第6章 囁きの書庫
リュシエンヌは息を殺し、書棚の陰で身を縮めた。
ランプの明かりがゆらりと揺れ、光が床を這う。
セラフィーヌは仕立ての良い深紅のドレスを身を包み、宝石をきらめかせていた。侯爵夫人の所作を完璧に体現している。その指先がテーブルをなぞるたび、静かな冷たさが室内に広がる。
「レオン……王の容体はどう?」
低く、抑えた声が返る。フードの影に隠れた騎士ーーレオンが答えた。
「医師は、もってあと数週間だと」
セラフィーヌは口角をわずかに吊り上げ、淡い笑みを漏らす。
「そう。ならば急がなければ。……世代交代は間近よ。アドリアン派が優位に立てば、私たちは終わる。」
セラフィーヌの声は冷たく澄んでいた。
「愚弟が……。王子暗殺をしくじりおって。」
レオンは舌打ちをし、短く肩をすくめた。
「……あの方は、予想以上に手強いお方です。長く護衛として仕えておりますが、隙が無い。しかし、王子に放った矢には‘‘灰蓮草‘‘の毒を塗り込んでます。今頃身動きが取れなくなってるでしょう」
「王妃様が何の為にお前を護衛に据えたか、分かっているのか。あの証拠を消さねば、すべてが露見する」
「手は尽くしています。」レオンは低く答える。
「先ほど、侯爵領の森で足跡と血痕をみつけたという報告がありました。奴はこの近くにいる。王妃様の指輪も王子が持っているでしょう」
「森、ね」
セラフィーヌはまつ毛をゆっくりと動かした。
唇にそっと指をあて、思案するように笑う。やがて声を甘く落とす。
「いっそ都合がいいわ」
「どういう意味だ?」
レオンが眉をひそめる。セラフィーヌは艶やかに目を細め、楽し気に言葉を紡いだ。
「侯爵の娘、リュシェンヌは‘‘呪いの娘‘‘と呼ばれている。誰も近づかない。もし死体のそばにあの娘がいたなら、だれも疑わないでしょう?」
その笑みに、レオンの息が一瞬止まる。だが彼は理性的に返す。
「王子を殺し、罪を娘にかぶせるつもりか?」
「そうよ」セラフィーヌの声は氷のようだった。
「そうすれば侯爵家の血筋は絶える。女侯爵の座は私のもの。王妃様も功績を称えてくださるわ。……あなたも恩恵にあずかれる」
リュシェンヌは、セラフィーヌとレオンの会話を聞き続けた。
言葉の一つ一つが、冷たい刃のように心に突き刺さる。
リュシェンヌの耳に、思わぬ言葉が引っ掛かった。
(矢に毒……?灰蓮草……?)
(森で怪我をしていたあの人は……もしかしてーー)
二人の会話を聞き漏らさないよう、手に持った本をぎゅっと抱きしめた。
意識が会話に集中し、少し頭を傾けすぎたのかーー
ーーカタン
被っていた壺が書棚に当たってしまった。
セラフィーヌの声が止まる。レオンもランプを掲げてこちらを見ている。
リュシェンヌは慌てて後ろの書棚に逃げ込むが、すでに二人の視線は音の方向へ向けられていた。
「……誰か、いるのか?」
レオンが前に一歩踏み出す。
リュシェンヌの心臓は喉にまで上がり、鼓動が耳を打つ。
(……見つかったら、どうしよう……)




