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Level1-3

「ガルシス団長!ヨリ!休憩終わり!」

 お嬢様が立ち上がり、休憩時間の終わりを告げる。お嬢様とガルシスが向き合い打ち込みの訓練を始めたので、ヨリは下がって素振りに移った。

 剣を構えるお嬢様の手のひらにマメの潰れた跡が見える。木剣を使うとは言え打ち身や切り傷は日常茶飯事だ。ヨリや教師が打ち込んで怪我をさせることは断じてないが、木剣を持って振り回すので、手のひらをはじめあらゆるところに傷ができる。

 それでもお嬢様は弱音を吐くことはない。


 フォルステル公爵家はスルディオーネ国の軍部を司る家門だ。当主を務める歴代公爵は(みな)高い統率力と武力で家門を束ね、国の安寧を支えてきた。現フォルステル公爵も剣技と軍事戦略の天才と言われている。

 お嬢様は現公爵の一人娘であるため次期フォルステル公爵となるわけだが、女性がフォルステルを継いだ前例はない。現公爵はお嬢様に剣を教えることをよしとせず、養子や婿を迎えお嬢様との二本柱で家門を支えることを考えていた。しかし、お嬢様本人の強い希望で次期公爵となるための教育や訓練を受けるに至っている。詳しい経緯はヨリも知らない。

 剣を握れば命に関わる危険に遭遇する確率も高まるだろう。周りを使って采配だけ振るう立場になることもできるのに、と思わずにいられない。

 そもそも、剣があたると痛い。子どもの頃はヨリも時折…ごく稀に、ちょっぴり涙ぐんでしまうこともあった。しかしお嬢さまが泣き言を言ったり涙を流されることはない。そう、記憶が確かなら、お嬢様が泣いたのは、ふたりとも幼かった『あの日』が最後だ。

「坊主!こっちきて代われ!」

 ガルシスの大声が響き、ヨリは思考を切った。


 剣の訓練を終えるとお嬢様は入浴と夕食の時間だ。ヨリも汚れた衣服を整え食事の準備、給仕の手伝いに入る。

 夕食後は公爵領の管理の勉強。家令である父が管理状況をお嬢様に説明し、意見交換が行われる。ヨリは話し合いには参加しないが同席を命じられている。見聞きして内容を把握しろということだろう。

 お嬢様と穏やかに会話する父に視線を送る。家令としてフォルステル公爵家のすべてを掴んでいるこの男は長年スルディオーネ国に潜入しているスパイその人であるわけだが、家令の職が板についておりまったく違和感がない。純粋に家令の職を遂行しているので当然と言えば当然であるが。

 そもそも父がスルディオーネ国に潜入したのはスルディオーネがノルテルド国に軍事侵略する計画が立ち上がった場合に一番に察知するためだ。軍部に潜入し幹部の要職に就けば情報を得られると考えていたらしいが…情報の発信源であり中枢のフォルステル公爵家に潜り込んだのだからうまくやったのだろう。しかし潜入してから今まで何年ものあいだ、軍部が北方へ動く気配はなく、父は一介の家令としてフォルステル公爵家を管理している。


「さあ!ヨリ!お楽しみの時間よ!」

 一日の予定をすべて終え、お嬢様の自室に戻った。アンナも辞しておりヨリとお嬢様の二人きりだ。

「今日もなかなかにハードでしたが…お疲れではないですか」

「何言ってるの、ここからが本番じゃない」

「ヨリこそへばらないでよ」、と子供のような顔でニヤリと微笑む。バイタリティがすごい。

 お嬢様が大きな紙を床に広げた。

 スルディオーネ国とノルテルド国を中心とした周辺地図だ。その周りには、両国の交易の記録、スルディオーネ国の食糧収穫の記録とノルテルド国の推定人口など…多数の資料が積み上げられていく。

「じゃあ今日は…食糧収穫一倍と人口流動三倍で検討してみましょう」

 床に屈みこみお嬢様が真剣な表情で資料に目を落とすと、検討会の始まりだ。仮想設定下における市民生活をシミュレーションし、必要な法改正、人員強化や施設増設など、対策を洗い出し予算を試算し書き起こしていく。

「やはり収穫量を増やせないまま働き手が増えてもノルテルドの貯蔵に回すほどの余剰は確保できませんね」

「でも数年…いえ、二年、他国からの輸入量を大幅に増やせば予算は圧迫するけど最低限の蓄えはできそうよ。それよりやっぱりノルテルド国内の備蓄能力を上げたいのよね…」

 就寝前の穏やかな時間。幼い子供が絵本を読んで夢の世界を空想するように、お嬢様は国中の資料を広げて毎夜思考実験を繰り返している。すべてはスルディオーネ国とノルテルド国の間に燻る火種を収め、両国が共存する道を探すためだ。


 お嬢様の暮らすスルディオーネ国とヨリの父の出身地であるノルテルド国は長きにわたり友好な同盟国だった。

 広大で豊穣な国土を誇るがエネルギー資源を持たない南国スルディオーネ。対して狭小(きょうしょう)で不毛の地だがエネルギー鉱物を豊富に埋蔵する北国ノルテルド。互いに互いの生命線を握り、補い合うことでそれぞれの国が発展してきた。

 しかし今から二十年ほど前、不作と厳冬が重なった冬、ノルテルド国で飢饉が発生した。ノルテルド国民の怒りは食糧の供給元であるスルディオーネへ向けられ、国境で暴動が起こった。幸い飢饉と戦闘は短期で収束し、全面戦争を避けたい両国の思惑によりノルテルド国内での内紛として収められたため、今でも以前と変わらない国交が続いている。そう、表向きは。

 他国に命を握られているという恐怖。有事の際は所詮『奪う者』と『奪われる者』になるという現実。両国に侵略戦争を画策する勢力が出てくるのも時間の問題だった。北国ノルテルドはスルディオーネの豊穣な国土を求め、南国スルディオーネは保身のためノルテルドを支配下に置くことを狙い、水面下で睨み合いが続いている。


 食糧収穫量・貯蔵量の大幅増、国を跨いでの流通網拡大、そもそもの両国の風通しの改善。こどもが二人私室で頭をひねっても解決への道は険しく国を動かす力があるはずもない。それでもお嬢様は考えることをやめない。食べるものに困って命を落とした隣国の民に心を痛め、いつか起こる争いを食い止めようと奮闘している。

 世の十四歳はこんなこと考えていないだろう。お嬢様の、愛国心と公爵家を背負う覚悟の為せる業だと、ヨリは感心するしかない。

 はじめて検討に誘われたときはスパイであることがバレたのかとヒヤリとしたが、思考を整理するために話し相手が欲しいと言われ、執事見習いの立場では断る理由も見つけられず今に至っている。和平の検討を敵国の人間と進める歪な状況だが、スルディオーネ国が戦闘以外の道を選択することはノルテルドとしても願ったり叶ったりだろう。スパイとしても、公爵家の従者としても、お嬢様の挑戦に助力することは間違っていないはずだ。

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