8 欺きの達人
「お、おい、やべーぞ……っ!」
鉄骨を飴細工のように曲げて侵入してくる巨躯を目の当たりにし、リオの喉から引きつった悲鳴が漏れた。
あの怪物が完全に部屋へ入り込む前に、ここを脱出しなければ確実に圧殺される。
リオは急いで螺旋階段を駆け上ろうとするが……その行く手は冷酷な殺意によって阻まれていた。
「はっ」
前方、階段の上に音もなく立ちはだかった赤刃兵に気付き、リオの足が止まる。
バクバクと心臓の鼓動が高鳴る。
本能的な恐怖に突き動かされ、思わず銃を構えるリオ。
だが、その隣でトレンは冷静につぶやいた。
「ひとつ言っておくがよ。あれは囮で、一発ぶっぱなせばゾロゾロ出てくるぜ」
その時、背後から不穏な足音が響いた。
怪物が、ひしゃげた鉄骨の隙間から、蜘蛛のような異形の脚を一歩前へと踏み出し、部屋に侵入してきたのだ。
焦茶緑色の巨体の中心で、丸いオレンジ色の眼球をギョロギョロと動かし、上り上がった階段の上にいる二人を正確に視線に捉える。
前後を完全に塞がれた極限状態。
しかしトレンは淡々と作戦を説明した。
「ぶっ放したら、迷わず後ろへ逃げろ!」
リオはあきれた顔をして、大きな顔をトレンに近づけて意見する。
「はぁ? もっとやべぇーのが後ろに……!」
「赤刃兵を、あの怪物にぶつける。――逃げ道探すのは得意だろ?」
逃げるのは得意なリオを煽るように、トレンがニヤリと笑う。
その意図を理解した瞬間、リオの脳裏に電撃が走った。(あ……なるほど!)一瞬だけ呆気に取られた表情を浮かべた後、いつもの自信たっぷりなニヤリ顔で言い返す。
「俺の動きについて来れなかったら、置いてくぜ?」
「ぬかせ!」
いつものノリに戻り、トレンが間髪入れずにツッコミを入れる。
リオはニヤリ顔のまま、ボウガンの狙いを前方の赤刃兵に合わせ――。
バシュ!
一発ぶっ放すリオ。
だが、赤刃兵は腕にある赤い刃で矢を無造作に受け流した。
弾かれた矢が後方の暗闇に消える。
それを合図にするかのように、隠れていた赤刃兵が左右から二匹、音もなく姿を現した。
トレンの予想通り、前に一匹、後ろに二匹の編成で襲い掛かってくる赤刃兵。
「今だ!」
リオはすぐさま後ろに振り向き、螺旋階段の柱に向かってジャンプした。
しなやかに衝撃を吸収し、力を溜めて前方へと飛び出す。
トレンは赤刃兵の動きを確認しつつも、リオの行き先にも注意を怠らないようにした。
リオが飛び出したのを確認し、トレンも廊下の手すりの上へと飛び乗り、その細い足場を猛然と走る。
後ろには、刃を軋ませた赤刃兵が迫っていた。
「ふがっ!」
トレンは手すりの端を蹴って前回転しながらジャンプし、空中でさかさまの状態になる。
その視界の先、目の前に赤刃兵が現れる。
トレンは唯一の腕でモーニングスターを叩きつけ、赤刃兵は刃をぶつけ、お互いに空中ではじき返した。
その隙に、空間の中央へと飛び出していたリオは、天井に吊り下げられた大型のシーリングファンの上に乗っかる。
薄い羽の上で絶妙にバランスを取る。
トレンも続いて、シーリングファンの別の羽の上に両足をかけた。
両足をかけた反動を利用して、下から突き出された二匹目の赤刃兵の攻撃を、紙一重でかわし、切断された髪の毛が宙に舞った。
目算を誤った二匹の赤刃兵は、そのまま下に落ちていく。
残りの一匹は二人の様子見をしていたが、すぐにターゲットを切り替えた。
背後に迫る真の脅威――あの怪物を捕捉し、螺旋階段の中央の柱の上に身を潜め、跳び下りる機をうかがう。
作戦は完璧に成功し、三匹の赤刃兵と人脳器は完全に睨み合った。
窓からの日差しを浴びて、赤刃兵たちの両腕にある赤色の刃が怪しく浮かび上がる。
対する人脳器は、巨体の真ん中にあるオレンジ色の瞳を丸く輝かせた。
まずは下に落ちた二匹の赤刃兵が同時に駆け進み、軽い体で跳躍して刃を振り回し、先手を取る。
天井のシーリングファンに両足でぶら下がりながら、トレンは上からの特等席で観戦を決め込んだ。
「へっ、怪物と赤刃兵がやっている間にずらかるぜ……あ」
それを許すはずがない人脳器は、後頭部から伸びた触手をまるで野球のボールのように赤刃兵にぶつけ、その勢いのままシーリングファンの中心に当てた。
シーリングファンの動力部と赤刃兵は、その凄まじい衝撃で一瞬にして砕け散った。
だが、トレンとリオもそれすら予測済みだった。
トレンは衝撃が伝わる直前に、捕まっていた両足を離して落下。
「うわっ!」
リオも悲鳴を言いながらも、捕まっていたファンから一瞬遅れて離れて飛び降りる。
ヒュン、と風を切って、まずは一足先にトレンから床に着地した。
多少の衝撃はあったものの、大怪我はない。
思い描いた作戦は成功し、トレンはドヤ顔で言い放った。
「よし! 退却だあああああああああ?」
トレンの勝利宣言は、凄まじい質量兵器によって文字通り圧殺された。
上空から遅れて落ちてきたリオの「ケツ」が、着地して油断していたトレンに、ものすごい勢いで直撃したのだ。
「がはっ……!」
「いてててて……!」
思いもよらぬ同士討ち。
二人は激痛のあまり、まるでまな板の鯛のように床にうずくまり、ピチピチと悶絶した。
あまりの情けない結末に、トレンの意識が急速に遠のいていく。
失われる意識の中で、トレンは灯し灯が消えるように呟いた。
「ダメじゃん……」
「あっ……」
パチンとスイッチを切られたように静まり返った意識。
激しい戦闘の後に、皮肉なほど静かな、つかの間の静寂が二人を包み込んだ。




