Level2-1
「ヨリ!あれ!見て!」
王都の中心街の中でも人気の店が集うショッピングストリート。通りを挟んで向かいの店に突然駆けだしたお嬢様をヨリは慌てて追いかけた。
「危ないですよ。馬車も通ってるんですから」
店のウインドウに見入っている後頭部に向けて注意するとわかりやすい不機嫌顔がこちらを向いた。
「悪かったわね。轢かれなかったんだから大丈夫よ」
轢かれてからでは自分の首が飛ぶのだが。物理的に。
再び店に向き直ったお嬢様の顔がウインドウに映っている。普段は凛々しい目元からか落ち着いて見えることが多いが、キラキラしたご機嫌顔は年齢より幼く見えるくらいだ。
今日はヨリのほかに付き人はおらず、二人で街を歩いている。お嬢様は商家の娘風にいつもより大人しめのワンピース姿で、ヨリはその付き人役だ。とはいえシャツにパンツにショルダーバッグという出で立ちはいつもとそう変わらない。ただスパイとして街に出ているときのようにガサツには振舞わず、「公爵家執事見習いが商家の娘の付き人に化けた姿」に見えるよう、公爵家で過ごす姿に近い姿勢を取っている。何から何に化けているのかヨリにもよくわからない。
ともあれ、今日は、いつもと違う一日になる予感がする。
ことの発端は二日前。フォルステル公爵の執務室に呼び出しを受けたところからだ。通常、仕事の指示は父を通して受けるので、執務室への呼び出しは珍しい。
「旦那様、お呼びですか」
ヨリが執務室に入ると、執務机で仕事をしている旦那様の後ろに父も控えていた。仕事の話をしていたのだろう。
「ヨリ。突然だが、執事の仕事とは何だと思う」
旦那様が口を開く。本当に突然だ。何か試されているのだろうかと父に視線を送るが目は合わない。真意が読めないので真直ぐ返すしかない。
「フォルステル公爵家のみなさまの快適な暮らしをサポートすることだと思っています」
「そうだね」、旦那様が満足そうに笑みを浮かべ頷いた。あごの下で手を組み、じっとヨリを見ている。
「実はセルディナが街に買い物に行きたいと言っているんだ」
笑顔を浮かべたまま旦那様が続けた。これが本題の様子だ。
「わかりました。ご希望の品をすぐ買いそろえてきます」
「セルディナが、自分で、街に買いに行きたいと言っているんだ」
お嬢様が。自分で。
「え…お嬢様がですか?」
繰り返された言葉を咀嚼し、ヨリは驚きを前面に出してしまった。お嬢様はフォルステル公爵家の一人娘という立場から、私用で外出されることはほとんどない。買い物や勉強、お茶会でも公爵家に人を呼ぶことが多く、外に出る場合は護衛付きの馬車でドアツードア送迎される過保護ぶりだった。街の一人歩きなど以ての外だろう。
「ご希望は理解しましたが…わたしのほうで馬車や護衛を手配すればよいのでしょうか?」
ヨリは呼び出された理由がまだ理解できずにいた。今回からお嬢様の身の回りの警護体制の調整を担当しろという指示だろうか。
「女の子が街でショッピングを楽しむのに、そんな無粋な真似はできないだろう?付き人はヨリ一人だよ。同じ年頃だし、背丈も近い。いい遊び相手になってやってくれ」
これまでそんな無粋を働いていた張本人が何を言っているのだろうか。執事は公爵家ご令嬢の遊び相手にはならないし買い物に付き添うならアンナが適任だろう。街に不慣れなお嬢様を一人で警護するのは荷が重い。
さすがに断ろうと口を開いたが、旦那様の声のほうが早く部屋に響いた。
「執事の仕事はなんだったかな?」
「…お嬢様のご希望を叶えることです」
「じゃあ、気を付けて行っておいで」
温かみのある笑顔。しかしその底が垣間見えたことはない。白旗である。
旦那様とのやり取りを思い出しながら、ヨリは前を歩くお嬢様の足元に目を向ける。石畳を進む足取りは軽く、自分で歩く喜びを噛みしめているようにも見えた。
「ねぇ、ヨリはこの二つだと、どちらが好き?」
宝石店のウインドウ越しに指差された先には石のついた小ぶりなペンダントが二つ。一つは金属フレームに石が埋め込まれた重厚な意匠で、もう一つは石を包むように金属の細工が施されている繊細な意匠だ。見た目が違うことはわかるが、見た目が違うことしかわからない。
「すみません、わたしは宝飾品の良し悪しはわからないです」
なにせ宝飾品を身に着けたことがないし、スパイのいろはにも含まれていなかった。
「そうじゃなくて。ヨリから見てどちらが好みかを聞いているのよ。ゴツい感じが好き?線の細い意匠もきれいだと思うのだけれど」
お嬢様がゴツいとか言っていいのか、と関係ないことに意識を逃がしている間もお嬢様の圧は止まらない。顔をヨリの方に寄せて答えを求めている。答えるまで逃してもらえそうにない。
近すぎるお嬢様の顔と店のウインドウに交互に視線を送っていると、お嬢様の首元、クラバットの止飾りが目に入った。お嬢様は華美ではなく控えめで繊細な意匠を好んでよく使用されている。
「ほ、細いほうがいいとおもいます」
お嬢様の顔が近づいた分だけ上体を仰け反らせて何とか振り絞ると、お嬢様は満足いったように頷いて、歩き出した。
ヨリの選んだペンダントを買うどころか店に入ることもなく、もう興味が失せたように次の店に夢中だ。質問の意図はさっぱりわからないが、機嫌は良さそうなので深く考えることはやめた。一日楽しく安全に過ごしていただき無事屋敷に戻る。それが最優先任務である。
華やかなショッピングストリートを抜けたところでお嬢様が裏道に入った。人の流れが落ち着き、生活感を感じるエリアを進む。目的地があるような足取りに黙って従った。




