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Level1-2

 屋敷に戻り父の私室に小包を届けたあと大広間に行くと、食事の片づけがはじまっていた。いけない、少し遅くなってしまったらしい。フォルステル公爵家では良質で気品ある食事が食卓に並ぶが、貴族らしからぬ…庶民的適量が用意されるため食事時間が短い。ヨリは片付けには参加せず二階への階段を上る。片付けより重要な仕事があるのだ。

 大きな扉の前に立ち、呼吸を整えて軽く叩いた。

「お嬢様、おはようございます。ヨリです」

 部屋の中から聞こえたアンナの声に促されて扉を開ける。

「遅刻よ、ヨリ」

 姿見の前、アンナのお団子の隣で金の髪が揺れている。ちょうどドレスの着替えが終わったらしい。「すみません」、と軽く謝ると鏡越しに視線を感じた。お嬢様のツンとした瞳がジトリとこちらに向けられている。「ごめんなさい…」、もう一度謝って素早く入室を果たした。

 フォルステル公爵の一人娘セルディナお嬢様。ヨリのひとつ年上で今年十四歳だ。少しウェーブした腰までの金髪と瑠璃色の凛々しい瞳が特徴的で、整った目鼻立ちからかずいぶん大人びて見える。『迫力ある美人』と誰かが評していたのを聞いた。

 高位貴族で十四歳にもなると王立学院の中等部に通うのが普通らしいが、お嬢様は屋敷に家庭教師を呼び公爵令嬢としての教養を学んでいる。そのすべての授業にヨリも生徒として出席しているのだ。お嬢様の仰せで。なぜか。

「さあ、はじめましょうか」

 お嬢様の私室と部屋続きの隣室から教師の声が聞こえた。今日はダンスから始まるらしい。お嬢様は練習用のドレスに身を包んでいるが、ヨリはシャツにサスペンダーパンツという作業着のまま授業に参加するのが通常だ。お嬢様がドレスを軽く摘みカーテシーで始まりの挨拶をする。ヨリも続いて一礼。踊り慣れない姿が滑稽なためか当初は誰かが噴き出していたが、教師もヨリももう慣れたものだ。教師の手拍子に合わせてふたり並んでステップを踏み出した。


 お嬢様の一日はとてもハードだ。朝食後に礼儀作法と一般教養、昼食を挟み公爵家の家業と剣技を学び、入浴。夕食をとって公爵領の管理を手伝いそのあと少しの自由時間を過ごす。なお、ヨリはその隙間時間に執事見習いとしての仕事と自身の家業に勤しんでいる。


 午後になり、剣の授業のため身丈にあった木剣をもってお嬢様とふたり庭に降りた。花で溢れた公爵家の庭に似つかわしくない大柄の男の姿が見える。剣の教師には公爵家お抱えの騎士団から団長クラスが日替わりで指導にやってくることになっており、本日の担当は剛腕のガルシスらしい。

「セルディナ様。本日もよろしくお願いします」

 見た目通り大きく太い声で挨拶するガルシスに、騎士服に着替えたパンツ姿のお嬢様が今度は剣を立てて一礼する。ヨリも続いた。

「ではさっそく、打ち込みから始めましょうか」

 お嬢様とヨリで向かい合い、お嬢様が繰り出す打ち込みを木剣で受ける。お嬢様よりヨリのほうが幾分小さいため、打ち込みの練習をする的としていいサイズなのだ。なお、お嬢様が攻撃を受け流す練習をする際は、教師がヨリの木剣を使って打ち込みを行う。はじめは攻撃も防御もヨリがお相手を仰せつかっていたが、力の入っていない打ち込みにまったく練習にならないとお役御免となった。

 剣を受けながら、剣筋の向こうに見えるお嬢様の姿に目が留まる。後頭部で一つに束ねられた金髪が太陽の光をはじいて光る。額を伝う汗も、汗をぬぐった際についたと思われる頬の土も、全部が眩しく、目を逸らしてしまいそうだ。

 突然、ヨリの後頭部に衝撃が走った。

「痛!」

 反動で上体をかがめてしまった拍子にお嬢様の剣が脇腹に入る。ぐぅ、とくぐもった声が漏れた。

 パン!

 ガルシスが手拍子を一つ打つ。

「お見事です。少し休憩にしましょう」

 アンナがすっと現れて、お嬢様に椅子や飲み物、タオルを用意する。


「おう、坊主。考え事とはずいぶん余裕じゃないか。今日もお相手願おうか」

「…よろしくお願いします」

 ニヤリと笑って大柄な体で見下ろしてくる。ガルシスが腰に差している剣の柄で頭を殴られたらしい。背後に回られたことに気づかなかったので文句も言えない。ガルシスが腰から剣を外し、ヨリに差し出した。ヨリは受け取り、後頭部を攻撃した剣に憎々しく視線を落とす。今日の相棒はコイツらしい。

 お嬢様の休憩時間中は、ヨリが教師の剣のお相手を務める。教師は騎士団の訓練に穴を空けて授業に来ているので、体が鈍らないようにお付き合いしなさい、とこれまたお嬢様の仰せだ。

 団長クラスの剣豪相手に訓練相手を務められるとは思えないが、命令には従う。剣を抜き、静かに構えた。細身でやや長さのある剣。即座に攻撃方法をイメージする。

 ガルシスはヨリには持ち上げられないような大剣を肩に担ぎあげた。体格差がありすぎて真正面から打ち合っては歯が立たない。機動力と手数で翻弄する。

 ヨリは勢いよく地面を蹴りつけガルシスの懐に飛び込んだ。


 日替わりでやってくる剛柔様々な剣豪と長短様々な武器で向き合う。実戦経験がないヨリにはこの休憩時間が都合のいい訓練の場になっていた。剣で対戦している最中(さなか)いきなり殴られ頬が腫れあがったときも文句は受け入れられず…実戦では相手が何を仕掛けてくるかわからないという学びを得ることができた。

 素直なヨリは真面目に受け止めたが、端から見ると所謂(シゴキ)であり、通常の騎士団の訓練ではそんな荒業はもちろん行われていない。が、ヨリは知る由もない。

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