第89話 【閑話】月夜の交代劇
夜更け ――
イエツネはふと、目をさました。隣で眠っているはずの側室の、気配がない。
「オツタ? いないのか?」
イエツネは、手をのばし、並べられた布団のなかを探った。やわらかく、あたたかな身体を探す。
それは幼児が母親を探す仕草にも似ていた。
―― ヤパーニョ皇国はトクダイラ家代6代目将軍であるイエツネは、神経質で怒りっぽく疑い深い男だった。
幼少時より、他の兄弟を後継者に推す者たちからしつこく暗殺者を差し向けられては九死に一生をくぐり抜けてきた…… その経験が、彼の前頭葉を萎縮させ灰白質を荒廃させた結果である。
そのため、夜も深く眠れる性質ではなく、常に苛立っている。ささいな粗相を咎めて御小姓を寝所で斬り捨てたことすら、何度かあった。だが ――
そんなイエツネにも、すべてを委ねて安心できる女性がいた。
側室のオツタだ。
もともとはイエツネの母の侍女であったオツタは、イエツネが幼いころからなにかと彼の世話を焼いていた。
その機転で彼を殺される運命から救ったことは、何度もある。
つまりオツタはイエツネにとり、キレイで優しい近所のお姉さん、といったポジション ―― イエツネは若くして将軍になったあと、周囲の反対を押しきりオツタを無理やり側室に迎えた。
そしてオーエド城内にオツタのための御殿を新築させ、そこに入り浸っていたのである。
「オツタ……?」
イエツネはのばした手を動かし、彼女の身体をなでた。ぬくもりはある。
だが、どうも、ようすがおかしい。
オツタはイエツネの手に、ぴくりとも反応しない。そればかりか、寝息すら、まったく聞こえない……
「オツタ、起きよ…… どうしたのだ?」
いやな予感を必死に打ち消しながら、イエツネは身を起こした。
そして、気づく ―― その枕元に、人の気配をまとわない、黒い闇がたたずんでいたことに。
ひッ……
悲鳴が喉をついてとびだそうとするのを、イエツネはなんとか呑み込んだ。
「なにもの……っ」
枕元の刀をとり、ひき抜きざま、かすれた声でどうにか、問う。
だがイエツネがその答えを聞くことは、生涯、なかった。
「…………」
音もなく。
黒い闇から繰り出された細く長い針金が、イエツネの心臓を鋭く貫いていた。
―― まさか。まさかまさかまさかまさか…… まさかっ…… この、俺様が……!
こんな、ところで……
誰かもわからぬ、ものに……!?
「オツタ……」
イエツネは、寵愛する側室の上に、崩れるように倒れ伏す。
そのさまを、オツタの開いたままの瞳が、うつろに眺めていた ――
次の瞬間。
黒い闇が、崩れた。
ぷっぴゅん! ぷっぴゅん!
2体のスライムが、円窓の障子を透かす月のあかりのなか、鈍い輝きを放ちながら飛び出す。
あとには、黒々とした人の形の闇 ―― その闇に向かい、2体のスライムはすがるように問いかける。
{……様っ!} {ほんとうに、◎△$§>∞の心核を返していただけるのです?}
「…………」
闇は、かすかにうなずいたようだった。
2体のスライムもまた、互いに顔を見合わせ、決意したようにうなずく。
ぷるっ、ぷるるるっ…… ぷるるっ、ぷるぷるぷるっ……
ぷるぷるぷるっ、ぷるっ…… ぷるっ、ぷるぷるっ……
2体のスライムのゼリー状の身体が、細かく震えだした。
震えながら、スライムたちはしだいに、その色と形状を変えていく ――
数十分後。
{オツタ} {はい、イエツネさま}
倒れ伏したふたつの遺骸にそっくりなふたりは、人の形をした闇に、問いかけていた。
{{これで、いかがでしょう?}}
「…………」
闇は、ひとつうなずき、遺骸に手のひらを向ける。
瞬間、紫色の光が雷のように閃き、将軍と側室だったモノを包んだ。
{{…………っ!!}}
あまりの眩しさに、擬態を終えたスライムたちは目を閉じる。
彼らがふたたび目を開けたとき ―― そこには、2つの遺体も闇もすでに消え、きらびやかな極彩色の襖絵が月の光のなかに静かに浮かび上がっているだけだった。
== なろう版はここまでです ==
次回から第7章!最終決戦に向け、リンタローがついにあの技を手に入れる……!?
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