第3章 誰かを救いたい夜
「……助けて、くれ……。」
リュシエンヌは震える息を押しとどめ、目の前の青年を見下ろしていた。
扉を叩く音に気付き、恐る恐る開けた先で、彼は倒れこむようにして意識を失ったのだ。
(……血の匂い……)
彼の「色」を視ると、血の赤と消えかけの金色が。
ーーさっき視えたあの光と同じ色。
「あなたは、いったい……?」
問いかけは虚空に吸われ、返事は返らない。
右目の下には深く切れた後があり、血が流れている。
リュシエンヌはそっと彼の体に触れた。衣服は雨に濡れ、肌は冷え切っている。
ーー人が、死ぬ。
思い出されるお母様の死。
……もう、誰もいなくならないで!助けなければ、そう強く感じた。
お母様がよく言っていた言葉を思い出す。
《リュシェンヌ、この世界には、あなたを必要とする誰かがいるわ》
彼なの?この人なの?
わからないけれど、助けたい。助けなきゃーー。
震える腕で彼の体を何とか引きずりながら、リュシエンヌは納屋の奥へ運んだ。
(あの本に……傷薬の作り方が載っていたはず……)
急いで本をめくり、何度も読み返した薬草のページを開いた。
壺越しにぼやける視界の中で、間違いがないように何度も確かめながら草を選び取る。
「お願い……光よ……消えないで」
彼の呼吸は浅く、脈も弱い。
彼女の心臓が強く脈を打った。
ーーあの優しい金色は、まだきっと、ここにある。
§
夜明けの光が、静かに納屋へと忍び込んでいた。
湿った空気の中、リュシェンヌは眠気をこらえながら、濡れた布を何度もその彼の額にあてがっていた。ようやく彼の容体が落ち着きだして、リュシエンヌは手作りの椅子に座りながら彼を見つめ、ため息をひとつ落とした。
ーー昨晩は、確かに光は視えたのに。
あの夜、確かな金色の光がひとすじ、暗闇を走った。
ーーこの男の人の心の色……?でも、今は何も視えない。
「……あれは夢だったのかしら」
壺にそっと指先をそえる。冷たいはずの陶器は、不思議とほんのりぬくもりを感じた。
ーーあの光のあと、お母様の声が聞こえた、気がする。
男の呼吸が深くなり、閉ざされた瞼がかすかに震えた。
「……ここ、は……」
喉の奥が乾いたような、掠れた声が聞こえる。
「……気が付いたの?」
彼女は怖がらせないようにそっと小声で問いかける。
男は目を細めるように、見開こうとするが、その瞳には焦点が宿らない。
「……何も、見えない……ここは……?」
リュシェンヌは小さく息をのんだ。
「……目の傷が……ひどいの。私は、治療を……してみたけれど」
男の手が、布団の上で探るように動いた。
彼女はそっと彼から距離をとる。
「……ここは、どこだ?君は……?」
「私は……」
自分の姿を想像し、リュシェンヌは壺を両手でぎゅっと抱きしめた。声が少し揺れる。
「……私は、リュシェンヌ……。私は……呪われてるの。あなたの目が見えてなくて……、少しほっとしてる……ごめんなさい。……怖がらせたくなくて……」
男は少しの間、黙っていた。
そして、弱った声で、けれど確かな調子で言った。
「……リュシェンヌ。君が助けてくれたんだね。……ありがとう」
胸の奥がきゅっとなる。リュシェンヌは知らずに身を縮めた。
誰かが自分に優しく声をかけてくれてくれるのはーーいつぶりだろう?
誰かに優しい言葉をかけられることが、こんなにも嬉しいなんて。
彼を視ると、ふわっと優しい金の光に包まれていた。
ーーこの光……。
「……よかった。生きていてくれて……ほんとに……」
壺の中で呟いた声は、少しだけ震えていた。




