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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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 洋子は英司と茉理の二人を店の奥の椅子に導いた。

 そして熱いお茶を入れてくれる。

「毒なんて入れてないから、安心しなさい」

 そう言って、彼女は英司に冷たい視線を向けた。

「そのマントも取ってくれる? 別に顔をさらしてもかまわないはずよ。ここは偽りの街。たとえ正体を見られた所で、雷導様に伝わるわけもないわ」

 あなた、さっき藤子と一緒に門の前にいた人よね、と軽く睨まれ、英司は肩をすくめてマントをはずした。

 明るい茶色の髪と瞳が現れる。

「やっぱりバレてましたか」

 俺、演技は自信ないんですみません、英司は困ったように笑いながら言った。

「俺のじいさんが元『影』なんですよ。それで死ぬ前に、俺に形見としてこのマントをくれたんです」

「そんないわくつきの品を形見としてあっさりもらうなんて、きっとあなたたちの世界ではもう『影』は存在していないのね」

 洋子はそう言って、目元を和らげる。

「そうですね。もうとっくに解散しました……って、ええっ?」

 英司は驚いて声を発した。

「俺達の世界って、洋子さん」

「わかっていたわ。ここに来てから、とてつもなく長い時間が現実世界では過ぎてしまっていること。正確にはどのくらい経ったのか、わからないんだけど」

 教えてくれる? と問われ、茉理はためらいながらも口にした。

「60年です」

「まあ、そんなに経ったのね」

 洋子はため息をついた。

「60年……ということは、クラス全員、今本当の年齢は77歳ってことなの」

 おばあちゃんになっちゃったわね、と彼女は寂しげにつぶやく。

 なんと言って良いかわからず、茉理は黙ってお茶を一口飲んだ。

「教えてもらえませんか。一体ここはどんな世界なのか」

 英司が真摯なまなざしで、洋子に聞く。

「俺達、どうしても現実に戻らないといけないんです。あっちの世界で、俺達の事を探している人たちがいる。待ってる人がいるんです」

 彼女は英司の視線から、顔を背けた。

「事情を話してもかまわないけど、きっと絶望するだけよ。現実世界の人たちは、ここの存在に気付くことはない。だからあなたを待ってる人たちが、あなたを探し出すことはおそらくないでしょう」

「そんな」

 茉理はあまりの言葉に、呆然とする。

「そのうちあきらめて放棄するわ。この60年間、ずっとそうだったもの」

 洋子は自虐的につぶやいた。

「わたしたちにも当然家族がいた。でも探しに来てくれた人は、一人もいなかった」

 見捨てられたのだ、と小さく付け加える。

 茉理は胸痛い事実に、何も言えなくなる。

「それでも聞かせてください。俺は第4の分家代表を務める山下英司と言います。60年前はどうかわかりませんが、今、俺が行方不明になったことで、今回はクリスティ本家が動く。必ずここを見つけ出します」

「本家が動く? あなた、本当に自分にそんな価値があるとでも思っているの?」

 洋子が不機嫌そうに言った。

「わたしも分家直系で、遠野家の一人娘で、次期分家代表だった。でもね、全然本家はわたしたち分家なんかに配慮しない。わたしたちの代わりは幾らでもいるし、捨て駒にされるのが当たり前。本家も他の分家たちも、そういうものなのよ」

 何もわかってないのね、可哀想に、と言われ、英司は唇を噛みしめる。

 茉理はそんな痛々しい言葉のやり取りに、黙っていられず口をひらいた。

「60年前と今は違います。確かに雷導様はそうだったかもしれませんが、今、本家の次期総帥は伊集院帝先輩で、彼は絶対に山下先輩を見捨てたりしません」

 洋子は思いがけない事を聞いたと、目を丸くする。

「他の分家の人たちも、山下先輩のことを大事に思ってます。皆絶対に協力してくれるし、あきらめない。それに凄腕の魔法使いなんですよ」

 だから信じて大丈夫です、と茉理はきっぱり言いきった。

 洋子の表情が、少しだけ和らぐ。

 彼女はふうっと息を一つ吐くと、言葉を紡ぎだした。

「60年前のことだけど――」

 英司と茉理は、彼女の話に耳を傾ける。

 ――ずっと閉じていた心の奥の想いごと、すべてを頭の中に刻み込むように。




 60年前。

 15歳、魔族の歳では成人したばかりの洋子は、第五の分家遠野の跡取り娘であったが、総帥千影の命で、ある男と婚約することになった。

 同い年の狭間弘一。

 私立クリスティ学園に通う同級生であり、優秀だった彼は学園でも注目されている男子の一人だった。

 千影の信頼厚い狭間家の次期当主であり、魔法の才も抜きん出ていた彼は、当時大学生だった次期総帥雷導の側近候補として名が上がっていた。

 洋子との婚約も、一族に優秀な魔法使いを迎え入れたいという本家の強い要望があったためだ。

 洋子が第五分家代表になれば、配偶者である弘一も同等の権を一族の中で得ることになる。

 狭間家にしても実に名誉なことで、洋子と弘一の婚約はとんとん拍子に進んでいった。

 洋子にしても学園で注目を集めている彼の相手となることは申し分ないと思っていたので、特に反発することもなく彼と交際を重ねていた。

 しかし高校入学と同時に、一族の彼に対する視線が変わってくる。

 優秀な彼は一族の宿命とも言える活動に、積極的に狭間家の一員として深く関わり、素晴らしい活躍ぶりを見せているはずだった。

 だが少しずつ彼に対する嫌な醜聞が、洋子の耳にも聞こえてくるようになる。

 なんでも優秀すぎる頭で、彼は魔族の未来のためにと本家にある提案を行い、一族の中にも彼に賛同する者がちらほら現れたという。

 その計画の全貌を彼本人から聞き、洋子は驚いた。

 異空間に魔法使いだけの世界を作りたいというのが、彼の提案である。

 人間と共存する今の社会から脱皮して、新たな世界を構築すべきだと彼は熱弁をふるった。

『その世界の時間はね、絶対に動かさず、ずっと同じ時が流れる世界にするんだよ。そうすれば、その中で生きる人間は、永遠に歳を取らない。病気も怪我も魔法で治せる。ずっと若い姿のまま、永遠に生きるんだ』

『そんなことが可能なの? 無理に決まっているわ』

『無理じゃない。理論は完璧さ。使う魔方陣は研究済みだし、絶対に成功する』

 弘一は自信満々に言いきった。

 洋子には、とても実現出来るとは思えなかった。

 何故なら、それには絶対にあるものが必要だった。

 異空間を開いて、世界や街を作ることまではいい。

 一時的に時の流れを一定に保つことだって出来るだろう。

 しかしそれを永遠に維持することは不可能だ。

 何故ならそれには大量の魔力を必要とするからである。

 人間の持つ魔力は限界があるし、寿命が尽きれば魔力も切れる。

 老いやその他の体調コンディションで魔力の質や量も左右されるし、とても永遠にその状態を維持出来るとは思えなかった。

 そのことを弘一に伝えると、彼は更に自信有りげに言う。

「大丈夫だ。永遠に大量の魔力を確保出来る方法を見つけたからね。一族にとっても益になる話だと思うよ」

 今にみんな、僕に感謝することだろう、と弘一は笑う。

 しかし現実は、そう簡単にいかなかった。

 ある日、洋子は父からいきなり弘一との婚約を取り消したと伝えられる。

『あの男はよくない野望を抱き始めた。一族の宿命に反する行いだ。お前の婿にするわけにはいかない』

『どうしてですか。理由を教えてください』

『お前が知る必要はない。これは千影様の決定だ。もう弘一君の事は忘れなさい。いいな』

 そう言って何も教えてもらえず、洋子は一方的な通達に納得がいかず、次の日学校で弘一に問うた。

 すると彼は不敵に笑って言った。

『君のお父さんも総帥も臆病すぎる。大丈夫だよ、僕が必ず魔法使いの理想郷を実現させて、皆に力を示す。そうすれば誰も君との結婚に意義を唱えない』

 必ず幸せにしてみせるから、僕についてきて欲しい、そうささやかれ、洋子は愛されて幸せだと感じ、彼についていく決心をした。

 高校二年になって同じクラスになった時の文化祭で、彼は密かに洋子に言った。

『この文化祭は好機だ。僕の長年抱いてきた夢を実現するチャンスにしようと思う』

『どうするの?』

『クラスの皆に持ちかけるんだ。魔法使いの素敵な街を作ろうって。もちろん老いも病気もない永遠に暮らす事の出来る街だよ』

『反対されるに決まってるわ。だってどうやって永遠にそんな大量の魔力を用意出来るの?』

『もちろんクラスの連中には、永遠って言葉は使わないよ。文化祭の間だけってことにするんだ』

『それではみんなを騙すことになるわ。そんなのやっぱり駄目よ』

『永遠にその街にいるってことじゃない。時間が来たら、もちろん魔法は解除。みんな現実世界に戻すよ』

 弘一の瞳は、妖しく光った。

『重要なのは、そんな街を製作可能だって皆に示すことだからね。クリスティ学園の文化祭には魔族のお偉方もたくさん参加する。その人たちに実際に街を体験してもらえば、僕の提案がいかに素晴らしいことがわかってもらえるだろう』

 協力してくれるね、と笑顔で微笑まれ、洋子はそれ以上反対出来なくなった。

 クラスで信頼の厚い弘一の提案に皆賛成してくれ、密かに街づくりが進められた。

 そして文化祭当日の朝。

 打ち合わせどおり、全員体を縮小させてクラスのロッカーの中に創った街に入り、住人として来た人たちを歓迎した。

 すべてが順調だったし、ちゃんと出入り口も魔法で教室とつなげておいたから大丈夫だと弘一は言っていた。

 なのに――。

 出口が上手く作動しないという連絡が入り、洋子の胸は不安で締め付けられそうになる。

 唯一弘一の野望を知っていた彼女は、メイン魔方陣を発動させている弘一に思念会話を送った。

『大丈夫なの? なんかお客さんが帰れないみたいなんだけど』

『ごめん。今調べたら、ちょっと魔方陣設計の際にミスがあったみたいなんだ』

『どうするの? すぐ直せるの?』

『それが今、いじれなくてね。へたにいじったら、この街すべてが消滅してしまう』

『そんな……』

『大丈夫。文化祭終了の三時になったら、すべての魔方陣は解除となって、全員教室に戻るしくみになってるから。みんなにそう伝えて混乱しないようにって言っておいてよ』

『わかったわ』

 一抹の不安は残るが、今は彼を信じるしかない。

 洋子は彼から聞いた返事を街全体に通達してもらい、全員一旦落ち着きを取り戻し、それまで待とうと街での暮らしを再開した。

 そしてそれから時の止まったこの空間で、全員が文化祭終了三時になるまで待っている。

 ――60年間、今までずっと……。


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