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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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 洋子の店に再び赴くことが決まってから、英司は茉理にいろんな事を教えてくれた。

「これから俺は『影』という組織の一員ということにするから、君もそのつもりでいてね」

「影、ですか」

 茉理は首をかしげる。

 英司は苦笑しながら、さっき来ていた黒マントを示す。

「実はこれ、俺のじいさんの形見でね。防御魔法や気配を消す隠密魔法、耐熱耐寒魔法など便利な効果が付与された特別製のマントなんだ。もう今の時代では使われなくなった物だけど、いざというとき便利だから護身用にって以前生きてる時に孫の俺にくれたんだよ」

「そんな大事な物だったんですね」

 茉理はただの姿を隠すだけの物だと思っていたので、目を丸くした。

「俺のじいさんは第四の分家代表だったけど、まだ代表を継ぐ前の若い頃は次期総帥雷導様の特殊部隊に所属していたんだ。その特殊部隊は通称『影』と呼ばれていた」

「特殊部隊ですか」

「そう。雷導様に絶対服従を誓い、具体的に魔法契約『主従の契約』まで交わしたメンバーで構成されているのが『影』だ。主従の契約は闇魔法の一つでね。主とする魔法使いに自らの命まで捧げる絶対の従属をする契約だ。もし命令に逆らえば、即座に契約魔法が発動し、心臓が止まるようになっている」

「そんな恐ろしい魔法があったんですね」

 茉理は背筋に一瞬寒いものが走った。

「今はそんなの使う人はほとんどいないよ。禁忌の呪法とされている。でもそれを交わして自分の手足となる人間で構成した組織『影』を雷導様は作り上げ、様々な事をしたって話さ」

「何をしたかは聞きませんけど、あまり良いことじゃなさそうですね」

 茉理は顔を青ざめさせてつぶやく。

 英司はごめん、怖がらせてと言うと、話を続けた。

「でさ、組織自体は雷導様が総帥になってしばらくしてから解散し、『影』自体は無くなった。そのあとじいさんは第四の分家代表になったんだけど、その時『影』が着ていたマントはずっと便利だからと保管して、たまに使っていたそうだ。それを俺に死ぬ前に譲ってくれたってわけさ」

「そうだったんですね」

 茉理は改めて一見何の仕掛けもなさそうな黒マントを見つめる。

「たぶんこの世界は60年前に作られたまま、時が進んでいない。住民役の生徒たちの世界の時間も止まっている。だから全員若いままだ」

 英司は少し困ったような口調で続けた。

「もしこの世界に満ちている時の流れに小さな綻びがあって、本来の外の世界の時間と接触出来ていれば、全員の体内時計が反応して街はそのままでも住民は歳を取り、異変にもっと早く気付くことが出来ただろうに、そういう面では完璧に本来の時の流れから街は独立してしまっている。こうなってきたら、もうここは俺達のいた世界とは違う異世界も同然の場所だ」

「そんな……ではこの街の人は全員一生歳を取らず、60年前と同じ姿でいるってことですか」

 茉理の言葉に、英司はうーんと腕組みをして考え込む。

「どうなんだろう。判断するには情報が少なすぎる。一旦このくらいにして、あとは遠野家の洋子さんに会って、出来るだけ話を聞きだしてみよう」

「そうですね。そうしましょう」

 茉理の同意に、英司はさわやかな笑顔を浮かべた。

「というわけで君は後野藤子、俺は君を連れ戻しに来た雷導様直属の『影』。この設定で動くよ。当時の影は一族内でも恐れられていた戦闘集団だったというから、きっと遠野洋子さんも色々話してくれるだろうよ」

「わかりました」

「君はあまり魔法に関する知識がないし、話し合いは俺がする。君は黙って俺の側にいてくれ。いいね」

 英司の言葉に茉理はうなずく。

 ――これで少しでも元の世界に戻れる方法が見つかればいいのだが。

 そんな期待を胸に、英司と茉理は路地裏を出て、洋子の店に向かった。




 小さなドアを押して中に入ると、夜の帳の中に足を踏み入れたような幻想的な感覚に陥る。

 そんな不思議な店で、洋子は一人ぼんやりとしていた。

 ドアが開いたのに、気付きもしない。

 茉理は近づいて、声をかける。

「あの……洋子さん?」

 ぱっと弾かれたように彼女は椅子から立ち上がり、茉理をぎゅっと抱きしめた。

「良かった。無事だったのね」

 そして身を離し、茉理を隅々まで検分する。

「何も傷つけられていないようね。本当に良かった」

 心配してくれていたのだと思うと、茉理は申し訳ない気持ちになった。

 このままさっきのようにお茶でも飲んでおしゃべりしたいところだが、今回はそうはいかない。

「悪いが、再会の挨拶はここまでにしてもらおう」

 ぐっと黒マントの男(中身は英司)が、茉理を引き寄せる。

 最初からの取り決めで、彼女は今右手に細かい鎖付きの手錠をしていた。

 その鎖の端は英司が持っている。

『捕まえに来たというのに、君を野放しにしておくというのはちょっと説得力に欠けるしね』

 影という組織は、かなり悪辣で非道な事も平気で行っていたらしい。

 なのに『すみません、ちょっとお尋ねしたいのですが~』などと言って人にものを聞かないだろうと、英司は言った。

 洋子から情報を聞き出すためにも、英司を雷導様直属の影の一員として認識してもらわないといけない。

 そのための演技として、茉理は囚われた演技をすることになった。

 打ち合わせどおり、英司は彼女をぐいっと自分の方に引っ張ると、腕の中に拘束する。

 痛くはなかったが、逆に英司と密着することになり、茉理の頬が赤らんだ。

 こんなに歳の近い男子と触れ合うのは、帝以外なかったからだ。

 それは英司も同様だったようで、彼はそのまま茉理を風魔法を使って痛くないように床の上に座らせる。

 傍目には彼女は鎖につながれ、黒マントの男の横に座らされている哀れな少女に見えた。

 洋子はきっと黒マントの英司を睨みつける。

「影ね。忌々しい姿だこと。わたしが誰か知っての振る舞いでしょうね」

 凛とした声とまなざしは、はっきりとした敵意を見せていた。

 英司は黒マントの下で、その気迫を受け止めながら息を整える。

 思っていた以上に、この洋子という少女は魔力を持ち、力に満ちていた。

 分家直系というだけあって、雅人や直樹に匹敵する魔力の使い手であるかもしれない。

 気押されるな、と自分自身を叱咤し、英司は静かに呼吸を整えて言葉を発する。

「もちろん知っている。第五の分家のご令嬢、遠野洋子様だろう」

「その子を離しなさい」

「それは出来ない」

 英司は、茉理を戒める鎖をぐいっと引いた。

「分家ならばおわかりだろう。この子は雷導様の特別だ。連れ戻せと命令されているのでな」

「どうしてこんな魔力のない子に、雷導様は執着するの? 弱者をいたぶって何が楽しいのよ」

 吐き捨てるような叫び声が、店内にこだまする。

 英司は静かに一瞬目を閉じ、再び開いて言った。

「それをあなたが知る必要はない。いや、むしろ知られては困る」

「なんですって」

「彼女の存在意義を知る者は、雷導様ただお一人であれば良い。余計な干渉は身を滅ぼすだけだぞ、洋子様」

 ぎりぎりと歯を噛みしめる音が、洋子の口から漏れた。

 悔しい、そんな想いが辺りに満ちる。

「わたしたち親友なの。大事な友達なの。なのにわたしは何もしてあげられない。そんなの嫌よ」

「……」

「目の前で彼女がぼろぼろになるまで鞭で打たれ、魔法でずたずたに体を引き裂かれ、罵倒され、傷ついていくのをただ見ているだけなんて出来ないわ。すぐにその子を離しなさい」

 でないと――と臨戦態勢を取る洋子の様子に、茉理はあわてて叫んだ。

「待って、洋子さん」

 彼女の動きが止まる。

「あのね、わたしを思ってくれる気持ちは嬉しいんだけど、そんなことしたらあなたが傷つく。それに今はそんなことをしている場合じゃないんだ」

「どういうことよ」

「えーと、この人はわたしを雷導様の所に連れていかなきゃいけないんだけど、要するにこの世界から出れなくて」

 洋子は少し戸惑いの表情を浮かべたあと、小さく微笑んだ。

「そう。それで困って、わたしに色々この世界の事を探りに来たってわけ」

 余裕の笑みを浮かべ、洋子は続ける。

「いいじゃない、この世界にいれば。元の世界に帰る必要なんてないわ。ここでいつまでもわたしと一緒に暮らしましょう、藤子」

「えっ」

 突然話が予想外の方向に行き、茉理は目を瞬かせた。

「ここにいればあなたは安全よ。雷導様は絶対にここに来ないし、来てもこの世界の支配者にはなれない。もう怯えなくてもいいし、罵倒されたり痛い想いをすることもないわ」

「でもそれじゃあ……」

 茉理はちらりと、横の英司を見る。

「そちらの彼の事は心配しないで。どうせどんなにがんばっても、ここから出れない。たとえ主従の契約があったとしても、別に雷導様の命に背いたわけじゃないから発動しないわ。あなたもここでは自由の身よ。良かったわね」

 洋子は皮肉めいた笑みを、英司に向けた。

「あなたもこの世界を満喫するのね。なんだったら仕事と住まいをあげるわ。それでこの世界で通用するお金がもらえるから、市場で好きな物を買い、自由に生きればいい。どう、悪い話じゃないでしょ」

 英司はどう会話をすれば良いかわからなくなり、黙り込む。

 このままでは終われない。

 茉理はそう思い、声をはり上げた。

「そんなの駄目だよ」

 茉理の言葉に、洋子は驚いた顔になる。

「どうしてよ、藤子。あなたにとって最高の話じゃないの。もうあの暴君に虐げられなくてもいいのよ」

「そうかもしれない。でもそれじゃ駄目だよ。それじゃあただ現実から逃げてるだけ。何にも前に進めてない」

「藤子」

「もちろん虐待や悪口言われたりするのは、わたしだって嫌だよ。雷導様だって大嫌い。でもだからって安全なこの作り物の世界に引きこもって、いつまでも逃げるのは違うと思う」

「……」

「わたしはちゃんと現実に戻って、雷導様と向き合いたい。わたしを嫌いなら何故嫌いなのかちゃんと知りたいし、家族の所にだって帰りたい。わたしの世界は雷導様だけがすべてじゃないの」

 茉理は立ち上がると、じっと洋子の顔を見た。

「洋子さん、知ってるんですね。この世界の事」

「それは」

「あなたは最初わたしに言った。時間になれば、元の世界に帰れるって。でも今言ってる言葉は違う。このままじゃ元の世界には二度と帰れないって、あなたはわかってる。そうでしょう」

 茉理の凝視に合い、洋子は目をそらした。

「ごまかさないで。自分の気持ちから逃げないで。ちゃんとわたしの方を見てください」

 茉理は洋子の側に駆け寄り、その肩を抱いてゆすぶる。

 何故かわからない。

 でもこのお店に満ちる雰囲気が――美しく儚い夜空を模した天井の瞬き一つ一つが、彼女の砕けた心の欠片、その輝きのように彼女は感じた。

「お願いです。ちゃんと話して。あなたの本当の気持ちを。ずっと誰かに言いたかった言葉を」

 茉理の言葉に、洋子は反応する。

 心なしか体中が震えていた。

「やめて。それ以上、わたしの中に入ってこないで」

「洋子さん」

「あなたはいつもそう。真っ直ぐにわたしの闇を暴く。大好きだけど、怖いの。あなたは本当に優しくて、まぶしすぎる。わたしたち光と闇の狭間に生きる魔法使いにとって、あなたは大いなる力を見せる。どうしてなの」

「大いなる力って」

 突然思いがけないことを言われ、茉理は目を瞬かせる。

「魔力なんて全然ないのに、わたしたちの心に、魔法を使う源たる精神力に、あなたの声は強く響く。あなたの前では隠し事は一切出来ない。まるですべてを嘘偽り無く映し出す鏡の前に立っているような気分になる」

 洋子は茉理に顔を向けた。

 何故かその瞳は、涙で潤んでいる。

 自分の言葉の何かが、彼女の心の琴線に触れたらしい。

 何がどうしてこうなったのかよくわからず――何が彼女を泣かせてしまったのか理解出来ず、茉理は戸惑った。

 悲しい瞳で、洋子は微笑む。

「いつかこんな日が来るってわかってたわ。わたしたちの罪を誰かが暴く。断罪の日が、いつか来ると」

「罪、ですか」

 茉理はその単語に首をかしげた。

「あなたたちはそのためにここに来た。そうなんでしょう」

 洋子の頬から涙がこぼれる。

「みんなを騙すのも、もう限界だった。きっとみんな気づいてるわ。でもわかっていても、どうすることも出来ないから、みんな何も言わない。現実を考えたら、どうしても動けなくなってしまうから」

 茉理は沈黙した。

 洋子の言っていることが、またよく理解出来ない。

 罪とは一体何の事なのだろう。

 この世界は文化祭で魔法の加減を間違って出来てしまった世界であり、いわば事故物件のようなもの。

 ――ではない、とでも言うのだろうか。

(まさか……わざと、って事なの?)

 茉理の心の奥から、言い知れない予感が這い登る。

 この世界は魔法のミスで偶然現実に戻れなくなった世界ではなく、最初からこうなるように魔法で造り上げられていたとでもいうのか。

「ここは最初から現実世界と切り離された理想郷を構築する目的で、わざと現実と時間の流れを断ち切った世界だということか」

 英司が、呆然とつぶやく。

 洋子は下を向き、溢れる涙を床に落とした。

「……そうよ。ここは、あの人――狭間弘一の造り上げた永遠に存在する魔法使いの街よ」

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