27.告白
「ちゃんと話して、謝りたいんです。あの、惚れ薬のことを……」
「聞きたくない」
「えっ」
内心嫌でたまらなかったけど気合いを入れて切り出したのに、予想だにしない言葉で出鼻をくじかれた。子どものように不貞腐れた様子で目をそらし、シルヴァはもう一度「聞きたくない」と言った。
「無理して話さなくてもいい。俺は……たとえ薬の効果だとしても、いまの気持ちは嘘じゃないと、思うんだ。この気持ちは紛い物なんかじゃない。消えてたまるか」
「…………」
「効果が切れたらまさか、ノーナのことを忘れるのか? それは困るな……。あぁ、あの薬をまた飲めばいいのか。ここにある」
「えっ。え!?」
状況に追いつけなかった。あのときシルヴァに没収された惚れ薬はすぐ近くの木箱に入っていて、彼はそれを取り出す。そして……止める間もなく最後の一個を飲み込んだ。
「ぅぐ」
「だめー! 吐き出して!」
かつての自分と同じように喉に詰まらせたのを見て、やっとノーナは事態を悟った。それは飲み込むんじゃなくて溶かして……って、違う〜〜〜!!!
ごくり、と嚥下したことを証明するように喉が動く。シルヴァは勝ち誇ったようにノーナを見据え、声を掛けた。
「どうだ?」
「……意味ないですよ」
本当に、なんの変化もない。とっくに好きなのに魔法を使われたら、無効化されるのだろうか。記憶は? 効果はおそらく二分程度だ。あ、別の人が飲んだら六時間? いや、三時間か。……まぁいいや。
ノーナは首を傾げるシルヴァに説明した。惚れ薬は自分が飲んで、話しかけた相手に魔法がかかること。その使い方、効果時間。間違った使い方をしたときのこと。
「僕に魔法をかけたって、意味ないですよ。――もう、シルヴァさんのことは大好きですから」
「ノーナ……」
正しく五回使ってやっと、惚れ薬としての効果は発揮される。だから、惚れ薬の影響を受けていない今のお互いの気持ちは、幻なんかじゃない。
それを理解したシルヴァは、感極まったようにぎゅうっとノーナを抱きしめた。
「よかった。てっきり俺は……!」
「待ってください。今から話すことを聞いてから、気持ちが変わらないか判断して欲しいんです。――僕は……使う相手を間違えたんです」
シルヴァの胸に片腕を突っぱり、ノーナは甘い拘束から抜け出した。まぁそうしたところで彼の膝の上に乗って背中も支えられているから、あまり離れられていないけれど。
ノーナは勢いのまま打ち明けた。当初、上司であるトゥルヌスさんに惚れ薬を使おうとしていたことを。情けない恋愛事情まで明るみに出てしまうが仕方ない。
そして偶然シルヴァと出会ったことで魔法がかかってしまい、一緒に数時間過ごしたこと。二度目も失敗したこと。
魔法がかかっているあいだの記憶は残っていないから、やっと違和感の正体に気づいたシルヴァは目を見開いた。
「まさか、俺は……ノーナを無理やり!?」
「いえ! ……いいえ。僕の意思です。そもそも、僕が使い方を間違えちゃったせいで、強力な魔法になっちゃったみたいで……」
「……なんてことだ」
呆然とするシルヴァが気になりつつも、ノーナは三度目の惚れ薬はトゥルヌスさんに使ったこと、そこでシルヴァへの気持ちに気づいたのだと説明する。
なんだか、下手な告白より恥ずかしい。順を追って説明すると、我ながら間抜けにも程がある。
四度目はシルヴァを害する計画を訊き出すため、知らない騎士に使用したことを話すと、すぐそばから大きなため息が聞こえてきた。
「……馬鹿なのか?」
「おっしゃるとおりで……」
「危なすぎる! ノーナは、もっと自分の身を大事にしてくれ。しかもそれが俺の為なんて……これ以上君に何かあったら、耐えられない」
「……ごめんなさい」
「でも、ありがとう」
百年の恋も冷めそうなエピソードに、どうしてこんな男を好きになってしまったんだろうと後悔しているはずだ。
そう、思っていたのに……いまだノーナの肩はしっかりとシルヴァに支えられ、自分勝手な行動にお礼まで言われてしまった。
「俺は……自分が誰かを愛する日がくるなんて、思いもしなかった。家族とも距離を置いて、一人で生きていきたいとずっと思っていたし、嘘や曲がったことも許せなかった。惚れ薬なんて他人の感情を操るものがあると知っていたら、毛嫌いしていただろうな」
「…………」
シルヴァの言葉がグサグサと胸に突き刺さる。分かっていたことだった。清廉を好む彼が、卑怯な手段を使おうとしたノーナを軽蔑することなんて。自分のせいだからこそ、後悔で胸が苦しい。
でも、どうしてノーナはいまだ彼の腕に優しく抱かれているのだろう。向けられる視線は、あたたかくさえ感じる。
「人を好きになって初めて、自分の心が矛盾する感情で埋め尽くされることを経験したんだ。会いたくないのに会いたい。嫌いなのに愛しい。嘘をついてでも人の気持ちが欲しいと願った。それを教えてくれたのは、ノーナ……君だ。――どうしようもなく愛してる」
「っ……」
シルヴァが言い切る前に、目尻から涙が一粒こぼれおちた。途方もなく嬉しいのに信じられなくて、思わず自分の頬をつねる。……痛い。
つねった頬を指先で撫でられて、今度こそ彼の顔が近づいてきた。
――もう、我慢しなくていい。胸に込み上げた思いを今度は解き放って、ノーナは目を閉じた。
「あっ……い、痛い」
「ちょっと我慢してくれ。もう少しだけ、いけるだろ?」
「ん……ん〜っ! ごめんなさい。もう、休ませて……」
涙目で見上げると、シルヴァが焦ったようにノーナの腕を下ろし、肩を撫でてくる。ノーナはほっと身体の力を抜き、背中を彼の胸に預けた。
――シルヴァたっての希望で、あれ以来ノーナのリハビリを手伝ってくれている。
基本ストイックな彼は医務官の指導のもと、けっこう容赦なくリハビリを進めてくれるのだ。しかしノーナがノルマを終えたり途中で限界を迎えると、めいっぱい甘やかしてくれる。無意識の飴と鞭は、なかなかの効果を発揮していた。
シルヴァの甘やかしは砂糖菓子のような言葉を吐いてくれるなどではない。そっと撫でたり、ノーナが身体を預けるのを許してくれたり。
控えめで不器用な優しさが嬉しくて、ノーナはいつも以上に頑張ることができる。
医務官たちからは生温かい視線を向けられているのを感じるが、いまのノーナは幸せで無敵状態に近い。他人の目なんて気にならなかった。
リハビリは緩やかな進みであるものの、体力はかなり回復した。おかげで砦の外を散歩したり、シルヴァが休息日のときはピンチョの港町に連れて行ってもらったりした。
「それってデートじゃん! ノーナさん、幸せでたまらないって顔してる。よかったね」
「そ、そんな顔してる? うー。恥ずかしい。でも……ありがとう」
「来週にはこっちに復帰でしょ? 仕事を再開したら会える時間も減ると思うけど……本当に俺と一緒の部屋でいいの?」
「え? だって、僕の部屋はパテルのところじゃない」
「シルヴァ様の部屋に転がり込んじゃえば〜?」
「なっ! ……そ、そそそそんなこと、できないよ!」
すっかり砦での仕事に慣れたというパテルは、ノーナの顔を見て「動揺しすぎ」とカラカラ笑った。
来週には自室に戻っていいと許可は出ていて、リハビリは自分で継続することと、休息日には医務室に顔を出すことだけ決められている。いよいよ床払いだ。
ノーナは自分でもそこが区切りだと思っていた。シルヴァとは間違いなく想い合っている自覚はあるが、その……恋人らしいふれ合いも一歩進めたいと、そう思っているのだ。
彼とのふれ合いは、想いを確かめ合ったあの日のキスで止まっている。彼は同性と付き合うのは初めてだろうし、もしかしたらプラトニックな交際を求めているのかもしれない。
でもノーナはシルヴァともっとふれ合いたい。服を脱いで、余すところなくふれ合いたい。そう思っているのが自分だけだったら、泣く泣く諦めるけど……
ノーナはあの夜を忘れていなかった。効果が倍の魔法がかかっていたことを差し引いても、シルヴァにだって性欲はあることも証明されている。
なんか、うまい感じに誘って……押し倒したらいけないだろうか? 本当は王都に帰って落ち着いてからのほうがいいかもしれないが、春までなんて我慢できない。
ラッキーボーナスを貰いすぎて、ノーナは欲張りになってしまったのだ。
砦での騎士の仕事は早く終わるらしく、シルヴァは毎日リハビリを手伝ってくれた。ただでさえ顔も身体もかっこいいのに、間近で見て触れて、彼の体温や匂いを感じると悶々としてしまう。
(誘うのはいいとして……じゅ、準備しないと…………)
あの夜の詳細を思い出すだけで赤面してしまうけれど、シルヴァの持ち物はすごかった。準備しておかないと、とてもじゃないけど受け入れられない。
その夜、ノーナは医務室に置かれている自分の鞄の奥を漁り、念のためと入れてきた香油を取り出した。ノーナがだいぶ回復してからは、医務官も夜は自室に戻っている。
パテルとの部屋に戻ったら一人の時間はほとんど無くなるだろうし、何気にいまが最大のチャンスといえた。
湯浴みのときに準備は済ませてある。肩の可動域は狭いがそんな生活にも慣れてきて、最近は介助がなくとも日常生活に支障はない。
ノーナは下履きを脱いで毛布に潜りこみ、正座をした状態でうつ伏せになった。肩に負担をかけずに片腕を自由に動かせる体勢を、考えあぐねた結果である。
「ふっ……う」
目を閉じる。シルヴァだったらどんな風に触れるだろうか?
きっと壊れ物みたいに優しく触れてくるか、あるいは性欲に突き動かされて少し強引に進めようとするかもしれない。まだ彼は、弱冠二十歳なのだ。
『かわいい』
「ん……」
何度も言われた台詞を思い出す。低く色気のある声で『好きだ』『かわいい』と告げられるだけで、ノーナは蕩けてしまう。あんな風に愛されたのは初めてだった。
体温の高いシルヴァの身体。大きくて、厚みがあって、逞しい腕に包まれているだけでも幸せだった。
「シルヴァぁ……っ」
敬称なしで彼の名前を呼ぶことを許されたのは、あの夜だけだ。
自分だけが覚えている夜を再生し、快感に夢中になっていたそのときだった。
「どうしたノーナ!!」
バーン! と扉を開けて登場したのは――――他でもないシルヴァだった。
隠れているとはいえ、毛布の下はとんでもないことになっている。
ノーナは心のなかで叫んだ。
(鍵……締め忘れたぁぁぁ!!!!!)




