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第十八話 ジューク

 夢美達は、しばらくアイスキャンディーを舐めていた。昼下がりの涼しい風が、窓から吹き抜けていく。しばしの静寂が続いた後、一人の少年が暖簾をくぐって来た。夢美以外の誰もが、その少年を見て顔をしかめる。テクノカットの少年は、夏にも関わらず紺色のブレザーを見に纏い、金色の真鍮でできたボタンを輝かせていた。焦げ茶色の目は細く、やや釣り上がっている。黄土色のデッキシューズを鳴らしながら、少年は胸を張りながら店の中を見た。神経質そうに埃を払い、少年は飲み物が入ったクーラーボックスを品定めする。夢美達と同じくらいの歳と思しき少年だが、背筋を張った佇まいは、少々ませていた。忠治は気に入らなそうに、バットを地面に擦り付ける。耕助も落ち着かない様子で、レジ越しに少年に視線を忍ばせた。


「ジューク……。何しに来やがった……」


「相変わらず失礼な奴だね、ワラジ。僕はただ買い物に来ただけだよ」


ジュークと呼ばれ、顔をしかめる少年。忠治は声のトーンを一段と落とす。まるで威嚇しているようだ。少年は淡々とした口調だったが、忠治に敵意のある視線を向けていた。鼻をふんと鳴らし、少年はクーラーボックスから蜂蜜檸檬《はちみつれもん》の缶を取る。クーラーボックスの蓋には、蜂蜜檸檬、百五十円とマッキーで書き殴られていた。


「うわ。"ジューク"、高いヤツ買ってるべ」


八重子がこっそり夢美に言う。少年は色とりどりの糖衣付きのチョコレートと、箱菓子をいくつかカゴに入れた。


「"ジューク"?」


「"生意気な奴"ってこと。あいつ村長の息子だからって調子こいてんだべ」


テクノカットの少年は耕助の前にカゴをどさりと乗せる。少年は黒い長財布をポシェットから出す。折り目一つ付いていない千円札を、少年は耕助の目の前に突き出した。耕助は面倒臭そうに勘定をする。


「はい、お釣り」


お釣りの五百円を、耕助は悪態をつきながら乱暴にレジ棚に置いた。普段の温厚な耕助なら絶対にやらない事だ。眉をひくつかせなざら睨む耕助を、少年は嘲笑う。


「君が店員なら、愛想笑いの一つでもしたら? こんな安物の店に来てやってんだからさ」


「そうかい。じゃあ、安物のサービスでもくれてやるべ」


嫌味を言う少年に、耕助は板状のすり身で作られたお菓子を投げつけた。少年はため息をつき、すり身菓子をポケットに入れる。少年は貧乏臭い子供達の中に、一際浮いた存在に気づく。明らかに村の子ではない。テクノカットをかき上げて、少年はその少女を品定めするように見る。子供のものとは思えない、冷たい視線に見透かされ、夢美も居心地の悪い思いが込み上げた。


「驚いたな。外の子がここに来てるんだ」


「外の子じゃないわ。夢美ちゃんだ、ジューク」


八重子が夢美を庇うように立ち塞がる。八重子の擦り切れた運動靴を見て、少年は皮肉げに口の端を歪ませて笑った。忠治も耕助も、少年の悪意がこもった笑いに、腹を立てている。


「なら、僕にも吾妻《あづま》 譲《じょう》って言う名前があることも知っててほしいな、広沢。どんなに都会の子らしく振る舞っても、君のボロい身なりは田舎者のそれだよ」


ジュークこと、譲は慇懃無礼《いんぎんぶれい》な態度で、八重子の靴を指差す。八重子は慌てて靴を見るが、すぐに拳を握る。忠治は手にしたバットで殴りかかりそうな勢いだ。


「いい加減にしやがれ、ジューク。それ以上言うならこっから出てけ!」


「いいのかい? 僕がお願いすれば、こんなボロボロの駄菓子屋も、君の家の畑も一瞬で潰せるんだよ。あの神社みたいにね」


「あの神社……!?」


無意識のうちに、夢美は呟く。譲は、初めて口を開いた夢美に驚いた。忠治は怒りで震える手を押さえ、小刻みに呼吸をする。


「おや、知らないのかい? パパの計画でね。あの神社はもう壊すんだ。くだらない龍神伝説も、僕が暴いてやるんだよ」


「そんな……! そんなことしたら……!」


夢美の胸がズキズキと痛くなる。彼らの居場所が今、鋼の手によって蹂躙されようとしているのだ。彼らだけの居場所に、人が押し入ろうとしているのだ。夢美の胸が、残酷な現実に貫かれる。しゃっくりをするような呼吸が止まらなくなってきた。


「どうして君が気にかける必要があるのかい? ……まあいいや、とにかく僕には逆らわない方が身のためだよ」


夢美の心臓は張り裂けそうなほど痛む。譲はそんな夢美の姿も目もくれず、村の子供達に目配りをした。忠治も八重子も、耕助も今にも掴み掛かりそうだったが、足をその場に踏み留める。


「まあ、これは貰っておくよ」


譲は包み紙を開き、板状の魚のすり身を口にする。甘だれが付かないように、譲は神経質に包み紙越しにすり身を出す。痩けた頬を動かし、譲は一口ですり身を口にする。

 途端、鼻を突くほど強烈な辛さが、一噛みするごとに譲を突き抜けた。染みるような辛さに、無意識に譲の目元から涙が搾り出される。舌を突き出し、譲は悶絶して足をばたつかせた。


「げぇっ! なんだこれは!?」


口を押さえ、譲は吐くのを我慢する。耕助はゲラゲラと笑っていた。欠片が喉に張り付き、強烈な辛さが走る。


「はっはっはっ! 馬鹿だべ。普段駄菓子買わねぇからわさび味と蒲焼き味の区別がつかねぇんだよ!」


「この僕にこんな事して、ただで済むと思うなよ! ひぃーっ! 辛いーっ!」


口をパクパクさせながら、譲は悪態をついた。髪を振り出しながら、譲は暖簾を跳ね飛ばして逃げていく。耕助は腹を抱えて笑っていた。笑いすぎて、耕助は涙目になる。忠治と八重子も大声で笑っていた。


「やっぱりアイツ、ジュークだべ! わさび味も食えねぇなんてな!」


「本当本当、村長の息子だからって何だべ? 偉いんか?」


忠治と八重子は口々に譲を笑い飛ばす。だが、夢美は放心したままであった。神社が、鎮の居場所が無くなるかもしれない。夢美は不安に押し潰されそうだ。うずくまる夢美を見て、子供達の笑いは凍りつく。


「だ、大丈夫? 夢美ちゃん」


八重子が夢美の背中をさする。温かい手に触れられ、夢美は我に返った。子供達が心配する視線が、夢美に集中する。


「……わ、私は大丈夫……」


「顔色悪いべ。どっか調子が悪いんじゃない?」


夢美は胸を押さえながら、耕助に弱々しく笑いかけた。夢美の顔は彫像のように白い。


「平気よ、大丈夫」


自分にも言い聞かせるように、夢美は大丈夫と反芻する。夢美の頭の中は、ある気持ちで溢れかえっていた。


 行かなければ、あの神社に。独りぼっちの彼の、たった一つの居場所を守るために。

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