第8章 朝の光の中で
リュシェンヌは急いで納屋に戻ると、未だベッドに眠る青年……アドリアンの様子を見た。
アドリアンの容体は悪化していた。
唇は青く、呼吸は浅い。額には冷たい汗が滲み、時おりうわごとをつぶやく。
「……母上……」
「なぜ……裏切った……レオン……」
その名を聞くたびに、リュシェンヌの胸が締めつけられた。
彼を苦しめているのは毒だけじゃない。心の痛みまでもが、彼の命を削っているようだった。
リュシェンヌはろうそくの灯りの下、震える指で本をめくった。
図書室で拾ったその本には、細かい筆致で薬草と毒の名がびっしりと書かれている。
「……灰蓮草……」
その名を見つけた瞬間、息をのんだ。
“神経を麻痺させ、進行すれば心臓を止める”ーーそう記されている。
壺越しに視ると、黒い靄がアドリアンの右目の下から肩のあたりまでじわりと広がっていた。
(時間がない……どうすれば……!)
焦りが喉を締めつける。
文字を追っても、理解が追いつかない。
手が震え、視界が滲む。
堪えきれずこぼれた涙が、一滴、壺の中に落ちた。
瞬間、壺がまばゆい光を放った。
吹き抜ける風にページがめくれ、ぱたりと止まる。
そこには、灰蓮草の毒を中和する“森の木の実と薬草の調合法”が記されていた。
「……これだ!」
夜明け前の森を駆け抜け、草を摘み、粉にしてすり潰す。
壺の光に導かれながら、彼女は夢中で薬を調合した。
指先が震え、涙が混じっても構わなかった。
アドリアンの傷口にそっと薬を塗ると、彼の呼吸がかすかに、しかし確かに穏やかになっていった。
§
朝。
淡い光が納屋の隙間から差し込む。
アドリアンは、まぶたの裏に柔らかな光を感じてゆっくりと目を開けた。
長く重い夢の底から引き戻されるように、意識が現実へと浮かび上がっていく。
ぼやけた視界の中に、誰かの背が見えた。
机の上には散らかった薬草と本。
そして、壺を被った少女が突っ伏して眠っていた。
その小さな背中が、朝の光にやわらかく照らされている。
朝の光が壺の縁をかすめ、そこからこぼれた白金の髪がやわらかく輝いていた。
アドリアンは息を呑んだ。
壺の影に隠れながらも、その髪はまるで朝の光そのものだった。
——夢ではない。
何度も死の淵から自分を救ってくれた“光”が、そこにいた。
彼の喉が小さく鳴った。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
机の上の壺は、淡く光を宿していた。まるで少女を守るように……。
アドリアンの唇がかすかに動いた。
「……君は……一体……」
声はかすれ、言葉にならなかった。
けれど、その問いの続きは、彼の胸の中で確かに響いていた。
――どうして、そこまでして俺を……。




