第12章 母が遺した真実
朝日がすでに空高く昇り、森の影が短く縮んでいた。
静かな光の下、湿った土を踏みしめる重い足音が、じわりと周囲の空気を揺らした。馬の鼻息が白く震え、森に緊張の気配が満ちていく。
レオンを先頭に、王妃派の兵が納屋を四方から慎重に取り囲む。
「……ここだ。逃げ場はない」
兵士たちは合図とともに扉へとなだれ込み
バンッと大きな音を立てて扉が開いた。
――しかし、中は。
「……いない!?どういうことだ!」
納屋は、まるで最初っから誰もいなかったかのように、静まり返っていた。
§
その頃——
リュシェンヌとアドリアンは森の中を抜け、侯爵家の屋敷の影へと体を滑り込ませていた。
――壺が、しきりに淡い光を跳ねさせ、不穏を知らせて納屋を抜け出していたのだ。
その導きに救われた形で、二人は屋敷の古い隠し通路へと急ぐ。
湿った石壁に背を寄せ、薄暗く狭い通路を、息を潜めながら進む。
やがて屋敷内部へと抜け、使用人の目を避けながらたどり着いたのは、——亡き母が使っていた部屋。
扉をそっと押し開ける。
庭園が一望でき、光がやさしく差し込む部屋。
お父様が、病に伏すお母様の為に、選んだ、屋敷で一番あたたかな場所。
今は埃が家具につもり、人の気配はない。
——それでも、どこもかしこも、お母様がいた頃のまま。
リュシェンヌはふらりとベットへ歩み寄り、指先でそっと布に触れた。
胸の奥の痛みが、あの日のままあふれ出す。
涙が壺のふちへ落ちる。
その瞬間、壺の中に淡い光がふわりと漂い、部屋の中へ弾かれるように飛び出した。
光はチェリー材の書き物机へ跳ね、消える。
すると――
机の鍵付きの引き出しが、ひとりでに「カチリ」と音を立てた。
リュシェンヌは驚いて机に歩み寄った。
「……今、鍵が……?」
アドリアンも言葉を失ったまま近づく。
薄く埃をかぶったビューローの引き出しの取っ手を引くとスッと開いた。
リュシェンヌは震える指で中を探る。奥の方に小さな革張りの本がしまわれていた。
「……お母様の……日記……!」
幼い頃、母はいつもこれに何かを書き込んでいた。けれど亡くなった後、どんなに探しても見つからなったのだ。
リュシェンヌはそっと日記を取り出し、ページをめくった。
——そこには、想像もしなかった言葉が並んでいた。
『この子の力を王妃に知られてはならない。
真実を見抜く眼を持つ娘を、王妃が知れば恐れる。』
『第二妃の葬儀で、泣きはらす王妃の‘‘嘘‘‘を公衆の面前で告げた……。
恐れていたことが起きた。』
『あの子が見抜いた騎士の隠し事を王妃が取り調べ、処刑したと……。
王妃は、何か勘付いている?』
『真実を見抜く眼の封印方法を探して、とうとう見つけた。
病が進行し、もう私は永くはない。王妃からリュシェンヌを守る方法は、これしかない。』
「……え……?」
リュシェンヌの視界が揺れた。
――真実を見抜く眼……?王妃に告げた‘‘嘘‘‘……。
今も……ふと蘇る古い記憶……。
初めての茶会で、二人の騎士に無邪気に告げた
『騎士様二人は、隠し事……してるの?』という幼い私の声。
ページに記された『騎士の処刑』という文字が、揺らいで見える。
「リュシエンヌ……?」
アドリアンは心配そうに肩へと手を置いた。
次の瞬間——。
背後からギィ……と扉の軋む音がした。




