」

「消えるんですか」

 茉理は首をかしげた。

「ええ。いつのまにか消えている。どこを探してもいない。探知魔法で街全体を捜索しても、存在は感じられない。クラスの一人に第四の分家筋の人がいてね、その人が言ったの。『多分体内時計が止まったんだろう』って」

「そういうことか」

 英司は納得する。

「どういうことですか」

 まだよくわからない茉理に、英司は説明した。

「さっき言ったと思うけど、この世界には世界に流れる時と、俺達の中に流れる時が一致しないことがある」

「魔方陣でこの世界はずっと60年前の朝9時になってるの。そこから時が止まってるのよ」

 洋子は物憂げにそう付け加える。

「この中に入った時点で人の体内時間も同じように止めたはずなんだけど、それは肉体の時を止めたに過ぎず、心の時まで止めることは出来なかったのよ」

「心の時ですか」

「精神的な時だね。人間は心と体で構成されているというのはわかるだろう? 普通心と体の時はぴったり一致していてズレるなんてことはありえない。ごくたまに肉体だけ成長して、心は子どものままで成長が止まってしまう人とかいるけど、医学的には知能とかそういう言葉で表すんだったかな。とにかく魔法で人間の体内時計すべてを止めたつもりだったんだけど、止め切れなかったというのが、この現象の本質ってわけか」

 英司はそう言って、大きくため息をついた。

「人間の意志や生きる力の源である心は、目に見えない分よくわからない未知の領域なんだよ。魔法で支配したつもりでも失敗するケースはよくある。心の時が止まってしまえば、肉体が生きていても思考も意識も止まってしまうから、ほぼ死んだと同じような状態になる。この世界の場合、肉体の時を止めたつもりでも、心が老化して力を失い、時を止めてしまえば、おそらく肉体も急激に反応して老化し、死に至るということだろう」

「多分死んだ場合、すべての魔法が効かなくなって現実世界に戻されるんだと思うけど、おそらく出口に魔法で細工して死体は異次元とかに転送して現実に戻らないようにしてるんだと思うわ。もし突然A組の教室に老人の遺体が出現したら、向こうでみんな大騒ぎになるでしょう」

 弘一らしいやり方よ、と洋子は悲しそうに言葉を零す。

 予想とはあまりにも違う、悲惨で重大な現実に、茉理はもうどうしてよいかわからなくなった。

 困り顔で洋子を見ると、彼女も申し訳なさそうに俯く。

「本当にごめんね。こんなことに巻き込んで」

「洋子さん」

「まさかこんなオオゴトになるなんて、予想していなかった。弘一の計画は確かに壮大すぎて現実味のない話だったけど、まさかここまで実現させてしまうなんて思わなかったわ」

 彼女は複雑な顔で続ける。

「最初に打ち明けられたとき、本当に永遠に歳を取らず、病気もない魔法使いの素敵な世界が実現可能なら、なんて素晴らしいのかと思ったわ。でも現実は違う。この街に住んでみて思ったの」

 洋子はそっと天井を振り仰ぐ。

「自分で好きなように、お店の天井を模様替えすることが出来るわ。青い空にも夜空にも、夕日の沈む真っ赤な夕暮れ時にだって出来る。でもそれって作り物なの。本物の空じゃない」

 彼女は、ゆっくり両腕を伸ばした。

「風も、草も、木も、何もかもこの世界の物は魔法で作られたまぼろしよ。好きなように色をつけ、香りを付与し、自分の望む物を作ることは出来るけど、ずっと自分の世界の中だけで生きているとね、やっぱり思うの。本当の空が見たい、本物の星が見たいって」

「……」

「自分の思うとおりにのみ存在しているのは素敵だけど、だんだん飽きてしまう。もっと広い自分では考えもつかない世界に触れたい。心がそう叫ぶの。ここから出たいって」

 洋子はそう言うと、そっとまた手を引っ込めた。

「でもどうしたらいいかわからない。弘一がどこにいるのか、わたしにはわからないの。この世界の時を支える魔方陣、そこを管理してるはずなんだけど、その場所は隠されていてね」

「そうですか」

 茉理はそう返事を返すしかなかった。

 英司は少しの間考え込んでいたが、やがて立ち上がる。

「貴重な情報、ありがとうございました。あの、お願いがあるんですが」

「何かしら」

「封筒と便箋とペン……何か手紙を書くものってないですか」

「ここにはないけど、市場に行けば売ってると思う。良ければこれを使って」

 洋子は引き出しから財布を取り出して、英司に渡した。

「ありがとうございます。あと彼女をしばらくここにかくまってもらえませんか」

 英司は茉理の方を見ながら頼む。

「後野さん、俺、ちょっと思いついたことがあるからさ。ここで少しだけ待ってて」

「いいですけど、どうするんですか」

「うーん。試してみたいことがあってね。上手く成功するかはわからないけど」

 英司はにこっと笑いながら、立ち上がる。

 すぐ戻るから、と言って、彼は財布を持って姿を消した。

 市場に瞬間移動したようだ。

「何をするのかしら。手紙を書こうとしてるみたいだけど」

 洋子は不思議そうに首をかしげる。

「山下先輩は、ああ見えて優秀なので大丈夫です」

 茉理は微笑んだ。

 本当は頭の中は疑問符だらけだ。

 英司はどこへ行き、何をしようというのか、本当は今すぐ説明して欲しいと詰め寄りたい心境だったが、それをするまいと心をセーブする。

(山下先輩を信じて待とう。きっと何か策があるはず)

 思ったより彼は頼りになる縁の下の力持ちだと自分自身に言い聞かせ、茉理は平気な顔をつくると目の前のカップに残ったお茶を飲み干した。




 英司は市場に行き、文房具を売っている店を見つけた。

 手ごろな封筒と便箋、糊とボールペンを手に入れる。

 周囲を見ると、小さなコーヒーショップがあったので、飲み物を一つ買って机のある席を一つ占領した。

 便箋を取り出し、ボールペンで丁寧に字を書いていく。

 この街に来た経緯、自分が街を見て調べた事。

 そして洋子が語ってくれた内容。

 すべてを書き記すと、彼は便箋を封筒に畳んで入れ、丁寧に糊付けする。

 そしてまるで封蠟のように、自分の右親指に魔力を込め、自分の魔法印を捺印した。

 封筒の表には生徒会の皆へ、と書き、裏には自分の名を記す。

 万が一に備え、今日の日付11月15日と11時という時間も書いた。

(これで良し)

 英司は書き終えると、飲み物のカップを店に返して、そっと人目につかない路地裏に入っていく。

 周囲に誰もいない建物と建物の隙間に入ると、彼は体内の魔力を集中して練り上げはじめた。

(時を戻る――俺と後野さんが、まだ2年A組でお茶していた時間に)

 英司は、己の風魔法を最大限まで高めていく。

 彼の足元に風が渦巻き、金色の魔方陣が出現した。

(飛べ。過去の時間に)

 時空を越え、時限を越え、流れていく時の流れを辿り、戻っていく。

 金色の魔方陣が輝いた瞬間、彼の姿は過去へと消え去った。




 過去に戻って見る景色は、すべてがセピア色に染まっている。

 今は午前11時頃だろう。

 帝は1年A組で天の川学園の生徒会と対峙しているし、自分は茉理と2年A組でお茶を飲んでいるはずだ。

 英司は、空中から午前11時の校舎を眺めた。

 今、自分は空の上で浮遊している。

 そっと体を屋上に下ろすと、そのまま急いで生徒会室に瞬間移動した。

 思ったとおり、そこには誰もいない。

 英司はほっとして、辺りをきょろきょろ見回した。

(やっぱり見つけてもらいやすい場所がいいよな)

 円卓の中央に、封筒を置く。

 過去に生きる人間と接触することはタブーであり、過去を変えることは許されない。

 かつて英司は、そう茉理に説明した。

 だがたった一つだけ、例外がある。

(生きている人との接触は出来ないけど、命無き物ならば話は別なんだよな)

 英司はそう頭の中でつぶやきながら、置いた封筒を見つめた。

 物質は触れても問題ない。命無き物は時間を超越出来るのである。

 おそらく今、彼の体内時計は2時を過ぎた頃だ。

(帝先輩たち、何してるだろうか)

 文化祭での役割が忙しく、自分たちの失踪に気付いていないかもしれない。

(ううん、そんなことはない。きっと気付いてる)

 英司には確信があった。

(帝先輩は後野さんと文化祭を楽しむ約束があった。午前中は天の川の連中の相手をしないといけないとしても、午後は必ず後野さんを探そうとするはずだ)

 茉理の姿がないことで、側にいたはずの英司もいないことに気付くだろう。

 今頃必死に捜索しているに違いない。

(どちらにしても帰る前に全員で生徒会室に来ると思う)

 今日中に、この手紙は見つけてもらえるはずだ。

(俺だけじゃどうしようもないし。外から何かしてもらえるよう、先輩たちに頼むしかないな)

 英司は想いを込めて、もう一度手紙を見つめてから、時の風に乗って元いた自分の場所――あのミニチュア街に戻っていった。



 英司を待つ間、洋子は茉理に店内のガラスケースを見せて回った。

 どのケースにも銀色に輝くアクセサリーが並んでいる。

「綺麗ですね」

「ふふっ、ありがとう」

 洋子はにっこり微笑む。

「わたしはね、一族の中でもちょっと特殊な魔法が得意なの。白金使いって呼ばれたわ」

「プラチナ使い?」

「第五の分家は土魔法を得意とする魔法使いが多いのだけれど、土や鉱物なんかの加工もすぐれた魔法技術を持っていてね。わたしは特に自分の魔力でプラチナを生成出来るのよ」

「凄いですね」

「一族の中でも鉱物加工は得意な人が何人もいるけど、鉱物を直に魔力で生成する能力を持つ人間は、まれでね。更に自分の魔力で生成したプラチナに、様々な効果を付与して魔道具に出来るの」

「ああ。さっきやってたアレですね」

 茉理は、先ほど嬉しそうに帰っていったカップルを思い浮かべた。

「よければ、あなたにも何かプレゼントをさせて欲しいんだけどどうかしら」

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、洋子は茉理に提案する。

「ええっ、そんな。こんな高価そうな物、いただけません」

 茉理はあわてて否定した。

 でも洋子は強く勧める。

「ここまで巻き込んでしまったおわびよ。良かったら好きなのを選んで」

「……」

「もしあなたに好きな人がいたら、その彼にプレゼントしてあげたらどう? サービスで色々付与してあげるわよ」

 そう言われて、茉理は頬を赤らめる。

 とっさに帝のことを思い出してしまったのだ。

「あら、好きな人いるのね。やっぱり」

 洋子は茉理の顔を見て、楽しそうに笑う。

「いいわね。なんかすごく素敵な恋愛をしてるって気がする。藤子もそうだったら良かったのに」

 茉理ははっと顔色を変えた。

 洋子の方を伺うと、わかってたという瞳が返される。

「もう大分時が経ってしまっていたの、わかっていたから、あなたが藤子じゃないってちゃんと気付いていたわ。でもすごくそっくりで、声をかけずにはいられなかった」

「そう、でしたか」

「彼女ね、本当にあなたみたいな人だったの。負けん気が強いところは似てないんだけど、魔力が全然なくってね。雷導様に何故か目をつけられて、クリスティ学園に無理やり入学させられたのよ」

「えっ、でも魔力がないなら入れないんじゃ」

 自分も人の事は言えないのだが、茉理は思わず聞いてしまう。

「そうなのよね。ただの雷導様の気まぐれだって皆考えていたわ。だってね、それはいじめがひどかったのよ。雷導様は年上で大学生だったんだけど、高等部に藤子を入れて、毎日やってきては殴る、蹴る、髪を掴んでひっぱる、階段から突き落とす、罵詈雑言を浴びせながら凄かったわよ。もう彼女がいつか死ぬだろうって、みんな思ってた」

「そんなにひどかったんですか」

「ええ」

 茉理は話を聞きながら、身を震わせた。

「あの子、でも負けん気が強いから、絶対に雷導様に頭を下げなかったし、服従しなかったの。いつも口答えしてた。それが気に入らなかったみたいで、自分を崇拝しない女に生きる価値はないとばかり、毎日凄かったわよ。早く自分の女になれって執着しまくって」

「じ、自分の女、ですか」

 茉理は目を瞬かせる。

「最初、街の和菓子屋でバイトしてるあの子を雷導様が何故か見初めてね。俺の女にしてやるって言ったら、あの子雷導様のことなんてよくわからないでしょう。きっぱりと断っちゃったのよね」

「はあ、あの、もしかしてそれでいじめ……ですか」

「雷導様って凄く自尊心が高くて、今まで一度も否定されたことがないの。それが人生で初めて失恋を経験したものだから、可愛さ余って憎さ百倍になっちゃったのよ。実家の権力使って、あの子を脅してクリスティ学園に転校させ、毎日通っては自分に跪けってすごい勢いだったわ。あそこまでやられたら、藤子もいい加減折れたらいいのに、あの子ったらどんなに痛めつけられても絶対に屈しないのよ。あの覚悟は本当に凄いと思う」

「随分歪んだ愛、とでも言うんでしょうか」

 茉理の言葉に、洋子はどうなのかしらね、と首をかしげる。

「とにかく執着ぶりは凄かったわよ。それでいて他の誰かが雷導様のご機嫌取りしようとあの子をいじめると、ものすごい勢いで、そいつの事半殺しにしちゃうのよね。『あいつを玩んでいいのは俺だけだ』って」

「異常なまでの執着ですね」

 茉理は伊集院本家の男は、皆どこか歪んでいるのはいつの時代も一緒なのかと、心の中で思う。

 聞いていると、帝がまともに見えてくるから不思議だ。

「総帥の千影様も、お若い頃は凄かったって噂よ。喧嘩と賭け事が凄く好きで、いつも目をつけた人間同士をお互い死ぬまで戦わせ、自分はそれをプロレス観戦みたいに見て楽しむのがご趣味だったんですって。あと魔獣を償還して戦わせ、どっちが勝つのか賭けを楽しんでたそうよ。本家の屋敷に専用の闘技場があるとか言われてるわ」

「ソウデスカ」

 茉理は、もう伊集院本家総帥の若き頃の傍若無人ぶりに何も言えず、ため息しか出なかった。

 自分は今の時代で、帝が相手で良かったと本当に思う。

「面白くない話だったわよね。ごめんなさい」

 洋子は茉理の反応を見て、さらりと話題を変えた。

「あなたの本当の名前を教えてくれない?」

 茉理は一瞬ためらったが、どうせいつかわかることだと答える。

「後野茉理です」

「後のまつり? 何言ってるの? 何が後のまつりなのよ」

 案の定、突っ込まれ、茉理はこれだからなあ、とうめきながら、自分の本名だと説明する。

 数秒後、唇の端を若干右上がりに歪めて、微妙に笑いを堪えながら、洋子は理解してくれた。

「まさかそれが名前なの? ごめんね。でもなんかさ」

「祖母がつけてくれたんです。わたしが生まれた時、後のまつりだって言って」

「そうだったんだ。随分ユニークな方ね」

「……ちなみに祖母の名前は、後野藤子と言います」

 茉理の言葉に、ふっと洋子の顔が歪む。

 改めて繁々と茉理を見た。

「祖母から聞いたことがあります。高等部にいたとき、友達が行方不明になってしまったと」

「……」

「まさか祖母がクリスティ学園に入学してたなんて知らなかったから、その時は軽く流しちゃったんですけど、今もずっと思ってるみたいです。そのお友達のこと」

「そう、だったの」

「今日も学校に行く前に、祖母に忠告されました。2年A組には近寄るなって」

 茉理は洋子を見つめ返す。

「今だからわかります。祖母はわかっていたんです。あなたが2年A組の教室で、何かトラブルに巻き込まれてしまったんだって。そしてそれは今もまだ解決していないって」

 洋子の目が、また潤む。

「わたしのこと、ちゃんと覚えてくれていたのね。60年も経ってるのに」

「魔力がないから祖母には何も出来なかったのですが、それでもずっと忘れていません。あなたの事」

 それだけは確かです、茉理はそう言って、小さく微笑んだ。




 それから少し言葉を交わし、茉理はガラスケースの中から装飾品を1つもらうことにした。

 ゆっくりと見回って、目についたのはプラチナのシンプルなチェーン型ネックレス。

 細かいチェーンが煌いて、他に何の飾りもついていない。

 でも帝に一番似合いそうだと思った。

「これをいただいてもいいですか」

 茉理が指差すと、洋子はうなずいてガラスケースの中からチェーンを取り出した。

「これは自信作よ。きっと彼も喜ぶわ」

 どんな効果を付与しましょうか、と聞かれ、茉理はしばらく考えてから答える。

「わたしの想いって付与出来ますか」

 正直魔法防御とか癒しの魔法とか便利そうな魔法は色々思いつくのだが、彼に一番伝えたい事を触れるたびに思い出して欲しいと思った。

「いいわ。ではネックレスを握って、そこにあなたの想いを込めて」

 洋子は茉理にチェーンを渡す。

 彼女はそれを両手のひらを合わせてしっかりと包み、目を閉じて祈った。

(どうか帝先輩が幸せでありますように)

 そのままのあなたでいい。

 世界のどこかに、いつもあなたの事を想い、幸せを願っているわたしがいることをどうか忘れないで。

 たとえこれからあなたがどんな女性と出会い、愛することになったとしても、わたしは遠くからあなたの幸せを祈り続けます。

 どうか忘れないで。

 弱くてかまわない。

 かっこよくなくてもいい。

 失敗だってしていいし、時には落ち込む時間があっていい。

 でも最後は前を向いて歩いて欲しい。

 一族のためでなく、誰かに強制されることなく、あなただけの人生を生きて、どうか幸せになってください。

 茉理は一生懸命心に想うことを、ただチェーンに込めていく。

「これは……」

 側で見ていた洋子は、驚きで声を漏らした。

 茉理の体から白い光のような輝きがあふれ、手のひらに集まっていく。

 白い輝きは、手のひらの中の銀色をしたチェーンに次々吸い込まれていった。

 見たことのない現象に、洋子はただ圧倒されてしまう。

 光が治まったとき、茉理は目を開け、手の中のチェーンを彼女に渡した。

「えーと、出来ました」

 これでいいでしょうか、と言いながら問う茉理に驚きながら、洋子はチェーンを受け取る。

 本当は自分の魔力で今込められた想いをチェーンに留める魔法を使うのだが、何故か彼女はそれをする必要がないと感じた。

 もうこれは、これで完璧に想いが付与されている。

 効果は何かわからないが、魔法では説明出来ない何か不思議な力が宿ったのを洋子は感じた。

「いいわ。じゃ綺麗に包装してあげる」

 待ってて、と言うと、洋子はカウンターに向かい、小さな小箱を出すとチェーンを入れて包み始める。

 茉理はそんな彼女に感謝のまなざしを投げてから、また奥の椅子に戻って腰掛けた。

 ただ心を込めて祈っただけなのに、何故か体がだるくて力が抜け落ちたような感覚である。

 自分でもどうしてかはわからなかったが、嫌な感じではなかったので、少し休めば大丈夫だろう。

「お待たせ……って、あら」

 洋子はラッピングした小箱を持って椅子の方まで来たのだが、そこで立ち止まる。

 茉理はよほど疲れたのか、椅子に座ったまま深く眠っていた。

 ――深く、深く、その心はこの世界の深淵に沈むように。

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