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文化祭はミニチュア街で(私立クリスティ学園シリーズ 魔法使いの生徒会編7)  作者: 月森琴美


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 3階には2階と違う活気が満ちていた。

 階段を上がってすぐの教室は、2年E組である。

「えーと、とりあえずどうしようか」

 英司はそう言うと、思案顔になった。

「すぐ生徒会室に篭ってもいいけど、まず俺の教室に寄ってもいいかな。クラスの皆に説明して、しばらく当番代わってもらわないといけないんだ」

「わかりました」

 二人は早足で二年生の廊下を歩く。

 一年生とは違う企画を出している教室の前を通りながら、茉理は興味深げに目をやった。

(E組はうちと同じようなゲーム形式の企画なのね。D組は展示か。これも面白そう)

 D組の展示は、魔界の植物を育てて飾っているという一風変わったものである。

 教室の扉も廊下側の窓も全開に開いていて、廊下からでも展示内容がよく見えた。

 机の上には、花器に盛られた変わった植物たちがある。

 それぞれの作品の横に植物に関する説明を記したプレートがあり、一見すると珍しい花を生けた華道の発表会みたいだ。

 中にはガラスケースのような覆いをかけられている作品もある。

 茉理の視線に気付き、英司が説明してくれた。

「ケースに入っているのは、直に観賞したら人体に支障が出る花粉や香りを出したりするタイプの植物なんだ。見た目は綺麗だけどね」

「ああいう植物って普通手に入らないですよね。人間の世界には生息していないああいうものを、どうやって採取するんですか」

 茉理は気になって問うと、英司はうーんと腕組みをする。

「俺も採集家じゃないからよくわからないけど、大体の植物は契約魔法で魔獣償還するのと同じ要領で、この世界に償還出来るんだよ。専用の魔方陣があって、その植物の種子や苗木なんかを償還魔法で魔界から取り寄せて薬や攻撃用魔道具なんかに使う。直樹先輩はそっち系が得意だから、興味があったら聞いてみるといいよ」

「そうなんですね」

「ほら、薬とか魔道具とか色々作ってるだろ、あの先輩。材料になる物の事だし、かなりの知識があると思うな」

「そんな感じしますね」

 ある意味にオタクと言いたくなる域にある直樹の研究熱を思い出し、茉理はふふっと笑った。

「ちなみに何をやって、直樹先輩はクラス企画から締め出されちゃったんですか」

「あー、それか」

 英司は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「3年D組は和風喫茶をやることにしたんだけどさ。直樹先輩が自分が調合したお茶や、自動で三色団子が出来る魔道具を提供すると言ったら、その怪しさにクラス全員の反対にあったんだ。ほら、あの先輩のことだからお茶だって団子だって、食べたら一体どうなるかわかるだろう? 絶対にまともな結果には終わらない」

「それはそうですね」

 今まで直樹が作った食品に関して散々な目にあった体験を聞いているので、茉理は強く同意した。

(食べたらうさぎになったり、犬や馬になったり、カボチャになったり……文化祭どころじゃなくなるもんね)

 何かしらの効果を付与してくるので、絶対に直樹の作ったものには関わりたくない。

 茉理自身、帝の彼女選抜イベントでは直樹の薬で体が小さくなったし、食べ物ではないが消毒薬と間違えて投入された薬の効果でからすになったりしたものだ。

(一番被害にあったのって雅人先輩よね)

 彼は直樹が開発した対ちかん対策用スプレーを浴びて、女子に悲鳴をあげられたら蛙に変化してしまうという特異体質になってしまった。

(体育祭は、なんとか山下先輩の協力で乗り切ったみたいだけど)

 その体質のせいで人前に出ることを極力避けなければいけなくなった雅人は、自分の身代わりを横にいる英司にさせている。

 女子と遭遇し、きゃーっ雅人様よと歓喜の悲鳴を上げられそうな所には、英司が変身魔法で雅人に化けて代理参加をしているのだ。

(この先輩も本当に苦労性よね。生徒会もろもろの雑用を一手に引き受けている、実は縁の下の力持ち的な存在だわ)

 人目を惹く美貌を持つ雅人や、帝王のごときカリスマな魅力を持つ帝、ミステリアスかつ冷静沈着な性格が光る直樹、実に儚げで守ってあげたいと思わせる純真さを持つ斎。

 彼らに比べたら英司は一番庶民派で親しみやすいと人気があるが、同時にどこかくせのある他のメンバーに比べたら見栄えがしないという説も学園女子たちの間にはあった。

(こういう人の方が誠実で、お付き合いするのなら一番いいと思うんだけどな)

 茉理は心の中でそう思う反面、実は帝をすでに好きになっている自分が思うことではないかと考えを改める。

「そういうわけで直樹先輩はホール係になってもらいたいってクラス全員で頼んだらしいけど、逆に直樹先輩がそれじゃあ面白くないって拗ねちゃってね」

「それで自ら関わらないことにしたんですね」

「そういうこと。ま、気の毒だけど、クラスの人たちの判断は間違ってないと俺は思うよ。最後の文化祭だから直樹先輩も楽しみたかっただろうけどさ。あの人が手をつけたら、どんどん自分の趣味に走って止められなくなるしね。余計なトラブルの元になりかねない」

「そうですよね。可哀想だとは思いますが」

 茉理は小さくため息をつく。

「だからさ、後野さんにクラスの企画に誘ってもらえて嬉しかったと思うよ、直樹先輩は」

 英司はにこっと笑みを向けた。

「朝からあちこち見せ付けるように徘徊してたしね。あの吸血鬼の衣装着て」

「そうですか」

 役に立ったのなら良かったです、と茉理は答え、英司に小さな笑みを返す。

 そんな会話をしている間に、英司のクラス2年B組に着いた。

「ちょっと待ってて」

 英司は入り口にいたクラスメイトに声をかけ、教室に入っていく。

 茉理は廊下で待ちながら、ふと横のクラスに目をやった。

 2年A組。

 帝のクラスだ。

「ちょっと今の時間、帝様じゃないの?」

「なんか生徒会ではずせない用事が出来たとかで、今日一日出来ないみたい」

「えーっ、そんなあ。せっかく帝様の執事を見たかったのに」

 女子の集団ががっかりした顔で、目の前を通り過ぎていく。

(みなさん、ごめんなさい)

 あきらかに上級生である彼女たちの背中に、茉理は心の中であやまった。

 もちろん彼女だってとばっちりでこうなったが、茉理を翔太の交際申し込みから救うために帝が奮闘しているのは事実。

(今頃どうしてるだろう。腕相撲、大丈夫かな、帝先輩)

 廊下で英司を待ちながら、茉理は胸の内で大切な彼を想い、静かにため息をこぼした。




 1年A組では予想外の展開に、全員が無言で勝敗のついた机と対戦した二人を凝視していた。

 数分前、係りの合図でがっちり右手同士を握り合った帝と翔太。

「両者、いいですか。それでは……始めっ」

 係りの合図で、腕相撲が始まる。

 が、それは勝負にすらならなかった。

 始めの合図と共に翔太の手が、帝の手をあっさり机に打ちつけたのだ。

「あ……超早いやん」

 当然の結果ですけどなあ、と恒星は面白くなさそうにつぶやく。

「やりましたな、流石うちの大将はん」

 体力では負けませんがな、と詠美は得意そうに笑った。

 しかし当の翔太本人は、勝ったというのに顔を真っ赤にして怒鳴る。

「おいっ、伊集院帝っ。どういうつもりだ、お前っ」

 机を凄い勢いでバンっと叩く。

 怒りの篭った一撃で、机は真っ二つに割れた。

 それほど彼の怒りは凄まじかった。

 壊した机を蹴り飛ばすと帝に飛びかかり、彼の襟首に掴みかかる。

「なんで、なんでわざと負けたっ。お前、俺をなんだと思ってるんだ」

「……」

「なんで力抜きやがった。なんでわざと負けた。こんなことして、俺様が勝ったと喜ぶとでも思ってるのか」

 襟首を捕まれながら、帝は静かな目で翔太を見返す。

「なんでだ、なんでだよ、お前は……お前は」

 翔太は激しく帝を揺さぶった。

 ――まるで今までの十年間、挑戦し続けた想いをすべてぶつけるように。

「ま、まあまあ、会長はん。そこまでにしときいや」

 恒星が見かねて割って入る。

「勝ちは勝ちや。景品もらって次行きまひょ」

「ふざけるなっ。もう一度勝負だ。伊集院帝っ」

 翔太はどっかり椅子に座った。

「お前が俺とまともな勝負をするまで、俺はここから動かんぞ。ああ、何日でも居座ってやる。さっさと俺と真剣勝負をしろ。さもないと後悔するぞ。俺はやるったらやるんだからな」

「……わかった」

 帝は静かにそう言うとパチンと指を鳴らし、新しい机を出現させた。

「よしっ、仕切りなおしだ。もう一度やるぞ」

 翔太は机に肘をつき、右手をスタンバイする。

 帝も椅子に着席し、二人の勝負が再開した。

 その結果は――。




 翔太と帝が腕相撲で再戦している時、茉理は廊下で英司を待ちながら2年A組に視線を注いでいた。

(帝先輩のクラス)

 先ほどは色々あって彼の姿をまともに見てはいなかったが、執事とメイド喫茶がコンセプト企画なわけだし、帝は執事服を着ていたはずだ。

(どんな服着ても格好良いし、いつもすごく見栄えがする美少年だし、なんかさっきも登場シーン凄く素敵だったし……)

 思い返せばそんな素敵な男子にお姫様抱っこされて守られた自分。

(しかも幽霊の格好だった。ああっ、せめて制服とかまともな格好してたかったよ)

 さっきの事を思い出し、茉理はうめく。

 女の子としては意中の男子に見せたくない姿であったことは確かだ。

(だからといって他の衣装はなあ)

 奈々が扮していた猫娘は可愛いが、そういう可愛い系の顔立ちではない自分が着たら似合わないだろうし、トイレの花子さんは背中にお笑いが取れる便器を背負い、メデューサは紙で作ったヘビをいっぱいくっつけた鬘をかぶるので更に滑稽だ。

 そんな格好を茉理がして歩いてる所を帝に見られたら、即座に機嫌を損ねてA組の教室をめちゃくちゃにしないか心配だとクラスメイトに反対されたので、幽霊の格好をすることに決定したのだが。

(トイレの花子さんやメデューサよりはましだけどさ。でもやっぱり恥ずかしいよね)

 帝以外の誰に見られても何とも思わないが、やっぱり彼にはせめて普通の姿で会いたかったと思う辺り、完全に彼に恋をしてしまっている。

 ちらりと帝のクラスを見ながら、茉理は先ほどまでの帝とのやり取りを思い出し、顔を赤くしたり青くしたり、まったく落ち着かなかった。

「お待たせ。って……どうしたの? 後野さん」

 クラスメイトとの話を終えて出てきた英司が、ころころ表情を変えて百面相をしている茉理を見て目を丸くする。

「あ、すみません。大丈夫です」

 茉理はあわてて表情を戻し、英司の方に向き直った。

 ちらりと横目でもう一度帝のクラスを見る。

 その複雑な表情を、英司は見逃さなかった。

「A組が気になる? ちょっと寄ってみようか」

「えっ、あ、あ、あっ、いいですよ。別に」

 茉理はあわてて否定する。

「遠慮しないで。やっぱり帝のクラスだし気になるよね」

 ちょっと見るぐらい大丈夫だよ、と英司は茉理の腕を引っ張って隣のクラスに入っていった。



 A組はいつもの教室の雰囲気はまったく消えて、西洋風のカフェに模様替えしていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 受け付けにいたA組の男子生徒が、茉理に丁寧にお辞儀をして声をかける。

「えっ、お嬢様? あ、あの」

 うろたえる彼女に、英司は軽く噴出した。

 しかしそんな彼も、彼女のことは言えない状況になる。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 可愛いエプロンとヘッドドレス、ピンクのフワフワなメイド服を着た女子に、そう声をかけられて両手の指で胸元にハートマークまで作られてしまい、それを見た瞬間英司の顔はびしっと音が出そうなほど強張った。

 それを見て、今度は茉理が口元を押さえる。

(だ、駄目だ。笑っちゃいけない)

 しかしこんな彼を見たのは初めてなので、こみ上げる笑いの衝動を抑えるのが大変だった。

「二名様ですね。お席にご案内します」

 そう言われて体にまだ力の入った状態で、英司はぎこちなく動き、薦められた椅子に座る。

 後ろからついて歩きながら、茉理は教室の様子を観察した。

(すごく雰囲気出てるなあ)

 天下の伊集院財閥の御曹司、帝のクラスの催しという事で、クラス全体の気合の入りようが半端ない。

 教室の机にはシルク製かと思われるほど光沢のある上品なクロスがかかり、椅子にはこれまた同じ生地で作ったカバーとクッションが置かれ、すっかり高級感あふれるカフェに変わっていた。

(1年E組の喫茶店とは雲泥の差ね)

 あっちはビニール製の100円ショップなどで手に入る簡易テーブルクロスだし、飾ってある花も折り紙やフラワーペーパー、モールなんかを駆使して作った造花だった。

 茉理の表情を見て、英司は苦笑いしながら言う。

「帝の家から備品は借りてきたみたいだよ。やっぱりあそこは大きくて古いお屋敷だから、使わないティーセットとかテーブルクロスとか山ほどあるしね」

「なるほど」

 確かに渡された予算内で、これだけの装飾は出来ないだろう。

 あちこちに飾られた生花の薔薇に、高級そうな花瓶。各テーブル用の机の下には丸くて小さなカーペットまでさりげなく敷いてある。

「失礼します。こちらはメニューとなります。お決まりになりましたら、お呼びください」

 別な執事がメニューを持ってきて、丁寧に頭を下げた。

 茉理はメニューを受け取って、目をまたたかせる。

(これを帝先輩がやってるの? この執事風接客を?)

 あの彼がこんな台詞を言って、うやうやしく頭を下げることが可能なのだろうか。

 茉理が思わず考え込んでいると、その顔が面白かったらしく英司は噴出した。

「もう、山下先輩」

「いや、ごめん。今、凄い顔してたからさ」

「だってつい考えちゃったんですよ。ここ、帝先輩のクラスですよね」

 執事の衣装を着てたし、確実に帝も接客担当なはずだ。

「あんな台詞を言ったり、お辞儀をしたり出来るのかなーなんて思ってしまって」

「ああ、それか」

 確かに、と英司は笑いを治めながら続ける。

「俺のクラスで行って来た女子に聞いた話だと、そういう風には言ってないみたいだよ。やっぱり上から目線のえらそうな執事をやってたって」

「やっぱりそうなりますよね」

「でもそれが良いって喜んでたな、女子たちは。妙にかしずかないで『これがメニューだ。決まったら呼べ』とか『よく来たな。楽しんでいけ』とか言われて、逆にテンション上がるーとか、尊いとか言ってたっけ」

「なるほど」

 確かに滅多に見せない彼の姿。逆にめずらしくて受けているのかもしれない。

 メニューを開いて注文を考えていると、嫌な視線とひそひそ声が聞こえてきた。

「ねえ、あの子ってどうして……」

「帝様の彼女なのに、なんで英司君と一緒にいるわけ?」

「もしかして二股? 最低ね」

 茉理は聞きたくなくても聞こえてくる容赦のない批判に、胸が痛くなる。

(これには事情があるんだけど、そんなことわかるはずもないし)

 あれこれ言われてもしかたないと思う状況だ。

 本来ならここで彼女と向かい合って座っているのは、英司ではなく帝のはずなのだから。

(きっとひどい噂になるだろうなあ。文化祭の最中、よりにもよって彼氏のクラス企画に彼氏じゃない男子と二人きりで参加なんて)

 どう考えても最悪の状況だ。

 メニューで顔を隠しながら、茉理はため息をつく。

(やっぱり入らなければ良かったかも)

 彼女のそんな様子を見て、英司はがたっと席から立った。

「山下先輩?」

 驚く茉理を置いて、彼は視線を向けている女子たちの方に向かっていく。

「ねえ、さっきから言ってる事が全部聞こえてるんだけど」

「……」

 いつもさわやかな笑顔の英司に困った顔を向けられて、メイド服の女子たちはさっと顔色を変えた。

「誤解しないで欲しいな。俺が彼女と一緒にいるのは帝に頼まれたからだからよ。彼女と過ごす予定が予想外のトラブルで一緒に回れなくなったから、代わりに手の空いてる俺に、帝が来るまで一緒にいて欲しいって言われただけだから」

「そ、そうなんですね」

 女子たちはあわてて笑顔を浮かべる。

「ごめんなさい。私達余計な事を」

「いいっていいって。誤解が解けたなら何よりだよ。じゃあがんばってね」

 にこっと親しみやすい笑みと共に、英司はまた席に戻った。

(凄い、山下先輩)

 自分は縮こまるしかなかったのに、堂々と彼女たちの前に立ってかばってくれた。

「ありがとうございます」

 茉理は戻ってきた英司に頭を下げる。

「大したことじゃないよ。俺もちょっと聞いてて気持ちの良いものじゃなかったし。誤解はその場で解いておいた方がいいしね」

 さ、注文しよう、と言って、英司はメニューを覗き込み、二人分のアイスレモンティーを頼んだ。

 しばらく待つと、メイド役の女子がお盆に注文したアイスティーを二つ載せて持ってくる。

「美味しそう」

 茉理はコップに差し込まれたストローに口をつけ、アイスティーを飲んだ。

 氷入りのすっきりしたアイスティーに、いつの間にか乾いていた喉がうるおっていく。

「あー、美味い」

 ごくごくと飲み干し、英司はコップをテーブルに置いた。

 茉理はその平和な様子に、思わず微笑む。

 英司はよほど喉が渇いていたのか飲料が出てきた瞬間、コップからストローを抜いて直に飲み干してしまった。

「すみません、これ、もう一杯いいですか」

 彼はからになったコップを右手で持ち上げて、追加の注文をする。

「お待たせしました、ご主人様」

 先ほど茉理の事を口にしていたメイド女子が、にこやかにおかわりのコップを持ってきた。

 そして茉理に向かって頭を下げる。

「さっきはごめんなさい。つい気になってしまって」

「いいえ。大丈夫です」

 出来るだけ笑顔を見せて、茉理は答えた。

「あの、それより帝様は突然どうしたんですか。何かはずせない用事が出来たから、今日は当番できないって伝言が来たんですけど」

 彼女は少し困ったような顔をする。

「本当は今の時間、帝様が当番だったんですよね。色々お忙しいのはわかってますけど」

(そうよね。さっきも帝先輩目当ての人たちが、残念そうにしてた)

 茉理は英司にばかり頼ってはいけないと思い、口を開いた。

「あの、突然お客様が来てしまって」

「お客様?」

「天の川学園の生徒会の人たちです。会長と副会長と書記だったかな。生徒会長自らうちの学校の文化祭を見学に来たので、こっちも生徒会長が接待しないといけないって感じになっちゃって」

「そうだったの。それはしかたないわね」

 彼女は納得してうなずく。

「ではごゆっくりお過ごしください」

 最後にまた笑みを見せて、彼女は厨房エリアになっている教室の後ろ側に引っ込んだ。

 英司は、今度はゆっくりストローからアイスティーを飲む。

「いやあ今の説明は良かったよ。ごめん、俺は咄嗟に何も思いつかなくて」

 助かったよ、と彼に微笑まれ、茉理は自分も少し役に立ったかなと感じてちょっと嬉しくなった。

(当たり前の事してるだけなんだけどね)

 コップに挿したストローを指で動かして、思わずかき回す。

 アイスティーの中で、からんと氷がコップとぶつかって動く音がした。

「あーあ、それにしても参ったなあ」

 英司は両手を頭の後ろに組んで、天上を見上げる。

「一応天の川学園から見学に来るって事は知ってたんだけどさ。断るわけにもいかないし、当日は様子見しつつ出来るだけ関わらないようにしようって、生徒会のみんなで言ってたんだ。まあ、無理だってわかってたけどさ」

「そうだったんですか」

「でもまさか君に告白してくるとはね。こればかりは予想出来なかった」

「告白って別に……わたしが好きだから、天の川先輩は告ってきたわけじゃないですし」

「うーん、そうなんだけどさ」

 微妙だよなあ、と英司はぼやく。

「何か俺は後野さんに一目ぼれしたんじゃないかなって思ったんだよね。だってあの天の川翔太だよ。いくら帝に勝つためとはいえ、自分の彼女にしたいって言う女の子は、何の感情もなく誘うような奴じゃないと思うんだ」

「そんな馬鹿な」

「意外とあいつって自分の学校じゃ人気あるみたいだよ。もちろん話は通じないし、かなり自分中心でご都合主義っぽい発言ばかりだけどさ。何故か人望を集めるんだよね」

「……」

「照れ隠しに帝に勝つためとか言ってるけど、もしかして少しは君を想ってるかもしれないよ」

「冗談はやめてください」

 茉理は、ぶるっと身を震わせた。

「あの人に想われるなんて最悪です。本当に関わり合になりたくないんですから」

「まあ、気持ちはわかるな。俺が女子でもそう思う」

 アイスティーを一口飲んで、英司は同意する。

「帝にまかせておけば大丈夫だよ。あの連中なんて、帝が本気出したら一掃出来るしさ。直樹先輩も側にいる。いざとなったら俺や雅人先輩や斎も出るし、心配しなくても丁重にお帰りいただくよ」

「よろしくお願いします」

 頼もしい英司の言葉に、茉理はお願いする以外の言葉を持たなかった。

 そんな彼女を見て、何気に思いついたのか英司はつぶやく。

「なんか体育祭過ぎた頃から、最近ちょっと帝の様子が変わった気がしてね、俺達」

「え?」

「あ、俺達って生徒会ね。どう言ったらいいんだろう。なんかさ、帝ってずっとイキがって帝王ぶって、そんな姿がすっかり板についててさ。俺も正直それが帝の本質なのかなって思ってたんだよね。でもさ、時々無理してるっぽかったんだ。なんだろう、これは言い方が変だよね」

 英司は首をひねりながら、言葉を選んで続ける。

「一生懸命強い王様でいようとしてた……うーん、これも違うな。何だろう、どう言えばいいのかわからないんだけど」

 茉理は英司の話を聞きながら、何となく言いたい事がわかるような気がした。

(帝先輩の二重人格の事ね)

 英司はどこまで知っているのだろうか。

 幼い頃からの知り合いだと言っても四六時中同じ家で生活してたわけじゃないだろうし、時々遊びに行った時に帝が見せる姿が、彼の知る帝自身のすべてのはずだ。

「でもさ、最近そんな帝の顔が、ちょっと変わった気がする時があるんだ。前よりお礼を言われたり、笑顔を見せる回数が増えてさ。正直そんな時の帝って、まるで別人みたいだったりするんだよ」

「そうですか」

 茉理は自分だけじゃなかったと思い、ちょっと嬉しくなる。

(ちゃんと帝先輩は少しずつ自分を克服してるんだ。心の奥に閉じ込めたB君のことを認めて、身近な人の前でも姿を見せている)

 いずれきっとA君とB君の距離は近づき、帝の心の中で共存していくだろう。

(わたしだっていろんな自分がいる。心の中にきっと)

 我侭だったり、涙もろかったり、落ち込んだり、はたまた嬉しくてつい調子に乗ってしまったり。

(いろんな自分がいていいんだ。それが少しずつバランスを取って、本当の自分になる)

 否定するのではなく、それは自分自身だと受け入れて大切に抱きしめる。

 それが出来たとき、きっと帝はもっと心が安定して、本当に強くなるだろう。

 体育祭で見せた不安定な負の感情に飲み込まれることなく、自分の心の中でそれと戦って打ち勝つ力を得る。

 ふと気になって、茉理は英司に問うた。

「あの、山下先輩は、そういう風に今までと違う帝先輩をどう思いますか」

「どう思うって?」

「えーと、その……こんなのは帝先輩らしくないとか思って否定しちゃうとか、嫌いになるとか」

「まさか」

 英司は目を丸くする。

「ちょっと驚くけど、むしろ嬉しいぐらいだよ。なんか今までと違う帝って、全然無理してない気がしてさ。自然っていうか、肩の力が抜けてるっていうか、とにかく一瞬えって思うけど、帝は帝だし」

「そうなんですね」

 良かった、と茉理は頬を緩めた。

(帝先輩は大丈夫だ)

 周囲の人たちは、ちゃんと帝をありのまま受け止めてくれる。

(きっとわたしが、もう側にいなくてもいい。帝先輩には支える仲間がちゃんといる)

 彼との交際は来年の三月まで。

 そのあと春が来て学年が変わったら、帝はまたイベントを開いて新しい彼女を選ぶだろう。

 茉理は喉に少し沁みる何かをアイスティーの酸味のせいだと心の中で思いながら、残りのお茶を飲み干した。

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