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第二十四話 村のこれから

 神社まで戻ると、何やら人だかりがいた。ワインカラーのスーツに身を包んだ男が、時計を何度も見ている。男の取り巻き達も、皆スーツ姿だ。ワインカラーの男は煌びやかな装飾の指輪を何個も指にはめており、ポマードで髪をオールバックに固めている。長年の積み重ねで刻まれた眉間の皺は、見る者に厳格な印象を与えていた。顔中に彫られた皺は、この男の生きた年齢よりも長い苦労が見える。オールバックの男は、大熊を担いだ月夜野を見るなり顔を顰めた。月夜野は逆月を地面に下ろす。舌を垂らしたまま、逆月は白目を村人達に向けていた。ジャケットに付着した黒い毛を、月夜野は払う。


「遅くなって悪いね、龍蔵さん。ちょっと悪たれを懲らしめたところでね」


「そ……それは逆月《さかづき》だんべか……!?」


仰向けに倒れる熊の胸元を見た途端、村人達は恐れ慄く。だが、龍蔵と呼ばれたオールバックの男だけは表情一つ変えなかった。冷酷な表情を月夜野と鎮に向けている。


「生憎だが、私達は今日熊を見に来たわけではない。取り潰される前の神社を見に来たのだ」

 

龍蔵は神社の柱を一撫でする。剥げかかった柱の朱は、すぐに崩れ落ちた。鎮の瞳が恐怖に震える。


「君も知っての通り、そこにいる元総社の父親は私に多額の借金をしていてね。返せないのならこの土地を私に返してもらいたいのだよ。こんな神社、村からしたら負の遺産だ。だから、返事は慎重に頼むよ」


龍蔵は言葉遣いこそは柔らかだが、有無を言わさない圧があった。嫌とは言わせない。柱を叩く彼の指は、そう言っているようであった。鎮は返答を待っている冷たい視線に、何も言えないでいる。


「俺はただの養父だが、この子に借金を払う義務はない事はハッキリさせたいね」


「そうにはいかないのだよ。元総社の家の人は、もうその子しかいないからね。後見人の身である君も、それは分かっているだろう?」


龍蔵は葉巻に火を付け、神社の柱に押し当てた。黒い焦げ跡が、焼き印のように柱に付く。月夜野は唇を噛み、拳を握り締める。


「パパ!」


裸足でも構わず、譲が龍蔵の元に走る。ただならぬ様子の我が子を見た途端、龍蔵の表情が一気に強張った。片足から血を滲ませ、ブレザーの端が切り裂かれている。息子の血を見るなり、龍蔵はハンカチで息子の足を拭く。


「譲! どうしたんだ、その傷」


「パパ、お願い! この神社を壊さないで! 鎮は僕を助けてくれたんだ!」


怪我に目もくれず、譲は父親に懇願した。そこには村長の息子という虚勢はもうない。瞳を震わせ、ただ一人の少年として、譲は父親を見た。龍蔵はかつて一度も反抗した事がない息子を呆然と見ている。


「だ、だがな、譲。これは前から決まっていた事なんだよ。この神社は取り壊す。村から人がいなくなっていく今、神社は維持できないんだよ」


「神社が必要な人だっているんだよ!? 今ここに!」


譲の隣に、子供達が進み出る。ボロボロになった子供達だが、スーツ姿の大人達を恐れはしなかった。自分の目の前に現れた子供一人一人を、龍蔵は知っている。悪ガキのワラジに、じゃじゃ馬の八重子。駄菓子屋の息子の耕助。そして遠い昔に村を離れた少女がいた。子供達は鎮を守るように大人達の前に立ち塞がっている。


「どかせるもんならどかしてみろ!」


「鎮の居場所は奪わせはしないべ」


「村長さんだからって関係ない。誰もこの場所を奪う権利はないんだんべ!」


大人達は忠治達を取り押さえようとするが、子供達は激しく抵抗する。子供達の抵抗に合い、大人達も手を出すことはできなかった。夢美は拳を握り締め、龍蔵の前に出る。


「お願いです、村長さん。鎮の居場所はここしかないんです。たった一つの居場所を奪う理由は、どこにもないはずですよ!」


大きく息を吸い込み、夢美は懇願した。心臓が暴れ出しても、夢美は胸を押さえて立ち続ける。

 龍蔵の虚ろな瞳が震えていく。無言で拳を握り、龍蔵は後ろを向いた。龍蔵は肩を震わせ、俯く。


「…………帰るぞ、譲。この神社はもう彼らのものだ。私の手には余るものとなってしまった」


「え? それって……」


譲は恐る恐る父親に駆け寄る。大人達も子供達から手を離し、呆然と龍蔵を見ていた。


「しかし村長……。借金の件は…………」


「もういい。未来を担う子供達の居場所までも、奪いたくはないからな」


龍蔵の言葉に、鎮は思わず顔を上げた。龍蔵はまだ僅かに肩を震わせている。月夜野は目の前の光景を疑うように、サングラスをずらす。龍蔵達は石段を降りて行く。


「これからの村は、この子達が支えて行くのかもしれんな」


冷酷さが消えた、穏やかな声が、石段の下から聞こえて来る。スーツ姿の大人達が見えなくなるまで、子供達は石段を見つめていた。まるで自分達に託された未来を噛み締めるように。


 月夜野は一息つくと、逆月《さかづき》を担いで再び林道へと歩いて行く。勇敢な子供達を一人一人見つめ、月夜野は静かに笑った。


「鎮、いい友達ができたな」


鎮は林の中に消えて行く月夜野を見つめていた。夢美は鎮の顔を見る。ここにいていいと言われた鎮は、瞳を震わせていた。自分の居場所を噛み締めるように、鎮は甚平の端を握っている。その横顔からは、寂しさが消えたような、どこかしがらみがなくなったような晴れやかさが見えた。

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