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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十五章 金鐘崎、新年早々、死屍累々

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第407話 二日/夜/茅野希美の懲罰

 夢。

 夢を見ている。


 それは異世界での記憶。

 あの大事な日。忘れようはずもない、大切なあの子の誕生日の夢。


 自分の隣にはあの子がいて、あの子のもう一つ隣に、あの方がいた。

 存来であれば中央に立つべきはあの方。


 しかし、今日だけは主役は代わる。

 誕生日なのだから、とても特別な日なのだから、今日の主役は、あの子。


 古き大国の王宮として使われていた宮殿で、あの子の誕生日の祝賀会が開かれた。

 同盟諸国家より、数多の祝辞と貢物が届けられた。

 あの子の生誕を祝うために、帝国全土から大量の臣民が帝都に駆けつけた。


 その日、帝国の全てはあの子を祝福するためにあった。

 あの方がいても、彼女は思った。

 今日だけは、この子こそが帝国の中心。全てを見下ろす立場に立てているのだと。


 支配者の視座。

 統べるものの見方を、いずれこの子も身に着けていくこととなる。


 そのために、今日のような経験は絶対に必要になるのだ。

 それについては、あの方も意見を同じくしていた。


 この子はいずれあの方からこの広大な帝国を受け継いで、さらなる繁栄へと導く。

 親としての贔屓目を差し引いても、この子は聡明で、非常に利発な子だ。


 あの方は己の代で敵となる国を全て併呑し、この子はその誇大な領地を整える。

 そうした役割分担になるだろう。と、彼女はこのときから考えていた。


 子供がそうであるように、母親もまた聡明であった。

 彼女ならば、自分の覇業の邪魔はすまい。皇帝が彼女を妻に選んだ理由である。

 当時、まだ彼は『役割の奴隷』の頸木に繋がれたままだった。


 それを知る由もない彼女だが、そんなことはどうでもよかったのだ。

 あの方との間にできたあの子は、自分にとってこれ以上ない宝物だったのだから。


 あの方を愛してはいた。

 だが、あの子のことはもっと愛していた。


 あの子さえいれば、あの方がいなくともよいとさえ思っていた。

 そんな自慢の子が今日、誕生日を迎えて、自分の隣で楽しげに笑っている。


 感無量とは、今の自分のことをいうに違いない。

 これから、臣民の前でのお披露目がある。彼女は隣に座る我が子を見る。


「さぁ、テン――」


 我が子テンラに呼びかけようとして、彼女は言葉を失った。

 豪華絢爛たる衣装を纏ったテンラには顔がなかった。


 何だこれは、何だこれは。どうしてテンラに顔がない。

 いや、そもそもテンラはこの日、どんな衣装を纏っていた?


 自分の日記には、煌びやかで絢爛たる衣装としか書かれていなかった。

 それは一体、どんな衣装だ。

 そして、その衣装を纏ったテンラはどんな姿をしていたのだ。


 思い出せない。

 思い出せない。

 いくら記憶を探っても、思い出せない。


 さらにいうなら――、


「あの子は、本当にテンラなんていう名前だったのかしら……?」


 マレーネ・ヴィルシャが知るテンラの情報は、実のところ、そんな程度だった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 目を覚ますと、マレーネは暗い部屋の中にいた。

 簡素は木の椅子に座らされて、体を魔法の鎖で縛り上げられている。


「起きられましたかな」


 聞いたことのない声がした。

 自分のすぐ目の前に蟠る闇の向こう。顔が見えない程度の距離に、誰かがいる。


 その人物は、自分と同じく椅子に座っているようだった。

 声からして男性。深みを持った声は年を経た男のそれ。自分よりも年上そうだ。


 見える影と輪郭から判断して、結構な細身に思える。

 痩せているというか、シャープでスマートな印象が強いだろうか。

 辺りが暗いせいで、判断がつきかねる。


 光源は、マレーネの頭上にぶら下がっている裸電球一つ。

 明るさは程々で、しかもそれも時折チラついて、どうにも目に鬱陶しい。


 床はコンクリートで、漂う空気の質感から部屋はさほど広くはなさそうだ。

 ただし、壁が闇に沈んで見えないため、断言はできない。


 窓はなさそうだ。地下室だろうか。

 金鐘崎本家屋敷には地下室などなかったはずだ。移動したのか。


「ここがどこかはいずれわかるでしょう」


 闇の中の男が、マレーネの内心の疑問を見透かして、先に言ってくる。

 その声に含まれる、軽い嘲りのニュアンスに、彼女は不快げに目を吊り上げる。


「お気に障りましたかな。もしそうであるのなら、謝りましょう」

「どうでもいいことですね。それよりも、あなたはどこのどなたですか?」

「それについても追々わかるでしょう。それよりも――」


 ギシ、と、前の方から音がする。

 男が椅子に背をもたせた音だとすぐに理解する。


「少し話をしませんか、マレーネ・ヴィルシャ」

「何を言うのです?」


 男の申し出に、マレーネが示したのは、軽い失笑。


「どこかもわからぬ場所で、素性も知れぬ何者かと楽しく会話ができるとでも?」

「なるほど、それももっともな話ですな。では、私について少し明かしましょうか」


 男がうなずくのが気配でわかる。

 それから、男は膝の上に肘をついて両手の指を組み、苗字だけを名乗った。


「私は、柾ヶ御(まさがみ)という。よろしく頼みますよ」


 柾ヶ御。

 聞いたこともない苗字だった。しかし、名前を言わないのはどういうワケか。


「それでは、話をしましょう。大した話ではない。ちょっとした世間話ですよ」

「ふざけているのですか?」


「ふざけているつもりなどありませんよ。私は至って真面目です」

「顔も晒さぬ愚か者と語り合う舌など持ち合わせておりませんの、私」


 こうして縛られていても、マレーネの気の強さはいささかも失われていない。

 彼女は、シンラ・バーンズの妻として、皇后として、生涯を全うした女傑である。


「そうですか。それも、もっともな話ではありますな。これから会話をしようという相手に顔も見せないのは無礼も無礼。では、今度は私の顔をお見せしましょう」


 闇の向こうの男が言うと、裸電球が少しだけ光量を強めた。

 かろうじて見えていた、膝の上に組まれた男の手。

 その向こうに、年老いた男の顔がボウと薄く浮かび上がる。目つきの険しい男だ。


「見えましたかな。これは私の顔ですよ、マレーネ・ヴィルシャ」

「そうですか」


 だが、柾ヶ御に対して、マレーネの反応は冷淡そのものだった。

 一体どんな男かと思えば、整ってはいるが随分と意地の悪そうな顔をしている。


 しかも、男の顔に全く見覚えがない。

 誰なのだ、この男は。何でこんな男と、自分が会話をしなければならない。


 マレーネの中に不満と怒りがどんどんと蓄積されていく。

 アキラはどうした? シンラはどうした? 美沙子は? 最も憎きあの女は!?


「さぁ、会話をしようじゃありませんか、マレーネ・ヴィルシャ」


 彼女のイラ立ちなど知らぬとばかりに、柾ヶ御がまたそんなことを言ってくる。

 見知らぬ男が、かつて皇后であった自分に向かって随分なれなれしく接している。


 その事実が、マレーネの激しい気性に油を注ぎ、火をつける。

 彼女は、柾ヶ御に向かって大声で怒鳴った。


「あなたが誰かは知りませんが、身の程を弁えなさい! この下郎めが! 私は、可愛いあの子の仇をとらねばならぬのです! こんなところでヒマなどありません!」

「そうか、なるほど。なるほど……」


 彼女の怒号に、柾ヶ御は薄い反応を示したのち、しばしの無言。そして、


「クッ」


 その口の端を吊り上げて、彼は急に俯いた。

 何事かと思ったマレーネだが、柾ヶ御が噴き出したのだと気づき、目を見開く。


「あなたは……ッ」

「ククッ、いや、失礼。元皇后であらせられるあなたを前に、さすがにこれは礼を失しておりますな。しかし、どうにも我慢しきれず。いやいや、これは何とも滑稽な」

「こ、滑稽ですって!?」


 笑われたのみならず、滑稽とまで言われ、マレーネの中で怒りが一気に膨張する。


「ぶ、無礼な。あなた如き、名も名乗らぬ礼儀知らずに、この私がここまでの辱めを受けようとは……! 許しません。決して、決して許しません! 決して……!」

「あぁ、そうでしたな。これまた失礼。改めて名乗らせていただこう、《《母上》》」

「え……」


 柾ヶ御に『母』と呼ばれ、マレーネの中の怒りが瞬間、霧散する。

 固まる彼女に、柾ヶ御は組んでいた手を解いて広げ、背筋を伸ばして名乗った。


「私は柾ヶ御展楽(まさがみ てんら)。お久しぶりですね、母上」

「テ、テンラ……?」

「そうですよ、私です。あなたが仇を討とうとしてくれていた、テンラです」


 テンラを名乗るその男がニッコリと笑った瞬間、マレーネの表情に亀裂が入る。

 目は、これ以上なく見開かれ、瞳は揺れて、頬は引きつり、大口を開けて、


「イヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 絶叫。悲鳴。

 腹の底から魂の全てを絞り出さんばかりの、大音声である。


「違う、違う、違う! ぁ、あなたはテンラじゃない! あ、あ、あなたは、あなたは私の息子なんかじゃないッ! 違うわ、違う、違う! ち、ちが……ッ!」


 マレーネは暴れた。もがいた。

 首を左右に激しく振って、椅子をガタガタと鳴らした。


 その様子を、テンラを名乗る男は、顔に薄い笑みを張り付けたまま無言で眺める。

 男の前で、マレーネは絶叫を繰り返し、涙を溢れさせて否定し続ける。


「違う、あなたは、あなたはテンラじゃない! 違う、違います!」

「いいえ、母上。私はテンラです。私こそ、あなたの息子であったテンラだ」


 テンラを名乗る男が、すっと椅子から立ち上がってゆっくりとマレーネに近づく。


「あなたが私を否定するのなら、あなたが仇を討とうとしているテンラは一体何者なのですか? 顔は覚えていますか? 声は? 好きなものは? 嫌いなものは?」

「ぃ、いや、ぃやぁ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」


 絶叫はなお激しくなって、マレーネを繋ぐ鎖が彼女の身に深く食い込んでいく。

 やがて、叫びすぎたせいか口から血を垂らし、マレーネが泣き叫ぶ。


「テンラ、嗚呼、テンラ! 私は、哀れにも消されたあなたの仇を……ッ」

「ありがとうござます、母上。けれどあなたは、私の姓を聞いても気づけなかった」

「あああああああああぁぁぁぁあ! ゃ、やめてぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 悲痛な声をあげるマレーネを縛る鎖が、擦れあってキィキィと高い音を立てる。


「違うのです。私は、あなたを忘れたワケではないのです、ただ、わ、私は――」

「実に聞き苦しい言い訳です。私が顔を見せても、あなたの態度は変わらなかった」

「やめて、ゃ、それ以上は言わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……ッ!」


 マレーネが、顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、男に懇願する。

 しかし、彼女を母親と呼ぶ男は、それに肩をすくめるのみ。


「母上、一体あなたは、誰の仇を討とうとしていたのですかな?」

「わ、たしは、て、てんら、の……、わたし、の、かわいい、むす、こ……」


 先程までの暴れようと打って変わって、マレーネはうなだれて、虚ろな声で呟く。

 開かれたまま、まばたきもしない目からは涙が溢れ続け、口からは唾液が滴る。


 ほんの短い間に変わり果てた彼女に、テンラを名乗る男はまた肩をすくめる。

 そして、言うのだ。


「なるほど、テンラなる人物の仇ですか。奇しくも、私と同じ名前ですね」


 おまえが仇を討とうとしている人物は自分ではない。と。

 これに、マレーネはガバッと顔を上げて、かすれた声で男に訴えようとする。


「違う! 違います! 私は、あなたのために! ぁ、あ、あなたを消した連中に、し、仕返しをしようとして……! 私は、あなたの、テンラのために、ィ……ッ!」

「ありがとうございます。母上」


 されども、その訴えも男は軽く笑って一礼を送るのみで、さして重く捉えず、


「そうやって私を愛してくれるあなたが、鬱陶しくて仕方ありませんでしたよ」

「は、ァ……?」


 一切の表情を消し去ったマレーネに、男はトドメとなる決定的な言葉を贈った。


「だから、ブロックしたのです。RAINも、他の連絡手段も」

「ぁ……」


 それを聞かされ、マレーネの中に封じ込めていた記憶がノイズと共に巡っていく。

 そうだ、こっちで見つけた息子から、自分は連絡を拒否された。


 最初こそは連絡できていたが、いつしかそれも頻度が減っていった。

 やがてあちらからの連絡はなくなって、こちらからの一方通行になってしまった。


 それでもいつかは自分の愛情は通じると思って、メッセージを送り続けた。

 だが、その先に待っていたのは、RAINのブロック。電話の着信拒否。他にも。


 ワケがわからなかった。

 母親の自分をどうしてそこまで拒むのか。何でこんな仕打ちを受けるのか。


 やがて年末、テンラの顔も名前も思い出せなくなった。

 何が起きたのか理解できなかった。

 自分に確かにいたはずの息子が誰かもわからなくなってしまった。


 到底、受け入れられることではない。

 けれど、自分にできることなど何もなかった。

 そんなときに《《あの男》》に出会って、全ての事情を知らされた。


 許せなかった。アキラ・バーンズ。

 許せなかった。シンラ・バーンズ。

 許せなかった。金鐘崎美沙子。


 許せるモノか。

 許せるモノか。

 だから、自分が仇を討とうと決意した。あの子の仇を。テンラの仇を。仇を――、


「そう、あなたは私の仇を討とうとしてくれた」


 凍りついたままのマレーネの耳元で、テンラを名乗る男は囁いた。

 笑いながら、囁いた。


「別に、私はそれを頼んでなどいないのにね」

「ああああああああああああああああああああああああァァァァァァ――――ッ!」


 闇に向かって、マレーネは吼えた。

 目から涙を、口から血を流して、吼えた。吼えた。吼えた。吼えるしかなかった。


 その声にまぎれて、二つの靴音が闇の向こうから近づいてくる。

 現れたのは二つの影。一つは大人で、一つは子供。どちらもマレーネが狙った仇。


「マレーネよ」

「ぅああああああああああ! あぁ! あぁあ! ぅあああああああああああ!」

「その様、もはや余もわからぬか」


 泣き叫ぶかつての妻を前に、シンラ・バーンズは声の調子を重く沈ませる。


「効果てきめんだな、こりゃあ、どうにも」


 もう一つの影は、アキラ・バーンズのもの。

 その右手には、カリンから借り受けた『金色符』が握られている。


「ああああああああああああああああ! ぅああああああああああああァァァァ!」


 シンラとアキラが姿を見せても、マレーネはただ泣き叫ぶばかりだった。

 その様子を見て、アキラがシンラへと目配せをする。


「わかりましてございまする。父上」


 そして、シンラの背に、巨大な一つ目の黒い人影が出現する。

 彼の異面体である『閻鬼堵(エンキドウ)』だ。鏡の瞳に、マレーネが映り込む。


「マレーネ・ヴィルシャよ、かつての妻よ」


 声も表情も重たくしたまま、彼は、もう正気ではなくなったマレーネへ告げる。


「おまえが見たテンラは、余と父上の記憶より構成された幻影に過ぎぬ」

「ぃやああああああああああああ! テンラ、テンラァァァァァァァァァァァ!」

「だが、この幻影が語っていたことは、まぎれもない事実だ」


 役目を終えて、その場に立ったまま動きを止めた幻影を見て、彼は続ける。


「テンラのこちらでの名と、おまえに対する諸々の連絡手段の拒絶。それはおまえの持っていたスマホの記録を漁って、確認した。おまえに対する『鬱陶しい』という言葉も、テンラからのおまえ宛の少ないメッセージの中に、確かに含まれていた」

「だからそれを、おまえに思い出させてやったのさ。マレーネ・ヴィルシャ」


 動きを止めた幻影を消して、アキラが泣き続けるマレーネを睨みつける。

 テンラのこちらでの名がスマホに残っていることすら、彼女は忘れ果てていた。

 それを、わざわざ幻影を使ってマレーネに改めて叩きつけた。


「痛いか? 痛いよな? 痛いに決まってるよな? だって仕返しだからな、これ」

「ぃやぁ、いやよぉ、こんなの、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 もう誰も見ていないマレーネから、アキラはさっさと目線を外す。

 シンラは無言でうなずいて、エンキドウに『裁きの庭』を展開させる。


「泣くことも叶わぬ罪の泥の中で、永劫、悔い続けろ。マレーネ」

「ぁぁ、あ、ぁ、あああ……ッ、ご、がぐ、ぅぶッ」


 マレーネの体内が罪の泥で満たされ、目、鼻、耳から黒い粘液がドロリと漏れる。


「ぁぁ、ぁ、あ、で、ン……、ラ……、ァ――」


 そして、マレーネ・ヴィルシャは罪の泥に呑まれていった。

 彼女はこれから、死ぬこともできずに、永久に泥の中で溺れ続けることとなる。

 それがシンラの異面体の能力――、『影獄奈落(シェオル・タルタロス)』。


「終わったか」


 アキラがつぶやく。

 マレーネがいなくなって、椅子だけが残る部屋。

 ここは、アキラが『金色符』を用いて作った極々狭い『絶界』である。


「ええ、終わりましたな」


 終わった。完全に終わった。

 今回の一件の黒幕に対する仕返しが、これで終わった。だから――、


「次は小夜子と美智子だな!」


 アキラが晴れ晴れとした顔つきでやる気を漲らせていた。


「そちらは、余は関わっておりませぬゆえ、お任せいたしまする」

「わかってるって。おまえはお袋のフォロー頼むわ。何もないワケねぇんだからよ」

「無論にて」


 マレーネ・ヴィルシャ――、茅野希美は美沙子にとって関わり深い人間だった。

 最終的に敵対し、関係も断絶したとはいえ、彼女が何も感じないはずがない。


「そちらのアフターケアは余の務めでありましょう」

「おまえも当事者だってのに、色々と大変だねぇ」

「なぁに、ここで甲斐性を見せてこその婚約者でありますれば、ただ奮起あるのみ」


 拳を握るシンラに、アキラも「がんばれよ」と背中を叩いて応援する。

 だが、そんな彼の顔に、次の瞬間には苦いものが浮かぶ。


「ところでシンラ、気づいてるよな」

「は、マレーネにテンラのことを教えた者について、ですな?」


 その通りだ。

 この一件自体、その役割を担う者がいなければ起こりえないことだった。


 マレーネに『テンラが消えたこと』と『それをしたのはアキラだ』と伝えた人間。

 あの『キリオ』の事件に関わった者の中で、それをしそうな者はいない。


 だが、視野を広げてみると、それも変わってくる。

 アキラにも、シンラにも、心当たりがあるのだ。そういうことをしそうな人間に。


「どう思う?」

「確実とは言い難く、されども、可能性は十分にありかと」

「だよなぁ……」


 アキラは『金色符』を使って現実空間に戻りつつ、その名を口にした。


「余計な告げ口をしたのはおまえか? ……なぁ、ギオよ」


 それに答えてくれる者は、この場にはいなかった。

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