第10章 壺の少女と王子
――ぐう……
青年のお腹の鳴る音が、静かな納屋に響いた。
彼は顔を真っ赤にして、両手でお腹を押さえる。
「……お腹がすいてたんだ」と、ぼそりとつぶやいた。
リュシェンヌは思わずクスクス笑う。
「あの……朝ごはん、作りますね」
そう言って、籠を手に外へ出ていく。
森で摘んできたリンゴを食べやすく切り、軽く炒めたキノコ、畑で育てたハーブを煎じて、お茶を出す。質素だけれど丁寧にテーブルに並べられた朝食が小さな机の上に並んだ。
「……すみません……こんなもので……」
リュシェンヌは少し申し訳なさそうに俯いた。
青年はスプーンを取り、口に運ぶ。
素朴な味が広がり、思わず目を細める。
「……美味しい」
小さくつぶやいたその声に、リュシェンヌは胸を撫で下ろした。
しばらくの沈黙あと、青年は穏やかに尋ねた。
「……ところで、君は一人でここに?」
リュシェンヌは手を止め、小さく頷いた。
「父は……ヴェルメイユ侯爵です。戦に出てから……音信が途絶えたまま…。母はもう、……ずっと前に……亡くなりました」
彼は驚きの色を隠せず、眉をひそめた。
「……侯爵令嬢がこんな暮らしを?」
リュシェンヌは下を向き手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
「……みんな、私を……怖がるんです……。壺を被るようになってから、誰も近づかなくなった……」
青年は言葉を失い、ただ静かに彼女を見つめていた。
火のぱちぱちと燃える音だけが、二人の間に流れる。
しばらくの沈黙のあと、リュシェンヌがふと思い出したように顔を上げた。
「……昨日、図書室で……聞いたの」
「……何を?」
「……レオンという方が、……王子を探しているって。……そして、王妃派の兵達が、このあたりに来ている。あなたを――殺そうとしているって」
青年の手が一瞬、止まった。
その仕草を見て、リュシェンヌは静かに言葉を紡ぐ。
「……あなたは、アドリアン王子……ですよね?」
その一言に、アドリアンの瞳が揺れる。
覚悟を決めたように、彼はゆっくり頷いた。




