第五話 駄菓子屋 珍竹林
神流村。千三百人ほどのこの小さな村は、あまり娯楽という娯楽がなかった。映画館、アミューズメントパーク、サーカス。全て数駅離れた町に繰り出さなければ、娯楽施設はない。そんな村の子供達の楽しみの一つとして、駄菓子屋"珍竹林"がある。村の中心地からは少し離れた河川敷の側にある駄菓子屋。店の裏にある竹藪が目印のこの店は、昔から村のちょっとした名物であった。学校帰り、子供達はこぞってこの駄菓子屋に集まり、決まってアイスキャンディーを買う。
八重子もそんな子供達の一人だ。畑道を抜け、八重子は夢美を連れたまま駄菓子屋の暖簾を開け放った。コインケースが置かれた棚の側にいた小太りの少年が、小さな客を一人ずつ見ている。見慣れない制服を羽織った少女に、少年は面食らっていた。
「おっ! 耕助じゃん。今日店番なん?」
「父ちゃんと母ちゃん、お盆の準備で忙しくてさ。今日一日僕が店番なんさ」
耕助と呼ばれた小太りの少年は、照れ臭そうに頭を掻く。横縞柄のポロシャツの襟であおぎ、耕助は麦茶の入った水筒をがぶ飲みした。夢美は見た事がない駄菓子の陳列棚を、興味津々に見ている。
「あれ? 君誰? なんかここいらじゃ見ない格好だね」
「わ……私……」
「夢美ちゃんっていうの。ほら、東京に行ったっていう倉賀野のばあちゃんの孫だよ」
耕助に見られて動けなくなっている夢美を手助けするように、八重子は答える。うまく言葉が出ずに、夢美はもどかしい気持ちになった。東京の二文字に、耕助は眠たげな細めの目を見開く。
「じゃあ、"くれぇぷ"とか食べたことあるの?」
「クレープ?」
都会の話題に鼻息を荒くする耕助。八重子もクレープの単語が出た途端、胸が躍る。夢美はクレープこそ知ってはいたが、食べたことはない。果てしなく続く高層ビルと、忙しなく行き交う電車。室内にいた夢美にとって、窓の外から見る光景が東京の全てだったのだ。
「ごめん、私。クレープは食べた事ないんだ」
「そうなんだぁ。あのたっぷり入ったクリームにチョコレートシロップ、なっからうんめぇだんべなぁ」
夢美の言葉に、八重子も耕助もがっかりしたようにため息をつく。二人の期待に応えられず、夢美も申し訳なさそうに肩を落とした。もしかしたら、村に馴染めるチャンスだったかもしれない。そう思ったのだ。店には無いクレープを想像し、耕助の腹の虫が鳴る。
「想像したら甘いもん食べたくなっただんべね。耕助、ちょっと駄菓子まけてくれんかな?」
「勘弁してよ。僕、お金勘定合わんかったら父ちゃんにぶっ飛ばされるだんべ」
悪戯げに話す八重子に、耕助は顔を赤くして憤慨する。八重子はあっかんべーをしながら、駄菓子の陳列棚まで歩き出した。夢美も八重子の後に続いて、駄菓子を見る。金貨型のチョコレートに、小さなボックスに入ったブドウ味のフーセンガム。色とりどりの三角型のキャンディーが夢美の目を惹いた。八重子は手早く好みの駄菓子を取っている。夢美が陳列棚の駄菓子を一通り見終わった頃には、八重子は両手いっぱいに駄菓子を抱え込んでいた。キャンディーが所狭しと八重子の手から溢れ出る。
「えへ、なっから取っちゃった」
満面の笑みを浮かべる八重子に、夢美はつい苦笑いしてしまう。夢美も駄菓子を手に取り始める。甘い物に縁がなかった夢美は、黄色いパッケージのキャラメルが気になった。陳列棚に近づきてさ、手に取ると夢美はふと、隣に気配を感じ取った。見るとそこには、煎餅と睨めっこしている忠治がいる。決めかねているのか、忠治は忙しなく目を動かしていた。
「げっ、ワラジ」
八重子の声に、忠治は驚いて振り向く。八重子は思わず、両手いっぱいのお菓子を落としそうになった。忠治は八重子にも驚いていたが、隣にいる夢美にもギョッとしている。昨日と同じ目を向けられ、夢美の身はすくんだ。
「八重子、なんでオメェ、よそもんと一緒にいるんだ?」
「よそもんじゃないよ。久しぶりに帰ってきただけだんべ」
忠治は夢美と一緒にいる八重子すらも怪訝な顔で見ていた。夢美に気づくと、忠治はそそくさと駄菓子を隠そうとする。
「今更何の用だべ? 東京の奴がほっつき歩いてんじゃねぇべよ」
訛りで舌を巻いているが、はっきりとした口調で忠治は夢美に敵意を向ける。夢美は忠治を見て口籠もる。"よそもん"。"東京の奴"。久しぶりの故郷が、夢美を拒むのだ。夢美の呼吸が浅くなり、胸が苦しくなっていく。思わず夢美はキャラメルの箱を落としそうになった。
「ちょっとワラジ! そんな言い方はないだんべ!」
「そ、そうだべ。夢美ちゃんがかわいそうだよ」
「オ、オメェらもよそもんの味方するのかよ!?」
忠治は夢美だけでなく、三人に敵意を向けた。三人の目に囲まれ、忠治はバツが悪くなる。何も買わずに、忠治はそそくさと駄菓子屋を出て行った。暖簾がまだ出て行った余韻を残して揺らめく。夢美の心臓も、まだキリキリと痛んでいた。顔色が悪い夢美を見て、耕助はコップに麦茶を注ぎ、夢美に手渡す。
「だ、大事けぇ? 夢美ちゃん」
「う……う……うん」
夢美は蚊の鳴くような小さな声で答える。震える手でコップを持ち、麦茶を少しずつ流し込んだ。麦茶の冷たさが、夢美を落ち着かせる。
「あんな奴、気にせんでいいよ」
八重子が腹立たしげに地団駄を踏む。八重子と耕助から励ましの言葉を受けてもなお、夢美の不安は募るばかりだ。言葉として、村への不安は夢美に降りかかった。陳列棚に落ちて、へこんだキャラメルの箱が、不気味にそこに佇んでいるように見えた。




