第4章 光に手を伸ばして
リュシエンヌは青年に昨晩の出来事をゆっくりと話した。
「……ここは、……ヴェルメイユ侯爵領の……森の中です……」
青年は、驚いたように身じろぎをし、かすかに呟いた。
「……ヴェルメイユ……」
「……あなたは、顔に深い傷を負って……雨の中で助けを……求めてドアを……叩いていたの……。熱が出て……うなされていたわ…」
アドリアンの脳裏に、昨夜の光景がぼんやりと蘇る。
扉の向こうで見た、壺を被った奇妙な少女。
彼女はこの森の中で、たったひとりで暮らしているのだろうか?
その時、兄のように慕っていた護衛が、自身に刃を向けてきた記憶が閃いた。
アドリアンは息を荒げ、胸を押さえるように前かがみになる
リュシェンヌは慌て身を乗り出した。
「だ、……大丈夫……?」
焦点の合わない彼の瞳が、苦しげに揺れる。
「……はぁ……気にしないで。顔の傷は矢でやられたんだ。毒が塗られてたんだろう」
その言葉に、リュシェンヌは息を呑んだ。
「他にも仲間がいたんだけど……はぐれちゃったな」
(何か大変なことに巻き込まれている……?)
リュシェンヌは静かに口を開いた。
「……あなたの……名前を……聞いても……いいかしら?」
青年はわずかに首を振り、言葉を探すように唇を震わせた。
「……言えない。今は」
その言葉に、リュシェンヌの胸が痛んだ。
嘘ではない。
本当のことを言いたいのに、言えない痛みが――彼の「色」として視えた。
「そう……。無理に……聞いたりしないから……安心して……」
「恩に……きる……」
それだけ言うと、青年は再び意識を手放した。
傷口は赤黒く変色し、熱が上がっている。
(……毒のせい……?)
リュシェンヌは、侯爵家から持ちだした本を急いで開いた。
けれど、どの薬草にも‘‘毒‘‘を中和する方法は書かれてない。
(もっと詳しい本が……侯爵家の図書室に行けば……)
壺の中で、自分の鼓動に呼応するように淡い光が揺らめいた。
恐れよりも、誰かを救いたいという願いが胸の奥を強く照らしていく。
(行かなきゃ……)
リュシエンヌは納屋を飛び出して夕暮れの森を駆け抜け、侯爵家の屋敷へと向かった。




