守り手の怒りと、一瞬の勝機
「今度こそ、あなた達をここから排除します。この地の守り手、ミリアの名において!」
ミリアの宣言と共に、彼女の足元の地面が淡い緑色の光を放ち始めた。港の石畳の隙間から、いくつもの蔦や根が、まるで生きている蛇のように蠢き出し、俺たちを守るように、そして橘を威嚇するように鎌首をもたげた。
「ハッ、面白い。守り手とやらは、土いじりが得意らしいな。だが、そんなもので俺たちが止められるとでも思ったか?」
橘は嘲笑を浮かべ、腰の刀を抜き放った。
その刀身は、月明かりもねえ闇の中で、不気味な青白い光を放っている。魔力を帯びた、ただの鉄の塊じゃねえ。
「やれ」
橘の短い命令で、控えていた「鬼瓦」たちが一斉に動いた。銃を持つ者はミリアに、刀を持つ者は俺とゴードンに襲いかかる。
だが、奴らが引き金を引くより早く、ミリアが動いた。
「大地の檻!」
ミリアが杖を地面に突き立てると、銃を構えた男たちの足元から無数の蔦が噴き出し、瞬く間に彼らの全身に絡みついて、身動きを封じてしまった。まるで、巨大な植物の繭だ。
「ちぃっ!」
橘は舌打ちし、自らミリアに斬りかかった。
青白い光を放つ刀が、ミリアの首筋めがけて鋭く振るわれる。
速い! 廃坑で見た時とは比べ物にならねえ、達人の太刀筋だ。
しかし、ミリアも怯まない。
杖で橘の刀を受け流し、同時に地面から新たな根を突き上げさせて橘の足元を狙う。
攻防一体。ミリアの戦い方は、まるで流れる水のようだ。今まで見てきた、ただ力に任せた戦闘とは根本的に違う。
「旦那! 俺たちはどうしやす!?」
ゴードンが、俺の隣で叫んだ。
ミリアが橘と、その部下の半分を引きつけてくれている。だが、残りの刀を持った連中が、じりじりと俺たちに迫ってきていた。
「……ミリアの援護をする。だが、まともにやり合うな。俺たちの目的は、ここから生きて帰ることだ。あの計画書を、ミリアに見せるまで、死んでも死にきれねえ」
俺は傷だらけの体に鞭を打ち、鉈を構え直した。
懐に入っている計画書が、やけに重く感じる。あれが、氷川の、そして神嶺組の喉元に突きつける刃になるんだ。
「ゴードン、右から崩せ!」
俺たちは、ミリアと橘の激しい戦闘の余波を避けながら、残った「鬼瓦」どもに斬りかかった。
一度死線を潜り抜けたせいか、俺もゴードンも、動きに迷いがなくなっていた。
敵の攻撃を最小限の動きで避け、確実に急所を狙う。ヤクザの喧嘩殺法と、元冒険者の実戦剣術が、奇妙な連携を生み出していた。
だが、多勢に無勢。じわじわと体力を削られ、俺たちの動きが鈍り始める。
ミリアも、橘の猛攻を捌き切れていない。橘の刀が、ミリアの肩を浅く切り裂き、血が舞った。
「ミリア!」
俺が叫ぶと、ミリアは「大丈夫です!」と気丈に言い返すが、その顔には苦痛の色が浮かんでいる。
マズい。このままじゃ、ジリ貧だ。
何か、この状況をひっくり返す一手はねえか……。
その時、俺の脳裏に、このゼニスに来てから見聞きした、いくつかの情報がフラッシュバックした。
燃え盛る第7倉庫。港に立ち込める潮の匂い。そして、この港のすぐ近くにあるはずの、街の下水が流れ込む排水溝。
「……これしかねえか」
俺は、覚悟を決めた。
「ゴードン! ミリア! 聞こえるか!」
俺は、戦闘の喧騒の中でも聞こえるように、腹の底から大声を張り上げた。
「海だ! 海に飛び込むぞ!」
「「えっ!?」」
ゴードンとミリアが、驚きの声を上げる。
「旦那、無茶ですぜ! この高さからじゃ……!」
「ごちゃごちゃうるせえ! 死ぬよりマシだ! 俺を信じろ!」
俺は、ミリアと橘が戦っている場所と、俺たちのいる場所、そして、燃え盛る倉庫の位置関係を瞬時に計算した。
橘は、俺たちを逃がさないように、海を背にする形で陣取っている。つまり、俺たちが海に飛び込むには、奴のすぐ脇を抜けるしかねえ。
「ミリア! 俺が合図したら、ありったけの力で、橘の足元に何かデカいやつを出せ! 足止めは一瞬でいい!」
「……分かりました!」
ミリアは、俺の意図を察してくれたようだ。
「ゴードン! 俺に続け!」
俺は、向かってくる敵の一人を蹴り飛ばし、橘に向かって一直線に走り出した。
「バカめ、自殺志願か!」
橘の部下の一人が、俺の背中に斬りかかろうとする。
だが、その瞬間。
「――今です!」
ミリアが叫び、杖を地面に叩きつけた。
すると、橘の足元の石畳が、まるで爆発したかのように砕け散り、巨大な岩の槍が突き出したのだ!
「なっ!?」
橘は、咄嗟に後ろに跳んでそれを避けるが、ほんの一瞬、体勢が崩れた。
俺が見逃すはずがねえ、一瞬の勝機だ!
「今だああああっ!」
俺は、橘の脇をすり抜けるように駆け抜け、港の縁から、暗い夜の海へと身を投げ出した。
冷たい海水が、全身の傷に染みて激痛が走る。
だが、そんなことはどうでもいい。
「旦那に続け!」
ゴードンも、俺に続いて海へ飛び込んだ。
ミリアも、橘に追撃される直前に、ひらりと身を翻して、俺たちを追って海へとダイブした。
「……逃がしたか。だが、どこまでも追うぞ! 奴らを絶対に逃がすな!」
橘の怒声が、遠ざかっていく。
俺たちは、冷たい海水の中、必死に手足を動かした。
ゴードンが言っていた、街の下水が流れ込む排水溝。汚ねえが、そこからなら、神嶺組の追っ手を撒いて、街の地下に逃げ込めるはずだ。
燃え盛る倉庫を背に、俺たちは闇の中へと消えていく。
体はボロボロで、寒さと痛みで意識が遠のきそうだ。
だが、俺の手は、懐に入れた「計画書」の感触を、確かに掴んでいた。
そして、ミリアの参戦。俺たちには、最強の仲間がいる。
神嶺組よ、氷川よ。
今日のところは、退かせてもらう。
だが、これで終わりじゃねえ。
この借りは、必ず、お前らの血で返してもらうぜ。
俺は、意識を失う直前、ミリアの暖かい光が俺たちを包み込むのを感じていた。




