第409話 三日/午前/金鐘崎アキラの宣告
あれから一夜明けまして。
本日、1月3日でございます。つまり三が日最終日だー。
現在時刻は午前十時。
昼頃には、俺達はシンラの車で宙色に帰る予定になっている。
だがその前に、やるべきことはしておかないとな。
ってことで、年始の挨拶にも使われたあの大広間に、俺達は揃っていた。
最前列の真ん中にお袋。
お袋の右側にシンラ。左側に俺が座っている。
後にはタマキ、カリン、ジンギが並んで座っており、さらにその後ろに、ダルマ。
そう、ダルマだ。ダルマがいる。
そしてその隣には招き猫。招き猫がいる。
頭にダルマをかぶっている和服の女と、頭に招き猫をかぶっているスーツの女。
何者かなど、言うまでもないだろう。
バカとバカのバカ夫妻である。今はトモエは女性のようだが。
この場において、張りつめた空気を根こそぎ破壊する特大のツッコミドコロ。
だが、誰も何も言わない。指摘もしない。笑いもしない。
今の二人はツッコミドコロを越えて、単なる腫れ物と化している。虫刺されかな?
これが、俺達の側。
対するは、金鐘崎本家の面々。
お袋から真っすぐ先の直線上、一段高い場所に座っている『三日星のお殿様』。
マレーネに喰らわれた魂を取り戻し、今朝になって回復した金鐘崎欣司だ。
そして、そのすぐ隣にはお袋が『真念』を見出すきっかけとなった美喜子もいる。
向かい合う俺達と欣司の間に、崟吾と美智子が座っている。
二人の位置は俺達の側面。配置としてはコの字で縦棒の部分に相当する。
こいつらは、共にクグツバチに寄生されて本来の人格を失っている。
ま、話す分には普通に受け答えできるし、そこについては特に罪悪感はない。
そして、年始の挨拶のときにはいて、今はいない人間が三人。
那岐和八雲と、茅野希美、金鐘崎小夜子。
茅野――、マレーネについてはこっちから特に触れるつもりはない。
小夜子についても同じだ。
あいつへの仕返しは、カリンとお袋達に任せてある。俺はどうこう言う気はない。
八雲についてはハナから知らん。
お袋もシンラも『決着した』とだけ言っていた。
ヤジロ関連なのだろうが、お袋達が納得してるならそれでいいのだろう。
俺自身は、那岐和八雲に対してさしたる興味もないんでね。
さて、俺達が揃って数分。
大広間には、年始の挨拶のとき以上に張り詰めた空気が漂っている。
ダルマと招き猫もしれっとそこに混じっているのだから、あの二人も筋金入りだ。
「さっきよぉ」
ずっと黙り込んでいた欣司が口を開いた。二日ぶりに聞く声だ。
「八雲の野郎からよぉ、再婚の話はなかったことにしてくれって電話があったぜ」
「…………」
欣司に睨まれながらも、お袋は無言だ。
「おめぇと八雲の再婚はよぉ、六郎と俺との結びつきを強めてくれるはずだったんだが、ご破算だ。おかげで三日星にもえれぇ迷惑かけちまうことになっちまうぜ」
「知らないね」
つっけんどんながらも糾弾するような物言いの欣司に、しかしお袋の声も冷たい。
「当人に何の話もなく進めた再婚話なんて、その程度でなくなっちまうモンさ。絵に描いた餅だって、もう少ししっかりしてるだろうにね。お笑い種さ」
「美沙子さん……」
美喜子が、お袋を少し悲しそうに見つめる。
それに、お袋はついと目を逸らした。あ、ちょっと意思疎通してる。笑うわ。
「兼続のヤツもよぉ、この一件から手を引くと来やがった」
「だろうねぇ。アレだけ痛めつけりゃあ、そうもなるってモンさ」
「痛めつけりゃ、かよ……」
欣司がにわかに顔を歪めて、年始の挨拶でもお袋に叩きつけた質問をする。
「おめぇ、何モンだ?」
「『出戻り』さね」
お袋はそれに短く答え、欣司と美喜子に『出戻り』について説明する。
異世界に転生したのち、そっちで死んで記憶と能力を持ったまま戻ってきた存在。
それが『出戻り』。それが、この俺達だと。
「……夢ェ語って」
「なら、こいつはどう説明するんだい?」
言いかけた欣司の前で、お袋は広間を『異階化』し虚空よりダガーを出現させる。
記憶の中にある道具を再構成するのが、お袋の異面体だ。
そして、俺は傍らにマガツラを出現させ、シンラも背後に異面体を具現化させる。
俺達を前に、欣司は目を見開く程度の驚きを見せた。美喜子は顔面蒼白だが。
「――それじゃあ、美沙子さんは」
次に言葉を発したのは、美喜子の方だった。
お袋は硬い顔つきのままで、美喜子の方をチラリと見て、自分の胸に手を当てる。
「見ての通りですよ、お母さん。『あたし』はここにいます。でも、同時にアタシもここにいるんだよ。金鐘崎美沙子と遠くかけ離れた、ミーシャ・グレンもね」
「ミーシャ・グレンさん……」
「今のアタシは金鐘崎美沙子ですけどね」
二人の会話はそこで終わる。
美喜子は、きつく目をつむって、今の話を咀嚼しているようだった。
金鐘崎美喜子。
本当にこの人は『お袋』そっくりだよ。
自分じゃ何もできないクセに、極まったところで強さを見せるところも含めて。
きっと、自分自身の強さを知らないまま生きてきたんだろう。ダブるぜ……。
「つまりよぉ」
欣司が、軽く舌を打つ。
「ウチァ、おめぇらみてぇなバケモン共にメチャクチャにされたってことかァ?」
「勝手に人を呼びつけておいて、その言い草も笑うけどね。ま、そういうことさね」
お袋が俺のようなことを言って、肩をすくめる。
もう一度舌を打って、欣司は座ったまま何も言わない崟吾と美智子を見る。
「おめぇらのせいで、こいつらもこんなになっちまったってことかい」
「それについちゃただの自業自得だぜ、じいさんよ」
答えたのは、俺。
正座はめんどくさいので早々にあぐらをかいて、俺は欣司にならって舌を打つ。
「そこにいる二人は俺達の恨みを買った。だから仕返しされた。それだけの話だぜ」
俺が説明すると、欣司は俺をまるで気にした様子もなく「ケッ」と悪態をつく。
「ガキは黙ってろよなァ。お呼びじゃねぇんだよォ」
「ならおまえこそ口を噤めや、若造」
そう言い返してやる。
するとやっと、欣司が俺の方に目をやった。
「ンだとォ?」
「高々六十年ちょっと生きた程度の跳ねっ返り風情が、立場にあぐらかいて何様だ? 人生の酸いも甘いも知ったつもりかよ。ホント、最近の若者はなっちゃいねぇな」
「アキラ、おめェ……」
欣司が、俺を見るまなざしに力を込める。
それは普通の人間からすればビビってチビるほどのものなのだろうが――、
「そんなモンじゃゴブリンも逃げねぇよ、おじいちゃん?」
俺はケラケラ笑い飛ばす。
「アキラ……」
「お袋、もう無理っす。我慢できんわ、これ」
「仕方がないねぇ」
お袋は頬に手を当ててホゥと息をつき、座る場所を俺と入れ替える。
こうして、金鐘崎欣司と俺は向かい合って座ることとなった。
「何だァ、アキラ。俺ァ、おめぇと話すことなんざ――」
「おまえと会話するつもりなんてナノ単位も存在しねぇよ、若造。一方的に喋るから聞け。おまえらに聞く以外のリアクションは認めねぇ。聞かないなら恨む」
「わぁ……」
俺が『恨む』のワードを出したことで、後からヒキ気味の声が届く。
誰だァ、タマキか、カリンかぁ……?
「ま、それはいいか」
肩をすくめて俺は改めてあぐらをかいて、欣司と美喜子に向かって笑顔を見せる。
「あのな、よく聞け」
そして俺は宣告した。
「おまえら、子育て失敗したんだよ」
「…………」
「アキラちゃん……」
俺の宣告に、欣司は無言。美喜子も信じがたいという顔を見せる。
「二人ともさぁ、マレーネからお袋を守ろうとしたってことは、表には出してないけどお袋のことを大事に思ってる部分もあると思うんだわ。そう、愛情ってヤツね」
それを語った上で、俺は目を細めて欣司と美喜子の両名を鼻で笑ってやる。
「……だから何なの?」
へそで茶が沸くっていうかー。ちゃんちゃらおかしいっていうかー。
「土壇場で見せる愛情に意味ってあるんですかねぇ?」
「うるせぇ、おめぇが関わる話じゃ――」
「聞く以外のリアクションは認めねぇって言っただろうが、クソガキ」
笑ってる俺の殺気を浴びて、欣司がぐっと言葉を詰まらせて黙り込む。
人が聞けって言ってるんだから素直に聞けよな。聞きわけのないガキだぜ、全く。
「おまえがそんなだから『お袋』もそこにいるゾンビ共も、くだらねぇ大人になったんだよ。くだらねぇ人間は、くだらねぇ先達を見習ってくだらなくなってくんだよ」
何で六十過ぎてるような大人に、こんなことを言わなきゃいかんのか。
当然すぎることだと思いませんか、ミフユ君。あ~、ミフユどうしてるかな~!
「あのよぉ、欣司。おまえさん、浮気もせずに美喜子一筋で、子供の養育にもキチンと金出して三人の子供を育てたっていうじゃねぇか。素晴らしいねぇ、大したモンだねぇ。金銭問題は子育てをする上での最大の命題さ。それをクリアして子供達に生活面では不自由させなかったんだから、そこは見上げたモンだぜ」
俺は、顔から笑みを消す。
「でもそれ以外、何にもしなかったんだよな?」
「…………」
欣司は何も言わずに、俺を強いまなざしで睨みつけてきている。
だが、その視線に俺が何かを感じ取ってやる義理などない。無視して続ける。
「金出して父親の責任果たしたつもりか? じゃあお前が父親である意味って何だ? 金か? 金だけか? じゃあおまえが父親じゃなくても別によくないか?」
「アキラ……ッ」
はい、言いたいこと言ったので、次。美喜子。
欣司からの視線の圧がさらに強まるが、知らん知らん。どうでもいい。
「美喜子サンは欣司と真逆にひどいよね。言われなきゃ動かない。常に何かに流されるだけで、積極的に子供に関わろうともしない。何だおまえ、本当に母親か?」
「ぅ、そ、それは……」
「『それは』じゃねーんだわ。その結果が、今のこの事態よ。孫にいいように説教喰らってる祖母という、大人としてはとても恥ずかしい構図ですよ、おばあちゃん」
顔を青くするばかりの美喜子に、俺は好きに言葉を浴びせかける。
だが、反論はない。したくてもできないのだろうが。
「おまえら二人とも、お袋を身を張って守ってくれた。ああ、それは本心からの行動なんだろうさ。そいつはありがたいんだが――、何でそれを普段からできないの?」
結局、俺の言いたいことはソコなワケでございまして。
「相手に伝わらない愛情なんぞ、価値も、意味も、意義も、何もありゃしねぇんだよ。愛してるなら愛してると言え。好きなら好きだと伝えろ。難しかねぇだろうが」
「ンなコト、できるワケが――」
これまでで一番強い舌打ちと共に、欣司がそれを言いかける。
だから俺は、もう笑いもせずに抉ってやった。
「できるワケがない果てが今、こうしてされてる説教だって、まだわかんねぇ?」
「…………」
また、欣司は口を閉ざしてしまう。
今のこいつができることなど、他には何もありはすまい。
「おまえらは二人とも、ただただ子供に甘えることしかしなかったんだよ」
ことの本質を、俺は衝く。
「子供に甘えていいのはな、子供に甘えさせてやれる親だけだ。それもわからずにおまえら二人は徹頭徹尾、自分達の子供に甘え続けた。……心底笑うわ、おまえら」
「もういいさ、アキラ」
実際は嘲笑も浮かべられないでいる俺に、お袋が言ってくる。
そして、お袋は俺の隣で二人を見て、体から力を抜くようにして吐息をこぼす。
「言ったところで、この二人は変われやしないよ。だからもういいさ。アタシは本家とは縁を切るよ。二度とここに来るつもりもないさね」
「そんな、美沙子ちゃん……!」
「お母さん。もう無理なんですよ、これ以上は」
縋るような声を出す美喜子に、お袋はゆっくりかぶりを振る。
「昨日、アタシを助けてくれたことは感謝してますよ。……でもね、愛されてる実感をくれない親のもとじゃ、やっぱり子供ってのは歪むんです。『あたし』みたいに」
お袋の言葉には、これ以上ないほどの実感が込められていた。
俺も、それにはうなずくしかない。その歪みの先にあったのが俺の『出戻り』だ。
「もうここには来ません。アキラも連れてきません。金鐘崎本家の遺産もいりません。アタシもアキラも相続の対象から外してください。一銭たりとも不要です」
まぁ、お金はいいよね。別に。
お袋のパートの給料、結構な額みたいだし、シンラもいるし。
あと俺のカミさん、この本家の十倍じゃ収まらないレベルの資産家だし……。
「あ、ワシも別にいらんよー。金なんぞ自力で稼ぐわい!」
「…………え、偽札?」
「それやりかねんのはおんしの方じゃろ、愚弟!?」
後から何やら聞こえてきますがー、はい、それは流しておきまして。
「アタシ達はこのあと、シンラさんの車で宙色市に帰ります。それでおしまいです。それで、アタシとアンタらとの関わりはおしまいさ。……やっと清々するよ」
お袋が敬語をやめて、軽い嘲りの笑みを浮かべる。
隣でそれを見ていた俺は『無理しちゃって』などと思っていた。
互いに離れて暮らすのが最善だと、お袋は結論づけたのだ。
もう、生涯関わることなく、不干渉を貫いて、それぞれの生活を送っていく。
俺達と本家の関係は、きっとそれが一番いいのだ。
お袋はそう考えて、俺もそれには賛同する。シンラ達も同じだろう。
俺は好き放題言ったが、欣司には欣司の考えがあり、欣司のやり方がある。
そこまで関わるのなんてめんどくさいしバカバカしい。だったら離れるしかない。
「……そう、ですね。それがいいんでしょうね」
美喜子が瞳に涙を溜めつつも、お袋に同意を示す。
この人、こういうときだけしっかりとお袋の意を汲んでくれている。母親として。
最初からそれができてりゃよぉ~!
こっちだってしたくもねぇアホな説教せずに済んだんだよ、おばあちゃんよ~!
「俺から最後に、そっちの二人だが――」
俺は、崟吾と美智子の方に目配せする。
二人は、この会話の中でも微動だにせず正座をしている。瞳一つ動かない。
「こいつらに寄生しているクグツバチには、一つの特徴がある。それは、喰らった精神を養分にして、自分達の巣となる『新しい人格』を形成することだ」
クグツバチがミツバチの形をしている理由はここにある。
ミツバチが蜜を集めて巣に溜め込むように、クグツバチも外の情報を溜め込む。
「新たにできる人格は外からの情報と、それに対して生じる当人の感情によって形成されていく。それはクグツバチにとって巣であると共に、蜜でもある。新しい人格を形成し終えたクグツバチは、あとは死ぬまで人格の内部で、感情を啜って生きる」
と、説明したところで欣司も美喜子も何が何やらだろう。
だから俺は、わかりやすく告げてやった。
「今のこいつらはロボット同然だが、おまえらの接し方次第で人間に戻れるぞ。どういう人間になるかは、それこそおまえらの接し方次第で決まってくるけどな」
つまり、欣司と美喜子に『もう一度子育てをしろ』と言ってやったワケである。
それで失敗したら、あとは知らん。苦労の挙句に燃え尽きればいいんじゃね?
「俺からは以上です。他、誰か何かあるか~?」
促してから周りを見るが、特に手などは挙がらない。
だが、俺の隣で気配が動く。お袋だった。
「欣司」
「何だよォ」
「一昨日、アンタはアタシに最後に何か言おうとしてたね」
と、お袋はそんなことを言い出す。そういえば、そんなこともあったか……?
「アンタはあのとき、何を言おうとしてたんだい?」
お袋に見つめられて、欣司は険しい顔つきのままでしばし無言。だが、
「美沙子、おめぇは……」
「何だい」
「――いや、何でもねぇよ。もう行け。おめぇらの顔は金輪際見たくねぇ」
それが、欣司の答え。
お袋は軽く「そうかい」とだけ返し、あっさり引き下がった。
欣司が何を言おうとしたのか、俺にはわかる。
きっと俺の祖父は、お袋に『今、幸せなのか』ときこうとしたのではないか。
だが、根性の別れとなるかもしれないこの場面で、こいつはそれを言えなかった。
そういうところが子供に甘えてる、って言ったんだけどな、俺はよ。
「じゃ、さよならさ。元気でやりなよ」
最後の最後に、軽い挨拶。
そして、俺達は金鐘崎本家屋敷をあとにする。
――長い三が日が、やっと終わったようだった。




