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第46話 地下の玉座

夜の空には見事な満月が浮かんでいる。


俺たちパーティーは交易商の馬車で、王都から出発した侯爵の馬車を尾行して、別宅まで来た。

侯爵はもう別宅の中にいる。


別宅から少し離れた場所で身支度を整えて、女神像回収計画の最終確認をした。


「じゃあ、

 そろそろ行こう」


「しかしロレス。

 とんでもない屋敷だな。

 これが別宅だなんて

 信じられない」


満月の光に照らされている侯爵の別宅は、ガイナスがいうように別宅というにはあまりにも巨大だった。


屋敷としては堅牢すぎる石造りの外壁。

まるで小規模な城のような威圧感を放っている。


門の前まで歩いて来た。

門は分厚い鉄でできていて、左右に立つ二人の門番は槍を手に無言のままこちらを睨んでいる。

簡単には通さないぞという意思が、その立ち姿から伝わってくる。


俺は勇者特典の【各国の王族貴族への面会の権利】を門番に伝えた。

門番は屋敷の中には侯爵などいないと短く返してきた。

ならばと【住宅の探索権(但し犯罪捜査時)】を伝えるが相手にされない。


勇者だというのも信じてもらえない。16歳の少年少女パーティーは完全に舐められている。


……でも大丈夫。こうなる可能性は想定していたから。


俺たちの後ろからひとりの女性が出てきて、門番の前に立った……勇者特典担当のミズリムさんだ。

ミズリムさんは勇者特典の説明で会った時と何も変わらず、青みがかった黒髪ロングヘアーでタイトなスーツ姿だ。


ミズリムさんは手帳型の携行証を開いて、門番たちに見せた。

警察手帳を見せる刑事さんみたいな感じだ。


「私は王都行政局

 勇者特典執行課の

 認定官吏ミズリム・エイラン。

 現在、正規手続きを経て、

 【住宅の探索権】の臨時発動中です」


そして官印と署名の入った通達書を示した。


「この書類は王都第三法務局にて登録済。

 今ここで立ち入りを拒めば、

 あなた方の非協力な態度は記録され

 罪に問われる可能性があります」


門番たちはひそひそと話し合っている。


「屋敷の中に行ってきますので

 ……しばらくここでお待ちを」


侯爵に判断を委ねたいのだろう。

しかしミズリムさんはそれを許さない。


「中には入らないで下さい。

 あなたに証拠隠滅の疑いが

 発生しても

 よろしいのですか?」


「ぬ……ぐぐ……」


門番は黙って門を開けた。


「ミズリムさん、

 ありがとうございます。

 ここからは俺たちが

 やりますので」


「頑張ってください勇者様。

 応援しています」


ミズリムさんに見送られて、俺とアリーアとガイナスはこの城のような屋敷の中に入った。


中庭を抜けると、主屋の入り口が目の前に現れた。

扉の前のノッカーで合図を送ると、内側から鍵の外れる音がいくつも重なって聞こえた。


暖かなランプの光が扉から漏れ、1人の優しげで、どこか虚げな美女が出てきた。

女性は肩までの黒髪をゆるく巻いて、深紅の上着の隙間からレースの下着がのぞいている。


この人が……侯爵の愛人さん……。


「あら……。

 随分と若いお客様ね。

 何のご用?」


「侯爵に会いに来ました」


女性は少しだけ笑みを浮かべた。


「とりあえず、

 どうぞ……」


中に入ると、玄関広間には高い天井にはシャンデリアが吊られていた。

それも水晶と金を過剰に使った派手なもので、輝きよりも「見せびらかしたいだけ」のものに感じられる。


この空間でまず目に入ったのは半裸の女性像や、艶めかしく体をくねらせた無数の彫像だ、

それらは芸術品というには、あまりにも猥褻だった。


この屋敷は欲望と金のにおいに染まった奇妙な展示室のようだった。


「私の名前はシシリ、

 ここで暮らしているわ。

 ……侯爵様はいないわよ」


「いえ……いるはずです。

 満月の夜は

 必ずここに来る事は

 わかっています」


「……会ってどうするつもり?」

 

「集めている女神像を

 村に返すように話をします」

 

「女神像?

 この部屋を見てもらえればわかるけど

 侯爵様はたくさんの像をお持ちだけど

 女神像なんてあったかしら……」


「その女神像はどれも小さいものです。

 魔を退ける力があって

 像が盗まれた村は苦しんでいるんです」


「盗まれた……村が苦しんでいる……。

 あなたはその村の人達を

 救いたいのね。

 侯爵様が返すとは思わないけど」


シシリさんは俺の目をじっと見つけた。


「綺麗な目ね。

 こんな綺麗な目を見るのは

 いつぶりかしら」


寂しそうな笑みを浮かべるシシリさんは窓の方を見た。

そこには大きな満月が浮かんでいた。


「私は随分前に希望を失った。

 ここで生きていこうと諦めたの。

 ……平民には

 どうにもならない事だからって」

 

俺は借金のカタに貴族の妾にさせられそうになっていたアリーアの事を思い出していた。

もしかしたらシシリさんも同じような経緯でここにいるのかもしれない。


「侯爵様は

 なにかよくない事をしてる。

 でも私はただ怖くて

 見て見ぬふりをしてきた。

 不思議ね、あなたの目を見たらね。

 忘れていたはずの怒りとか、悔しさとか

 ……全部、戻ってきたみたい」


シシリさんは火の気のない豪奢な暖炉の前に立った。


「この屋敷は元は王族の城。

 だから特別な仕掛けがあるの。

 侯爵様はこの下にいる。

 女神像もきっと、一緒よ」


そう言って煤で黒ずんだ壁面に手をかざす。

カチリ、と乾いた音が響いた。


目に見えない仕掛けが作動し、暖炉の床の石板がゆっくりと左右に割れた。


やがて奥底から風がふっと吹き上がる。


「気をつけてね。

 彼は恐ろしい男だから」


俺たちは暖炉の床下に入り、石でできた螺旋階段を降りた。

ひんやりとした空気とともに甘ったるい匂いが鼻を刺した。

その匂いは下に降りるほどに強くなっていく。



薄暗い地下の広間の壁には等間隔に燭台が並んで、赤い炎がゆらめいている。


上の玄関広間と同じようにここにも裸の女性像が置かれていた。

像は城の兵士のように剣を構えている。


奥には王の玉座のような椅子があり、そこに侯爵が上着を脱いだまま、だらしなく腰かけていた。


侯爵の頬は紅潮して、呼吸はわずかに乱れている。

玉座の足元には、中身のこぼれたワインの瓶、踏み潰された花束が散らばっていた。


広間の壁際には、檻や鎖が設けられていた。

そこに囚われているのは、肌をかろうじて覆うような薄布をまとった女性たちだ。


女性たちは信じられないくらい美しかった……だけど俺がこの世界で見てきた女性とは違っていた。


肌の色、額の小さな角……その特徴は実際には見た事はなかったけど本で知っていた魔地に住む人たち……魔族だった。


彼女たちは、ただ無機質な瞳でこちらを見つめている。

その視線に怒りも悲しみも浮かばないことが、むしろ胸を苦しくさせる。


——ここで何をしていたかなんて、言われなくてもわかる。


「……まったく、

 何の前触れもなしに現れるとは。

 平民出の勇者殿は、

 礼儀というものを知らんのかね」


上着を片手で羽織りながら、侯爵は玉座から立ち上がった。

そして玉座にぐったりと寄りかかっていた魔族女性の髪の毛をつかんで立たせた。


「なにしてるんだ!?

 乱暴なことはやめろ!」


「乱暴?

 勇者殿に興味深いものを

 お見せしたいだけだ。

 ……おい、まっすぐ歩け」

 

侯爵に命令された魔族女性はまっすぐ歩き、俺たちを通り過ぎていった。


バチィッ! 大きな音が響く。


俺たちが降りてきた螺旋階段の近くで、全身にプラズマの光が花火のように散った彼女は倒れた。


アリーアがすぐに魔族の女性に駆け寄った。

女性を抱き起こしたアリーアは心配そうな顔で声をかけている。


「ねえ! 

 大丈夫!?」


「……はい。

 結界に……触れたので

 しばらく動けませんが……」


「あなたって魔族よね。

 どうしてこんな場所に……」


「父のための薬草を……集めている時に

 突然……さらわれてしまいました。

 他の子たちも私と同じように

 ……集められています」


自分の欲望のために女性たちを拉致……俺は侯爵を睨みつけた。

侯爵はまた玉座に、ふんぞりかえるようにして座った。


「普通の女にも飽きてしまい

 魔族の女を手に入れたいと

 思うようになってな。

 しかし魔族は怪しげな術を使う。

 ……そこで目をつけたのが

 大昔の勇者が作った女神像だ」


俺はこの部屋の中をぐるっと見回して観察した。


あった……床や天井付近にいくつもの女神像が置かれている。


「女神像の力で結界を作って、

 魔族の女性たちの力と

 逃げる手段を奪ったんだな。

 ……どれだけの人を苦しめれば

 気が済むんだ!

 女神像を村々へ戻せ!

 魔族の女性を解放しろ!」


「平民ごときが指図か?

 …………私を誰だと思ってる」 


侯爵は玉座から立ち上がった。


「我が名において命ずる。

 侵入者を殺せ……魔導兵装人形(アームド・ドール)よ」


ギギギギギと機械的な音がこの広い地下室に鳴り響いた。


数体の剣を構えた裸の女性像が……ただの彫刻だと思っていたのに動き出した。




次回『第47話 最後のパーティーメンバー』

お読みいただきありがとうございます!

次回は「ロレスが勇者特典を活用して、侯爵を逃がさない」というお話です。

この物語は全50話で完結しますので、のこり4話となります。

もし少しでも面白いと感じましたら、ブクマや評価で応援して頂けると嬉しいです!

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