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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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 光が治まると、周囲の様子は一変していた。

(どこ、ここ……)

 茉理は周りの景色にしばらくの間、呆けてしまう。

 自分は確かに教室にいたはずだ。

 2年A組の教室で執事&メイド喫茶を楽しんでいた時に、気になるロッカーを見つけて開けようと手を伸ばしたのに。

 その瞬間突然目のくらむほど強い光がロッカーからあふれ出し、彼女を包んだ。

 あまりのまぶしさに目を閉じて、光が消えるのを待って目を開けたら――。

「何だ、ここは」

 横でつぶやく声に、茉理ははっとそちらを見る。

 自分と同じように、呆然と周囲の風景を見ている英司の姿が目に入った。

「山下先輩」

「後野さん、俺達ってどうなったんだ。確か2年A組にいたんだよな」

「はい。間違いありません」

 茉理は力強く肯定する。

「なのに何だよ、ここは。一体どうなっているんだ」

 英司は語気を強めて、驚きを表した。

 二人の目の前には、どうみても古きヨーロッパの町とでもいうべき風雅な洋風建築の建物が並ぶ通りがある。

 その入り口であろう門の前に二人は立っていた。

 赤いお仕着せをつけた兵隊のような格好の門番が、門の左右にいる。

 驚きで動けない二人を見ると、すぐに笑顔で『ようこそ、魔法使いの古き都へ』と挨拶した。

「ここは古にあったとされるヨーロッパの小都市ヴィルエ。それを精巧に再現した町並みです。僕達2年A組全員の魔法力を使って再現しました。どうぞ楽しんでいってください」

 門番の挨拶を聞いて、英司と茉理は目を瞬かせた。

「2年A組? あの、ここって」

「お二人は私立クリスティ学園高等部の文化祭に来られたんですよね。僕達2年A組の企画は『中世ヨーロッパにおける魔法使いの生活』です。教室にはミニチュアを作って置いてありますが、僕達の企画発表はまさにこの場所が本番。魔法使いの生活を実体験出来るよう、精巧に作られたミニチュアの世界に現実世界から入れるようにしました。どうぞ中に入って、古の魔法使いの町並みを楽しんでください」

 勢いよく説明され、茉理はまだ現実に頭がついていかなかったが、英司は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

「あーっ、うーっ、何でこんな事に……」

「山下先輩、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないよ。ちょっと待ってね、今考えるから」

 そう言いながら、英司はしゃがみこんだまま、ぶつぶつと独り言を言い始める。

 普段見ることのない混乱した英司に、茉理の中から不安が這い登った。

(何かわからないけど、まずい事になってるみたい)

 果たして自分達は、ここから出られるのだろうか。

 所在なげに英司が考え事をし終わるのを待っていると――。

「藤子っ、藤子じゃないっ」

 突然門の中から一人の少女が現れて、茉理に抱きつく。

「ぐっ、えっ 誰?」

「もう、わたしよ。遠野洋子。2年A組の洋子よ」

「……」

 洋子と名乗った少女は踝まで裾のある長いワンピースを着て、とんがり帽子をかぶっていた。

 華やかなものではなく、灰色の生地で出来ており、帽子も同じ色だ。

「藤子?」

「藤子って、まさか……」

 洋子と名乗った少女が呼んだ名前に、門番たちは反応する。

 先ほどまでのウェルカム歓迎ムードが、一気に険悪なまなざしになった。

(何、どういうこと?)

 茉理は洋子に抱きつかれながら、門番二人の目線が冷ややかなものになっていくのを見る。

「けっ、やっかいなのが来たぜ」

「お前みたいなのが、この町に入るなんて最悪だ」

 あきらかな敵意を向けられ、茉理は身を震わせる。

(これって人違いよね。だってわたしは)

 藤子ではない、そう言わないとと思って口を開こうとした時、茉理より先に洋子が声をあげた。

「来ちゃったものはしょうがないでしょ。もうここからは時間になるまで帰れないんだし」

「時間になるまで帰れない?」

 思わずその言葉に反応する茉理に、洋子は困った顔になる。

「そうなの。わたしたちも困ってるんだけどさ。なんか魔方陣のトラブルで、文化祭終了の3時まで魔法が解けそうもないのよね」

「えーっ、そんな」

 茉理はあと数時間もこの中にいないといけないのかと思うと、がっくり肩を落とした。

「魔方陣のトラブルだって?」

 英司は立ち上がると、洋子に問う。

「えーと私もくわしい事はよくわからないんだけど、なんか設定ミスしちゃったみたいで、出口に行ってもまたこの入り口の門に戻ってきちゃうのよね。ずっとループしてしまうのよ」

「ループ……」

「ここは魔法で現実世界と遮断された別空間のミニチュア街。私達2年1組全員で実現させた古の魔法街よ。さあ、中にどうぞ」

 そういうと洋子は茉理の背後にまわり、ぐいぐいと背中を押した。

「あの、ちょっと待って」

 茉理は止まって現状を説明するなり考えるなりしたかったが、洋子は強引に茉理を押して門の中に入ってしまう。

 英司はその様子をいぶかしげに見ていたが、やがて決意のまなざしも新たに茉理の後ろについて門をくぐり、不思議な街の中に足を踏み入れた。




 門から真っ直ぐに石畳の道が続き、その横に大きな洋風の建物がずらっと立ち並んでいる。

 ところどころ建物と建物の間に小道があり、更に奥へと続いていた。

 数メートルほど歩くと、噴水のある広場に出る。

 そこにはたくさんカラフルな屋根のある屋台があり、果物や食べ物、衣類や食器、小物などが並んでいる市場だった。

 2クラス五十人ほどはいるだろうか。

 市場は人でごったがえしていた。

 洋子はわざと人混みに紛れながら、茉理を衣類を売っている屋台に連れていく。

「お客さんよ。彼女のサイズに合うマントと魔法使いの服、帽子をお願い」

 中で店番をしていた少女にそう話しかけ、わざと茉理の顔を隠すようにさりげなく自分が彼女の前に立った。

「お客様なんて久しぶりね」

 店番の少女はそう言うと、ちらりと茉理の背丈や体つきを見て、洋子と同じ裾の長い灰色のワンピース、黒いマント、三角のとんがり帽子を出してくる。

「ありがと。これは代金よ」

 そう言って洋子は、自分の財布から紙幣を出して少女に渡した。

 彼女は確認して受け取ると、ふと思いついたように横の籠から何かを取って差し出す。

「これはおまけ。さっき河野工房から届いた仮面よ」

「助かるわ。ちょっとこの子、わけありで」

 少し言葉を濁す洋子に、少女は目でわかっていると告げた。

「こんなことしか力になれなくてごめんね。本当はあなたは何も悪くないってわかってるのに」

 彼女はいきなり神妙な顔になり、茉理に向かって頭を下げる。

「私達は弱いの。クリスティ次期総帥である雷導様に逆らうことなど出来はしない。本当にごめんね」

「えっ、あの、その」

 わけのわからない謝罪をされ、茉理は更にあわてた。

 どうしてかわからないが、自分は藤子という生徒とどうやら間違われているらしい。

「さ、着替えて。これを着て仮面をかぶれば、あなたが後野藤子だってわかる人間はいないわ。着替えたらあっちのお菓子屋さんで、美味しいものを食べましょう」

 そう言って洋子は茉理に服一式を渡すと、屋台の横に設けられた細長い公衆電話ボックスのような箱型の小部屋に彼女を押し込んだ。

 茉理はされるがままにそこに入り、突然一人になる。

 目の前には大きな鏡が細長い壁の一角に設置されていて、お下げ髪の泣きそうな自分の顔が映っていた。

 そして頭の中は盛大に混乱中である。

(何、今の……『後野藤子』って言った)

 後野藤子。

 これは偶然なのだろうか。

 それは今朝玄関で自分を見送ってくれた祖母の名前だ。

(どうなっているの? なんであの人はわたしを後野藤子って呼んだの?)

 一生懸命考えるが、やはりよくわからない。

 他にも疑問に思うことはある。

 あの少女はこう言っていた。

 ――クリスティ次期総帥、雷導様

(クリスティ次期総帥って帝先輩の事じゃないの? 雷導って名前に聞き覚えがあるんだけど、誰だっけ)

 しばらく考えて、思い出す。

 雷導は帝の祖父で、現クリスティ一族総帥だ。

 それが次期総帥ということは、一体どういうことなのだろう。

「藤子、まだなの?」

 突然ひかえめな声とノックがして、茉理ははっと我に返る。

(今は考え込んでいる場合じゃない。とりあえずここがどこで、わたしはどうなってしまったのか、周囲の様子を観察してよく考えないと)

 これだけの情報では、何もわからない。

(ここに篭っていてもしょうがないわ。まずは着替えて、ここから出よう)

 茉理は手早く制服を脱ぎ、渡された衣装に着替えた。

 裾が長いので動きにくいかと思ったが、そうでもない。

 ワンピースはとても軽く着心地が良かった。

 子どもの頃の誕生日パーティーぐらいしかかぶったことのないとんがり帽子を頭に乗せ、最後に仮面を顔につける。

 仮面は白地に紫のインクで文様のようなものが書いてあり、つけると非常に怪しい女に見えた。

(まあ、さっきの女幽霊と似たようなレベルの怪しさかな)

 そんな事を思いながら、着ていた制服を畳んで持つ。

 最後にもう一度鏡に自分を映し、茉理は外に出た。

「お待たせしました」

 そう言うと、洋子は出てきた茉理に笑いかける。

「良かった。その格好ならあなただって誰にもわからないわ。さ、行きましょう」

 彼女は茉理の片手を握り、再び市場に戻っていった。




 英司は慎重に街の中に入り、茉理の後姿を目で追いつつ、少しだけ距離を取る。

 幸い彼女は、自分を連れていこうとしている女生徒の行動に身をまかせるのがせいいっぱいで、英司の存在まで気遣う余裕はないようだ。

 彼はそっと口の中で呪を唱え、こっそり手のひらの上に魔鳥を償還する。

 それはツバメのような一見街のどこにでもいる鳥の姿をしていた。

「シュエ。空中からわからないようにあの子を尾行しろ。何かあったら俺に知らせてくれ」

「ピチュ」

 鳥は小さくさえずると、すぐ英司の命令どおり、空に飛んで茉理のあとをつけていく。

 それを確認して、英司は茉理とは別行動で街の様子を探るため歩き出した。




 市場に立つ屋台の中で、甘い香りを漂わせるお店に洋子と茉理は立った。

「びっくりシュークリーム2つ」

「はいよ」

 お店の売り子は、明るいカラフルなとんがり帽子をかぶった男子だ。

 店には大きなお盆が何枚も売り台に置かれ、その上に美味しそうなクッキーや何種類ものパウンドケーキを切ったもの、色とりどりのゼリービーンズ、それに大きなシュークリームが山と盛られている。

 カラフル帽子の彼は、白い紙を折って作った袋にシュークリームを入れたものを二つくれた。

 洋子はまた自分の財布から紙幣を出して渡そうとするが、彼はちらりと茉理を見て首を横に振る。

「特別サービスで、ただにしとくよ」

「えっ、でも」

 目をぱちぱちさせ、驚く洋子に、彼は少し低い声で付け足した。

「いいからさっさと行け。目立たない所で食べろよ。こんなことしか出来なくてごめんな」

 最後の言葉は、茉理に向けたもの。

 わけもわからないまま、彼女は静かにお辞儀をした。

 どうやら後野藤子は、皆に同情される境遇にあるらしい。

 洋子はありがと、と小声で返事をし、茉理を連れてそっと立ち去る。

「少し歩きましょ。私が担当しているお店があるから、そこに行くわよ」

 そう言って、彼女は茉理を連れて市場を離れ、小さな小道に入っていった。

 先ほどまで沢山の人がいたが、裏道に入ると突然人がいなくなる。

 シュークリーム片手に洋子について歩きながら、茉理は混乱する頭をとにかく落ち着かせ、前に進むことだけを考えた。

 しばらく歩くと、小さなお店があった。

『白金の雫』

 看板にそう書かれているが、一体何を売ってるのかよくわからない。

 首をかしげる茉理を、店の小さな扉を開けて洋子は優しく手招きした。

「ここが私の店。入って」

 滅多にお客は来ないし、安全よと微笑まれ、茉理は中にお邪魔する。

「わあっ……」

 中に足を踏み入れると、外観とはまったく違っていた。

 外は古びた木造の店構えだったが、店内はまるで小さなプラネタリウムに入ったようである。

 高い天井は夜のように暗いが、その中にたくさんの小さな輝きがあり、明るさを保っていた。

(満天の星みたい。凄く綺麗)

 店内にコの字型にガラスケースが並び、その中も明るい輝きで満ちている。

 ケースの中にはたくさんの銀色に輝くアクセサリーが並んでいた。

 ネックレス、イヤリング、指輪、ブレスレット、美しい石をはめ込んだブローチ、キーホルダーなどどれもこれも優しい星のように輝いている。

「凄く綺麗」

 うっとりしてガラスケースの中を見つめる茉理に、洋子は軽く笑った。

「こっちよ」

 ガラスケースの更に奥、カウンターと椅子。

 その後ろに小さな棚があり、そこにお茶のポットとカップがあった。

 洋子は茉理を椅子に座らせると、棚の引き出しからティーバックを引っ張り出し、カップの中に入れた。

 そして口の中で呪を唱えてポットの中に湯を出現させると、カップに注ぐ。

 あっと言う間に良い香りの紅茶が出来た。

「どうぞ」

 引き出しから出したスプーンと小さなキューブ状のお砂糖を二つ沿えて、茉理にカップを差し出す。

「いただきます」

 茉理は仮面を取ると、温かい紅茶を飲んだ。

 砂糖を入れて甘くしたお茶は、高ぶった神経を静めてくれる。

 ほっと一息ついた茉理に、洋子は手に持っていたシュークリームを勧めた。

「これ、本当に美味しいよ」

 そう言って、自分の分をかじる。

 中からあふれんばかりにカスタードクリームが出てきた。

 茉理も遠慮せずに、自分の分だとさっき渡された大きなシュークリームを食べる。

 外はパリッと、でも中は柔らかい絶妙なシュー生地に、これでもかとたっぷりつまったカスタードクリーム。

 程よい甘さとバニラの優しい香料が舌先でとろけていき、実に幸せな気分になった。

「美味しい」

「でしょ」

 口元にクリームをつけながら、二人は顔を見合わせ笑いあう。

 美味しいものは、いつも人の心を温かく満たしてくれる魔法のような効果があった。

 シュークリームを食べてお茶を飲んでいると、お客様が来る。

「いらっしゃいませ。何をお探しでしょう」

 洋子は気取った声で、お店に入ってきたカップルらしき男女に声をかけた。

 女の子は洋子と同じとんがり帽子に灰色のワンピースだが、少し大人びた表情の少年は何とクリスティ学園中等部の制服を着ている。

 彼はガラスケースの中をしばらく眺めていたが、やがて銀色に輝く鳥をモチーフにしたブローチを指差した。

「これを彼女にプレゼントしたい。包んでもらえるかな」

 洋子はにっこり笑って、ガラスケースからブローチを取り出す。

「魔法付与はどうされますか」

「お願いするよ」

 そう言うと、少年は洋子の方に歩み寄った。

 洋子は両手のひらを重ねて、その上にブローチを乗せる。

「どのような効果を付与しましょうか」

「僕の記憶を、このブローチに閉じ込めることは出来るかな。彼女が見たいときに、触れたら見えるようにして欲しい」

「記憶ですか」

 小首をかしげて問い返す洋子に、少年は微笑んだ。

「僕と過ごした思い出を、いつまでも彼女に覚えていて欲しいんだ。ずっとずっと……出来る?」

「出来ますよ」

 洋子はうなずくと、呪を唱える。

 彼女の手のひらの上にあるブローチが、金色の光を帯びて輝いた。

 そのブローチを、洋子は少年に渡す。

「しっかり握って、込めたい記憶を思い浮かべてください」

「わかった」

 少年はブローチを右拳の中に握りこみ、目を閉じた。

「そして己の魔力に想いを練りこんで、ブローチに注いでください。すべて込めたら、また私にそのブローチを」

 彼の右拳が、薄緑色のオーラに包まれる。

(あれって風……かな)

 わずかに拳から発生する気流のようなものを見て、茉理は以前斎と図書室で魔法について自主学習した時のことを思い出した。

(魔法には属性があるんだっけ。あの魔力は多分『風』属性だ)

 自身に魔力はなかったが、普段クラスメイトや生徒会メンバーの魔法を目にしているので、なんとなく魔力には色があり、どの属性魔法を使うかで一瞬込める気のような力に、若干だがその色味が発生する。

 しばらく己の魔力をブローチに込めていた少年は、自身の魔力を込め終わったのか、そっと力を抜いた。

 そして光り輝くブローチを洋子に渡す。

 彼女はそれを受け取って確認し、また自分の両手のひらの上に大切に置くと、呪を唱えた。

 一瞬更にブローチから光がばあっと広がって、すぐに治まる。

 洋子の手のひらに乗った銀色の小鳥ブローチはもう普通の状態に戻っていた。

 彼女はカウンターへ行くと、小さな紙箱を出して薄い包装紙を詰め、ブローチを丁寧にラッピングする。

 赤いリボンをくるくると巻いて出来た花を添えて、可愛い小箱が完成した。

「お待たせしました」

 どうぞ、と彼女は少年に小箱を渡し、代金を受け取る。

(何か雰囲気あるなあ。本当に魔法使いのお店に来たって感じだ)

 注文から一連の動きを見守って、茉理はそう思った。

 それがまるでごく普通の日常であるかのようにやり取りされる売買に、自分がファンタジーの世界に転生したかのような気分になる。

 不思議な気持ちを抱えながら、茉理は嬉しそうに腕を組み、去っていくカップルを見送った。

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