Level2-3
お嬢様が女性騎士から怪我や体調の確認を受ける間、ヨリはガルシスから事件について詳しく聴取された。大男も建物内で制圧した仲間の男もすでに連行されている。
ガラス工房の店先でお嬢様から離れたこと、ガラス工房の店主に被害が及んだこと、ガラス細工や家具を破損したこと、住宅街の洗濯物をダメにしてしまったこと。順にすべて報告するがヨリの声はどんどんと小さくなる。問題を起こしすぎだ。そもそも、お嬢様から離れてしまったことは懲戒ものの失態である。もし公爵家をクビになったらベリルのように街に潜んでスパイ活動を続けるのだろうか。思考が勝手に現実逃避してしまう。
もともと細かいことを気にしない質なのか、ガルシスは街の被害ついては何も言わなかった。「店主の怪我は大したことなかった」、と前置きしたうえで、
「坊主、お前鞄にもう一本剣を持っているだろう。お嬢様を奪還した後、ここまで大事にせず制圧出来たんじゃないのか」
裏路地にできた血だまりを指差してガルシスが問う。執事見習いに不釣り合いなナイフについても言及はされなかったが、制圧方法については思うところがあったらしい。確かに、ショルダーバッグには緊急時に備えヨリとお嬢様二人分の短剣を携えていた。
「剣を振るにはお嬢様を離さなければいけません。せっかく取り返したのに、また奪われたらイヤじゃないですか」
ずいぶん高いところにあるガルシスの顔を見上げて首を傾げた。
「…キョトンとした顔しやがって」
ガルシスは自分の頭をガシガシと掻き、そのままの力でヨリの頭もかき混ぜた。ヨリは首が少し縮んだ気がした。
「とりあえず帰るぞ。公爵様に急ぎ報告する。馬車を手配したからセルディナ様と仲良く乗ってくれ」
仲良く、と強調されぎこちない動きでお嬢様を見ると、頬は赤くなり口はへの字に曲がっていた。…お怒りだ。
裏路地で起こった流血騒ぎの噂が広まり街はまだ騒然とした様子だが、馬車の中はひどく静かだ。規則正しい車輪の音が響いている。
「あの…危険な目に合わせてしまい申し訳ありませんでした」
お嬢様と向かい合わせに座り、ヨリは謝罪の言葉を口にした。お嬢様は馬車の外に視線をやり動く気配はない。
大人しくしていようと、ヨリは手を足の上に置き姿勢を正して座りなおした。手が固いものにあたり、カチャ、と軽い音を立てる。
「あ」
慌ててポケットの中に手を突っ込み、取り出したものをお嬢様に差し出す。
「すみません、持ってきてしまったんですが…返しに戻ったほうがいいですよね」
ヨリの片手で包み込めるほどの大きさのガラス玉だ。平たい楕円に成形されている。
「これ…落ちて割れたんじゃ…」
驚いた様子で目を見開いたお嬢様がゆっくりと手を伸ばしガラス玉を受け取った。
そう、賊から奇襲を受けた際机から落ちかかっていたガラス玉を、床に落ちる寸前に何とか掴み取ったのだ。床に屈んだところへ襲ってきた大男の仲間を返り討ちにしたあとで、裏口へ消えたお嬢様を追いかけた。
ガラス玉を手にしたお嬢様は一瞬ひどく嬉しそうに見えたが、何かを思い出したようにまた顔をしかめてしまう。
「どうして商品を優先したのよ」
店内でお嬢様を助けられたはずが、ガラス玉に気を取られて遅れをとったことを思い出してしまったらしい。
「え。落とさないでって言いましたよね?あのとき」
ヨリが驚いて尋ねると、お嬢様もまた驚いた顔を見せた。自分の言動を思い起こすように視線が右上から左上へゆっくりと動き――、
「言っては…ないわよ」
視線がヨリに戻り、ぶっきらぼうに答えた。
お嬢様の気まずそうな様子に、ヨリは命令を遂行できたことを確信した。どんな状況でも弱音を吐かないお嬢様。あの状況で反撃を試みることはあっても、ヨリに助けを求めて手を伸ばすとは思えない。あの時伸ばした手は、このガラス玉に向けられていたのだ。
お嬢様が早口に続ける。
「これはわたしが注文したものだから、返さなくていいわ。店主には諸々のお詫びも込めて、あとで遣いを出すから」
「ありがとう」ガラス玉を手に包み大切そうにそっと握って、――こちらをじとりと見上げてきた。
「重かったでしょう」
「え?」
「だから!わたし重かったでしょう?片手で持つなんて信じられない!」
機嫌が直って不機嫌だった理由を教えてくれる気になったらしい。なるほど。片手に持ち替えるとき支え切れなかったのをお怒りだったみたいだ。お嬢様に肩に掴まって貰わなければバランスを崩していたかもしれない。
「申し訳ありません。でもこう見えて鍛えてるので、重さはまったく問題なかったです」
細い二の腕を掲げて見せる。長袖を着ていることもあり、力こぶは見えない。
「重さよりやっぱり身長ですよね。お嬢様より背が高くないとバランス的に支えるのが難しくて」
体制を反芻し、もっとうまく支えられなかったかと体を動かしながら振り返る。
「…ヨリは小さいのが可愛いんだから、そのままでいいわよ」
お嬢様の小さな声は、自分の世界に入ってしまったヨリの耳には届かなかった。
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次回 》》05月08日 21時00分
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