血路と、響き渡る銃声
「――氷川!」
俺の口から漏れたのは、怒りと憎悪が凝縮された、我ながら聞いたこともねえような声だった。
あの男……俺が弟のように可愛がり、そして、その弟に背中から撃たれたあの男が、この異世界で、こんなクソみてえな計画を主導している。
許せるはずがねえ。
「旦那! 来やすぜ!」
ゴードンの叫び声で、俺は我に返った。
地下へと続く階段を、複数の「鬼瓦」どもが雪崩を打って駆け下りてくる。
「上等だ! 一人残らず、ここで叩き斬ってやる!」
俺は鉈を握りしめ、階段を駆け上がった。狭い通路では、数が多い方が有利とは限らねえ。むしろ、一度に相手にするのは一人か二人だ。
先頭の男が振り下ろす刀を、俺は鉈で弾き返す。キィン! という甲高い金属音と共に、火花が散った。
「てめえら! どこのネズミだ!」
「てめえらのボスに聞け! 柳瀬虎之介が、挨拶に来たってな!」
俺は弾いた勢いのまま、男の体勢が崩れたところに、肩から袈裟懸けに鉈を叩き込んだ。手応えあり。男は悲鳴を上げる間もなく、階段を転がり落ちていく。
「ゴードン! 後ろから来る奴は任せた!」
「へい!」
ゴードンも、元冒険者の意地を見せ、階段の下から俺を狙おうとする敵をショートソードで的確に牽制している。
だが、敵の数は多い。斬っても斬っても、次から次へと現れる。
「ちっ、キリがねえな!」
俺は、階段の壁を蹴って跳躍し、敵の頭上を飛び越えて地上階へと躍り出た。
地上も、すでに10人以上の「鬼瓦」どもが武器を構え、俺たちを包囲している。
「ハハッ、大層な歓迎じゃねえか。神嶺組も、随分と人が増えたみてえだな!」
俺は、血に濡れた鉈を舐めながら、不敵に笑ってやった。
恐怖に呑まれたら、終わりだ。ヤクザの喧嘩は、気合で相手を呑んだもん勝ちなんだよ。
「あの男……柳瀬だと? バカな、奴は死んだはず……!」
「氷川様の言っていた通りだ! 生きてやがった!」
敵の動揺が、俺にも伝わってくる。氷川の奴、俺が生きてこっちの世界にいることを知っていたのか。
その時、一人の男が、懐から見慣れねえもんを取り出した。
それは、この世界の剣や弓とは明らかに違う、黒光りする鉄の塊。
神嶺組の連中が持っていた、短い銃身の火器――銃だ。
「問答無用! 撃て!」
男が叫ぶと同時に、数人の男が俺に向けて銃口を向けた。
やべえ!
俺が身を伏せようとした、その瞬間だった。
「――風よ、彼の盾となれ!『エア・スクリーン』!」
どこからか、凛としたミリアの声が響いた気がした。
次の瞬間、俺の目の前に、透明な空気の壁のようなものが生まれ、神嶺組が放った銃弾が、その見えねえ壁に当たって、バチバチと音を立てて弾かれたのだ!
「な、何だ!?」
「魔法か!?」
「鬼瓦」どもが狼狽する。
「ミリアか!」
宿にいるはずのミリアが、どうやって?
いや、今は考えるな。この好機を逃す手はねえ!
「ゴードン! 火をつけろ! あの木箱に、油が染み込んだ布があるはずだ!」
俺は、潜入前にゴードンと打ち合わせていた最終手段を指示した。
「へい、旦那!」
ゴードンは、俺が敵の注意を引きつけている間に、近くにあった木箱の一つに駆け寄った。そこには、ランプ用の油が染みた布が、まるで用意されていたかのように置かれていた。マルコの奴が横流ししようとしていた品の一つだろう。
ゴードンが松明でその布に火を点けると、炎は一気に燃え上がり、乾燥した木箱へと燃え移った。
「火事だ! 火事が起きたぞ!」
俺は、わざと大声で叫び、混乱を煽る。
倉庫の中は、瞬く間に煙と炎に包まれ始めた。
「てめえら! 火を消せ!」
「それどころじゃねえ! 奴らを逃がすな!」
神嶺組の統率は、火を前にして乱れ始めた。
「ゴードン、行くぞ! 出口はあっちだ!」
俺たちは、煙に紛れて、マルコから聞いていた裏口へと向かって走り出した。
「逃がすか!」
数人の男が、執拗に俺たちを追ってくる。
その中の一人が、再び銃を構えた。
だが、そいつが引き金を引くより早く、俺は床に転がっていた鉄の棒を拾い上げ、渾身の力で投げつけた。
鉄の棒は、唸りを上げて回転し、見事に男の顔面を捉えた。
「ぐはっ!」
男は銃を取り落とし、その場に崩れ落ちる。
俺たちは、もつれるようにして裏口の扉にたどり着き、外の空気に転がり出た。
背後で、第7倉庫が赤々と燃え上がっているのが見えた。
「はぁ……はぁ……やった、のか……?」
ゴードンが、肩で息をしながら呟く。
俺も、全身傷だらけで、立っているのがやっとだ。
だが、安堵したのも束の間だった。
闇の中から、静かな拍手の音が聞こえてきた。
「……見事なもんだな、柳瀬の叔父貴。ゴキブリみてえな、そのしぶとさだけは、昔と変わっちゃいねえ」
そこに立っていたのは、橘馬頭だった。
奴は、燃え盛る倉庫を背景に、まるで舞台役者のように、冷たく微笑んでいた。
その隣には、数人の「鬼瓦」が控えている。
「橘……!」
「警報が鳴ったのは、あんたが計画書に触れたからだ。氷川様が、あんたみてえなネズミが紛れ込んだ時のために、簡単な魔術の罠を仕掛けておいただけさ。おかげで、大掃除が始められる」
橘は、ゆっくりと腰の刀に手をかけた。
「ここまでだな、柳瀬虎之介。氷川様も、あんたが生きていると知って、さぞ喜ぶだろうぜ。最高の土産話を持って、地獄に送ってやるよ」
万事休すか。
傷だらけの俺とゴードン。対するは、万全の状態の橘と、その手下ども。
どう考えても、勝ち目はねえ。
俺が、最後の意地で鉈を握りしめた、その時。
「――そこまでです」
凛とした、しかしどこか冷たい声が、俺たちと橘の間に割って入った。
そこに現れたのは、杖を構えたミリアだった。
その瞳は、怒りと悲しみに燃えている。
「ミリア! なぜここに……!」
「虎之介さんたちの危機を、この地の精霊が教えてくれました。そして……もう、見過ごすことはできません」
ミリアの登場に、橘は面白そうに眉を上げた。
「またお前か、守り手の小娘。しつこい奴は嫌われるぜ?」
「あなた達がこの地で行う悪行は、全て視ていました。このゼニスの民の、そして大地の悲鳴が、私に力を与えてくれます」
ミリアの周囲の空気が、再び震え始めた。
その力は、廃坑で見た時よりも、さらに強く、そして純粋な怒りに満ちている。
「今度こそ、あなた達をここから排除します。この地の守り手、ミリアの名において!」
燃え盛る倉庫を背に、俺と、神嶺組と、そして覚醒したミリアが対峙する。
ゼニスの夜は、まだ終わる気配を見せなかった。




