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Level2-2

「ここだわ」


 お嬢様が足を止めたのは住宅街の一角にひっそりと建つ小さな店だった。


「ガラス…工房ですか」

 小さく出された飾り気のない看板の文字を追いかける。


「ヨリはここで待っていて」

「いえ、お傍を離れるわけにはいきませんので、ご一緒します」

「中見てよ。誰もいないでしょう?入り口で見張ってくれていたら大丈夫よ」


 説得に負けお嬢様の背を見送る。強く押されるとまったく適わない。ガラス窓の向こう、お嬢様が店主とみられる老人に声をかけている姿が見えた。お嬢様の言うように人気(ひとけ)もないし、窓越しに店内の様子も見える。さらに店主が、以前公爵家で見た覚えのある顔だったこともヨリを安心させた。


「工房という割に、窯や細工所は併設してないのか」


 店の周辺を見回すが、両隣とも別の住居のようだ。お嬢様が目をつけて訪ねるぐらいなので有名な店かとも思ったが、職人気質で若い令嬢を惹き寄せるような雰囲気でもない。それに先ほどのお嬢様の様子だと、目当ての商品を決めていて店主に尋ねているような雰囲気だった。

 ヨリはぼんやりと思考を巡らせながら店内に視線を戻した。


「え」


 お嬢様の姿がない。店の奥へ続く扉が閉まりかけていて、そこに吸い込まれるお嬢様のスカートが一瞬目に入った。あの中に入ったのか。奥に工房があるのかもしれない。店内に人気がないとは言え視界に収めておかなければ警護の意味がない。慌てて店内に飛び込み、奥へと続く扉に手をかけた。

 同時に、扉の向こうからガシャン!という大きな音が響く。

 頭から水を浴びたような衝撃と緊張感が走る。構わず、扉を大きく開け放った。


 扉の向こうは、想像通り工房の作業部屋に続いていた。瞬時に状況を把握する。

 部屋の奥、裏口へ続くと思われる扉の前に大柄の男。その肩にはお嬢様が抱え上げられている。床に店主が倒れており、ガラス細工が割れて散乱していた。


「ヨリ!」

「あ?なんだ、ガキか」


 部屋に入ってきたヨリの姿を見て、大男は緊張を緩めた。護衛にもならない、付き人だとでも思ったのだろう。

 賊の正体はわからないが、お嬢様の奪還が最優先だ。部屋には大きな机がいくつも置かれていて狭苦しいが、幸いヨリから大男までは通路が開けている。あそこまでなら、一跳びで届く。伊達にシーツを集めて屋敷中を走り回っていない。


 ―――どのような状況でも俊敏であること


 父の声に背を押されるように足に力を入れたところ、視界の横から突然机が襲ってきた。机の向こうに、もう一つの人影。しまった、仲間か。腰元にぶつかる寸前で身をずらし、机を跳ねのける。再びお嬢様に身を向け救出に向かいかけたところ、視界の端で、跳ねのけた机からガラス細工が落ちかかるのが見えた。


「―――ヨリッ!」


 大男が背を向けたことでヨリの方を向いたお嬢様が叫び、手を伸ばす。その手は空しく空を掴み、大男はお嬢様を抱えたまま裏口から店の外に出て行ってしまった。



「止まれ!」

 裏通りへ出て、ヨリが大男を声で静止した。中で襲ってきた仲間の男を制圧したが、大男がこの場を離れる時間には足りなかったようだ。


「邪魔するなよ。用があるのはフォルステルのお嬢様だけなんだ」

 まだ油断しているのか、急ぎ逃げる素振りもヨリを攻撃する様子もない。


 やはりフォルステル公爵令嬢と知って襲ってきたのか。しかし、単なる誘拐でフォルステル家に手を出すとは思えない。ヨリは大男との間合いを詰めながら思考を巡らせる。


 まさか、ノルテルド国の差し金か。仮にノルテルド国の画策であればそのまま逃がせとか誘拐に加担しろとか指示があるだろうと周囲に意識を向けるが、スパイ仲間であるベリルはもちろん、人の気配はない。ガラス工房の裏手に窯や作業場があるだけで、それ以外は住宅の裏路地といった様子で静まり返っており、頭上ではヨリたちの状況もお構いなしに洗濯物が静かに揺れている。


 賊の目的はわからないままだが、何も指示がない状況であれば公爵家の従者としてお嬢様奪還を最優先して問題ないはずだ。改めて、大男に向き直った。肩にかけたショルダーバッグから素早く短剣を取り出す。


「なんだ?やろうってのか?」


 大男も腰から剣を抜いた。左肩にお嬢様を担ぎ、右手でヨリに剣を向ける。

 騎士団長ガルシスと張り合う体躯だが、その身から発せられる圧は比べ物にならないほど弱々しい。どこからでも打ち込めそうだ。


 お嬢様は足がヨリのほうを向いていてその表情をうかがい知ることはできない。白地のスカートが風になびき、右へ左へはためいている。


「少しなら遊んでやるよ」


 ヨリから切りかからないことに気をよくしたのか、大男が先手を取ってヨリに襲い掛かる。大振りで振り回される剣を短剣で何とか弾く。力がある分、受け止めるのはそれなりに重い。


「何てことないな。屋敷に戻って旦那様に泣いて謝ったらどうだ」


 小さな子どもを痛めつけるのが楽しいのだろう。大男はにやけた口元のまま攻撃を繰り返し、遂にヨリの剣を弾き飛ばした。


 弾き飛ばされ空に飛んだ短剣が――偶然(・・)頭上で洗濯物を支えていたロープを切り、偶然(・・)大男の上に次々と布を落とした。

 驚いた大男は剣を持ったままの右手でとっさに顔の前を大きく払い、その拍子に体が傾ぎバランスを崩した。ヨリは透かさず大男との距離を詰め足を払い、肩からずり落ちたお嬢様を抱き留めた。地面を蹴り再び男との距離を取る。


 一瞬の出来事に頭をきょろきょろさせた大男は、肩から消えた重みに気づきヨリを睨みつけた。


「お前…舐めた真似を…」

 お嬢様を奪い返すため、大男がヨリ目掛けて突進してきた。


「お嬢様、肩に掴まってください」


 横抱きにしていたお嬢様の手が肩に回ったことを確認し、その重みを片手で支えて利き手を空ける。

 腰に忍ばせていたナイフを取り出し、男に振り投げた。まずは武器を持つ右手。続いて機動力を奪う右足の甲、最後に利き手の支柱、右肩の関節。三発とも的中し、大男はうめき声を上げてその場に崩れ落ちた。


「セルディナ様!ご無事ですか!」

 複数の足音が響き、警邏隊とフォルステル公爵家騎士団が駆け付けた。ガルシス団長が先頭で声を上げる。


「早く下ろしなさいよ、無礼者!」

「落とす!落としますから落ち着いてください!」


 腕をめいっぱい伸ばしてヨリの頬を押しのけるお嬢様。

 お嬢様を横抱きにしたまま顔を仰け反らされて今にも尻もちをつきそうに震えるヨリ。

 足元には、血まみれの大男。


「何やっとるんだお前たちは」

 ガルシスの呆れた声が、騒動の終結を知らせた。


読んでいただきありがとうございました。

 次回 》》05月01日 21時00分

また遊びに来ていただけたら嬉しいです。

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