第11章 指輪に宿る真実
「……レオンという騎士は……王妃様の……指輪を……探しているって……」
リュシェンヌは恐る恐る、アドリアンの胸元を指さした。
「……ずっと……胸の辺りから……黒い靄が……視えているのが……気になっていました……」
アドリアンは息を呑み、無意識に胸元を押さえる。
「……アドリアン様……指輪を、お持ち……ですね……?」
しばしの沈黙のあと、アドリアンは観念したように首を振り、首から提げていた皮ひもをそっと引き出した。
そこには――精巧に細工がされた金の指輪。中央には大粒のエメラルドがはめ込まれ、淡い光を受けて宝石が深い緑色にきらめいた。
……はずだった。
リュシェンヌには、その周囲が黒い靄に覆われて視えている。
渦のようにまとわりつき、触れようとする者を拒むように揺れていた。
「……ひっ……!」
リュシェンヌは反射的に後ずさり、両手で壺を押さえる。
壺の中で彼女の震えた声がこだまし、小さな悲鳴が跳ね返った。
「こ……これ……黒い靄が……渦巻いて……怨念みたいな……どうして……こんな……」
アドリアンは苦い顔をしながら、指輪を握りしめて胸元へ引き寄せる。
「……リュシエンヌは……不思議な力を持っているんだね?私には黒い靄は見えないんだが……」
アドリアンは、少し躊躇いながら、リュシェンヌを見つめる。
「……これは、私の母——第二妃を毒殺した、王妃の‘‘証拠‘‘だ。」
リュシェンヌはびくりと肩を震わす。
「毒殺の証拠……?」
アドリアンはゆっくりとうなずいた。
「王妃が第二妃を毒殺する為に隣国から買った毒、そして代金としてこの指輪を渡した」
「そんな……」
「侯爵……君の父上は、王妃に命じられ隣国との戦争へ向かった。表向きは‘‘防衛‘‘の為……誤解しないで欲しい……。君のお父上は国の為に戦ったよ。だが、裏では王妃派が暗躍していたんだ。指輪の存在を……第二妃殺害を知る隣国、ルクサン国を黙らせる為の、仕組まれた戦だった……」
会いたくて堪らなかった父の名を聞き、リュシェンヌの胸がぎゅっと痛む。
「……お父様が……?」
アドリアンは静かに続ける。
「……ルクサン国との戦争は、本来起きるはずのない戦だった。王妃が隠蔽する為に仕向けた、無意味な衝突だ。……ルクサン国は我が国と冷戦下にある中で、この指輪を人質にしていた。それを奪還する為に戦争が起きたんだよ」
アドリアンは遠くを見るような目をした。
「私もその戦に王族として駆り出された。そして、その戦の最中……私は何度も死にかけた。だがそのたびに助けてくれた騎士がいた。ヴェルメイユ侯爵——君の父上だ」
リュシエンヌは息を飲む。
「父が……?お父様が……王子を?」
アドリアンは強くうなずいた。
「……お父様は……ご無事……なのですか……?」
リュシェンヌはたまらずに尋ねた。
――お父様に会いたい……!!
アドリアンは、リュシェンヌの震える声に、胸が締めつけられるような表情を浮かべた。
「……君の父上は――勇敢な方だった」
その言葉だけで、リュシェンヌの心臓が跳ねる。
けれど、アドリアンは続けようとして、一瞬だけ言葉を飲み込んだ。
何かを告げることをためらうように、視線が揺れる。
「……アドリアン様……? お父様は……」
声は震えていた。
壺の中で反響するその震えが、自分でもわかるほど痛ましい。
アドリアンはゆっくり首を振った。
希望を砕かぬよう、けれど嘘をつかぬよう、慎重に言葉を選ぶ。
「……わからないんだ。侯爵は王妃を......疑っていた。そして、あの戦の混乱で……この指輪を私に託した後、離れ離れになってしまった。負傷した私を守りながら……最後まで戦ってくださって……」
思い返すように、アドリアンは拳を握りしめた。
「ヴェルメイユ侯爵は……君のお父上は……私の命を救ってくれた。だから私は必ず、この指輪の……母毒殺の真相を暴き……君の父上を探し出すと誓ったんだ」
その声音には強い決意が宿っていた。
リュシェンヌは胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
父が王妃の陰謀に巻き込まれたこと。
そして父がアドリアンを救ったという事実に――誇りと恐れが入り混じった。
「……お父様……」
ぽつりとこぼれた声は、壺の中で淡く震えた。




